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埋まる溝

 ――――

 タカチホ義塾・購買部

 帰還札で脱出して、ブロッサムにスポットで送っていただいた後、俺は早速購買部のあの野郎に会いに行く。
 この時間はバイトしてるはず……ここじゃなかったら保健室だけど。

「……さて。気を引き締めて行くか」

「なんで購買部行くのにそんな警戒してんだよ……」

「……すぐにわかる」

 言って扉に手をかけ、恐る恐る開けた。
 ……んで。

「……いた」

 見つめる先はカウンター。
 ……正確にはその奥にいる、水色の髪のノーム。

「……おい」

「ん? ……ありゃ、これは珍しいお客様だね。いらっしゃーい」

 ダゴォンッ!!!

「――購買部にようこそ」

「ああ。用があるからその鈍器をしまえ、ロア」

 カウンターに乗り上げ、杖……というか金槌にしか見えない鈍器を出したこいつを睨みながら言う。

「しかたないなあ……何か用?」

「だからあるっつってんだろ」

「冗談だよ、わかってるって」

 へらへらしやがって……!!
 殺意が怒涛に流れ込んでくるが、そこはそこで何とか耐える。

「……君は……」

 突然、ロアがブロッサムを見て一瞬目を丸くした。

「あ……えっと、俺はブロッサム。こいつの仲間だ」

「……ああ。君が、ウィンターコスモス分家の……」

「……知ってるのか?」

 つぶやいた言葉に驚きながらたずねた。
 ロアは「ちょっとね」とはぐらかしたが。

「今は秘密。……それより、なんか用があるんじゃない?」

「そうだ……武器が折れた。直してくれ」

「刀が? どれどれ」

 折られた刀を渡すと、今度はそれをじっくりと眺め出した。
 調子を確かめてるのか、時々指で触ったり叩いたりしてる。

「直るか?」

「うん、このくらいなら大丈夫。ちょっと待っててねー」

 刀を持つと、そのまま奥へと消えていった。
 それからしばらくして、なんかガチャガチャと変な音が聞こえ始める。

「……大丈夫だよな、おい」

「聞くなよ……つか、あいつ、何者だ?」

 不安なのでついつぶやいたら、呆れたような顔で返事が返ってきた。

「あいつはロアディオス。俺はロアって呼んでるけど。錬金術師学科とドクター学科の生徒だ」

「生徒? ……には見えなかったが」

「……あいつは普段、購買部や保健室でバイトしているんだよ。クエスト出た時は行くみたいだが……たいてい一人で行ってるな」

 俺の説明を聞けば「なんだそりゃ……」って顔になるブロッサム。
 たしかにロアの思考回路はさっぱりだからわかるけどな。

「はーい、終わったよー」

 と、あっさりロアが帰ってきた。
 ……相変わらず早いな。

「……直ったのか」

「もちろん。ほら」

「あ、たしか、に……」

 差し出せれた刀はたしかに修復されていた……が、どこか違和感があった。
 前と違うっつーか……。

「おまえ、これ直したのか? つか違う刀じゃね?」

「まあね。だってそれ、ワンランク上の“長秀の脇差”だし」

 なんで勝手に違うもんに改造しやがったんだ!?
 たしかにこっちのが強いけどさ!

「いつまでも日本刀だけにこだわらず、もうちょっと視野を広げなよ。おまけにもう一本付けるからさ」

「ぐっ……まあ、いいが」

 武器があるだけまだマシだ。
 まだ長さの感覚に慣れない脇差を持ちながらそう思った。

「じゃ、材料の鉄5個、木材3個。合計8千ゴールドね。現金でよろしく」

「高ッ!!?」

「ふざけんな!」

「これ、一本分の代金だよ? それに本来は自分で集めなくちゃいけないし」

 ぐっ……正論だ……。
 ……でも、こいつにだけは言われたくなかった!!

 ――――

 結局8千ゴールド払い(現所持金は約2千……)、義塾を後にする。

「うわっ……もう暗いな……」

「あの馬鹿のおかげで余計な時間を喰っちまった……」

 着いた時にはもう夕暮れだったが、ロアと押し問答のおかげで思ったより時間がかかっちまった。
 もう辺りには星空が浮かび上がってる。

「けどよかったな。武器が直って」

「まあな……」

 余計な事されたが……実際武器が多少強くなっただけでも良いと思うか。

「今度あったら殴り飛ばすか……」

「おい……。……それにしても、タカチホも綺麗だな、星空」

「まあな。辺りは砂漠だから、夜は冷え込むし。そのせいか、より一層だし」

「へぇ……」

 砂漠ギリ手前で星空を見上げる。
 久しぶりのタカチホの夜空……綺麗と思うと同時に、あの日のことも思い出す。

(今度こそ、もう傷つけさせない。……そのために、強くなってみせる)

 エデンにも、その背後にいるアガシオンにも負けたくない。
 それが俺の中にある確かな願いだった。

 ――――

 夜空を見上げながら、隣で同じく星空を見上げるアユミを見る。
 俺とはまた違う、それも命を賭けた重荷を持つヒューマン。

(……俺も……)

 俺では何も頼りにならないと思うけど、変わりたいと願う自分にある確かなもの。

(到底敵わないと思うけど……でも)

 守りたい。助けたい。支えてやりたい。
 たった一人で、戦いに身を投じていたこの人間を。
 それが……もう一つの俺の願いだった。

――――

「……ふぅん。ブロッサムが今の“彼”、か」

 誰もいなくなった購買部で、何かの薬品を弄りながらロアはつぶやく。

「ふふ……あの時より大きくなったね。……そっかぁ。時間って結構早いものだね」

 首のロケットを掴み、蓋を開けた。
 そこに写るのはロアと、セレスティアの男性。

「アユミと一緒にいることにも驚いたし……これも始原の神々の導きかな?」

 楽しそうに笑い、再びロケットを閉めた。

「さてさて……二人の運命ははたしてどうなることやら……」

 愉快そうに目を細める。
 購買部の扉が開き、同級生が入ってくるのを見ると、すぐに元の営業スマイルを浮かべるのだった。
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