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回り始める運命

 三学園交流戦が終了し、それからしばらくは平和が続いた。
 けど俺は予感している。
 近いうちにこの平穏が崩れる日が来る……と。

 ――――

 プリシアナ寮・食堂

「…………」

 一番端の席に座り、今日の昼飯を食べている俺である。

 モシャモシャモシャモシャ←

 目の前にあるのは当然――皿に山盛りされたイワシだ!←
 後はご飯大盛りと水一杯。以上だ。

「ああ、うまい……相変わらず良い腕してやがる」

 至福。まさにその言葉がピッタリだった。
 ――“彼”が来なければな。

「……前、空いているかい?」

 その声にぴくりと反応する。
 同時に呆れの感情が浮かび、大きくため息をついた。

「またか……セルシア」

「やあ、アユミ」

 現れたのはこの学院の生徒会長で有らせられるセルシア様だ。
 彼は俺が返事をしていないにもかかわらず、何の断りもなく前の席に座る。

「まだ俺は何も言ってねぇんだけど」

「空いているんだからいいじゃないか。……それに、“アレ”以来僕らは注目の的だから、中々他の同級生が近づいてこないだろ?」

「反論できないだけにムカつく……」

「僕はいつものことだから気にしないけどね。……それに、誰にも邪魔されずアユミと話し合えるんだし」

「端から聞けば誤解されるセリフをありがとう」

 セルシアはにこにこと笑ってるだけ。
 が、言われる言葉はある意味誤解を招きかねなかった。

(“アレ”以来からだよな……こいつ、俺に本性でも見せ始めたのか?)

 嬉しいような悲しいような、微妙な心境だった。

 ――――

 俺の言う“アレ”とは、もちろん三学園交流戦のことだ。
 その日以来、俺たちの周りが結構大きく変わったのだ。

 まず周りの同級生なんだが、あの日以来、自分たちはどこか敬遠されがちだった。
 まあ多分、学院トップのセルシアとサシで勝負し、勝利したからだと思うけど。

 で、次にそのセルシア。こいつは交流戦以来、何故かよく俺に絡んでくるようになった。
 最初はフリージアが保健室で安静しているからか、と思ったが、フリージアとブロッサムが普通に生活できるようになった今でも、こうしてよく飯を食うようになった。
 それと……実力が認められたのか、彼は“生徒会長のセルシア”ではなく、“セルシア自身”として話している気がする。
 なぜなら俺への呼び捨てがその証拠だ。
 さらに加えると……こいつ、天使のくせに意外にも腹黒っぽい部分が見られるようになった。
 彼は何回かフリージアに変わって図書委員の仕事もしていたが、「大変だから」という理由で何故か決まって俺が連行(しかも強制的に)されたからだ。それも飛びっきりの笑顔で。
 ついでにその日以来、サラっと失礼なことも言う辺り、俺はこいつに時々殺意が湧くようになった。
 相手が天然ということもあり、今ではスキンシップ的なものになってきてるから、お互い多少は慣れたけどな。
 次にフリージアとブロッサム。
 この二人なんだが……何があったか、最近和解したように思える。というのもまず一つ。ブロッサムに対するフリージアの態度だ。
 前々からブロッサムに対して厳しかったが、交流戦以降それが無くなった気がする。
 いや……言葉的には厳しいんだが、ドストレートに指摘しなくなったって言うか……とにかく前ほど邪険にしてはいない。
 ブロッサムの方も知っているのか、前ほどフリージアに苦手意識を持っていないし……。とにかく良い傾向であることには間違いない。
 最後にバロータやシルフィー。
 彼らはまあ……あまり変化はない。強いて言えばもっと仲良くなった感じだ。
 この前レオも巻き込んで昼寝(むろん授業はサボり)し、先生にばれて大聖堂の掃除を三人仲良くやっていたのが記憶に新しい。

(良い傾向……かな?)

 一部腹立つ部分(主にセルシア)もあるが、これはこれで良いだろう。
 なんだかんだで俺は、プリシアナ学院の生活を楽しんでいるのだから。

 ――――

「……で。今日は何の用だ? 下らんことなら即刻帰れ」

 とりあえず俺はイワシを食いながらたずねた。
 そんな俺の態度にもう慣れたか、セルシアは笑みを変えずに言う。

「相変わらずつれないね、君は。ああ、今日はちょっと君にお願いしたいことがあってね」

「“今日も”の間違いじゃねぇか。毎日誰かさんに付き合わされてんだし」

「実は兄様からのクエストなんだが」

「おい無視かコラ」

「そろそろウィンタースノーという花が咲く季節でね。花の様子を見てきて欲しいと頼まれたんだ」

「……校長の依頼ってことは、校長は用ができて行けなくなったから代わりに行ってこいってとこか?」

 ……どうやら俺が行くのはこいつの中で決定事項らしい。俺の言葉をことごとく無視してる時点でそうだ。
 反論するだけ無駄と悟った俺は、ため息をつきながら彼にたずねた。

