もう一度、恋をしよう。
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後半の目玉であるリレーで友人達の雄姿を見届けると、大本命と言うしかないアレがやってきた。
『三年生の皆さんは入場、退場門に並んでください』
放送の声がかかり、皆がペアを組んで入退場門へと向かっていく中で国光くんの姿を探す。
「名前、行くぞ」
「はぁい」
国光くんに呼ばれ、隣に駆け寄る。他の人と同じように門へと向かっていたのだけれど、予想外のことが起こった。右手が急に熱くなり、熱の犯人を確認すれば、それは国光くんの左手。周囲を見れば、どのペアもまだ手を繋いでいない。繋いでいるのは私達だけ。それを認識してしまえば、私達だけが誰よりも張り切っているようで急に恥ずかしくなってくる。
「あの、国光くん」
「なんだ」
「手を繋ぐのは……まだ早いんじゃない、かな」
顔まで熱くなっているのを自覚しながら、細い声で問う。すると、国光くんはその場に一瞬立ち止まってから周囲を確認した。
「……そう、だな」
ようやく気付いたのか、手を離した。何だか空気がぎこちなくなってしまって会話はなくなってしまった。どうせすぐ繋ぐのに熱を恋しく思ってしまうのは、私がおかしいのだろうか。
並んでいる最中から、何やら周囲が騒がしい。カメラを持った青色の体操服が集まっている。どうやら部活の後輩達は先輩の恋人との姿を収めるのが仕事らしく、外野の方が騒がしい。
「部長!こっち見てくださいよぉ!」
明らかにこちらに手を振る青色の体操服の子。整えられた黒髪と笑顔が眩しい。
「国光くん呼ばれてるよ」
知らぬふりをする国光くんに知らせるけれど、彼はつんとそっぽを向いたままだ。事前に手はちゃんと繋いで待つくせに、写真はダメなのかな。
「放っておけ」
「写真、嫌い?」
どうせなら撮りたいというように握っている手に力を籠めると、国光くんに伝わったのか、彼は私の顔を見た。
「いや、そうではない」
「じゃあ撮ってもらおうよ」
そう言うと、ようやく国光くんは後輩くんの方へと体を向けた。
「いきますよー!」
カシャ、と音が聞こえ、すぐに「バッチリです!」という元気な声が聞こえる。
「一緒に撮れてよかった」
笑って語りかけると、国光くんも微笑んでくれていた。写真にいる国光くんは笑っているかどうかなんて分からないけど、それでも私には二人で写っていることの方が重要だった。国光くんとの大切な思い出が一つ増えたのだから。
フォークダンスは始まってしまえば、誰と踊ったなんて覚えてないほどにぐるぐると回った。顔見知りのテニス部の面々とも踊ったなと思っていると、丁度テニス部最後の一人が回ってきた。
「お、乾」
「やあ」
いつもと変わらない調子で口元を緩めている彼の手を取り、踊る。
「想定通りだな」
踊りながら話す乾に、口を挟まずにはいられなかった。乾の刻むステップが少しズレたことは無視して会話を続ける。
「私が回ってくることが?」
「ああ」
誇らしげに笑っているから、私もつられて笑ってしまった。
「相変わらずだなあ」
余程後方にいなければ回ってくると思うんだけど、と思いつつ言葉を飲み込んだ。
「そして、」
ぴたりと音楽が止まった。
「ここで最後だ」
握られたままの手に熱が籠り、眼鏡越しの視線にさえ熱を感じる。
「それも想定内って?」
「まあね」
くつくつと笑う乾に、私は彼がそうした理由など考えずお気楽に笑っていた。変なことに熱を注ぐんだなとしか思えなくて、彼と手を繋いだまま退場した。
他愛もない話をしながら二人で戻っていると、退場門を過ぎたところで乾が突然その場に止まった。それにつられて私も足を止める。誰か知り合いでもいたのかなと思ったけれど、それは見当外れで答えはすぐ目の前にあった。
「おっと、お迎えのようだ」
乾の目線の先には国光くん。こちらをじっと見据えている。国光くんの目が前にも見た、乾と話しているときに入ってきたときの目と同じで、少しだけ居心地が悪くなってしまった。
「名前。生徒会はこっちだ」
「うん。今行く」
居心地の悪さとも別れるように乾と手を離し、国光くんの元へと駆け寄った。生徒会は開会式、閉会式と前方に立つことが決まっているから他の生徒とは並ぶ場所が違う。
