マイナスからのキスを君に
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丸井君、いや、ブン太とお試しで付き合うようになって三日目。相変わらず現実感のないままで、今日も屋上で隣に並んで昼食をとっていた。彼は大きな口を開けてパンを食らっているが、私の方はあまり箸の進まない状態。なぜかと言えば、私は彼に聞かなければならないことがあるのをすっかり忘れていたため、今その機会を窺っていたせいだ。
居心地の悪さを感じ、ずっと聞きたかったんだけど、と切り出すとブン太は口いっぱいのまま、こちらを向いた。
「どうしてお試しで付き合うとか提案したの?」
そう尋ねると、元々丸い瞳を更に丸くして、瞬きを繰り返した。女の子よりも可愛らしい顔に、少しばかりの嫉妬心を覚えつつ、彼が答えるのを待った。彼は口の中のものを飲み込むと、頬に紅が差し込んだ。
「そんなの、好きだからに決まってんだろぃ」
彼の態度につられて赤が移る。何と答えたら正解なのかと無言のまま下を向くと、彼は私の左手首を掴んだ。
「俺はお試しじゃなく付き合いたいと思ってる」
気持ちを見透かされてしまいそうなほど真っ直ぐな視線。私はまだ正面から受け止めきれない。手首を掴む手は、更に力を込める。
「今はまだいいけど、俺をちゃんと意識してくんね?」
覗き込むようにブン太と視線を絡める。彼の口は一文字に結ばれ、嘘偽りを一切感じさせない。
彼の髪はふわふわと風に靡く。
「いつか絶対に、好きにさせるから」
この時の私は首を縦にも横にも振れなかった。どう反応すればよかったのか分からず、彼から目を逸らしてしまった。ブン太は掴んでいた手を離すと、顔に笑顔を戻した。ラインの連絡先を教えてほしいのだとすぐさま話題を変えてくれた。
彼の行動に反応はできなかったけれど、新規で入った彼の名前が嬉しくて頬が勝手に緩んでいた。
それからお昼だけ一緒に過ごすことが続いた。ブン太から屋上以外でも話したいと提案されたが、私がいい顔をしなかった。ブン太とお試しでも付き合っていることがバレたくなかったから。ついこの間まで他の人のことが好きで告白までしたというのにすぐ他の相手を見つけたように思われるのが嫌だった。いくら話が出回っていないとはいえ、相手はブン太だ。人気者の彼の横に堂々と並ぶには自信が無い。今まで全く接点がなかったのに、周囲に怪しまれることを恐れた。
そして、ブン太と接するようになってから以前より自信は持てるようになったかなという微妙な線上に立っている私。友達にも相談したり、あまり話したことのなかったオシャレに敏感な子達にも話しかけてみたりして自分なりに努力を始めた。そのおかげか、学校に行くことが断然楽しくて仕方がない。全部、ブン太のおかげだな。
でも、この「お試し」もいつか終わりにしなくちゃならない。ちゃんと自分の気持ちをはっきりと伝えるようにならないと。
***
チャイムが鳴り、教材を机の中に戻す。後ろの黒板に目をやると、次の教科は数学のようだ。
「次数学?宿題あったっけ」
机の中からごそごそと教科書を探りながら目の前に座る仁王に尋ねる。
「ある」
「うっそ!」
「嘘じゃよ」
「お前な〜……」
「プリッ」
仁王に軽く騙されていた最中、近くで話していたクラスメイトの奴らの会話が耳に届いた。
「最近名字変わったよな」
「確かに。前より可愛くなった」
その声を聞いて嬉しいような嬉しくないような何とも形容しがたい感情に支配される。
確かに俺が猫背を指摘すれば頑張って直してたし、最近なんか女子同士でヘアアレンジを楽しんでいるようだ。お試しであっても自分の彼女が可愛くなっていくのは嬉しいことだが、ちゃんと彼女だと言い張れない現状に不服しかない。
「丸井、顔」
「んだよぃ」
「ぶっさいくになっとるよ」
恐らく百面相をしていたのだろう。抑えきれない感情が憎い。冷静なフリをしているが、あいつの前だといつもの何倍もかっこつけたがる自分がいる。
「うっせー……」
反抗的な言葉をぶつけるも、明らかに力はない。そんな俺を見ながら仁王はクツクツと笑っていた。
こちとら必死なんだよぃ!
