下手くそに愛を叫べⅠ
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暖かい日射しに眠気を誘われやすくなった今日この頃。学年が一つ上がり、二回生となったが環境の変化というものはあまりない。捻り出すとすれば、あの姉弟との関係だろうか。特に弟くんの方。顔を合わせれば可愛らしく表情を明るくさせるし、少しの隙間の時間であっても言葉を交わす。妹と弟が増えたように思っていたのだが、最近は妙な感覚に襲われているのだ。
「あかんなあ……」
大講義室にいる今も周囲のざわつきが耳に入らない。蔵ノ介くんと二人で喫茶店に入ったときから胸の蟠りが取れないのだ。彼の、私と二人だからいるのだという言葉。あの時は止まってはいけないとスルーしたが、置いたままにはしておけなかった。
あれから彼とは何度か顔を合わせている。何ら雰囲気が変わったわけではないけれど、違和感がつきまとって仕方がない。それでも彼が私に対する感情がただの親しみだけではないことは伝わっている。ずっと気付かぬフリをしていても、いずれ終わりが来るのだろう。
おそらく自分が思い描く彼の想いが正解だとするのならば、私は彼から逃げなくてはならない。受け止めるべきではないし、受け止められない。私の考える彼が偽りであると信じて目を閉じる。
ふう、と何度目かわからない深い呼吸をすれば、隣から声がかかった。
「名前、おはよう」
「ああ、おはよう」
挨拶をしながら隣に腰を下ろすのは、一回生のときに共通の友人を介して知り合った男友達の一人。気さくで誰とでも仲良くなれる羨ましい性格の持ち主。
「暗い顔してどないしたんや」
私とは対照的に晴れやかな顔をしながら訳を尋ねてくる。私は自分の頬を抓りながら、わかる?と尋ねると彼は大きく頷いた。
「考え事してますって顔しとったで」
あからさまな態度しか出せない自分に溜息が出る。
「はあ~あ……」
ニコニコと口角を上げたままの彼は、顔を近づけては自身を指差した。
「俺でよかったら聞くで?」
私は、んー、と悩むフリをしつつ、彼を数秒見つめてから断りを入れた。
「遠慮しとくわ」
「今失礼なこと考えへんかった?」
「気のせいやと思うで」
そっけないなあ、と眉をハの字にして笑う彼。悪い人ではないけれど、蔵ノ介くんのことを話すのは躊躇われた。そう簡単に言える内容じゃない。
すると彼は別の用件があると言い始めたのだ。
「まあええわ。名前にこれ渡そう思うて」
「何何?」
出してきたのは水族館のチケット。最近新設されたもので、以前出来たら行きたいと零していた。
「え!めっちゃええやん」
「前言うてたやんか」
「よう覚えてたなあ」
思わぬ出来事に浮足立つ。嬉しくてしょうがないというように、口元が緩んだ。すると、隣の彼は顔を近づけると耳元で囁く。
「俺と行かへん?」
それにつられて内緒話をするように声を潜める。
「……二人?」
「そう」
あかん?と首を傾げる彼に対し、私はすぐに頷けなかった。脳裏に浮かぶのは、先程まで悩みの種であった蔵ノ介くん。どうして今、と眉間に皺が寄った。
そしてそれと同時に蔵ノ介くんのお姉ちゃんとカフェに行った時のことを思い出した。もしかしたら私の欠けたものが取り戻せるのかもしれない、と。動かないとどうにもならない。私はそう信じて首を縦に振った。下手くそな笑顔を添えて。
「ええよ、行こうか」
「ほんま?よっしゃ。ほな次の日曜行こ」
私とは違う綺麗で素敵な笑顔。罪悪感に似た何かが胸の中で渦巻いては、気分はずっと晴れなかった。
◇ ◇ ◇
友人である彼とのお出かけ当日。これは所謂デートというやつだろう。今までも複数人ではあったが何度か遊んだことはある。仲は良い方、だと思うけれど、結局相手の腹の中を探れたわけではない。
今日行ったらわかるんかな。
そう思いながら、少しだけおしゃれをして彼の元へと向かった。
待ち合わせ場所に到着すると彼は既にいた。小走りで駆け寄ると、彼ははにかんで私を迎え入れた。
「今日いつもよりかわええやん」
少しだけの変化のつもりだったのに、彼にはバレていたようで目を逸らしてしまう。
「いつもと変わらへんけど」
「嘘や。ちょっと気合入れとる」
「うるさい」
可愛くない私の対応でも、彼はそれを受け入れてくれる。その理由が友人であるからか、はたまた別の何かか。今感じる彼との心地よさを名付けるのならば、何なのだろう。
「ほな私そろそろ帰るわ」
想像以上にはしゃいでしまい、時間の流れはあっという間であった。楽しかった。それ以外は特にない。
また大学で、と別れようと背を見せた瞬間、彼に腕を掴まれる。
「ちょお待って」
彼の方を向くと、頼りない声でこう続けた。
「今日一日、ずっと意識しとったんは俺だけ?」
ドクン、と心臓が大きく鳴った。何も言えなくて、毛穴から汗が噴き出す。予想出来ていたことだろう、と自分を責め立ててもどうにもならない。
徐々に下降していく目線。彼のことを見ることができない。それでも彼は私の言葉を待たない。
「俺と付き合わへん?」
突きつけられた言葉に喉が動く。恐る恐る上げた目に映るのは、私の反応を待つ真剣な彼。
断る理由はない。でも、どうしてか、私の中で何かが違うと叫んでいる。パズルの完成はあと一つなだけなのに、残ったピースは当てはまらない。
