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運命の開幕

「……そうですか。そんなことが……」

 学院に帰還した俺たちは、真っ先に校長のところへ向かった。
 そして聖印の雪窟で起こったことをすべて説明した……もちろんブロッサムが←

「セントウレア兄様……あのウィンタースノーの指輪は……」

 恐る恐るたずねるセルシアに「ええ……」とあっさり校長が頷く。

「私が……ネメシアに贈ったものです」

「やはり、あの方はネメシア=スノー……」

 予感はしていたらしいな。フリージアは確信したことに呆然となった。

「ネメシア=スノー? スノーってことは、ウィンターコスモスの執事なのか?」

「はい。ネメシアは……私の執事でした」

「でした……?」

“でした”……ってことは、今は違うってことか?
 訳がわからない俺はたずねようとした、その時だった。

 バンッ!!

「た、大変だー!!」

「レオ! いきなり飛び込んじゃダメよ!」

「でも、今回は本当に緊急事態かも!」

 なぜかレオノチスたち三人が大聖堂に飛び込んできた。
 それも全員慌てて……。

「み? レオ、そんなに慌ててどうしたの?」

「レオが慌ててるのはいつものことのような気がするけど」

 シルフィーの横でつぶやくバロータ。
 いや、たしかにそうだが、でも今回ばかりは本当だろ。

「何があった」

「空! 昼間なのに、空が真っ暗になったー!」

「は……?」

 昼間なのに、真っ暗?

「……!!」

「兄様?」

「校長!?」

 ここで真っ先に外に飛び出したのは、意外にも校長だった。
 戸惑うセルシアとブロッサム、そして俺たち全員も校長を追って外に出る。

「なっ……」

「空が、闇に覆われている……」

 レオの言う通り、まだ昼間の時刻なのに真っ暗だった。
 夜のような暗さではない。何と言うか……太陽の光が何かに遮られた、って感じだな。

「これ……もしかして、日食?」

 空を見たシルフィーがつぶやいた。
 たしかに見ると、太陽は真昼の空から消え失せている。

「にっしょく? シルフィー、何それ」

「星の巡りにより、太陽が月に隠される現象です。天文学的に不思議な現象ではありませんが……」

「日食が起きるなんて話は聞いていない」

「ってことは、異常気象って訳か?」

「異常気象……?」

 フリージアの説明にセルシアとバロータが顔を見合わせる。

「……まさか」

 ……その横で俺は、弾かれたように空を見上げた。

「…………っ」

 見上げた先には、星。
 一定の形を結ぶ星座。
 その形は――鐘。

「……きた、のか……」

「アユミ、大丈夫か?」

 よろりと後退り、後ろにいたブロッサムに支えられる。
 真昼の空に鐘の星座。
 これの意味は――俺の運命と、世界の命運の始まり。

「……とうとう……」

「アユミさん」

 後ろから声をかけられる。
 声は、俺にこの学院を勧めてくれた校長。

「……校長。もう……俺は避けられないんだな」

 何とか立ち上がり、振り返らずに言う。
 今、どんな顔をしているかわからなかった。

「……そうかもしれません」

「……“世界に大いなる災い訪れし時、真昼の空に鐘の音が鳴り響くだろう”だよな? ……なら“かも”じゃない。俺にはもう逃げ道が存在しないってことだろうが」

「アユミ……それって」

「逃げ道も、避けることも許されねぇ。……なあ。もういい加減話してくれるよな? 例の話を」

「もちろんです。……ただ少し待ってください。他の校長とも話しておかねばなりませんから」

「……わかった」

「え? そんな後でとか……って言うか、なんかボクら置いてけぼりなんだけど!」

「レオは黙ってろ」

 ブロッサムがレオを軽く小突いているのを横目に見ながら、ふらりと寮へ歩き出す。

(逃げられない……逃げられないんだな……)