「まだ付き合うとらんのにのう」
「一応付き合ってんだよ!」
「お試しじゃろ?」
「うっ」
鋭い言葉で刺され、咄嗟に胸を抑える。
「あん時の必死な顔はいつ思い出しても傑作じゃのう」
「あっ、あん時はなあ!」
感情が昂り、ガタンと席を立つ。
あのときというのは名前が告白した昼休みのこと。仁王がどこからか入手してきた情報を基にこっそりと着いていけば本当に告白で、ショックを受けつつも相手の男がフることを祈っていた。
俺の方が好きなんだから俺にチャンスをくれ。絶対にチャンスを逃しやしないから。そう何度も何度も願っていた。すると、俺の願いは叶った。
ショックを受けているなまえを見て心苦しかったが、何も知らないフリをして心配の声をかけた。
俺にしとけばそんな顔しなくていいのに。だからこそ、俺は遠慮することをやめた。
「まあまあ落ち着きんしゃい」
仁王に宥められ座り直し、深呼吸を一つ。
「まあ、さすがにデートの一つぐらいせんと」
「わかってんだけどよ~……」
中々勇気が出ない。いい線いってんじゃねえかなとは思うけど、いざとなると言葉にするのは難しくて頭を悩ませる。どうせ誘うならスマートに誘いたい。
「うかうかしとると、誰かに取られるかもしれんぜよ」
「やだ」
「今日のお昼にでも誘いんしゃい」
「……言ってみる」
背中を押され、漸く行動に移そうと試みる。こんな弱気な姿だけは、絶対に見られるわけにはいかねえから。いつだってかっこつけた姿だけ見てもらいてえんだよ。男ってそういうもんだろい?
***
食後のデザートとしてプリンを食べていた時のこと。ブン太はスマホを取り出すと、とあるサイトを開く。
「これ行かね?」
スマホの画面を覗くと、スイーツビュッフェのサイトが広げられていた。カラフルな煌びやかなスイーツが並び、私の喉は大きく動く。スイーツに目がない私は間髪入れずに行きたい、と首を何度も振ると、ブン太は目を細めて笑っていた。
「じゃあ今度の日曜とかどう?」
「うん、大丈夫!」
こうして二人で行くことが決まったけれど、これはデートでいいのだろうか。
やっぱり、ブン太もそのつもりで誘ってくれてる、んだよね?
***
デート当日。ブン太が行きたいとこがあるからと早めに駅前で待ち合わせ。
いっぱい食べても大丈夫なようにワンピースを着てきたけど変じゃないと信じたい。スマホで髪型を気にするけれど、どれが正解だかわからなくなっていく。逸る気持ちを抑えつつ、制服以外で会うの初めてだから緊張してしまっている。
「わり、待たせた」
眉をハの字にさせて現れたブン太。
「ううん、大丈夫。今来たところ」
「おっし、じゃあ行くか」
予約していた時間にはまだ余裕がある。なにやら欲しいスニーカーがあるらしいブン太に連れられて靴屋へと向かった。
しかし、歩き出した瞬間に彼の足は止まる。
「名前、」
「ん?」
「手、出して」
言われるがままブン太の目の前に手を差し出すと、いとも簡単に私の手を攫った。それがあまりにも速やかに行われるものだから、私の目は点になってしまった。
「今日ぐらい、許せよぃ」
口を尖らせつつ、ほんのりと赤い頬のブン太。小さく頷くと、口元に弧を描いていた。
お店に入るとブン太はスニーカーのある場所へ一目散。引っ張られながら着いていくと、目当てのものがあったようで目を爛々と輝かせていた。その瞬間、手はぱっと離れ、通る空気が寂しさを見せる。そんなことを気にしないブン太には、合うサイズがあったようで、お会計に鼻歌交じりで向かっていった。
その間、私はレディース用の辺りをふらふらと回った。すると、好みのオープントゥのブーティサンダルが目にとまる。駆け寄り、手に取ってみれば、目が離せなくなってしまっていた。正直、ものすごく可愛い。しかし厚底であり、ヒールが高い。自分が履いたところを想像すると、180cmになるのが容易く想像できる。さすがに似合わないだろうと元に戻そうとした瞬間、背後から彼がひょっこり顔を出した。
「可愛いじゃん、それ」
