下手くそに愛を叫べⅠ
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冷えた空気に、ハアと一つ呼吸をすれば、白が上へと浮かんでは消える。日は明るくとも、乾いた風は頬を叩きつけるほど寒く、身が震えた。
とある一軒家にたどり着くと、慣れた手つきでチャイムを鳴らす。すると、すぐさま足音が聞こえ、目の前の扉が開いた。
「先生、いらっしゃーい」
私を迎えてくれたのは、教え子の少女。数日前に駅で会った蔵ノ介くんのお姉さん。可愛らしい笑顔を浮かべた彼女は弟くんとよく似て美少女である。
「入って、入って~」
「お邪魔します~」
足を踏み入れ、すぐさま彼女の部屋へと向かうつもりだった。しかし、私は玄関に並ぶ靴を確認した。あの子の靴を一瞬だけ、無意識に探していたのだ。だが、部活だったのだろうか。靴は見当たらない。
探したからと言って、尋ねるわけでもなく、私は大して気にも留めず彼女の後を着いて部屋へ。すぐに教材を並べて勉強開始、かと思いきや、彼女は別のことを口にした。
「先生って、くーちゃんのことどう思う?」
彼女の表情は至って真剣で、私は思わず瞬きを繰り返した。
「どうって……何がどうなん?」
質問の意図が分からず、首を傾げながら尋ね返すと、彼女は盛大な溜息を吐いてから答えた。
「男としてやんかあ。大人から見て」
そういう話か、と納得した。彼女から振られた話に、ぼんやりとこの間の雨の日を思い出す。
「大人からって……私まだ成人してへんのに」
「ええのええの。私より年上やから大人ってことで」
「何その理屈」
「ええから、教えて」
私は催促されるがまま、弟くんを脳裏に浮かべる。しかし、どうと話せるほど関係がないのだから想像だけになってしまう。
「うーん、まあモテそうやなってぐらいやな」
当たり障りなく簡潔に答えると、彼女は些か不満そうに口をへの字に曲げていた。
「それだけ~?」
「答えとしてあかんかった?」
笑いながら正答を引き出そうとすると、彼女は目の色を変える。
「だって!この間送ってもろたんやろ、くーちゃんに!相合傘!」
そのことか、と一度肩を上下させた。
「くーちゃん、最近ぼうっとしとるから問い詰めたらそう言うててん」
頬を膨らませて話す彼女に対し、私には他のことが気になった。彼がぼうっとしていた。まさか、あの雨で風邪をひいてしまったのだろうか。
「風邪ひいたとか?大丈夫?」
もし風邪でもひいたら申し訳ない。部活も忙しいだろうに、と心配するが、それはいとも簡単に一蹴されてしまう。
「くーちゃん健康オタクやから大丈夫やで」
「そう……それならええんやけど、」
安堵した後、ついでだと思い、私はあることを尋ねた。
「そういえば、弟くんって人見知りしたりする?」
「……人見知りって、くーちゃんが?」
「うん」
肯定すると、きょとんと目を丸くさせ、すぐに声をあげて笑った。
「えっ?あのくーちゃんが?いや、それはないわあ!」
けらけらと止まらない笑い声。私の頭上には疑問符が浮かぶばかり。
少ししてようやく落ち着いたのか、彼女は傍に置いていた紅茶を一口飲んだ。
「基本いつでも誰でも愛想ええし、めっちゃ喋るよ」
生憎彼女の言うような蔵ノ介くんの側面を見ることはなかったために、感嘆の声が漏れた。
「……意外やわ」
彼女は頬杖をつき、あーあ、とつまらなさそうに唇を尖らせる。
「猫被ってたんやろ、どうせ。くーちゃんの周りに先生みたいな女の子おらんし」
「そらそうやろ。良くも悪くも中学生程のぴちぴちは持ってへん」
「ぴちぴちっておばさんみたいやで」
「いずれ分かるようになるわ。高校生と大学生の間にはかなりの壁があるってことやよ」
私の言葉を最後に勉強を始めるように促す。高校生だった時の自分が随分と前のように感じながらもすぐに頭を切り替えた。
最寄り駅の改札を抜け、帰路につこうとした瞬間だった。見知った後ろ姿が目に入り、吸い込まれるように近寄った。
「……蔵ノ介くん?」
そこには鼻を赤くしている蔵ノ介くん。制服姿だから学校帰りだろうか。声をかけると、彼は驚いた顔をして口元をマフラーで隠した。
