紫煙に抱かれて
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蝉の鳴き声が煩い。汗で衣服が張り付く暑さが嫌いだ。
財前は心の中で悪態をつきながら人影のない学内を歩いていた。植えられた木々で作った影は、気休めにもならないほど熱気を有しており、体の穴という穴から汗が噴き出す。夏季休暇だというのに、なぜ財前は大学にいるのかというと、理由は一つ。名前に会うため。名前とキスをするため。
気付けば名前の付けがたい関係は三か月が経過していた。他人が聞けば、二人の関係に首を傾げるに違いない。だが、他人の目など二人には痛くも痒くもなかった。良く言えば二人だけの世界なのだから。
財前は手首で汗を拭い、いつもの場所へと足を踏み入れた。見慣れた女は、財前の気配を察知すると、いやらしく口角を上げる。
「光クン」
「まだ外で吸うてんすか」
学内唯一の野外喫煙所。名前は汗一つかかず、涼しい顔で煙と戯れている。それを後目に財前はベンチに座ると、名前の頭部を見つめた。
「髪、切ったんすね」
「ええやろ」
にんまりと笑って後頭部を撫でる。元々肩辺りまでしかなかった髪の毛はより短く切られ、耳や項が覗いていた。
「名前さん」
「わかったわかった」
名前はまだ長い煙草を灰皿に押し付けると、手招きする財前の隣に座った。財前はそっと名前の頬に触れると、名前は律儀に目を閉じて次を待つ。財前としては、その行動がくすぐったくて、ぞくぞくと体の奥底がこそばゆくなる。
ふに、と唇を啄み、いつものキスをすると、名前は声を漏らした。二人の行為は回数を重ねる度に粘性は増しており、更にそれ以上の行為さえも当たり前になりかけていた。
唇を離すと、名前は溶けた瞳を細める。はしたなく出された舌も、財前を煽情するには簡単だった。再び口づけを交わす。既に噴き出していた汗が頭を、頬を伝って顎へと落ちた。
すると、財前はあるものが目に入った。耳朶に小さい穴。ピアスホールだった。今まで髪に隠れて見えなかった穴。だが、財前には名前がピアスをつけていた記憶は一つとしてない。それがどうにも気になり、耳朶の裏を抉るように撫でる。すると、名前の身体は跳ねたが、すぐにくつくつと気味悪く笑った。
「もっと本数減らせや」
名前の反応に素直に驚いてしまったせいか、動悸が激しい。それを見透かされないよう、顔を歪めて##NAME1##に八つ当たりをする。
「あんたがその分もっと頑張り」
これ以上どうしろと言うのか。煙草の代わりになれるようにと、そういう約束で通っているが本数が減る様子は全くといってない。
すると名前は立ち上がると、んん、と背伸びをした。
「戻んの?」
「学部生と違って院生は休みちゃうねん」
今日はこれまでかと落胆する気持ちを抑え、財前もその場に立ち上がる。名前は突然財前の方を向くと、こう問うた。
「今日、来るんやろ」
「そのつもりやけど」
「ほな、これあげる」
名前から投げ渡されたのは、家の鍵。
「家、覚えたやろ」
「まあ、」
「すぐ帰るはず」
「はずってなんやねん。はずって」
財前は名前より先に自宅へと向かった。何度か訪れたことのある○○の家。片手で収まる程度だったが、来る度にやることは決まって一つだった。キスを超えれば答えなど簡単だ。財前と名前はキスだけでは飽き足らず、セックスまでする関係になっていた。だが、セフレというほど気軽な名前をつけたくないと財前は一人、心の中で抗い続けている。
財前はもらった鍵でドアを開けると、部屋は異国に来たかのような、寒さが迎えた。真っ先にエアコンのリモコンを確認すれば、十八度と表記されている。
「あいつアホやろ」
ピピ、とすぐさま温度を上げる。二十六度と表記され直したリモコンを元の位置に掛け、ベッドに座った。