 心の中では予感していた。
 でもいざ目の当たりにすると心がざわついてしかたない。
 底知れぬ恐怖を抱きながら、俺は部屋でじっと待つしかなかった。

 ――――

「ついに“校長会議”用の大水晶を使う時が来てしまいましたね」

 セントウレアが大きな水晶の前でぽつりとつぶやいた。
 すると水晶から初老のエルフを象った銅像が映り出す。

「おや? セントウレア先生の水晶はこの時を察知していたような輝きですがの」

「それはゲシュタルト先生の水晶も同じでしょう。我々は彼女と会った時点で、この時を予期していたはず」

「当たって欲しくない予感ほど的中するものですな」

 二人は同時にため息をつく。
 と、ここで新たな人物が水晶に映り出した。

「おうおう。ようやく見えました」

 現れたのは大柄のドワーフだ。
 タカチホの衣装を纏い、水晶越しに二人の校長に話しかける。

「こうして会議を行うのは100年ぶりくらいですかね。ご無沙汰しておりますな」

「おや、サルタ先生もお見えになりましたな」

「お久しぶりです、皆様。お元気そうで何よりです」

「皆様お元気そうで」

 久しぶりの対面に三人の校長は挨拶をする。
 が、その顔はすぐに引き締めた。

「さて……太陽が闇に包まれ、星辰が位置を変え、鐘の形を取りました」

「そして火山活動で海底洞窟が再び開き、“禁断の地”への道が通じた。これは間違いなく、私たち三つの学園に伝わる予言の通り……」

「“始原の学園”復活の時ですのう」

 サルタの言葉に「そう」とセントウレアが頷く。

「そしてこの試練に勇気ある生徒を送り出すことこそ、いにしえより私たちの学園に任されている役目です。毎年この時期には生徒たちを休ませ、天を見つめていましたが……」

 セントウレアはそこで一度言葉を止め、一呼吸置いてつぶやいた。

「彼女が……アユミさんが現れ、今年にその時がやってきました」

「予言をすべて信じて良いのか、という声もありますが……私は大陸中央部へ生徒たちを向かわせるべきだと考えています」

「その予言が正しいか否かは、我々の育てた若者たちが必ず見出だしてくれましょう。我々がやるべきなのは、祖先より受け継ぎしものを、次の世代にしっかりと渡すこと」

 二人の校長を見つめ、サルタは言う。

「“三つの宝具が禁断の地に集いし時、始原の学園は蘇る”。予言にある通り、三つの宝具を生徒たちに託し、禁断の地へと向かわせましょう」

「ええ。始原の学園復活の前に、伝説の鐘の音を響かせなければ……」

「うむ。復活の際に生じる膨大なエネルギーを、そのまま看過する訳にはいきますまい」

「はい。……ただ、気になることが一つだけあります」

 三人の校長が互いに頷く。
 だがセントウレアの表情にまだ陰りがあった。

「“大魔道士アガシオン”ですね。かつてアガシオンは世界を征服しようとする裏で、我ら三学園に伝わる宝具を狙っていた……とも聞いておりますな。しかしアガシオンは二人の英雄に倒されたはずでは?」

「……伝説ではそう伝えられています。しかしまだこの世界には、アガシオンの影か残されている。何かがうごめいている……」

「何より」とセントウレアの言葉は続く。

「アユミさんは、彼が生きていると確信している」

「……たしかに彼女は類い稀な力の持ち主。妹のアイナさんを巫女の跡継ぎとして親元に置くべく、“自分自身に『ある呪い』をかけて魔力を封印した”ほどですからね」

 頷き、「彼女の秘められた力は、他の誰よりも圧倒しています」とサルタが苦笑いを浮かべた。

「ゲシュタルト先生も同じでしょう。あなたは自身の魂を彫像に封じてまで、学園を見守ってきた。そうではありませんか?」

「……その通りです」

 ここで黙っていたゲシュタルトが頷く。

「私は若い頃、アガシオンとしか思えない邪悪な魔道士と戦ったことがあります。アガシオンはまだ生きて、この世界か、はたまた学園の宝具を狙っている」

「私はそう信じています」とゲシュタルトはため息をつく。

「しかし、例えそうであっても、生徒たちには宝具を託せねばならないでしょう。アガシオンの魔の手が伸びるとしても、若人たちは必ずや運命を切り開いてくれるはず。生徒を信じるのが、教師の役目です」

「げに、げに。タカチホ義塾のモノノフたちは、アガシオンごときに負けるようなやわな鍛え方はしておりませんぞ」

「今私たちが下す決断が、世界と……彼女の命運を変えているのかもしれません」

 セントウレアは水晶越しに言う。

「予言の通り、若者たちを導けるのか。それとも闇の中に教え子を投げ込んでしまう過ちを犯そうとしているのか……万一の時はこの世界を守るため、私は責任を取るつもりでいます」

「それは私も同様。必要とあらば、“極大校長魔法”を……」

 ゲシュタルトの言葉を「みなまで申されますな」とサルタがやんわりと遮った。

「三人とも思いは同じ。……では、それぞれの学園から、宝具を運ぶべき生徒たちを選抜すると致しましょう」

「そうですね」

「では……願わくば、次にお会いする時は始原の学園の学び舎で」

「すべての学園の子らに始原の神々の祝福があらんことを」

 三人の校長が頷き合う。
 そして水晶から光が消え、二人の校長も映らなくなった。
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