「うん、そうだね」
残念そうに声のトーンを落とすが、ブン太は変わらずの調子で言葉を続ける。手には既に購入済みのスニーカーの袋。
「……履いてみねえ?」
せっかくの彼の提案も私は首を横に振る。
「私には似合わないよ」
前よりも前向きになったとはいえ、こういうものに対してはまだ勇気が足りない。今だって私の足を包むのはぺたんこの靴。
「そういうことは、試してから言えって」
「で、でも」
「いいから」
ブン太に手を取られ、試し履きのための椅子に座らされる。目の前に先程まで手にしていたサンダルを置かれ、渋々足を通すと驚くほどぴったりだった。ブン太の手を握り、立ち上がってはくるりと一回転してみる。
「ん、いいじゃん」
「余計でかいし……変じゃない?」
満足そうなブン太とは対照的に、眉間に皺を寄せ不安を吐露する。しかし、ブン太はそれを払拭するように更に暖かい笑みを私に向ける。
「全然変じゃねえから安心しろい」
「ほ、本当?」
その場でくるくると回って見せる。ブン太に肯定されると自然と勇気が沸き起こってくる。
「可愛い。お前の良さが際立ってる」
ブン太のこういうところが羨ましくもあり、ずるいとも思う。じわ、と熱くなる顔を堪えるようにスカートを掴み皺を作る。
「買うか?」
「んー……今日はやめとく」
椅子に腰を下ろし、サンダルを脱ぐ。離れた寂しさを感じつつも飾られていた棚へと戻した。
「そっか。じゃあ行くか」
頷き、店を後にする。後ろ髪を引かれる思いで何度かサンダルのあった場所を見つめるも、首を横に振って諦めさせた。
その後、楽しみにしていたビュッフェで舌鼓を打つも、頭の片隅にはあのサンダルが残っていて、何となく気持ち悪さが残っていた。
家に帰ってからというもの、あの靴が頭から離れない。ブン太も似合ってると言ってくれていたし、と気分は晴れないでいた。
すると、スマホの画面が突然点いた。原因はブン太からのメッセージ。
『今度試合あるんだけど』
『見に来ねえ?』
『ていうか、応援しに来て欲しい』
浮き上がってそのまま宙に浮いてしまいそうな感覚に襲われる。すぐに行く旨を伝えた刹那、私はある事を思いついた。そして自室を飛び出せば、母親の元へと向かった。
居心地の悪さを感じ、ずっと聞きたかったんだけど、と切り出すとブン太は口いっぱいのまま、こちらを向いた。
「どうしてお試しで付き合うとか提案したの?」
そう尋ねると、元々丸い瞳を更に丸くして、瞬きを繰り返した。女の子よりも可愛らしい顔に、少しばかりの嫉妬心を覚えつつ、彼が答えるのを待った。彼は口の中のものを飲み込むと、頬に紅が差し込んだ。
「そんなの、好きだからに決まってんだろぃ」
彼の態度につられて赤が移る。何と答えたら正解なのかと無言のまま下を向くと、彼は私の左手首を掴んだ。
「俺はお試しじゃなく付き合いたいと思ってる」
気持ちを見透かされてしまいそうなほど真っ直ぐな視線。私はまだ正面から受け止めきれない。手首を掴む手は、更に力を込める。
「今はまだいいけど、俺をちゃんと意識してくんね?」
覗き込むようにブン太と視線を絡める。彼の口は一文字に結ばれ、嘘偽りを一切感じさせない。
彼の髪はふわふわと風に靡く。
「いつか絶対に、好きにさせるから」
この時の私は首を縦にも横にも振れなかった。どう反応すればよかったのか分からず、彼から目を逸らしてしまった。ブン太は掴んでいた手を離すと、顔に笑顔を戻した。ラインの連絡先を教えてほしいのだとすぐさま話題を変えてくれた。
彼の行動に反応はできなかったけれど、新規で入った彼の名前が嬉しくて頬が勝手に緩んでいた。
それからお昼だけ一緒に過ごすことが続いた。ブン太から屋上以外でも話したいと提案されたが、私がいい顔をしなかった。ブン太とお試しでも付き合っていることがバレたくなかったから。ついこの間まで他の人のことが好きで告白までしたというのにすぐ他の相手を見つけたように思われるのが嫌だった。いくら話が出回っていないとはいえ、相手はブン太だ。人気者の彼の横に堂々と並ぶには自信が無い。今まで全く接点がなかったのに、周囲に怪しまれることを恐れた。
