マイナスからのキスを君に
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一人取り残された私は、渋々3年B組の教室へと戻っていた。席に着きながら席の離れた丸井君をちらりと見ると、何事も無かったかのように他のクラスメイトと談笑している。
やっぱりあれは丸井君の嘘なのかな。私、からかわれただけなのかな。それともあまりにも落ち込む私への気遣い?
教壇に先生が立っていても気づかないまま、頭の中は丸井君のことでいっぱいいっぱい。しかしそのおかげか、失恋の痛みは軽減されていた。
放課後になり部活でも心ここに在らずで部員に帰れと言われてしまい、早々に帰宅した。溜息と共に玄関扉を開けると、迎えてくれたのは父親。
「おかえり」
「ただいまぁ……」
優しい笑顔に迎えられ、どっと疲れが体に出る。
両親は共働きであるが、帰るといつもどちらかが出迎えてくれている。どうやら今日は父のようだ。
私は踵を合わせ、ローファーを脱ぐ。
「今日お父さんが早い日だっけ」
「うん、そうだよ」
笑顔で迎えてくれていたが、父は何かに気づいたようであれ、と疑問の声が零れる。それの意図が理解出来ず、首を傾げると、父は両手を軽く広げて何かを待っているようだった。私が行為の意図に気づかないままでいると、父は口を開いた。
「お弁当箱は?」
お弁当箱。その一言に全身の血の気が引いた。すっかり言い訳を考えることを忘れていたせいだ。クラスメイトの男子が持ってるなんてお父さんに言えたもんじゃない。
お母さんならまだしも、と思いつつ、えっと、と言い訳を探す。目は勝手に泳ぎ、わざとらしく今思い出したかのように声をあげた。
「あっ、忘れちゃった~……ハハ、」
背中に汗が伝った。良心が痛みながらも、嘘を突き通そうと試みる。手に汗をかきながら父の反応を窺うと、
「そうなのか。暖かくなってるから気を付けないとね」
とだけ。向けられた笑顔に申し訳なさが募る。
「う、うん!ごめんね!持って帰ったら私が洗うし!」
一気に解き放たれたかのように全身が暑く、焦りからか早口になる。
喋れば喋るほどボロが出そうで、そのことに恐れをなした私はその場から逃げるように自室のある二階へと駆け上がった。
「ちゃんと手洗うんだよ~」
「は~い!」
勧告を背で受けながら自室へと逃げ込む。慌ただしい足音に父が首を傾げていたことを私は知らない。
扉を閉めた途端、扉を背にずるずると力なく床にお尻をつける。無駄に荒んだ呼吸を余裕もなく、父親とのやり取りを思い返した。
「だ、大丈夫、だよね」
よくよく考えると、母親は鋭いから私の異変に気づいていた可能性があった。そう考えると、むしろ母親じゃなくて良かったのかもしれない。このときばかりは鈍感な父に感謝した。
そのまま少し休憩をした私は学校の物を片し、部屋着に着替えた。
明日、屋上に行ってみないとな。本当にいるのかな。
そわそわと落ち着かない気持ちを抑えつつ、あることに気づいた。
「……明日お弁当いらないって言わなくちゃ」
母が帰ってくる前に、とすぐさま部屋を出ては父の元へと向かう。明日のお弁当は父が担当で、要らない旨を伝えると素直に了承された。この日は母親の帰宅時間が遅かったため、気づかれないだろうと胸を撫で下ろした。
***
次の日、教室へ行くと丸井君は既に席に着いており、前の席の仁王君と話していた。その姿がやはりいつも通りで、私だけが気にしてるみたいで何かがひどく胸に引っかかる。授業が進めば進むほど落ち着きのなさは顕著になってしまい、友達との会話も上の空。さらに大丈夫?と心配される始末。幸い、授業中にあてられることはなかった。加えて、私が告白したことは誰にも伝わっていないようで心底安堵した。
