下手くそに愛を叫べⅠ
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真っ白なノートに空で動きを止めたシャーペン。少しだけ顔を出した黒い芯と真っ直ぐに走った罫線を交互に眺めては何度目か分からない溜息を吐いた。
「……いし、白石!」
友人の呼びかけに体が跳ねる。
「白石、授業終わったで?」
同じクラスの謙也に声をかけられたことで、ようやく意識が戻ったようだ。
不思議そうに俺を見つめる謙也を瞬きしながら見つめ返す。そして改めて周囲を見渡せば、ほとんどの生徒は帰り支度を済ませて教室から去っていた。急いで机の上に広げた教材をしまっていると、謙也は心配そうに尋ねてきた。
「なんか考え事か?」
「考え事っちゅうか……まあ、考え事か」
歯切れの悪い返答をすれば、納得のいっていない中途半端な相槌が返される。謙也は俺の前の席に腰を下ろすと、真っ直ぐに俺を捉えた。
「俺でよかったら、聞くで」
俺は一瞬躊躇いを見せた。謙也の優しさに甘えるかどうか迷ったのだ。話すことで少しは自分の中で整理がつくのか、それともただ自分が惨めになるのか。それでも一人でぐるぐる考え込むよりはいいのだろうか、とゆっくり口を開いた。
「なあ、謙也」
「なんや?」
「謙也って恋しとるか?」
「……鯉?」
「恋愛や、恋愛」
「こっ、ここここ恋⁉」
議題を提示すると、謙也は面白いぐらいに顔を赤く染めて慌てていた。口が餌を求める鯉のようにパクパクとしていて、ある意味合っとるな、と余分なことを考えてしまう。
謙也はコホン、と一つ咳払いをすると、
「え?白石、恋しとるん?」
と顔を近づけ確認してきた。
「恋……なんかな」
ぽかぽかと体温が上昇していくのを実感しながら尋ね返すと、謙也は溜息を吐いて天を仰いだ。しかし、一瞬で元に戻り、勢いよく質問を続ける。
「だっ、誰やねん!何組の子や⁉」
「同じ学校ちゃうねん」
「他校なんか?」
「それもちゃう」
「え?ほなどこで出会うん」
キョトンとした顔の謙也の頭上には疑問符が並ぶ。俺は席を立ち、謙也の耳元でコソコソと相手を伝えると、大きな音を立てて飛び上がった。
「でええええええ⁉」
目を真ん丸にして何度も瞬きを繰り返す謙也に、俺の顔には更なる熱が集う。
「叫ばんといてやぁ……」
あまりの恥ずかしさに両手で口元を隠す。クラスメイトの女子達もこういう話をするときはこんな気持ちになるのだろうか。休み時間にはしゃぐ女子の気持ちがわかったような気がした。
「無理なのはわかってんねん。この気持ちがほんまにそうなんかもようわかってへんし」
今まで誰かに対して恋心を抱いたことはなく、言ってしまえば抱かれたことばかり。好きという気持ちの正解がわからない。俺はほんまにあの人のことが好きなんやろうか。
謙也は時計を確認すると、あ、と声を上げ俺を部活へと促す。
「ちょ、とりあえず今は部活行こうや。な?」
「せやな……しっかりせな」
深呼吸してから俺は立ち上がった。
もうすぐ俺達は三年生となる。部員も増えることだろう。やることは山積みだ。
体を動かすと気分が軽くなる。部活中は普段と変わらず部長の任を全うできたのだが、部活が終わってしまうと意識があのことへと移ってしまう。
「はあ……」
帰路についてから最初の溜息。隣には事情を知った謙也のみ。謙也は周囲を確認すると、早速あの事についての話題を引っ張ってきた。
「その……なんで姉ちゃんの家庭教師と接点もてたんや?」
疑問に感じるのも当たり前だろう。俺は一つずつかみしめるように説明した。