「じゃあ、また」
「うん、また」
乾に手を振ってから別れると、国光くんはすかさず尋ねてきた。
「最後は乾だったのか」
「うん。乾の奴、計算してたみたい」
すごいよね。なんて口にすると、国光くんの表情が曇った。
「……ああ、そうだな」
その表情が私の心まで曇らせる。
ランキング戦で乾と戦ったことも、フォークダンスの相手を決めるときに乾の名前が真っ先に出たのも、ずっと前に私と乾が話しているところに入ってきたのも、全部関係あるのかな。だとしたら、私はどうしたらいいんだろう。
きゅう、と痛む胸が苦しい。思い描くものが真実なのであれば、私は応えてはいけない気がする。例え答え合わせがいつになろうとも、私は彼の隣に相応しくない。傍にいたいと思えば思う程、自分の場所の居心地が悪かった。
***
体育祭、期末テストと行事が終わり、一学期も終わりに近づく今日この頃。私は会計と一緒に集めたベルマークの仕分けをしていた。マークに残った余分を切り取ったり、マークの種類ごとに集めて集計したり、と細々した作業が多い。今日来られるのが私と会計の二人だったせいで、いつもより進捗状況は悪い。
「あっち~……」
隣で胸元をパタパタと仰ぐ。浅黒い肌を汗が伝い、顎から落ちる。見ているだけでこちらの温度が更に上がりそうだった。
「もう一、二度下げても大丈夫だよ」
「マジ?じゃあ、お言葉に甘えて」
顔を上げずに許可を出す。彼はそそくさと扉近くにある埋め込まれたリモコンに触れる。ピ、と温度が下がる音がすると、風の音が強まった。彼はゆったりとした歩調で席に戻り、態度大きく腰を下ろした。私は変わらずベルマークの点を計算しては、メモすることを繰り返している。
「そういえばさあ、」
「んー?」
「名字と手塚って付き合ってんの?」
突然の直球にシャーペンの芯が折れた。
「……なんでそう思うの」
内容が内容のせいで手が止まり、顔を会計の方へ向けた。彼はというと、悪びれる素振り一つ見せず、飄々としている。
「体育祭のとき、そんな感じじゃなかった?」
「そんな感じって……詳しく言ってよ」
不満を隠そうともせず、唇を尖らせながら詳細を求める。何を言いたいかは、大方察することが出来たけれど、自ら言語化するのは憚られた。
すると彼は後頭部の髪を乱雑にかき上げてから口を開いた。
「あー、先言っとくと、思ってるの俺だけじゃねえから」
「分かった分かった」
罪を自分だけにしたくないという魂胆が丸見えだった。別に体育祭関係なく以前から似たことは言われているせいで、良くも悪くも慣れっこだから何とも思わないけれど。
彼は咳払いをすると、少しだけ姿勢を正した。
「借り物競争のときとフォークダンスのとき。ほとんどフォークダンスのせいだけどさ」
指を二本立てて説明し始める。予想が的中しているせいで強く否定出来ない。それでもどこかで関係の否定はしないといけないせいで微かな隙間から反論の余地を見つける。
「みんな相手決めて入場してたじゃん」
私達だけじゃないと他人と比較する。私は友達として国光くんと入ったつもりだ。感情の答え合わせはしていないから正確なところは知らないけれど、彼もそうなんじゃないかと思いたい。それ以上はないと思いたかった。
すると、彼は真剣な顔つきになると、机の上に身を乗り出した。
「……名字さあ、相手いつ決めた?」
「一週間くらい前?」
「それまでに何人断った?」
「四人……だった気がする」
国光くんにされた質問を同じような問いが飛んでくる。頭に疑問符を浮かべながら答えていくと、彼は盛大な溜息を吐いた。
「だからだよ。四人断ってその後選ばれたのは手塚ってそりゃあデキてると思われても仕方ねえって」
数秒考えた。誘ってきた人皆知り合いじゃなかったから、それはそれで仕方ないんじゃないかと。
「へえ、そうなんだ。付き合ってないけどね」
そう言い捨て、再び意識をベルマークに戻した。どこまでやったか、と確認作業から始まる。
「俺も付き合ってる方に賭けてたのに」
あーあ、と落胆する彼に、不覚にも意識がそちらへと向いてしまった。
「勝手にネタにしないでくれる?」