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、勢いよく席を立つ。教室にいるはずの彼の姿を探すも既に彼はいない。
まさかあれ本気だったんだろうか、と動揺が走る。早くいかなければ、と一緒に昼食をとる予定の友達に断りを入れ、屋上へ向かって駆けて行った。
息を切らしながら屋上の扉を開けると、そこには約束通り丸井君が待っていた。
「ほ、本当にいる……」
ゆっくりと彼に近づけば、得意気に笑っていた。
「あったりめーだろぃ?俺嘘吐かねえし。それに付き合ってんだから」
な?とウィンクする丸井君。付き合ってんだから、という言葉に顔に熱が集う。
「まだお試しじゃん!」
と言い返すも、
「お試しでも付き合ってくれるってことだろぃ?」
と言われ、次の言葉を奪われてしまう。丸井君はにやにやとして随分楽しそうだ。
対抗して何か言おうと言葉を探していると、昨日と同じ場所に座っている彼は隣をぽんぽんと叩く。
「とりあえず座れって」
口を尖らせつつ大人しく従い、隣に腰を下ろすとお弁当箱を差し出される。それは紛れもなく私のもので、昨日攫われていったやつ。
「開けてみ?」
自信満々な彼に対して私は恐る恐る箱を開けると、色とりどりのおかずが顔を出した。そして自然と腹の虫が鳴った。
「お、美味しそう」
そう言うと丸井君は誇らしげに鼻を擦っていた。自分では到底作れそうにないおかずたちに目を奪われていた私は彼に肘でつつかれてしまう。
「見惚れてないで、食べてみろぃ」
催促されるがまま無難な卵焼きを一つ口に運ぶと、私は目を見開いた。
「美味しい!」
「だろい?」
一度食べるとお箸は止まらなくなり、次々口に放り込んでいく。そして、頬も緩み始め、ふふふ、と自然と笑みが零れた。
両親の作るお弁当も大好きだけれど、丸井君のも好きだ。
そんな私を見つめる丸井君は本当に嬉しそうで、いつもより表情が柔らかく感じた。
「そ、そんなに見られると……恥ずかしい」
ずっと見られるせいで急激に顔に集う熱に、俯きがちになる顔。しかし丸井君は気にもとめず、こちらを見続けている。
「あ、バレた?」
「それぐらい気づくよ」
ちらりと丸井君の方を覗うと、表情ははにかんだまま。
「こんな美味そうに食べてくれるとは思ってなかったからよ。ま、でも頑張った甲斐があったわ」
そう言いながら、んん、と背筋を伸ばすとさらに言葉を付け加えた。
「お前の笑顔も見れたし」
うんうんと満足そうに頷く丸井君。思わずそれにつられて、熱い顔で笑っていた。その瞬間、熱くなった顔を冷ますように風が吹き、髪が乱れる。直そうとしたが先に丸井君の手が伸び、私の髪に触れた。風で靡いた髪は彼の手に捕まると、優しく私の耳にかけられる。
「ん、可愛い」
聞き間違いかと思った。むしろそうであって欲しかったのかもしれない。
一瞬の出来事であるのに、スローモーションで流れていく彼との時間を心地よく思ってしまっている自分に戸惑いを感じる。
なんでこんなに心臓が煩いの。胸が痛いよ。息をするのってこんなに難しかったっけ。
***
食後、そろそろ時間だからと教室に戻ろうと立ち上がった時、スカートについた汚れを払っていると丸井君は私を横から眺める。
「何かついてる?」
しかめっ面の丸井君は私を上から下まで舐め回すように目を動かしている。居心地の悪さに困惑していると、何か閃いたのか更に一歩近づいてきた。変に緊張してしまった私は身動きが取れず、丸井君の行動を待つばかり。すると、丸井君はお前さあ、と口を開いた。