財前は居心地が悪かった。何度来ても慣れることのないワンルーム。名前の普段の姿は見て取れない、綺麗に整頓された部屋だった。必要最低限の家具はあるが、それより外に余分な物はない。勝手にクローゼットを開ければ、整理された衣服が並ぶ。冷蔵庫を開ければ、作り置きのおかずのタッパーが積まれている。机の上にも化粧品一つない。外から何も見えないように、蓋をしている。生活しているはずなのに、名前が生活しているとは思えない。誰かとの写真もない、殺風景な部屋だった。素性の知らない、初対面の人間の家に訪問したような奇妙さを体感していた。
すると、ガチャガチャと扉の向こう側で音がする。
「帰ったで~」
「……おかえり」
「シャワー浴びた?」
「まだ」
「入り。出たらご飯食べようや」
二人にとって変わらない日常。一緒に食事をして、風呂に入って、セックスして。これが「恋人」というカテゴリだったらどれほどよかっただろう。だが、財前がそう分類してほしいと名前に乞うのは、まだ違うと首を振るばかり。
シャワーを浴びて出ると、机の上には食事が並んでいた。タオルを腰に巻いただけの姿で一口つまむと、簡素な言葉が零れる。
「うま」
「あ〜、まだいただきますしてへんのに。悪い子や」
一ミリたりとも怒気の感じられない緩んだ声。財前は名前の表情を窺ったが、目尻を下げて笑うばかりだ。名前は、あ、と声を上げると、ベッドの上を指差した。
「それ着といて」
ベッドの上に置かれたスウェット。グレーのどこにでもあるそれは、使い込まれた様子で静かに鎮座している。それは明らかな男物で、財前は静かに腹を立てた。
来る度に着ているのに一向に慣れることはなく、寒心に堪えないでいる。だからといって名前にスウェットを含めた諸々に問いかけることはなかった。それをすることで、自身が傷つくことを何となく察知していたからだろう。
食事を終えると、名前はベランダへと出た。手に煙草が見え、財前は後を追うと名前から煙草を奪った。
「あ~食後の一本……」
「俺がおるのに吸うつもりなんか」
「一本だけ」
「あかん」
財前は名前の手首をつかむと、噛みつくようなキスをお見舞いした。キスをすれば大人しくなるのは決まりきったことで、今更どうということもない。そして、飽きずに不毛な行為を繰り返している。
「今日あんま臭ないわ」
「光クンがわざわざ来るからやで」
「ええからベッド行くで」
ゆらゆらと力の入ってない腕を掴んだ。後ろに行く重心を引っ張るように無理矢理。
本来の目的を果たすために名前をベッドの上に転がす。その拍子に昼に見たピアスホールが再び、はっきりと顔を出す。それが異様に醜く見えて、体の奥から熱いものが流れた。
「光クン?」
「……なんもない」
漂い続ける釈然としない灰色は一向に消えることはなく、そのまま薄暗い黒へと逃げ込んだ。
翌朝、目を閉じたまま、隣にあるはずの温もりを探す。ボスボスと叩いても、温もりだけが残っているだけで持ち主はいない。財前は眉間に皺を寄せながら目を開けると、案の定名前は隣にいなかった。のろのろと体を起こし、ベランダを覗くと朝の一服をしている姿が目に入った。財前は面倒そうに頭をかきながらベランダへと出ると、朝日で眉間の皺がより深くなる。
「おはよ」
「おはよ、ちゃうわ。何当たり前に吸ってんねん」
「大事なモーニングルーティーン」
朝からけらけらと笑う名前は煙草を灰皿に潰すと、財前に触れるだけのキスをした。
止めてほしい気持ちと、止めることで自身が不必要になる可能性のせいで止めてほしくない気持ちを天秤にかければ、現時点ではどちらが勝つのかなんて明言できない。
「あんたは優しいなあ」
「誰にでもそうなわけちゃう」
「あんたがそないに器用やないことぐらいわかる」
全て知った口を利く態度。それはただ挑発しているだけでなく、回数を重ねる度に真実味を帯びる。
財前は、あんたのそういうところが、と滑りそうになる口を一文字に結んで堪えた。
「名前さん」
「んー?」
「ピアスせえへんの?」
財前は名前の耳朶に触れた。まだ最近までつけていたであろう傷痕。妙な緊張感に襲われつつも、財前は表情に出ないように口端に力を入れた。
「飽きた」
「はい?」
「ピアス付けるの、飽きてん」
「なんやそれ」