「も」って何。「も」って。恐らくサッカー部から二人誘ってくれたから部内でネタにされているんじゃないかと悪寒が走った。でも、今更知ったからといってどうすることも出来ない。
はあ、と溜息を吐くと、彼はまだフォークダンスの話を続けた。
「サッカー部から行ってたろ?相手になってくれって」
「そうだね。二人」
「俺からも頼んでくれって言われてたんだけどさ、どうせ手塚と組むって思ってたから結局お前に言わなかったんだよな」
その予測は一体何だと聞きたかったけれど、同じ言葉が返ってきそうで遠慮した。
「なんかやな感じだなあ。まあ知らない人と組みたくなかったってだけだし」
「ハハ、言えてら」
ケラケラと笑い合っていると、コンコンと扉がノックされる。開いた扉からは一つ下の委員長が顔を出していた。
「すみません、今大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「少し質問があって」
「どうぞ〜」
室内に招き入れ、二人で質問に答える。委員会においての相談だったけれど、簡易的なものだったから私達二人でも事足りた。私は質問に答える最中、密かに国光くんいないのに来たんだ、と意外に思ったのは秘密。
「うん。大丈夫かな?」
「はい、ありがとうございました」
礼儀正しくお辞儀をする後輩に、いえいえ、と手を振る。彼女の疑問は晴れ、ベルマークの作業に戻ろうとした。
「先輩」
「ん?」
「最後に一つ聞いてもいいですか」
委員会のことは終わったのにな、と不思議に思いつつ、彼女の申し出を受け入れた。
「うん、いいよ」
珍しいこともあるな、と笑顔で返したが、彼女の顔色は突然変化した。以前見た覚えのある憎悪を孕んだ表情で私だけを見つめていた。眉間に皺をよせる姿は、感情を一切隠すつもりがないのだと即座に理解した。
「会長と、付き合ってるんですか」
彼女の質問に困惑した。暑さとベルマークでやられた頭をフル回転させ、その理由を導く。
「……いや?付き合ってないよ」
「そう、ですか」
否定の言葉を聞けば、彼女はあっという間に生徒会室を後にした。いや、逃げ出した、の方が正しいような気がする。多分というより恐らく、後者が本来の目的だったんじゃないかと思う。
至って冷静に返したつもりだった。でも、彼女は嘘つきを見るような目で、私を睨みつけていた。彼女は私を敵だと認識しているに違いない。
バタン、と扉が閉まって数秒経った後、会計は面白いものを見つけたと言わんばかりに輝いた顔で再び身を乗り出した。
「お前やべーじゃん。敵対視されてる」
誰よりも興奮している姿が憎たらしく映る。言われなくても分かっている。あんな分かりやすい憎悪に気付かないほど鈍感じゃない。
「うーん、困ったなあ」
目の前に散らばるベルマークに気を遣いながら机に肘をつく。思い返すのは、以前見た国光くんと後輩の話す姿。
「あの子結構手塚に話しかけに行ってるみたいだぜ。すげえよな、二年なのにわざわざ三年の教室まで」
彼は二組だから私より目撃する回数は多いだろう。彼女の積極性は尊敬する。素直に気持ちをぶつけようとしている姿は眩しい。
「……この間見たなあ」
ぽろりと事実を零せば、会計は勢いよく食いついた。
「おっ、まじか」
「用事があって一組行ったら、二人が話してて。あの子的にはまだ話したかったんだと思うんだけど、会長が私の方に来てくれて……多分それで傷ついたのかも。あの時睨まれてる感じしたもんなあ……」
手で顔を覆い隠す。少しずつ開示されていく関係が私の進む道を狭めていく。
「それいつ?」
「体育祭前」
「付き合ってないのに体育祭で見せつけられてって……うわ〜……」
私を他所に勝手に盛り上がる会計に怒りを覚えた。他人事だと思って、と詰め寄りたいけれど、私自身も冷静でいる。
「私が悪いわけじゃないし」
「まあな。でも本人はお前のせいにしたがるだろ」
「やだなあ……」
お願いだから私抜きで何とかしてほしい。告白するならするで、さっさとして欲しい。私を巻き込まないで欲しい。
勝手に相関図に入れられているのが気に食わなくて、完全にベルマークに取り組む姿勢を失っていると、彼は更に深堀してきた。
「もし手塚に告られたらどうすんの」