「そうなんだ。どうしても外せない用件らしい……だからプリシアナの生徒に、クエストとして頼みたいそうだ」

「なら頼まれたおまえらだけで行けばいいじゃないか」

 俺に同行を願い出る理由がわからん。それなら彼らだけでいいはずだ。

「ブロッサムもウィンターコスモスの血を引いている。彼も同行するべきだ。……となると、必然的に君やシルフィネスト君も同行するべきだと僕は思うけど?」

 にこにこと、あくまでも人の良さそうな笑みの裏で強制的な何かを感じた。

「……交流戦以降、こんなに腹立つことは初めてだよ」

「僕は素直にお願いしているだけだが?」

「喰えない男だな、おまえも」

 舌打ちしつつ、俺は諦めた表情で頷いた。
 さっきも言ったが、反論しても不毛なやり取りを繰り返すだけだ。ならば素直に諦めた方がいい。

「はぁ……んじゃ一つ質問。ウィンタースノーの花ってウィンターコスモス家の人間が管理している花だよな?」

「そうだよ。ウィンターコスモス家の人間は、自分の執事にすると決めた人に花をあげるしきたりがあるんだ」

「執事……あ、んじゃフリージアも?」

「ああ。僕も彼にその花を贈って執事の契約を結んだんだ。ちなみにウィンターコスモスの執事になった者はスノーの名を名乗るしきたりになっているんだよ」

「そうなのか……」

 ウィンターコスモスにはそういうのがあるのか……。
 つかフリージアは、最初からスノーって訳でもなかったんだな←

「……大事な花なんだな」

「ああ。だから僕が受けたんだ。大事な花だから信頼できる人物じゃないと不安でね。軽々と他の生徒に任せる訳にはいかないんだ」

「なるほど、よくわかった。ただ最後の一言がなければ最高だったんだが」

「事実だからしかたないだろう」

 ……マジでムカつくわこの人←

「……はぁ。わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」

 青筋が浮かぶのを感じながら、結局俺は彼に同行することにした。
 というか、それ以外選択肢がなかった。

 ――――

「ここを訪れるのも久しぶりですね」

「ああ。フリージアに花を贈った時以来か……」

 ウィンタースノーの花畑があるのは聖印の雪窟というダンジョンらしい。
 なんでダンジョンにあるかがわからなかったが、ブロッサムによるとここはウィンターコスモス家の人間が一人前だと認められる試練の場としても使用しているということで納得した。

「仕掛けがあるところもあるからね。気をつけて進んでくれ」

「ガキの頃のセルシアとフリージアで抜けられた場所だろ? そんなの今の俺らだったら余裕だろ」

 バロータの意見ももっともだな。
 いくつの時か知らないが、それほど幼い時なら簡単だと思うが……。

「そうだとは思うが、この洞窟はまだ謎が多い。一応気をつけてくれ」

「何せ試練の場だしな……噂じゃ、対侵入者用の守護者がいるとかいないとか」

「あう~……」

「……はあ……」

 ウィンターコスモスズに生返事で返す俺。
 ……なんでこんなに目に遭うんだよ。

 ――――

 それからセルシアの案内の下、モンスターたちを倒しながら奥の方へと進んで行く。
 ……が、その道中、少し気になることがあった。

「……ねぇセルシア君。なんか、敵がすっごく強い気がするんだけど……この敵って前からここにいたの?」

 勘の鋭いシルフィーが辺りを見回しながらたずねた。
 試練の洞窟とはよく言ったが、たしかに敵が少々――いや、かなり強い。
 ガキの頃のセルシアとフリージアはこんなのを相手にしていたのか……?

「……いえ、おかしいです」

「ああ……こんな敵、僕らも見たことがない」

 倒したモンスターを見ながらフリージアがつぶやき、セルシアもそれに頷く。

「俺も入ったことないから二人ほどどうこう言えないけど……たしかにおかしい」

「わかるのか? ブロッサム」

 モンスターをじっと見ていたブロッサムも「ああ」と頷いた。

「この敵……洞窟を守る奴じゃない。……邪悪な気を纏っているんだ」

「邪悪な……?」

「ここはウィンターコスモスが管理してる洞窟。モンスター……というか守護獣も、ウィンターコスモスが育てたようなものなんだ。……だから、こんなに悪の気があることは、ありえないはずだ」

 長ったらしいセリフ……←
 とりあえずここのモンスターがおかしいことはわかった。
 ……ということは……。

「…………。嫌な予感がするな……」

 脳裏に浮かぶあの野郎……そして勝手に決められた自分の運命。
 きっとこれは――前兆。
 俺の運命が始まるんだろうな。

「……しかたない、か」

 きっともう、後戻りはできない。
 間近に迫る運命に、覚悟を決めて進むしかなかった。
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