姉ちゃんの家庭教師として来るようになって時々見る姿から気になっていたこと。いつか話してみたいと思っていた矢先の相合傘。貸してもらったハンカチを返してしまったから繋がりがなくなってしまったこと。謙也は静かに全てを聞いてくれた。俺は話し終えた瞬間に独り言を零した。
「この気持ちって、恋なんかなあ」
落ちた視線は道端に転ぶ石に投げられた。すると、謙也は朗々とした声で俺に告げた。
「俺は……そう、思う。白石にとって特別な人っちゅー事に間違いはないやろうし」
謙也の言葉に胸が痛む。
初めて抱いた感情。名前を付けるならこれは確かに「恋」。実感すると共に俺は恐怖を覚え、思わず足を止めた。それに伴って謙也も一歩遅れてから足を止め、俺の言葉を待つ。
「でもな、叶わへんから苦しいねん。せやから俺はあの人に対する感情……答えを出すことに恐れを感じて知らんふりとか気付かんふりをしとるんかもしれん」
肩に掛けていたエナメルバッグのベルトを持つ手に力が入る。そして、同じタイミングでほんのりと唇に痛みが走った。そんな姿を見た謙也は、俺の名を消え入りそうな声で呼ぶだけだった。
「俺は中学生で、あの人は大学生やから……相手になれへん。なんぼ俺が頑張っても相手にしてもらえへん」
だからこれは好きじゃないんだと嘘を吐きたがっているのかもしれない。好きだと明確に認めてしまえば、止められない気がして怖い。諦めた方がいいと思う気持ちと諦めたくないという気持ちが鬩ぎ合って自分の気持ちは迷路の中。
鼻の奥が痛み、もうこの話をやめようと落ちていた顔を上げた瞬間、目の前にいた謙也はわなわなと震えていた。
「け、謙也?」
「あほんだらァ!」
突然の叫び声に思わず一歩後退りをしてしまう。謙也はそれを許しはしないとでもいうように距離を詰めてくる。
「好きなんやろ⁉好きなんやったら、やれること全部やってから諦めぇや!」
友人からの失跡に俺は目を丸くさせた。呆然としていると、謙也は小さくすまん、と言って俺から距離をとった。
「そら大学生と中学生やったら無理かもしれん。それでもな、最初から弱気なんはらしくないで、白石」
謙也の言葉に視界が滲んだ。鼻をすすってから二、三度頷いて、引き締めるために両手で頬を叩く。
「……そやな。戦う前から諦めるんは良うないな」
もうこれっきりかもしれへん。それでも諦めたくないと叫ぶ自分を消すのは、やれることをやってから。後悔するなら、やってからした方がいい。
「俺に出来ることは協力するわ!」
「おん、おおきに!」
口元に弧を描き、礼を伝える。満面の笑みで告げる友人に心が軽くなった。そんな気がした。
この日は部活のない休日であった。走りに行こうかと準備をしていた時、激しい足音が耳に届いた。
「やばいやばいやばい~!」
自室の扉から顔を出すと、忙しなく身支度を整える姉の姿が目に入った。
「姉ちゃん出かけるん?」
「今から先生来んの!テスト近いから日数増やしてもろてん!」
バタバタと慌てる姉を横目に俺は密かに頬を緩ませた。
今日先生来るんや。姿見るだけでも出来へんかな。
そんなことを考えながら二階から降りると丁度チャイムが鳴った。
「くーちゃ~ん!代わりに出て~!先生やと思うからあ!」
未だに落ち着きのない姉の叫び声が二階から届く。口では、しゃあないなあと言いつつ、姉に感謝した。少しだけ髪の毛を気にしてから玄関扉を開けると、そこには案の定名前先生が。
「こんにちは」
「こ、こんにちは。入ってください」
「ありがとう」
柔らかな笑顔に落ち着いた雰囲気、そしてさり気なく香る匂い。感情が顔に出ないように口元を隠す。
「姉ちゃんすぐ来ると思うんで」
「ああ、ええよ。大丈夫」
ショートブーツを脱いだ彼女は、ふう、と一息ついて髪を耳にかけた。何気ない行動一つにしても、俺の目は釘付け。瞬き一つ、逃したくない。
