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回り始める運命

 ――――

 洞窟を進んで行くと、とうとう目的の花畑にたどり着いた。
 名前と同じく真っ白な花の花畑は、純白の絨毯と呼ぶにふさわしかった。

「すげえ……」

「うわぁあ……綺麗……!」

「白銀の絨毯か……これはすげえな……」

 合流の際、フリージアからウィンタースノーの栞を見せてもらった。
 だがやはり、生き生きと咲き誇る花の方が圧倒的に美しかった。

「蕾もきちんと膨らんでますね。これならきっと綺麗な花を咲かせてくれるでしょう」

「……えっと、栄養剤を与えるんだっけ?」

 俺が言うと「ああ」とブロッサムが頷き、それを取り出す。
 ……その瞬間だった。

「……!!」

 背筋がぞくりと粟立った。
 それは過去、何度も無理矢理味わった感覚。いつ離れるかわからない、……深い闇。

「! アユミ!」

「ふえ? 何、この感覚……」

 以前エデンとの接触で存在を認識しているブロッサム。
 そしてずば抜けた才能故か、シルフィーも気づいたらしい。

「……! 花畑か!」

 花畑の中央からあの力を感じた。
 見ると純白の花畑に不釣り合いな、真っ黒い渦巻きが現れていた。

「これは……!?」

 驚くセルシアたち。
 が、そこにさらに不釣り合いな声が加わった。

「あっはははー! たくさんの実験体みーっけ!」

「! 君は……」

 現れたのは不気味な操り人形を持ったフェルパーの少女だ。
 白衣を身に纏い、その下にはプリシアナ学院と同じ、だが色が違う制服を着ている。

「ま、まさか……ベコニアかよ!?」

「ベコニア……何故君が……!?」

「あら。生徒会長様、ついでにその従兄弟様に覚えていただけてるなんて光栄♪ 私の実験体になってくれるって話、考えてくれたかしら?」

「俺はついでかよ!」

「んなことより、なんでマッドサイエンティストの人形遣いがこんなとこにいるんだよ!?」

「相変わらずバロータちゃんは口が悪いのね! まずはアンタから人形にしてやりましょうか!?」

 どうやらブロッサムもセルシアも……つかシルフィー以外全員が知ってるらしい。

「おいフリージア……あのフェルパー、誰だ」

「彼女は人形遣いのベコニア。昨年プリシアナを退学になった生徒です」

「ええ!? 退学!?」

 フリージアの言葉にシルフィーが驚く。
 ……つか、プリシアナで退学って……。

「……相当やばい実験をしてたのか? こいつ」

「ええ……生徒たちを人形の素材にするという研究を始めた為、退学処分となったのです」

「ひぇ~~~ッ!!?」

 バロータの後ろに隠れるシルフィー。
 だけど……退学になった生徒が、なんで……。

「ベコニア。なぜ君がここにいる? ここはウィンターコスモス家の者か、スノー家の者が同行していなければ入れないはずだ!」

「フフフ……それはなんでかなー? とにかく! せっかくの素材だ。いただくよ!」

 セルシアの問いに答えず、ベコニアは闇の空間から人形を呼び出してきた。
 それもかなり大量に。

「多過ぎだろ!?」

「手分けして片付けるぞ!」

 すでに人形に包囲されたセルシアたちは人形たちと戦っていた。
 俺の周りにも人形がぞろぞろとやってくる。

「チッ! どんだけいるんだよ……!」

「人形を操ってるあの子倒さないと、キリがないよぉ~!」

 闇の空間から次々と人形がやってくる。
 ベコニアはそのすぐ近くにいた。

「どうすれば……」

「アユミ」

 策を考える中、ブロッサムが俺の隣にやってきた。
 そして素早く耳打ちされる。

「…………。やり過ぎて俺を巻き込むなよ」

「……善処はする」

 言われた内容に目を見開いたがすぐに頷いた。
 そしてブロッサムの前に立ち、二つの刀を構える。

「かかってこい! 雑魚人形ども!」

「ざ、雑魚人形ですって!?」

 叫びながら人形を蹴り飛ばし、人形の腕や持ってる武器を壊していく。

「何よムカつく! 予言の子がムカつく女って情報はマジ話だったみたいね!」

「……! やっぱ知ってたか!」

 ベコニアの言葉に、脳裏にある考えは確信に変わった。
 ベコニアはあいつ――エデンと、背後のアガシオンの仲間だ。

「ベコニア!」

「おっと!」

 人形の攻撃をかい潜り、ベコニアに逆手で持った右の刀で斬りかかる。
 斬撃はこいつの持っていた人形で防がれたが、充分声の届く距離なのでさほど気にしない。

「俺を予言の子って言ったな。なら……エデンも……」

「そーよ! アンタを殺すのが私たちの使命! ……って言っても、自分が仕留めるから勝手に殺すなって、エデン生徒会長に言われてるけどね」

「……なん、だと……? ……生徒会長だったのか、あいつ!」

「いや、違うだろ! 驚くところが!」

 後ろで詠唱していたブロッサムにツッコミを入れられてしまった……。
 いや……意外な新事実に、つい……←

「とにかく! 今はアンタに用はないわ! だいたいアンタにこの人形たちを全部倒せるの?」

「さすがに俺一人じゃ……けど」

 言って、ニヤリと笑みを浮かべた。

「一箇所に集まったんなら、可能だな」

「何……!」

「ブロッサム!」

 セルシアたちが相手をしているのは除き、人形たちは俺の挑発に乗せられ、すべてベコニアの周りに集まった。
 今なら、勝てる!