「名前先生」
「どないしたん。また部活やったん?」
普段会うことのない場で再び会ったせいか、声をかけずにはいられなかった。周囲を見ても一人のようで不思議に思っていると、彼はゆっくりと口を開き、こう言った。
「今日は名前先生のこと待っとって」
恥じらいを交えながら、鞄の中を探る彼。何を出すのかと探る手を見つめていると、出てきたものは以前貸したタオルハンカチ。
「これ、返そ思うて」
細長い指に包まれたハンカチを素直に受け取り、礼を告げる。
「お姉ちゃん経由で良かったのに」
そう続けて言うと、彼は私の事を真っ直ぐに見据えて、眉を八の字に変化させた。そして、囁くように、か細く声を震わせた。
「直接お礼、言いたかったんです」
手は拳を作り、微かに震えている。
慣れていない年上に対してわざわざこんなことを。少しだけお姉ちゃんの言っていたことが理解できた気がして、頬が緩んだ。
「てか、ずっと待っとったん?」
彼はこくりと頷くと、そのまま目線を落とした。
「今日部活休みやったんで、会えたらええな思うて来ました」
連絡先を知っているわけでもなければ、私の生活リズムを知っているわけでもない。もはや賭けで来たんだろう。一度しか会ったことのない、この駅で。
「ごめんなあ。寒かったやろ」
「そないに待ってないんで、気にせんといてください」
それじゃあ、と帰路につこうとする彼。私は咄嗟に彼を呼び止めてしまっていた。
「ちょ、ちょお待っとって!」
近くにあった自販機に慌てて駆け寄り、適当に二回ボタンを押した。ガコン、と音を立てて落ちてきたペットボトルを手に取ると、彼の元へとすかさず戻り、彼に緑茶を一本差し出した。
「安いもんやけど……待たせてもうたし。緑茶嫌やない?」
突発的な行動であった上に最近の中学生男子の好みを知らないために無難な緑茶を選んだ。しかし、彼は優しさからか、素直に温かいペットボトルを受け取ってくれた。
「嬉しいです。ありがとうございます」
礼を告げて微笑む彼は、ほんの少しだけ緊張の糸が切れたのか、表情が柔らかく解れていた。その姿に胸を高鳴らせてしまったのは、彼が世に言う美少年に属するのだからだと信じて疑わなかった。
とある一軒家にたどり着くと、慣れた手つきでチャイムを鳴らす。すると、すぐさま足音が聞こえ、目の前の扉が開いた。
「先生、いらっしゃーい」
私を迎えてくれたのは、教え子の少女。数日前に駅で会った蔵ノ介くんのお姉さん。可愛らしい笑顔を浮かべた彼女は弟くんとよく似て美少女である。
「入って、入って~」
「お邪魔します~」
足を踏み入れ、すぐさま彼女の部屋へと向かうつもりだった。しかし、私は玄関に並ぶ靴を確認した。あの子の靴を一瞬だけ、無意識に探していたのだ。だが、部活だったのだろうか。靴は見当たらない。
探したからと言って、尋ねるわけでもなく、私は大して気にも留めず彼女の後を着いて部屋へ。すぐに教材を並べて勉強開始、かと思いきや、彼女は別のことを口にした。
「先生って、くーちゃんのことどう思う?」
彼女の表情は至って真剣で、私は思わず瞬きを繰り返した。
「どうって……何がどうなん?」
質問の意図が分からず、首を傾げながら尋ね返すと、彼女は盛大な溜息を吐いてから答えた。
「男としてやんかあ。大人から見て」
そういう話か、と納得した。彼女から振られた話に、ぼんやりとこの間の雨の日を思い出す。
「大人からって……私まだ成人してへんのに」
「ええのええの。私より年上やから大人ってことで」
「何その理屈」
「ええから、教えて」
私は催促されるがまま、弟くんを脳裏に浮かべる。しかし、どうと話せるほど関係がないのだから想像だけになってしまう。
「うーん、まあモテそうやなってぐらいやな」
当たり障りなく簡潔に答えると、彼女は些か不満そうに口をへの字に曲げていた。
「それだけ~?」
「答えとしてあかんかった?」
笑いながら正答を引き出そうとすると、彼女は目の色を変える。
「だって!この間送ってもろたんやろ、くーちゃんに!相合傘!」
そのことか、と一度肩を上下させた。