「もっと背筋伸ばしたらいいんじゃね?」
「背筋?」
「そう。猫背になってっからさ」
丸井君は私の背中に手を当て、強制的に背筋を伸ばさせた。いつもより広い視界に瞬きを繰り返す。
「ん。良い感じ」
気をつけろよぃ、と言ってのける彼。
確かに周りの子とは大きな差があるからいつの間にか猫背になってたんだろう。話すときは私が耳を寄せるしかできないから。ちゃんと気をつけないと。
ありがとう、とお礼を伝えたが、丸井君にはまだ気になることがあるようで、ピンと人差し指を立てた。
「あと、もう一つ」
「何?」
「俺のこと、名前で呼ばねえの?」
唐突な質問に言葉を失った。昨日今日の話でそうなるのか、と戸惑いを見せる。
「お試しでも付き合ってるわけだろぃ?だったら丸井君は寂しいんだよな」
呼んでみ?と催促されてしまい、一つ深呼吸をして彼の名を呼んだ。
「ブン太、くん」
呼び捨てはハードルが高く、勢いで「君」を付けてしまった。丸井君はそれが気に入らなかったのか、眉間に皺を寄せ唸っている。
「ん~……80点」
「良いの?それ」
「良いけど100点じゃねえってこと」
微妙な点数をつけられ、何とも複雑な気持ちだ。理由が分からず首を傾げると、俺の真似しろと言われ、私は素直に頷いた。
「ぶ」
「ぶ」
「ん」
「ん」
「た」
「た」
「はい、ブン太」
「ぶ、ブン太」
「呼べるじゃん。名前」
さり気なく名前を呼ぶついでに頭をぽんぽんと撫でて、にっこりご満悦な彼。沸騰してしまいそうなほどの熱が込み上げ、ふらりと一歩後ずさってしまう。さらっとこなしてしまう彼には到底叶わない。なんて人だ。
そんなことを考えていると、予鈴のチャイムが鳴った。
「よし、戻るぜぃ」
鼻歌交じりに歩みを進める彼の後ろを、真っ赤な顔でついて行った。教室に戻るまでに冷めればいいんだけど。
丸井君は不意に私の方に振り返り、約束を取り付ける。
「じゃ、また明日もな。名前」
私は黙ったまま、一度だけ首を縦に振った。
やっぱりあれは丸井君の嘘なのかな。私、からかわれただけなのかな。それともあまりにも落ち込む私への気遣い?
教壇に先生が立っていても気づかないまま、頭の中は丸井君のことでいっぱいいっぱい。しかしそのおかげか、失恋の痛みは軽減されていた。
放課後になり部活でも心ここに在らずで部員に帰れと言われてしまい、早々に帰宅した。溜息と共に玄関扉を開けると、迎えてくれたのは父親。
「おかえり」
「ただいまぁ……」
優しい笑顔に迎えられ、どっと疲れが体に出る。
両親は共働きであるが、帰るといつもどちらかが出迎えてくれている。どうやら今日は父のようだ。
私は踵を合わせ、ローファーを脱ぐ。
「今日お父さんが早い日だっけ」
「うん、そうだよ」
笑顔で迎えてくれていたが、父は何かに気づいたようであれ、と疑問の声が零れる。それの意図が理解出来ず、首を傾げると、父は両手を軽く広げて何かを待っているようだった。私が行為の意図に気づかないままでいると、父は口を開いた。
「お弁当箱は?」
お弁当箱。その一言に全身の血の気が引いた。すっかり言い訳を考えることを忘れていたせいだ。クラスメイトの男子が持ってるなんてお父さんに言えたもんじゃない。
お母さんならまだしも、と思いつつ、えっと、と言い訳を探す。目は勝手に泳ぎ、わざとらしく今思い出したかのように声をあげた。
「あっ、忘れちゃった~……ハハ、」
背中に汗が伝った。良心が痛みながらも、嘘を突き通そうと試みる。手に汗をかきながら父の反応を窺うと、
「そうなのか。暖かくなってるから気を付けないとね」
とだけ。向けられた笑顔に申し訳なさが募る。
