下手くそに愛を叫べⅠ
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「……せい、先生!」
飛んでいた意識が戻り、体が跳ねる。瞬きを繰り返し、隣でシャーペンを握る生徒と広がるノートに対し、交互に目をやった。
しまった、授業中だった。完全に他の世界へと飛んでいたようで、今の状況を辿る。しかし、冷静を装いつつも状況は整理できず、脳内は真っ白のまま。
「先生、体調悪い?ぼうっとしとったけど……」
「ごめん、大丈夫。ちょっと考え事してもうた」
心配そうに顔を覗き込んでくる彼女に笑って誤魔化す。頬を揉みながら机の上に置かれた時計を確認すると、十分ほど時間が経過していた。こんな時にまで考えてしまうとは、と反省をして深呼吸を一つしてから椅子に座り直した。
「えっと、なんやったっけ」
「最後の問題、途中で止まってもうて……」
困った顔でシャーペンの先で問題をつつく。私は机の上に転がっていたシャーペンを握って、手元の問題に意識を強制的に奮い立たせた。そして、今は違うのだと、考え事を頭の隅に追いやった。
「ほな今日のとこ復習しといてな。絶対出るから」
「はぁい。頑張ります」
今日の授業を終え、玄関で挨拶を交わしていたときだった。あの子に会わなくて良かったと安堵していた、その瞬間に玄関扉が開く。
「ただいまぁ」
「くーちゃん、おかえり」
蔵ノ介君のご帰宅だ。彼の声を背中で受けた瞬間に体が硬直した。
「名前さん、こんばんは」
「……こんばんは」
彼の笑顔が眩しくて胸に刺さり、ワンテンポ遅れて挨拶を返す。いつもなら何気ない世間話を振ることができるのに、この時ばかりは何も浮かばない。普通でいたいのに普通でいられなくて、バッグを持つ手に力が入った。咄嗟に笑顔を作るけれど、顔に残る違和感は拭えず、足早に別れを告げる。
「それじゃあ、またね」
手を中途半端に上げたまま、逃げるように玄関を抜け、外へと出た。季節柄、寒さを感じることはないのに、背筋はぞくりと震えた。恐らく変に思われただろう。そのせいで後ろを振り返ることなく、動く足の速さは増すばかり。いや、後ろを向けなかったんだ。
帰宅中、ずっと胸に何かがつっかえたままで気分が優れず、鼻の奥が痛んだ。そして授業中考えていたことが一つ、また一つと芋づる式に引き出されていく。
考え事というのは、友人だと思っていた彼からの告白と感じてしまった私自身の戸惑い。あれから数日経った今も、彼は変わらず接してくれる……というより、向こうからの距離は近づいた。それもそうだ。感情を私に告げてしまったのだから、隠すものはない。でも、その彼の態度に私は罪悪感を覚えずにはいられなかった。彼といるのは楽しいし、自分らしく振舞えていると思う。躊躇することはないのに、頭の片隅で「何かが違う」ことから離れられない。彼の好意に頷けばいいのに、素直に頷けない。頷こうとしない。答えを出そうとせずにいる自分に嫌気が差す。
何度吐いたかわからない溜息を吐いた瞬間、手にしていたスマホに明かりが点る。映ったメッセージに気付かぬフリをして、画面を消した。
「なあ、姉ちゃん」
「ん?」
「名前さん、何かあったん?」
彼女が帰った後、俺はすかさず姉に尋ねた。しかし姉は、んん、と眉をひそめ、言葉に詰まらせる。
「それがなあ、わからへんねん。今日ぼーっとしとるときあったから体調悪い?って聞いたけどそうでもなさそうやったし、」
姉の証言に胸が騒がしい。会えるタイミングが限られている俺にとって、貴重な時間が削られたのは不運極まりない。この間会ったときは普通だったのに。少しずつでも近づけていると思ったのに。何かしでかしてしもうたんやろか、と不安で顔が下がっていく。
「ま、先生にもいろいろあるんやろ」
そう言って姉は背伸びをして自室へと戻っていく。楽観的な姉とは対照的な自分に、抱える感情の違いを思い知らされた気がして仕方がなかった。
「はあ~……つっかれた……」
自宅に着いた途端、ふらりふらりと覚束ない足取りでベッドへと向かう。バッグを肩から落とし、ベッドへダイブしては再び今日の反省会。ごろんと真っ白な天井を見つめて、ぼんやりと思い返す。
絶対蔵ノ介君に変に思われた。いつも何かしら話してから帰るのに、と。お姉ちゃんにも心配されて、かなり重症なのかもしれない。次からどんな顔して会おう。いつも通りで大丈夫、よな。
それにしても、私はどうしてこんなにも悩み続けているんだろう。あの人から告げられた想いを受け取るか受け取らないか、なのに、考える度に蔵ノ介君が脳裏に浮かぶ。あれ、どうしてだろう。どうして蔵ノ介君が浮かぶんやろう。
パチ、パチ、パチ。
瞬きを繰り返した後、一つの答えがゆっくりと炙り出されていく。まさか、と勢いよく飛び起き、髪の毛を搔き乱した。