無駄に緊張したのかと、財前は溜息を吐いた。しかし、財前の心の奥底には、依然として蟠りが残ったままだった。
財前は心の中で悪態をつきながら人影のない学内を歩いていた。植えられた木々で作った影は、気休めにもならないほど熱気を有しており、体の穴という穴から汗が噴き出す。夏季休暇だというのに、なぜ財前は大学にいるのかというと、理由は一つ。名前に会うため。名前とキスをするため。
気付けば名前の付けがたい関係は三か月が経過していた。他人が聞けば、二人の関係に首を傾げるに違いない。だが、他人の目など二人には痛くも痒くもなかった。良く言えば二人だけの世界なのだから。
財前は手首で汗を拭い、いつもの場所へと足を踏み入れた。見慣れた女は、財前の気配を察知すると、いやらしく口角を上げる。
「光クン」
「まだ外で吸うてんすか」
学内唯一の野外喫煙所。名前は汗一つかかず、涼しい顔で煙と戯れている。それを後目に財前はベンチに座ると、名前の頭部を見つめた。
「髪、切ったんすね」
「ええやろ」
にんまりと笑って後頭部を撫でる。元々肩辺りまでしかなかった髪の毛はより短く切られ、耳や項が覗いていた。
「名前さん」
「わかったわかった」
名前はまだ長い煙草を灰皿に押し付けると、手招きする財前の隣に座った。財前はそっと名前の頬に触れると、名前は律儀に目を閉じて次を待つ。財前としては、その行動がくすぐったくて、ぞくぞくと体の奥底がこそばゆくなる。
ふに、と唇を啄み、いつものキスをすると、名前は声を漏らした。二人の行為は回数を重ねる度に粘性は増しており、更にそれ以上の行為さえも当たり前になりかけていた。
唇を離すと、名前は溶けた瞳を細める。はしたなく出された舌も、財前を煽情するには簡単だった。再び口づけを交わす。既に噴き出していた汗が頭を、頬を伝って顎へと落ちた。
すると、財前はあるものが目に入った。耳朶に小さい穴。ピアスホールだった。今まで髪に隠れて見えなかった穴。だが、財前には名前がピアスをつけていた記憶は一つとしてない。それがどうにも気になり、耳朶の裏を抉るように撫でる。すると、名前の身体は跳ねたが、すぐにくつくつと気味悪く笑った。
「もっと本数減らせや」
名前の反応に素直に驚いてしまったせいか、動悸が激しい。それを見透かされないよう、顔を歪めて##NAME1##に八つ当たりをする。
「あんたがその分もっと頑張り」
これ以上どうしろと言うのか。煙草の代わりになれるようにと、そういう約束で通っているが本数が減る様子は全くといってない。
すると名前は立ち上がると、んん、と背伸びをした。
「戻んの?」
「学部生と違って院生は休みちゃうねん」
今日はこれまでかと落胆する気持ちを抑え、財前もその場に立ち上がる。名前は突然財前の方を向くと、こう問うた。
「今日、来るんやろ」
「そのつもりやけど」
「ほな、これあげる」
名前から投げ渡されたのは、家の鍵。
「家、覚えたやろ」
「まあ、」
「すぐ帰るはず」
「はずってなんやねん。はずって」
財前は名前より先に自宅へと向かった。何度か訪れたことのある○○の家。片手で収まる程度だったが、来る度にやることは決まって一つだった。キスを超えれば答えなど簡単だ。財前と名前はキスだけでは飽き足らず、セックスまでする関係になっていた。だが、セフレというほど気軽な名前をつけたくないと財前は一人、心の中で抗い続けている。
財前はもらった鍵でドアを開けると、部屋は異国に来たかのような、寒さが迎えた。真っ先にエアコンのリモコンを確認すれば、十八度と表記されている。
「あいつアホやろ」
ピピ、とすぐさま温度を上げる。二十六度と表記され直したリモコンを元の位置に掛け、ベッドに座った。
財前は居心地が悪かった。何度来ても慣れることのないワンルーム。名前の普段の姿は見て取れない、綺麗に整頓された部屋だった。必要最低限の家具はあるが、それより外に余分な物はない。勝手にクローゼットを開ければ、整理された衣服が並ぶ。冷蔵庫を開ければ、作り置きのおかずのタッパーが積まれている。机の上にも化粧品一つない。外から何も見えないように、蓋をしている。生活しているはずなのに、名前が生活しているとは思えない。誰かとの写真もない、殺風景な部屋だった。素性の知らない、初対面の人間の家に訪問したような奇妙さを体感していた。