「う、うん!ごめんね!持って帰ったら私が洗うし!」
一気に解き放たれたかのように全身が暑く、焦りからか早口になる。
喋れば喋るほどボロが出そうで、そのことに恐れをなした私はその場から逃げるように自室のある二階へと駆け上がった。
「ちゃんと手洗うんだよ~」
「は~い!」
勧告を背で受けながら自室へと逃げ込む。慌ただしい足音に父が首を傾げていたことを私は知らない。
扉を閉めた途端、扉を背にずるずると力なく床にお尻をつける。無駄に荒んだ呼吸を余裕もなく、父親とのやり取りを思い返した。
「だ、大丈夫、だよね」
よくよく考えると、母親は鋭いから私の異変に気づいていた可能性があった。そう考えると、むしろ母親じゃなくて良かったのかもしれない。このときばかりは鈍感な父に感謝した。
そのまま少し休憩をした私は学校の物を片し、部屋着に着替えた。
明日、屋上に行ってみないとな。本当にいるのかな。
そわそわと落ち着かない気持ちを抑えつつ、あることに気づいた。
「……明日お弁当いらないって言わなくちゃ」
母が帰ってくる前に、とすぐさま部屋を出ては父の元へと向かう。明日のお弁当は父が担当で、要らない旨を伝えると素直に了承された。この日は母親の帰宅時間が遅かったため、気づかれないだろうと胸を撫で下ろした。
***
次の日、教室へ行くと丸井君は既に席に着いており、前の席の仁王君と話していた。その姿がやはりいつも通りで、私だけが気にしてるみたいで何かがひどく胸に引っかかる。授業が進めば進むほど落ち着きのなさは顕著になってしまい、友達との会話も上の空。さらに大丈夫?と心配される始末。幸い、授業中にあてられることはなかった。加えて、私が告白したことは誰にも伝わっていないようで心底安堵した。
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、勢いよく席を立つ。教室にいるはずの彼の姿を探すも既に彼はいない。
まさかあれ本気だったんだろうか、と動揺が走る。早くいかなければ、と一緒に昼食をとる予定の友達に断りを入れ、屋上へ向かって駆けて行った。
息を切らしながら屋上の扉を開けると、そこには約束通り丸井君が待っていた。
「ほ、本当にいる……」
ゆっくりと彼に近づけば、得意気に笑っていた。
「あったりめーだろぃ?俺嘘吐かねえし。それに付き合ってんだから」
な?とウィンクする丸井君。付き合ってんだから、という言葉に顔に熱が集う。
「まだお試しじゃん!」
と言い返すも、
「お試しでも付き合ってくれるってことだろぃ?」
と言われ、次の言葉を奪われてしまう。丸井君はにやにやとして随分楽しそうだ。
対抗して何か言おうと言葉を探していると、昨日と同じ場所に座っている彼は隣をぽんぽんと叩く。
「とりあえず座れって」
口を尖らせつつ大人しく従い、隣に腰を下ろすとお弁当箱を差し出される。それは紛れもなく私のもので、昨日攫われていったやつ。
「開けてみ?」
自信満々な彼に対して私は恐る恐る箱を開けると、色とりどりのおかずが顔を出した。そして自然と腹の虫が鳴った。
「お、美味しそう」
そう言うと丸井君は誇らしげに鼻を擦っていた。自分では到底作れそうにないおかずたちに目を奪われていた私は彼に肘でつつかれてしまう。
「見惚れてないで、食べてみろぃ」
催促されるがまま無難な卵焼きを一つ口に運ぶと、私は目を見開いた。
「美味しい!」
「だろい?」
一度食べるとお箸は止まらなくなり、次々口に放り込んでいく。そして、頬も緩み始め、ふふふ、と自然と笑みが零れた。
両親の作るお弁当も大好きだけれど、丸井君のも好きだ。