そして、ブン太と接するようになってから以前より自信は持てるようになったかなという微妙な線上に立っている私。友達にも相談したり、あまり話したことのなかったオシャレに敏感な子達にも話しかけてみたりして自分なりに努力を始めた。そのおかげか、学校に行くことが断然楽しくて仕方がない。全部、ブン太のおかげだな。
でも、この「お試し」もいつか終わりにしなくちゃならない。ちゃんと自分の気持ちをはっきりと伝えるようにならないと。
***
チャイムが鳴り、教材を机の中に戻す。後ろの黒板に目をやると、次の教科は数学のようだ。
「次数学?宿題あったっけ」
机の中からごそごそと教科書を探りながら目の前に座る仁王に尋ねる。
「ある」
「うっそ!」
「嘘じゃよ」
「お前な〜……」
「プリッ」
仁王に軽く騙されていた最中、近くで話していたクラスメイトの奴らの会話が耳に届いた。
「最近名字変わったよな」
「確かに。前より可愛くなった」
その声を聞いて嬉しいような嬉しくないような何とも形容しがたい感情に支配される。
確かに俺が猫背を指摘すれば頑張って直してたし、最近なんか女子同士でヘアアレンジを楽しんでいるようだ。お試しであっても自分の彼女が可愛くなっていくのは嬉しいことだが、ちゃんと彼女だと言い張れない現状に不服しかない。
「丸井、顔」
「んだよぃ」
「ぶっさいくになっとるよ」
恐らく百面相をしていたのだろう。抑えきれない感情が憎い。冷静なフリをしているが、あいつの前だといつもの何倍もかっこつけたがる自分がいる。
「うっせー……」
反抗的な言葉をぶつけるも、明らかに力はない。そんな俺を見ながら仁王はクツクツと笑っていた。
こちとら必死なんだよぃ!
「まだ付き合うとらんのにのう」
「一応付き合ってんだよ!」
「お試しじゃろ?」
「うっ」
鋭い言葉で刺され、咄嗟に胸を抑える。
「あん時の必死な顔はいつ思い出しても傑作じゃのう」
「あっ、あん時はなあ!」
感情が昂り、ガタンと席を立つ。
あのときというのは名前が告白した昼休みのこと。仁王がどこからか入手してきた情報を基にこっそりと着いていけば本当に告白で、ショックを受けつつも相手の男がフることを祈っていた。
俺の方が好きなんだから俺にチャンスをくれ。絶対にチャンスを逃しやしないから。そう何度も何度も願っていた。すると、俺の願いは叶った。
ショックを受けているなまえを見て心苦しかったが、何も知らないフリをして心配の声をかけた。
俺にしとけばそんな顔しなくていいのに。だからこそ、俺は遠慮することをやめた。
「まあまあ落ち着きんしゃい」
仁王に宥められ座り直し、深呼吸を一つ。
「まあ、さすがにデートの一つぐらいせんと」
「わかってんだけどよ~……」
中々勇気が出ない。いい線いってんじゃねえかなとは思うけど、いざとなると言葉にするのは難しくて頭を悩ませる。どうせ誘うならスマートに誘いたい。
「うかうかしとると、誰かに取られるかもしれんぜよ」
「やだ」
「今日のお昼にでも誘いんしゃい」
「……言ってみる」
背中を押され、漸く行動に移そうと試みる。こんな弱気な姿だけは、絶対に見られるわけにはいかねえから。いつだってかっこつけた姿だけ見てもらいてえんだよ。男ってそういうもんだろい?
***
食後のデザートとしてプリンを食べていた時のこと。ブン太はスマホを取り出すと、とあるサイトを開く。
「これ行かね?」
スマホの画面を覗くと、スイーツビュッフェのサイトが広げられていた。カラフルな煌びやかなスイーツが並び、私の喉は大きく動く。スイーツに目がない私は間髪入れずに行きたい、と首を何度も振ると、ブン太は目を細めて笑っていた。
「じゃあ今度の日曜とかどう?」
「うん、大丈夫!」
こうして二人で行くことが決まったけれど、これはデートでいいのだろうか。
やっぱり、ブン太もそのつもりで誘ってくれてる、んだよね?