すると、ガチャガチャと扉の向こう側で音がする。
「帰ったで~」
「……おかえり」
「シャワー浴びた?」
「まだ」
「入り。出たらご飯食べようや」
二人にとって変わらない日常。一緒に食事をして、風呂に入って、セックスして。これが「恋人」というカテゴリだったらどれほどよかっただろう。だが、財前がそう分類してほしいと名前に乞うのは、まだ違うと首を振るばかり。
シャワーを浴びて出ると、机の上には食事が並んでいた。タオルを腰に巻いただけの姿で一口つまむと、簡素な言葉が零れる。
「うま」
「あ〜、まだいただきますしてへんのに。悪い子や」
一ミリたりとも怒気の感じられない緩んだ声。財前は名前の表情を窺ったが、目尻を下げて笑うばかりだ。名前は、あ、と声を上げると、ベッドの上を指差した。
「それ着といて」
ベッドの上に置かれたスウェット。グレーのどこにでもあるそれは、使い込まれた様子で静かに鎮座している。それは明らかな男物で、財前は静かに腹を立てた。
来る度に着ているのに一向に慣れることはなく、寒心に堪えないでいる。だからといって名前にスウェットを含めた諸々に問いかけることはなかった。それをすることで、自身が傷つくことを何となく察知していたからだろう。
食事を終えると、名前はベランダへと出た。手に煙草が見え、財前は後を追うと名前から煙草を奪った。
「あ~食後の一本……」
「俺がおるのに吸うつもりなんか」
「一本だけ」
「あかん」
財前は名前の手首をつかむと、噛みつくようなキスをお見舞いした。キスをすれば大人しくなるのは決まりきったことで、今更どうということもない。そして、飽きずに不毛な行為を繰り返している。
「今日あんま臭ないわ」
「光クンがわざわざ来るからやで」
「ええからベッド行くで」
ゆらゆらと力の入ってない腕を掴んだ。後ろに行く重心を引っ張るように無理矢理。
本来の目的を果たすために名前をベッドの上に転がす。その拍子に昼に見たピアスホールが再び、はっきりと顔を出す。それが異様に醜く見えて、体の奥から熱いものが流れた。
「光クン?」
「……なんもない」
漂い続ける釈然としない灰色は一向に消えることはなく、そのまま薄暗い黒へと逃げ込んだ。
翌朝、目を閉じたまま、隣にあるはずの温もりを探す。ボスボスと叩いても、温もりだけが残っているだけで持ち主はいない。財前は眉間に皺を寄せながら目を開けると、案の定名前は隣にいなかった。のろのろと体を起こし、ベランダを覗くと朝の一服をしている姿が目に入った。財前は面倒そうに頭をかきながらベランダへと出ると、朝日で眉間の皺がより深くなる。
「おはよ」
「おはよ、ちゃうわ。何当たり前に吸ってんねん」
「大事なモーニングルーティーン」
朝からけらけらと笑う名前は煙草を灰皿に潰すと、財前に触れるだけのキスをした。
止めてほしい気持ちと、止めることで自身が不必要になる可能性のせいで止めてほしくない気持ちを天秤にかければ、現時点ではどちらが勝つのかなんて明言できない。
「あんたは優しいなあ」
「誰にでもそうなわけちゃう」
「あんたがそないに器用やないことぐらいわかる」
全て知った口を利く態度。それはただ挑発しているだけでなく、回数を重ねる度に真実味を帯びる。
財前は、あんたのそういうところが、と滑りそうになる口を一文字に結んで堪えた。
「名前さん」
「んー?」
「ピアスせえへんの?」
財前は名前の耳朶に触れた。まだ最近までつけていたであろう傷痕。妙な緊張感に襲われつつも、財前は表情に出ないように口端に力を入れた。
「飽きた」
「はい?」
「ピアス付けるの、飽きてん」
「なんやそれ」
無駄に緊張したのかと、財前は溜息を吐いた。しかし、財前の心の奥底には、依然として蟠りが残ったままだった。