そんな私を見つめる丸井君は本当に嬉しそうで、いつもより表情が柔らかく感じた。
「そ、そんなに見られると……恥ずかしい」
ずっと見られるせいで急激に顔に集う熱に、俯きがちになる顔。しかし丸井君は気にもとめず、こちらを見続けている。
「あ、バレた?」
「それぐらい気づくよ」
ちらりと丸井君の方を覗うと、表情ははにかんだまま。
「こんな美味そうに食べてくれるとは思ってなかったからよ。ま、でも頑張った甲斐があったわ」
そう言いながら、んん、と背筋を伸ばすとさらに言葉を付け加えた。
「お前の笑顔も見れたし」
うんうんと満足そうに頷く丸井君。思わずそれにつられて、熱い顔で笑っていた。その瞬間、熱くなった顔を冷ますように風が吹き、髪が乱れる。直そうとしたが先に丸井君の手が伸び、私の髪に触れた。風で靡いた髪は彼の手に捕まると、優しく私の耳にかけられる。
「ん、可愛い」
聞き間違いかと思った。むしろそうであって欲しかったのかもしれない。
一瞬の出来事であるのに、スローモーションで流れていく彼との時間を心地よく思ってしまっている自分に戸惑いを感じる。
なんでこんなに心臓が煩いの。胸が痛いよ。息をするのってこんなに難しかったっけ。
***
食後、そろそろ時間だからと教室に戻ろうと立ち上がった時、スカートについた汚れを払っていると丸井君は私を横から眺める。
「何かついてる?」
しかめっ面の丸井君は私を上から下まで舐め回すように目を動かしている。居心地の悪さに困惑していると、何か閃いたのか更に一歩近づいてきた。変に緊張してしまった私は身動きが取れず、丸井君の行動を待つばかり。すると、丸井君はお前さあ、と口を開いた。
「もっと背筋伸ばしたらいいんじゃね?」
「背筋?」
「そう。猫背になってっからさ」
丸井君は私の背中に手を当て、強制的に背筋を伸ばさせた。いつもより広い視界に瞬きを繰り返す。
「ん。良い感じ」
気をつけろよぃ、と言ってのける彼。
確かに周りの子とは大きな差があるからいつの間にか猫背になってたんだろう。話すときは私が耳を寄せるしかできないから。ちゃんと気をつけないと。
ありがとう、とお礼を伝えたが、丸井君にはまだ気になることがあるようで、ピンと人差し指を立てた。
「あと、もう一つ」
「何?」
「俺のこと、名前で呼ばねえの?」
唐突な質問に言葉を失った。昨日今日の話でそうなるのか、と戸惑いを見せる。
「お試しでも付き合ってるわけだろぃ?だったら丸井君は寂しいんだよな」
呼んでみ?と催促されてしまい、一つ深呼吸をして彼の名を呼んだ。
「ブン太、くん」
呼び捨てはハードルが高く、勢いで「君」を付けてしまった。丸井君はそれが気に入らなかったのか、眉間に皺を寄せ唸っている。
「ん~……80点」
「良いの?それ」
「良いけど100点じゃねえってこと」
微妙な点数をつけられ、何とも複雑な気持ちだ。理由が分からず首を傾げると、俺の真似しろと言われ、私は素直に頷いた。
「ぶ」
「ぶ」
「ん」
「ん」
「た」
「た」
「はい、ブン太」
「ぶ、ブン太」
「呼べるじゃん。名前」
さり気なく名前を呼ぶついでに頭をぽんぽんと撫でて、にっこりご満悦な彼。沸騰してしまいそうなほどの熱が込み上げ、ふらりと一歩後ずさってしまう。さらっとこなしてしまう彼には到底叶わない。なんて人だ。
そんなことを考えていると、予鈴のチャイムが鳴った。
「よし、戻るぜぃ」
鼻歌交じりに歩みを進める彼の後ろを、真っ赤な顔でついて行った。教室に戻るまでに冷めればいいんだけど。
丸井君は不意に私の方に振り返り、約束を取り付ける。
「じゃ、また明日もな。名前」
私は黙ったまま、一度だけ首を縦に振った。