ああもう、めっちゃ好きやん、俺。姉ちゃん、もう少しだけ来るの遅くならへんかな。
そんなことを考えていると、先生の方から話を振ってくれた。
「蔵ノ介くんは今から走りに行くん?」
「そうです。今日部活休みやから」
俺の格好を見ての話だろう。彼女の視界に入るだけでも喜びを感じてしまっている自分がいる。
「熱心やね。頑張ってな」
「はい。ありがとうございます」
大した事のない会話であるのに、俺にとっては大切で宝物みたいな時間。相手が好きな人ってだけで、こんなにも特別に感じられるんや。恋ってすごいなあ。
彼女に目を奪われたままでいると、二階からようやく姉が降りてきた。
「先生、ごめ~ん」
「ん、ええよ。蔵ノ介くんに相手してもろてたから」
名前を呼ばれるだけで心臓が痛い。自覚してから自餅に制御が利かなくなっている。
そんな俺を他所に、姉と先生は二階へと向かっていた。
「先生はよ部屋行こ~」
「気合入っとるなあ」
「テスト近いんやもん!」
「そやな。頑張らな」
姉と話しているときの先生は先程見たものより華やかで、少しだけ姉に嫉妬した。
俺にもあんな笑顔を向けてほしい。俺にだけ。俺にだけの先生が欲しい。なんて、高望みをしては、二人を見送ってから靴に足を通した。
すると、再び階段を降りる音がして、次は友香里か、と思っていた瞬間。
「くーちゃん」
背後から聞こえた声は姉だった。予想外の相手に体が強ばる。
「姉ちゃん勉強は、」
慌てふためく俺とは対照的に、姉はニマニマと余裕の笑みを浮かべたまま近づいてくる。
「一言忘れとったから」
何のことかと首を傾げると、姉はこう言い放った。
「先生のこと、見すぎ」
「っ⁉」
姉の一言に一瞬で顔に熱が集まった。姉ちゃんのこの顔はあかん。
「はは、くーちゃんおもろ」
ケタケタとおもちゃを見つけたかのように笑いながら去っていく姉。取り残された俺は赤く染まった顔を覆う事しかできなかった。
「最ッ悪や……」
姉に知られた事は幸か不幸か。この時の俺にはまだ判断がつかないでいた。
「……いし、白石!」
友人の呼びかけに体が跳ねる。
「白石、授業終わったで?」
同じクラスの謙也に声をかけられたことで、ようやく意識が戻ったようだ。
不思議そうに俺を見つめる謙也を瞬きしながら見つめ返す。そして改めて周囲を見渡せば、ほとんどの生徒は帰り支度を済ませて教室から去っていた。急いで机の上に広げた教材をしまっていると、謙也は心配そうに尋ねてきた。
「なんか考え事か?」
「考え事っちゅうか……まあ、考え事か」
歯切れの悪い返答をすれば、納得のいっていない中途半端な相槌が返される。謙也は俺の前の席に腰を下ろすと、真っ直ぐに俺を捉えた。
「俺でよかったら、聞くで」
俺は一瞬躊躇いを見せた。謙也の優しさに甘えるかどうか迷ったのだ。話すことで少しは自分の中で整理がつくのか、それともただ自分が惨めになるのか。それでも一人でぐるぐる考え込むよりはいいのだろうか、とゆっくり口を開いた。
「なあ、謙也」
「なんや?」
「謙也って恋しとるか?」
「……鯉?」
「恋愛や、恋愛」
「こっ、ここここ恋⁉」
議題を提示すると、謙也は面白いぐらいに顔を赤く染めて慌てていた。口が餌を求める鯉のようにパクパクとしていて、ある意味合っとるな、と余分なことを考えてしまう。
謙也はコホン、と一つ咳払いをすると、
「え?白石、恋しとるん?」
と顔を近づけ確認してきた。
「恋……なんかな」
ぽかぽかと体温が上昇していくのを実感しながら尋ね返すと、謙也は溜息を吐いて天を仰いだ。しかし、一瞬で元に戻り、勢いよく質問を続ける。
「だっ、誰やねん!何組の子や⁉」
「同じ学校ちゃうねん」
「他校なんか?」
「それもちゃう」
「え?ほなどこで出会うん」