国光くんに、告白されたら。考えたことがなくて、身体が勝手にフリーズする。
「もしも。もしもの話」
もしもなんて分かってる。国光くんが万が一そう想っていてくれたとしても、彼は口にしそうにない。いくら真剣に考えても、私の頭では想像できない。偽りであっても、自分が何と言うのかさえ出てこない。
「……どうするんだろ」
消え入りそうな声で思案に暮れていると、彼は拍子抜けした様子で彼なりの答えを差し出してきた。
「え、受けねえの?」
「……わかんない。なんていうか……例えそうでも断りそう」
傍にいたいと願っても、私が隣にいる未来が描けなかった。理由を言え、と言われれば首を横に振るけれど、納得させるような言葉は今この手にはない。
彼の態度が静かだったために彼の顔を覗き込むと、驚きのあまり言葉を失っているようだった。彼の予想では「受ける」一択だったんだろう。
「……理由聞いちゃダメ?」
「ダメ。不確定要素だから」
脳裏には国光くんの瞳が浮かぶ。静かな闘志を持った彼の隣に立つには、恋人という枠は狭すぎる。その他大勢の友人が私にとって丁度いい。
「言おうとは思わねえの」
「……別に、付き合いたいわけじゃない」
嘘は吐いてない。ただ、彼の隣にいられたらいい。どんな形であっても、友人より先を求めない立ち位置がいい。
余分な箇所の残ったベルマークを指先で弄り続けていると、会計は茶化すような口調で言葉を続けた。
「顔に好きですって書いてんのに、何言ってんだか」
「私どんな顔してんの、それ」
「好きって顔」
悪戯を終えたような顔をしている彼に苛立ちを覚えた。
「すっごい腹立った」
「わりわり」
それを隠すこともせずに伝えれば、反省の色一つ見せずケラケラと笑っていた。私も私で本気で怒っていないから、彼の笑いにつられてしまった。彼と笑い合って、国光くんに関しての話は終わった。
一頻り笑い終えた後、ぼんやりと国光くんとの関係を考えた。でも、進展するような内容はこれっぽっちも浮かばなかった。思うのは、これ以上望んではいけないという縛り。私は嘘を吐いてでも、彼の良き友人でありたい。どれほど自分の首を締めようとも、それがベストポジションだと信じて疑わなかった。
『三年生の皆さんは入場、退場門に並んでください』
放送の声がかかり、皆がペアを組んで入退場門へと向かっていく中で国光くんの姿を探す。
「名前、行くぞ」
「はぁい」
国光くんに呼ばれ、隣に駆け寄る。他の人と同じように門へと向かっていたのだけれど、予想外のことが起こった。右手が急に熱くなり、熱の犯人を確認すれば、それは国光くんの左手。周囲を見れば、どのペアもまだ手を繋いでいない。繋いでいるのは私達だけ。それを認識してしまえば、私達だけが誰よりも張り切っているようで急に恥ずかしくなってくる。
「あの、国光くん」
「なんだ」
「手を繋ぐのは……まだ早いんじゃない、かな」
顔まで熱くなっているのを自覚しながら、細い声で問う。すると、国光くんはその場に一瞬立ち止まってから周囲を確認した。
「……そう、だな」
ようやく気付いたのか、手を離した。何だか空気がぎこちなくなってしまって会話はなくなってしまった。どうせすぐ繋ぐのに熱を恋しく思ってしまうのは、私がおかしいのだろうか。
並んでいる最中から、何やら周囲が騒がしい。カメラを持った青色の体操服が集まっている。どうやら部活の後輩達は先輩の恋人との姿を収めるのが仕事らしく、外野の方が騒がしい。
「部長!こっち見てくださいよぉ!」
明らかにこちらに手を振る青色の体操服の子。整えられた黒髪と笑顔が眩しい。
「国光くん呼ばれてるよ」
知らぬふりをする国光くんに知らせるけれど、彼はつんとそっぽを向いたままだ。事前に手はちゃんと繋いで待つくせに、写真はダメなのかな。
「放っておけ」
「写真、嫌い?」
どうせなら撮りたいというように握っている手に力を籠めると、国光くんに伝わったのか、彼は私の顔を見た。
「いや、そうではない」
「じゃあ撮ってもらおうよ」
そう言うと、ようやく国光くんは後輩くんの方へと体を向けた。
「いきますよー!」
カシャ、と音が聞こえ、すぐに「バッチリです!」という元気な声が聞こえる。
「一緒に撮れてよかった」