「ほんまに名前のこと、好きやねん」
掴まれた腕から彼の想いの乗った熱が伝わる。私達の間を生温い風が吹き抜けた。
ああ、これは困ったことになった。
伝う汗が季節柄のものだけでないことを知ってしまった私はどうしたら正解なのだろう。
「あかんなあ……」
大講義室にいる今も周囲のざわつきが耳に入らない。蔵ノ介くんと二人で喫茶店に入ったときから胸の蟠りが取れないのだ。彼の、私と二人だからいるのだという言葉。あの時は止まってはいけないとスルーしたが、置いたままにはしておけなかった。
あれから彼とは何度か顔を合わせている。何ら雰囲気が変わったわけではないけれど、違和感がつきまとって仕方がない。それでも彼が私に対する感情がただの親しみだけではないことは伝わっている。ずっと気付かぬフリをしていても、いずれ終わりが来るのだろう。
おそらく自分が思い描く彼の想いが正解だとするのならば、私は彼から逃げなくてはならない。受け止めるべきではないし、受け止められない。私の考える彼が偽りであると信じて目を閉じる。
ふう、と何度目かわからない深い呼吸をすれば、隣から声がかかった。
「名前、おはよう」
「ああ、おはよう」
挨拶をしながら隣に腰を下ろすのは、一回生のときに共通の友人を介して知り合った男友達の一人。気さくで誰とでも仲良くなれる羨ましい性格の持ち主。
「暗い顔してどないしたんや」
私とは対照的に晴れやかな顔をしながら訳を尋ねてくる。私は自分の頬を抓りながら、わかる?と尋ねると彼は大きく頷いた。
「考え事してますって顔しとったで」
あからさまな態度しか出せない自分に溜息が出る。
「はあ~あ……」
ニコニコと口角を上げたままの彼は、顔を近づけては自身を指差した。
「俺でよかったら聞くで?」
私は、んー、と悩むフリをしつつ、彼を数秒見つめてから断りを入れた。
「遠慮しとくわ」
「今失礼なこと考えへんかった?」
「気のせいやと思うで」
そっけないなあ、と眉をハの字にして笑う彼。悪い人ではないけれど、蔵ノ介くんのことを話すのは躊躇われた。そう簡単に言える内容じゃない。
すると彼は別の用件があると言い始めたのだ。
「まあええわ。名前にこれ渡そう思うて」
「何何?」
出してきたのは水族館のチケット。最近新設されたもので、以前出来たら行きたいと零していた。
「え!めっちゃええやん」
「前言うてたやんか」
「よう覚えてたなあ」
思わぬ出来事に浮足立つ。嬉しくてしょうがないというように、口元が緩んだ。すると、隣の彼は顔を近づけると耳元で囁く。
「俺と行かへん?」
それにつられて内緒話をするように声を潜める。
「……二人?」
「そう」
あかん?と首を傾げる彼に対し、私はすぐに頷けなかった。脳裏に浮かぶのは、先程まで悩みの種であった蔵ノ介くん。どうして今、と眉間に皺が寄った。
そしてそれと同時に蔵ノ介くんのお姉ちゃんとカフェに行った時のことを思い出した。もしかしたら私の欠けたものが取り戻せるのかもしれない、と。動かないとどうにもならない。私はそう信じて首を縦に振った。下手くそな笑顔を添えて。
「ええよ、行こうか」
「ほんま?よっしゃ。ほな次の日曜行こ」
私とは違う綺麗で素敵な笑顔。罪悪感に似た何かが胸の中で渦巻いては、気分はずっと晴れなかった。
◇ ◇ ◇
友人である彼とのお出かけ当日。これは所謂デートというやつだろう。今までも複数人ではあったが何度か遊んだことはある。仲は良い方、だと思うけれど、結局相手の腹の中を探れたわけではない。
今日行ったらわかるんかな。
そう思いながら、少しだけおしゃれをして彼の元へと向かった。
待ち合わせ場所に到着すると彼は既にいた。小走りで駆け寄ると、彼ははにかんで私を迎え入れた。
「今日いつもよりかわええやん」
少しだけの変化のつもりだったのに、彼にはバレていたようで目を逸らしてしまう。
「いつもと変わらへんけど」
「嘘や。ちょっと気合入れとる」
「うるさい」
可愛くない私の対応でも、彼はそれを受け入れてくれる。その理由が友人であるからか、はたまた別の何かか。今感じる彼との心地よさを名付けるのならば、何なのだろう。
「ほな私そろそろ帰るわ」
想像以上にはしゃいでしまい、時間の流れはあっという間であった。楽しかった。それ以外は特にない。
また大学で、と別れようと背を見せた瞬間、彼に腕を掴まれる。
「ちょお待って」
彼の方を向くと、頼りない声でこう続けた。
「今日一日、ずっと意識しとったんは俺だけ?」
ドクン、と心臓が大きく鳴った。何も言えなくて、毛穴から汗が噴き出す。予想出来ていたことだろう、と自分を責め立ててもどうにもならない。
徐々に下降していく目線。彼のことを見ることができない。それでも彼は私の言葉を待たない。
「俺と付き合わへん?」
突きつけられた言葉に喉が動く。恐る恐る上げた目に映るのは、私の反応を待つ真剣な彼。
断る理由はない。でも、どうしてか、私の中で何かが違うと叫んでいる。パズルの完成はあと一つなだけなのに、残ったピースは当てはまらない。
「ほんまに名前のこと、好きやねん」
掴まれた腕から彼の想いの乗った熱が伝わる。私達の間を生温い風が吹き抜けた。
ああ、これは困ったことになった。
伝う汗が季節柄のものだけでないことを知ってしまった私はどうしたら正解なのだろう。