「嘘、やんな……」
零れた言葉は誰に拾われることもなく、消えていった。
飛んでいた意識が戻り、体が跳ねる。瞬きを繰り返し、隣でシャーペンを握る生徒と広がるノートに対し、交互に目をやった。
しまった、授業中だった。完全に他の世界へと飛んでいたようで、今の状況を辿る。しかし、冷静を装いつつも状況は整理できず、脳内は真っ白のまま。
「先生、体調悪い?ぼうっとしとったけど……」
「ごめん、大丈夫。ちょっと考え事してもうた」
心配そうに顔を覗き込んでくる彼女に笑って誤魔化す。頬を揉みながら机の上に置かれた時計を確認すると、十分ほど時間が経過していた。こんな時にまで考えてしまうとは、と反省をして深呼吸を一つしてから椅子に座り直した。
「えっと、なんやったっけ」
「最後の問題、途中で止まってもうて……」
困った顔でシャーペンの先で問題をつつく。私は机の上に転がっていたシャーペンを握って、手元の問題に意識を強制的に奮い立たせた。そして、今は違うのだと、考え事を頭の隅に追いやった。
「ほな今日のとこ復習しといてな。絶対出るから」
「はぁい。頑張ります」
今日の授業を終え、玄関で挨拶を交わしていたときだった。あの子に会わなくて良かったと安堵していた、その瞬間に玄関扉が開く。
「ただいまぁ」
「くーちゃん、おかえり」
蔵ノ介君のご帰宅だ。彼の声を背中で受けた瞬間に体が硬直した。
「名前さん、こんばんは」
「……こんばんは」
彼の笑顔が眩しくて胸に刺さり、ワンテンポ遅れて挨拶を返す。いつもなら何気ない世間話を振ることができるのに、この時ばかりは何も浮かばない。普通でいたいのに普通でいられなくて、バッグを持つ手に力が入った。咄嗟に笑顔を作るけれど、顔に残る違和感は拭えず、足早に別れを告げる。
「それじゃあ、またね」
手を中途半端に上げたまま、逃げるように玄関を抜け、外へと出た。季節柄、寒さを感じることはないのに、背筋はぞくりと震えた。恐らく変に思われただろう。そのせいで後ろを振り返ることなく、動く足の速さは増すばかり。いや、後ろを向けなかったんだ。
帰宅中、ずっと胸に何かがつっかえたままで気分が優れず、鼻の奥が痛んだ。そして授業中考えていたことが一つ、また一つと芋づる式に引き出されていく。
考え事というのは、友人だと思っていた彼からの告白と感じてしまった私自身の戸惑い。あれから数日経った今も、彼は変わらず接してくれる……というより、向こうからの距離は近づいた。それもそうだ。感情を私に告げてしまったのだから、隠すものはない。でも、その彼の態度に私は罪悪感を覚えずにはいられなかった。彼といるのは楽しいし、自分らしく振舞えていると思う。躊躇することはないのに、頭の片隅で「何かが違う」ことから離れられない。彼の好意に頷けばいいのに、素直に頷けない。頷こうとしない。答えを出そうとせずにいる自分に嫌気が差す。
何度吐いたかわからない溜息を吐いた瞬間、手にしていたスマホに明かりが点る。映ったメッセージに気付かぬフリをして、画面を消した。
「なあ、姉ちゃん」
「ん?」
「名前さん、何かあったん?」
彼女が帰った後、俺はすかさず姉に尋ねた。しかし姉は、んん、と眉をひそめ、言葉に詰まらせる。
「それがなあ、わからへんねん。今日ぼーっとしとるときあったから体調悪い?って聞いたけどそうでもなさそうやったし、」
姉の証言に胸が騒がしい。会えるタイミングが限られている俺にとって、貴重な時間が削られたのは不運極まりない。この間会ったときは普通だったのに。少しずつでも近づけていると思ったのに。何かしでかしてしもうたんやろか、と不安で顔が下がっていく。
「ま、先生にもいろいろあるんやろ」
そう言って姉は背伸びをして自室へと戻っていく。楽観的な姉とは対照的な自分に、抱える感情の違いを思い知らされた気がして仕方がなかった。
「はあ~……つっかれた……」
自宅に着いた途端、ふらりふらりと覚束ない足取りでベッドへと向かう。バッグを肩から落とし、ベッドへダイブしては再び今日の反省会。ごろんと真っ白な天井を見つめて、ぼんやりと思い返す。
絶対蔵ノ介君に変に思われた。いつも何かしら話してから帰るのに、と。お姉ちゃんにも心配されて、かなり重症なのかもしれない。次からどんな顔して会おう。いつも通りで大丈夫、よな。
それにしても、私はどうしてこんなにも悩み続けているんだろう。あの人から告げられた想いを受け取るか受け取らないか、なのに、考える度に蔵ノ介君が脳裏に浮かぶ。あれ、どうしてだろう。どうして蔵ノ介君が浮かぶんやろう。
パチ、パチ、パチ。
瞬きを繰り返した後、一つの答えがゆっくりと炙り出されていく。まさか、と勢いよく飛び起き、髪の毛を搔き乱した。
「嘘、やんな……」
零れた言葉は誰に拾われることもなく、消えていった。