キョトンとした顔の謙也の頭上には疑問符が並ぶ。俺は席を立ち、謙也の耳元でコソコソと相手を伝えると、大きな音を立てて飛び上がった。
「でええええええ⁉」
目を真ん丸にして何度も瞬きを繰り返す謙也に、俺の顔には更なる熱が集う。
「叫ばんといてやぁ……」
あまりの恥ずかしさに両手で口元を隠す。クラスメイトの女子達もこういう話をするときはこんな気持ちになるのだろうか。休み時間にはしゃぐ女子の気持ちがわかったような気がした。
「無理なのはわかってんねん。この気持ちがほんまにそうなんかもようわかってへんし」
今まで誰かに対して恋心を抱いたことはなく、言ってしまえば抱かれたことばかり。好きという気持ちの正解がわからない。俺はほんまにあの人のことが好きなんやろうか。
謙也は時計を確認すると、あ、と声を上げ俺を部活へと促す。
「ちょ、とりあえず今は部活行こうや。な?」
「せやな……しっかりせな」
深呼吸してから俺は立ち上がった。
もうすぐ俺達は三年生となる。部員も増えることだろう。やることは山積みだ。
体を動かすと気分が軽くなる。部活中は普段と変わらず部長の任を全うできたのだが、部活が終わってしまうと意識があのことへと移ってしまう。
「はあ……」
帰路についてから最初の溜息。隣には事情を知った謙也のみ。謙也は周囲を確認すると、早速あの事についての話題を引っ張ってきた。
「その……なんで姉ちゃんの家庭教師と接点もてたんや?」
疑問に感じるのも当たり前だろう。俺は一つずつかみしめるように説明した。
姉ちゃんの家庭教師として来るようになって時々見る姿から気になっていたこと。いつか話してみたいと思っていた矢先の相合傘。貸してもらったハンカチを返してしまったから繋がりがなくなってしまったこと。謙也は静かに全てを聞いてくれた。俺は話し終えた瞬間に独り言を零した。
「この気持ちって、恋なんかなあ」
落ちた視線は道端に転ぶ石に投げられた。すると、謙也は朗々とした声で俺に告げた。
「俺は……そう、思う。白石にとって特別な人っちゅー事に間違いはないやろうし」
謙也の言葉に胸が痛む。
初めて抱いた感情。名前を付けるならこれは確かに「恋」。実感すると共に俺は恐怖を覚え、思わず足を止めた。それに伴って謙也も一歩遅れてから足を止め、俺の言葉を待つ。
「でもな、叶わへんから苦しいねん。せやから俺はあの人に対する感情……答えを出すことに恐れを感じて知らんふりとか気付かんふりをしとるんかもしれん」
肩に掛けていたエナメルバッグのベルトを持つ手に力が入る。そして、同じタイミングでほんのりと唇に痛みが走った。そんな姿を見た謙也は、俺の名を消え入りそうな声で呼ぶだけだった。
「俺は中学生で、あの人は大学生やから……相手になれへん。なんぼ俺が頑張っても相手にしてもらえへん」
だからこれは好きじゃないんだと嘘を吐きたがっているのかもしれない。好きだと明確に認めてしまえば、止められない気がして怖い。諦めた方がいいと思う気持ちと諦めたくないという気持ちが鬩ぎ合って自分の気持ちは迷路の中。
鼻の奥が痛み、もうこの話をやめようと落ちていた顔を上げた瞬間、目の前にいた謙也はわなわなと震えていた。
「け、謙也?」
「あほんだらァ!」
突然の叫び声に思わず一歩後退りをしてしまう。謙也はそれを許しはしないとでもいうように距離を詰めてくる。
「好きなんやろ⁉好きなんやったら、やれること全部やってから諦めぇや!」
友人からの失跡に俺は目を丸くさせた。呆然としていると、謙也は小さくすまん、と言って俺から距離をとった。
「そら大学生と中学生やったら無理かもしれん。それでもな、最初から弱気なんはらしくないで、白石」