笑って語りかけると、国光くんも微笑んでくれていた。写真にいる国光くんは笑っているかどうかなんて分からないけど、それでも私には二人で写っていることの方が重要だった。国光くんとの大切な思い出が一つ増えたのだから。
フォークダンスは始まってしまえば、誰と踊ったなんて覚えてないほどにぐるぐると回った。顔見知りのテニス部の面々とも踊ったなと思っていると、丁度テニス部最後の一人が回ってきた。
「お、乾」
「やあ」
いつもと変わらない調子で口元を緩めている彼の手を取り、踊る。
「想定通りだな」
踊りながら話す乾に、口を挟まずにはいられなかった。乾の刻むステップが少しズレたことは無視して会話を続ける。
「私が回ってくることが?」
「ああ」
誇らしげに笑っているから、私もつられて笑ってしまった。
「相変わらずだなあ」
余程後方にいなければ回ってくると思うんだけど、と思いつつ言葉を飲み込んだ。
「そして、」
ぴたりと音楽が止まった。
「ここで最後だ」
握られたままの手に熱が籠り、眼鏡越しの視線にさえ熱を感じる。
「それも想定内って?」
「まあね」
くつくつと笑う乾に、私は彼がそうした理由など考えずお気楽に笑っていた。変なことに熱を注ぐんだなとしか思えなくて、彼と手を繋いだまま退場した。
他愛もない話をしながら二人で戻っていると、退場門を過ぎたところで乾が突然その場に止まった。それにつられて私も足を止める。誰か知り合いでもいたのかなと思ったけれど、それは見当外れで答えはすぐ目の前にあった。
「おっと、お迎えのようだ」
乾の目線の先には国光くん。こちらをじっと見据えている。国光くんの目が前にも見た、乾と話しているときに入ってきたときの目と同じで、少しだけ居心地が悪くなってしまった。
「名前。生徒会はこっちだ」
「うん。今行く」
居心地の悪さとも別れるように乾と手を離し、国光くんの元へと駆け寄った。生徒会は開会式、閉会式と前方に立つことが決まっているから他の生徒とは並ぶ場所が違う。
「じゃあ、また」
「うん、また」
乾に手を振ってから別れると、国光くんはすかさず尋ねてきた。
「最後は乾だったのか」
「うん。乾の奴、計算してたみたい」
すごいよね。なんて口にすると、国光くんの表情が曇った。
「……ああ、そうだな」
その表情が私の心まで曇らせる。
ランキング戦で乾と戦ったことも、フォークダンスの相手を決めるときに乾の名前が真っ先に出たのも、ずっと前に私と乾が話しているところに入ってきたのも、全部関係あるのかな。だとしたら、私はどうしたらいいんだろう。
きゅう、と痛む胸が苦しい。思い描くものが真実なのであれば、私は応えてはいけない気がする。例え答え合わせがいつになろうとも、私は彼の隣に相応しくない。傍にいたいと思えば思う程、自分の場所の居心地が悪かった。
***
体育祭、期末テストと行事が終わり、一学期も終わりに近づく今日この頃。私は会計と一緒に集めたベルマークの仕分けをしていた。マークに残った余分を切り取ったり、マークの種類ごとに集めて集計したり、と細々した作業が多い。今日来られるのが私と会計の二人だったせいで、いつもより進捗状況は悪い。
「あっち~……」
隣で胸元をパタパタと仰ぐ。浅黒い肌を汗が伝い、顎から落ちる。見ているだけでこちらの温度が更に上がりそうだった。
「もう一、二度下げても大丈夫だよ」
「マジ?じゃあ、お言葉に甘えて」
顔を上げずに許可を出す。彼はそそくさと扉近くにある埋め込まれたリモコンに触れる。ピ、と温度が下がる音がすると、風の音が強まった。彼はゆったりとした歩調で席に戻り、態度大きく腰を下ろした。私は変わらずベルマークの点を計算しては、メモすることを繰り返している。
「そういえばさあ、」
「んー?」
「名字と手塚って付き合ってんの?」
突然の直球にシャーペンの芯が折れた。
「……なんでそう思うの」
内容が内容のせいで手が止まり、顔を会計の方へ向けた。彼はというと、悪びれる素振り一つ見せず、飄々としている。
「体育祭のとき、そんな感じじゃなかった?」
「そんな感じって……詳しく言ってよ」
不満を隠そうともせず、唇を尖らせながら詳細を求める。何を言いたいかは、大方察することが出来たけれど、自ら言語化するのは憚られた。