***
デート当日。ブン太が行きたいとこがあるからと早めに駅前で待ち合わせ。
いっぱい食べても大丈夫なようにワンピースを着てきたけど変じゃないと信じたい。スマホで髪型を気にするけれど、どれが正解だかわからなくなっていく。逸る気持ちを抑えつつ、制服以外で会うの初めてだから緊張してしまっている。
「わり、待たせた」
眉をハの字にさせて現れたブン太。
「ううん、大丈夫。今来たところ」
「おっし、じゃあ行くか」
予約していた時間にはまだ余裕がある。なにやら欲しいスニーカーがあるらしいブン太に連れられて靴屋へと向かった。
しかし、歩き出した瞬間に彼の足は止まる。
「名前、」
「ん?」
「手、出して」
言われるがままブン太の目の前に手を差し出すと、いとも簡単に私の手を攫った。それがあまりにも速やかに行われるものだから、私の目は点になってしまった。
「今日ぐらい、許せよぃ」
口を尖らせつつ、ほんのりと赤い頬のブン太。小さく頷くと、口元に弧を描いていた。
お店に入るとブン太はスニーカーのある場所へ一目散。引っ張られながら着いていくと、目当てのものがあったようで目を爛々と輝かせていた。その瞬間、手はぱっと離れ、通る空気が寂しさを見せる。そんなことを気にしないブン太には、合うサイズがあったようで、お会計に鼻歌交じりで向かっていった。
その間、私はレディース用の辺りをふらふらと回った。すると、好みのオープントゥのブーティサンダルが目にとまる。駆け寄り、手に取ってみれば、目が離せなくなってしまっていた。正直、ものすごく可愛い。しかし厚底であり、ヒールが高い。自分が履いたところを想像すると、180cmになるのが容易く想像できる。さすがに似合わないだろうと元に戻そうとした瞬間、背後から彼がひょっこり顔を出した。
「可愛いじゃん、それ」
「うん、そうだね」
残念そうに声のトーンを落とすが、ブン太は変わらずの調子で言葉を続ける。手には既に購入済みのスニーカーの袋。
「……履いてみねえ?」
せっかくの彼の提案も私は首を横に振る。
「私には似合わないよ」
前よりも前向きになったとはいえ、こういうものに対してはまだ勇気が足りない。今だって私の足を包むのはぺたんこの靴。
「そういうことは、試してから言えって」
「で、でも」
「いいから」
ブン太に手を取られ、試し履きのための椅子に座らされる。目の前に先程まで手にしていたサンダルを置かれ、渋々足を通すと驚くほどぴったりだった。ブン太の手を握り、立ち上がってはくるりと一回転してみる。
「ん、いいじゃん」
「余計でかいし……変じゃない?」
満足そうなブン太とは対照的に、眉間に皺を寄せ不安を吐露する。しかし、ブン太はそれを払拭するように更に暖かい笑みを私に向ける。
「全然変じゃねえから安心しろい」
「ほ、本当?」
その場でくるくると回って見せる。ブン太に肯定されると自然と勇気が沸き起こってくる。
「可愛い。お前の良さが際立ってる」
ブン太のこういうところが羨ましくもあり、ずるいとも思う。じわ、と熱くなる顔を堪えるようにスカートを掴み皺を作る。
「買うか?」
「んー……今日はやめとく」
椅子に腰を下ろし、サンダルを脱ぐ。離れた寂しさを感じつつも飾られていた棚へと戻した。
「そっか。じゃあ行くか」
頷き、店を後にする。後ろ髪を引かれる思いで何度かサンダルのあった場所を見つめるも、首を横に振って諦めさせた。
その後、楽しみにしていたビュッフェで舌鼓を打つも、頭の片隅にはあのサンダルが残っていて、何となく気持ち悪さが残っていた。
家に帰ってからというもの、あの靴が頭から離れない。ブン太も似合ってると言ってくれていたし、と気分は晴れないでいた。
すると、スマホの画面が突然点いた。原因はブン太からのメッセージ。
『今度試合あるんだけど』
『見に来ねえ?』
『ていうか、応援しに来て欲しい』
浮き上がってそのまま宙に浮いてしまいそうな感覚に襲われる。すぐに行く旨を伝えた刹那、私はある事を思いついた。そして自室を飛び出せば、母親の元へと向かった。