謙也の言葉に視界が滲んだ。鼻をすすってから二、三度頷いて、引き締めるために両手で頬を叩く。
「……そやな。戦う前から諦めるんは良うないな」
もうこれっきりかもしれへん。それでも諦めたくないと叫ぶ自分を消すのは、やれることをやってから。後悔するなら、やってからした方がいい。
「俺に出来ることは協力するわ!」
「おん、おおきに!」
口元に弧を描き、礼を伝える。満面の笑みで告げる友人に心が軽くなった。そんな気がした。
この日は部活のない休日であった。走りに行こうかと準備をしていた時、激しい足音が耳に届いた。
「やばいやばいやばい~!」
自室の扉から顔を出すと、忙しなく身支度を整える姉の姿が目に入った。
「姉ちゃん出かけるん?」
「今から先生来んの!テスト近いから日数増やしてもろてん!」
バタバタと慌てる姉を横目に俺は密かに頬を緩ませた。
今日先生来るんや。姿見るだけでも出来へんかな。
そんなことを考えながら二階から降りると丁度チャイムが鳴った。
「くーちゃ~ん!代わりに出て~!先生やと思うからあ!」
未だに落ち着きのない姉の叫び声が二階から届く。口では、しゃあないなあと言いつつ、姉に感謝した。少しだけ髪の毛を気にしてから玄関扉を開けると、そこには案の定名前先生が。
「こんにちは」
「こ、こんにちは。入ってください」
「ありがとう」
柔らかな笑顔に落ち着いた雰囲気、そしてさり気なく香る匂い。感情が顔に出ないように口元を隠す。
「姉ちゃんすぐ来ると思うんで」
「ああ、ええよ。大丈夫」
ショートブーツを脱いだ彼女は、ふう、と一息ついて髪を耳にかけた。何気ない行動一つにしても、俺の目は釘付け。瞬き一つ、逃したくない。
ああもう、めっちゃ好きやん、俺。姉ちゃん、もう少しだけ来るの遅くならへんかな。
そんなことを考えていると、先生の方から話を振ってくれた。
「蔵ノ介くんは今から走りに行くん?」
「そうです。今日部活休みやから」
俺の格好を見ての話だろう。彼女の視界に入るだけでも喜びを感じてしまっている自分がいる。
「熱心やね。頑張ってな」
「はい。ありがとうございます」
大した事のない会話であるのに、俺にとっては大切で宝物みたいな時間。相手が好きな人ってだけで、こんなにも特別に感じられるんや。恋ってすごいなあ。
彼女に目を奪われたままでいると、二階からようやく姉が降りてきた。
「先生、ごめ~ん」
「ん、ええよ。蔵ノ介くんに相手してもろてたから」
名前を呼ばれるだけで心臓が痛い。自覚してから自餅に制御が利かなくなっている。
そんな俺を他所に、姉と先生は二階へと向かっていた。
「先生はよ部屋行こ~」
「気合入っとるなあ」
「テスト近いんやもん!」
「そやな。頑張らな」
姉と話しているときの先生は先程見たものより華やかで、少しだけ姉に嫉妬した。
俺にもあんな笑顔を向けてほしい。俺にだけ。俺にだけの先生が欲しい。なんて、高望みをしては、二人を見送ってから靴に足を通した。
すると、再び階段を降りる音がして、次は友香里か、と思っていた瞬間。
「くーちゃん」
背後から聞こえた声は姉だった。予想外の相手に体が強ばる。
「姉ちゃん勉強は、」
慌てふためく俺とは対照的に、姉はニマニマと余裕の笑みを浮かべたまま近づいてくる。
「一言忘れとったから」
何のことかと首を傾げると、姉はこう言い放った。
「先生のこと、見すぎ」
「っ⁉」
姉の一言に一瞬で顔に熱が集まった。姉ちゃんのこの顔はあかん。
「はは、くーちゃんおもろ」
ケタケタとおもちゃを見つけたかのように笑いながら去っていく姉。取り残された俺は赤く染まった顔を覆う事しかできなかった。
「最ッ悪や……」
姉に知られた事は幸か不幸か。この時の俺にはまだ判断がつかないでいた。