すると彼は後頭部の髪を乱雑にかき上げてから口を開いた。
「あー、先言っとくと、思ってるの俺だけじゃねえから」
「分かった分かった」
罪を自分だけにしたくないという魂胆が丸見えだった。別に体育祭関係なく以前から似たことは言われているせいで、良くも悪くも慣れっこだから何とも思わないけれど。
彼は咳払いをすると、少しだけ姿勢を正した。
「借り物競争のときとフォークダンスのとき。ほとんどフォークダンスのせいだけどさ」
指を二本立てて説明し始める。予想が的中しているせいで強く否定出来ない。それでもどこかで関係の否定はしないといけないせいで微かな隙間から反論の余地を見つける。
「みんな相手決めて入場してたじゃん」
私達だけじゃないと他人と比較する。私は友達として国光くんと入ったつもりだ。感情の答え合わせはしていないから正確なところは知らないけれど、彼もそうなんじゃないかと思いたい。それ以上はないと思いたかった。
すると、彼は真剣な顔つきになると、机の上に身を乗り出した。
「……名字さあ、相手いつ決めた?」
「一週間くらい前?」
「それまでに何人断った?」
「四人……だった気がする」
国光くんにされた質問を同じような問いが飛んでくる。頭に疑問符を浮かべながら答えていくと、彼は盛大な溜息を吐いた。
「だからだよ。四人断ってその後選ばれたのは手塚ってそりゃあデキてると思われても仕方ねえって」
数秒考えた。誘ってきた人皆知り合いじゃなかったから、それはそれで仕方ないんじゃないかと。
「へえ、そうなんだ。付き合ってないけどね」
そう言い捨て、再び意識をベルマークに戻した。どこまでやったか、と確認作業から始まる。
「俺も付き合ってる方に賭けてたのに」
あーあ、と落胆する彼に、不覚にも意識がそちらへと向いてしまった。
「勝手にネタにしないでくれる?」
「も」って何。「も」って。恐らくサッカー部から二人誘ってくれたから部内でネタにされているんじゃないかと悪寒が走った。でも、今更知ったからといってどうすることも出来ない。
はあ、と溜息を吐くと、彼はまだフォークダンスの話を続けた。
「サッカー部から行ってたろ?相手になってくれって」
「そうだね。二人」
「俺からも頼んでくれって言われてたんだけどさ、どうせ手塚と組むって思ってたから結局お前に言わなかったんだよな」
その予測は一体何だと聞きたかったけれど、同じ言葉が返ってきそうで遠慮した。
「なんかやな感じだなあ。まあ知らない人と組みたくなかったってだけだし」
「ハハ、言えてら」
ケラケラと笑い合っていると、コンコンと扉がノックされる。開いた扉からは一つ下の委員長が顔を出していた。
「すみません、今大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「少し質問があって」
「どうぞ〜」
室内に招き入れ、二人で質問に答える。委員会においての相談だったけれど、簡易的なものだったから私達二人でも事足りた。私は質問に答える最中、密かに国光くんいないのに来たんだ、と意外に思ったのは秘密。
「うん。大丈夫かな?」
「はい、ありがとうございました」
礼儀正しくお辞儀をする後輩に、いえいえ、と手を振る。彼女の疑問は晴れ、ベルマークの作業に戻ろうとした。
「先輩」
「ん?」
「最後に一つ聞いてもいいですか」
委員会のことは終わったのにな、と不思議に思いつつ、彼女の申し出を受け入れた。
「うん、いいよ」
珍しいこともあるな、と笑顔で返したが、彼女の顔色は突然変化した。以前見た覚えのある憎悪を孕んだ表情で私だけを見つめていた。眉間に皺をよせる姿は、感情を一切隠すつもりがないのだと即座に理解した。
「会長と、付き合ってるんですか」
彼女の質問に困惑した。暑さとベルマークでやられた頭をフル回転させ、その理由を導く。
「……いや?付き合ってないよ」
「そう、ですか」
否定の言葉を聞けば、彼女はあっという間に生徒会室を後にした。いや、逃げ出した、の方が正しいような気がする。多分というより恐らく、後者が本来の目的だったんじゃないかと思う。
至って冷静に返したつもりだった。でも、彼女は嘘つきを見るような目で、私を睨みつけていた。彼女は私を敵だと認識しているに違いない。