「生命を糧とし、すべての闇を打ち砕け! イペリオン!」

 後方にいたブロッサムが魔法を唱えた。

「きゃあああっ!?」

 光の魔法は一箇所に集まった人形はもちろん、闇の力を糧としているベコニアにもダメージを与えた。
 ブロッサムの光の魔法が有効なのは、冥府の迷宮にて襲ってきたエデンで実証済みだ。

「ぐっ……これがエデン生徒会長の闇を消した力なのね! 報告通り、セルシアより分家の方が危険だわ」

「報告通り、だと?」

「……あのディアボロスか」

 戸惑うブロッサムの横で、俺は三学園交流戦で会ったディアボロスを思い出す。
 自分もそうだが、ブロッサムも敵視されているらしい。

「ベコニア!」

 その時人形を倒し終えたか、セルシアたちがやってきた。

「ベコニア……君は今、どこにいるんだ!?」

「今? 今はね――“闇の生徒会”よ♪」

「闇の……生徒会?」

 聞いたことのない組織に、驚きが隠せないセルシア。
 バロータもシルフィーも首を傾げている。

「聞いたことがあります。様々な学校で退学処分になった者や危険過ぎる力を持った者が、闇の生徒会が仕切る謎の学園に集う、と」

「謎の学園……危険過ぎる力……まさか……」

 ……無駄に勘の優れたブロッサムは気づいたらしい。
 エデンとその背後にいるアガシオンが関係している、と……。

「セルシア! アンタには生徒会入りを断れたけど、今じゃ立派な書記なんだからね!」

「……闇の生徒会にも、書記とか会計とかってあるのか……?」

「だから、今つっこむとこじゃないだろそれは!」

 俺のつぶやきに、ブロッサムのツッコミが再び入れられた。
 ただ言ってみただけじゃないかーーー!!←

「おいベコニア! いつまでかかってんだよ!」

「少しおしゃべりが過ぎるぞ。ベコニア」

 その時だった。闇の空間から、新たに二つの黒いシルエットが現れた。

「あれ……兄ちゃん……?」

「……! シルフィネスト……ッ!」

「まさか……ディーム!?」

 黒いシルエットな為、はっきりとした姿を見られないが、現れた影の片方はシルフィーの兄……ディームだった。

「兄ちゃん……なんで、ベコニアちゃんと……」

「……!! ベコニア! 早くやれ!」

「はいはい! 怒鳴らなくてもやるわよ。本来の目的なんだから」

 シルフィーの言葉を掻き消すようにディームが叫んだ。
 ベコニアはうるさそうにしながら、その手から闇の波動を花畑に放った。

「ウィンタースノーの花が!」

 闇の波動を受けた花は途端に弱々しくなり、先程の美しさが薄れていく。

「これでいいんでしょ? 先生」

「うむ。では行くぞ……」

「次に会う時は必ず実験体にしてやるんだからね!」

「…………」

 黒い影の男とディーム。そしてベコニアは闇の中へ消えていった。
 三人が消えると同時に、闇の渦も消滅した。

「おい! 花畑が!」

「わかってる!」

 バロータの叫びと同時にブロッサムが栄養剤をぶちまけた。

「あ! 花が段々元気になってくよ!」

「これで回復してくれるといいんだがな……」

 こんな綺麗な花畑が無くなるのは心が痛むしな。
 ……それにしてもすぐに回復するとは……。この栄養剤、どんだけ強力なんだ……?

「……それにしても……なんで闇の生徒会の連中は、この花畑を狙ったんだ……?」

 花が回復するのを見ながら、ブロッサムが顎に手を添えて考え込んでいた。

(まさか……花にある魔力を狙った……?)

 聖なる力を秘めているから、闇属性の連中にはきついだろう。
 だが、力を引き出す抽出法がない今、あまり脅威じゃないと思う。

(今回の狙いは俺……とは違うだろうし)

 俺を殺す場合、ベコニアの言葉を信じれば、殺しにはエデンも同行するはずだ。

「今回の狙いは花畑……なのは間違いないだろうな」

「でもわかんねぇなあ。だいたいここは、ウィンターコスモス家かスノー家の人間しか入れないんじゃなかったのかよ」

「そのはずだ。……あの黒いシルエットの男……」

 バロータの言葉に思い当たる節があるのか、セルシアが苦々しい顔をしている。

「ディームじゃない方だな。あいつがどうかしたのか?」

「……その男の右手の薬指に、ウィンタースノーを象った指輪をしていた」

「そんな!?」

 ブロッサムに問いに答えるセルシア。
 だがつぶやいた答えが信じがたいらしく、普段冷静なフリージアにはっきりと驚きが見えていた。

「それではあの者は……スノー家の者だと言うんですか?」

「ああ……そういうことになるな……」

「マジかよ……」

 全員が――特にブロッサムやフリージアが信じられない、と呆然となった。
 たしかにウィンタースノーの花を大切にしているスノー家の一人が花を傷つけたなど、信じがたい――いや、信じられないと言われるだろうな。

「……そういえば……」

 ここでバロータがぽつりと……とんでもないことをつぶやいた。

「――セントウレア校長先生がウィンタースノーを贈った相手は誰なんだ?」

「……!」

 それは……そうだな。
 ブロッサムは執事の契約を結んでないからわかるが、ウィンターコスモスの現当主であるセントウレア校長が、執事の契約を結んでないとは考えにくい。

「「「…………」」」

「ば、バロータ~……」

「俺……なんか悪いこと聞いちまったか?」

「知るかよ。…………」

 黙るブロッサムたち、気まずそうにするシルフィーとバロータ。
 重い空気が俺たちを包み、しばらく誰一人口を開けなかった……。
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