「くーちゃん、最近ぼうっとしとるから問い詰めたらそう言うててん」
頬を膨らませて話す彼女に対し、私には他のことが気になった。彼がぼうっとしていた。まさか、あの雨で風邪をひいてしまったのだろうか。
「風邪ひいたとか?大丈夫?」
もし風邪でもひいたら申し訳ない。部活も忙しいだろうに、と心配するが、それはいとも簡単に一蹴されてしまう。
「くーちゃん健康オタクやから大丈夫やで」
「そう……それならええんやけど、」
安堵した後、ついでだと思い、私はあることを尋ねた。
「そういえば、弟くんって人見知りしたりする?」
「……人見知りって、くーちゃんが?」
「うん」
肯定すると、きょとんと目を丸くさせ、すぐに声をあげて笑った。
「えっ?あのくーちゃんが?いや、それはないわあ!」
けらけらと止まらない笑い声。私の頭上には疑問符が浮かぶばかり。
少ししてようやく落ち着いたのか、彼女は傍に置いていた紅茶を一口飲んだ。
「基本いつでも誰でも愛想ええし、めっちゃ喋るよ」
生憎彼女の言うような蔵ノ介くんの側面を見ることはなかったために、感嘆の声が漏れた。
「……意外やわ」
彼女は頬杖をつき、あーあ、とつまらなさそうに唇を尖らせる。
「猫被ってたんやろ、どうせ。くーちゃんの周りに先生みたいな女の子おらんし」
「そらそうやろ。良くも悪くも中学生程のぴちぴちは持ってへん」
「ぴちぴちっておばさんみたいやで」
「いずれ分かるようになるわ。高校生と大学生の間にはかなりの壁があるってことやよ」
私の言葉を最後に勉強を始めるように促す。高校生だった時の自分が随分と前のように感じながらもすぐに頭を切り替えた。
最寄り駅の改札を抜け、帰路につこうとした瞬間だった。見知った後ろ姿が目に入り、吸い込まれるように近寄った。
「……蔵ノ介くん?」
そこには鼻を赤くしている蔵ノ介くん。制服姿だから学校帰りだろうか。声をかけると、彼は驚いた顔をして口元をマフラーで隠した。
「名前先生」
「どないしたん。また部活やったん?」
普段会うことのない場で再び会ったせいか、声をかけずにはいられなかった。周囲を見ても一人のようで不思議に思っていると、彼はゆっくりと口を開き、こう言った。
「今日は名前先生のこと待っとって」
恥じらいを交えながら、鞄の中を探る彼。何を出すのかと探る手を見つめていると、出てきたものは以前貸したタオルハンカチ。
「これ、返そ思うて」
細長い指に包まれたハンカチを素直に受け取り、礼を告げる。
「お姉ちゃん経由で良かったのに」
そう続けて言うと、彼は私の事を真っ直ぐに見据えて、眉を八の字に変化させた。そして、囁くように、か細く声を震わせた。
「直接お礼、言いたかったんです」
手は拳を作り、微かに震えている。
慣れていない年上に対してわざわざこんなことを。少しだけお姉ちゃんの言っていたことが理解できた気がして、頬が緩んだ。
「てか、ずっと待っとったん?」
彼はこくりと頷くと、そのまま目線を落とした。
「今日部活休みやったんで、会えたらええな思うて来ました」
連絡先を知っているわけでもなければ、私の生活リズムを知っているわけでもない。もはや賭けで来たんだろう。一度しか会ったことのない、この駅で。
「ごめんなあ。寒かったやろ」
「そないに待ってないんで、気にせんといてください」
それじゃあ、と帰路につこうとする彼。私は咄嗟に彼を呼び止めてしまっていた。
「ちょ、ちょお待っとって!」
近くにあった自販機に慌てて駆け寄り、適当に二回ボタンを押した。ガコン、と音を立てて落ちてきたペットボトルを手に取ると、彼の元へとすかさず戻り、彼に緑茶を一本差し出した。
「安いもんやけど……待たせてもうたし。緑茶嫌やない?」
突発的な行動であった上に最近の中学生男子の好みを知らないために無難な緑茶を選んだ。しかし、彼は優しさからか、素直に温かいペットボトルを受け取ってくれた。
「嬉しいです。ありがとうございます」
礼を告げて微笑む彼は、ほんの少しだけ緊張の糸が切れたのか、表情が柔らかく解れていた。その姿に胸を高鳴らせてしまったのは、彼が世に言う美少年に属するのだからだと信じて疑わなかった。