バタン、と扉が閉まって数秒経った後、会計は面白いものを見つけたと言わんばかりに輝いた顔で再び身を乗り出した。
「お前やべーじゃん。敵対視されてる」
誰よりも興奮している姿が憎たらしく映る。言われなくても分かっている。あんな分かりやすい憎悪に気付かないほど鈍感じゃない。
「うーん、困ったなあ」
目の前に散らばるベルマークに気を遣いながら机に肘をつく。思い返すのは、以前見た国光くんと後輩の話す姿。
「あの子結構手塚に話しかけに行ってるみたいだぜ。すげえよな、二年なのにわざわざ三年の教室まで」
彼は二組だから私より目撃する回数は多いだろう。彼女の積極性は尊敬する。素直に気持ちをぶつけようとしている姿は眩しい。
「……この間見たなあ」
ぽろりと事実を零せば、会計は勢いよく食いついた。
「おっ、まじか」
「用事があって一組行ったら、二人が話してて。あの子的にはまだ話したかったんだと思うんだけど、会長が私の方に来てくれて……多分それで傷ついたのかも。あの時睨まれてる感じしたもんなあ……」
手で顔を覆い隠す。少しずつ開示されていく関係が私の進む道を狭めていく。
「それいつ?」
「体育祭前」
「付き合ってないのに体育祭で見せつけられてって……うわ〜……」
私を他所に勝手に盛り上がる会計に怒りを覚えた。他人事だと思って、と詰め寄りたいけれど、私自身も冷静でいる。
「私が悪いわけじゃないし」
「まあな。でも本人はお前のせいにしたがるだろ」
「やだなあ……」
お願いだから私抜きで何とかしてほしい。告白するならするで、さっさとして欲しい。私を巻き込まないで欲しい。
勝手に相関図に入れられているのが気に食わなくて、完全にベルマークに取り組む姿勢を失っていると、彼は更に深堀してきた。
「もし手塚に告られたらどうすんの」
国光くんに、告白されたら。考えたことがなくて、身体が勝手にフリーズする。
「もしも。もしもの話」
もしもなんて分かってる。国光くんが万が一そう想っていてくれたとしても、彼は口にしそうにない。いくら真剣に考えても、私の頭では想像できない。偽りであっても、自分が何と言うのかさえ出てこない。
「……どうするんだろ」
消え入りそうな声で思案に暮れていると、彼は拍子抜けした様子で彼なりの答えを差し出してきた。
「え、受けねえの?」
「……わかんない。なんていうか……例えそうでも断りそう」
傍にいたいと願っても、私が隣にいる未来が描けなかった。理由を言え、と言われれば首を横に振るけれど、納得させるような言葉は今この手にはない。
彼の態度が静かだったために彼の顔を覗き込むと、驚きのあまり言葉を失っているようだった。彼の予想では「受ける」一択だったんだろう。
「……理由聞いちゃダメ?」
「ダメ。不確定要素だから」
脳裏には国光くんの瞳が浮かぶ。静かな闘志を持った彼の隣に立つには、恋人という枠は狭すぎる。その他大勢の友人が私にとって丁度いい。
「言おうとは思わねえの」
「……別に、付き合いたいわけじゃない」
嘘は吐いてない。ただ、彼の隣にいられたらいい。どんな形であっても、友人より先を求めない立ち位置がいい。
余分な箇所の残ったベルマークを指先で弄り続けていると、会計は茶化すような口調で言葉を続けた。
「顔に好きですって書いてんのに、何言ってんだか」
「私どんな顔してんの、それ」
「好きって顔」
悪戯を終えたような顔をしている彼に苛立ちを覚えた。
「すっごい腹立った」
「わりわり」
それを隠すこともせずに伝えれば、反省の色一つ見せずケラケラと笑っていた。私も私で本気で怒っていないから、彼の笑いにつられてしまった。彼と笑い合って、国光くんに関しての話は終わった。
一頻り笑い終えた後、ぼんやりと国光くんとの関係を考えた。でも、進展するような内容はこれっぽっちも浮かばなかった。思うのは、これ以上望んではいけないという縛り。私は嘘を吐いてでも、彼の良き友人でありたい。どれほど自分の首を締めようとも、それがベストポジションだと信じて疑わなかった。
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