下手くそに愛を叫べⅠ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
彼と会わなくなって、一年と二年、そしてもうすぐ三年が経つ。
家庭教師として見ていた生徒、彼のお姉ちゃんと、その後担当した生徒を無事合格させ、送り出した。就活や卒論、旅行など、ごく普通の大学生として過ごしては、あっという間に社会人となった。働き出して約一年。私は二十三歳。環境の変化についていくのは大変だったが、人に恵まれたおかげか、社会人としての日々を過ごしていた。
そんな中で変わったことが一つ。蔵ノ介くんからの連絡が減ったこと。元々多かったわけじゃない。私から送ることはないし、彼も頻繁に送るような性格ではなかった。それでも、数か月前の日付で止まってしまったメッセージを眺めては三年前の彼の言葉を思い出す。
「絶対名前さんのとこに戻るから」
本当に彼が迎えに来てくれるなら、と私はそれを信じては、恥じない自分でいられるよう努力を重ねている。堂々と彼を受け入れられるように。
でも、彼が私のことをまだ想ってくれているのかどうかなんてわからない。それでも、私はずっと、彼のことを想い続けるしかできなくて。信じることしかできなくて。痛む胸を抑えながら、私は今日も祈るだけ。
「もうすぐ、三年やよ……」
スマホを握り、呟く。誰にも届かぬ声は、呆気なく消えていった。
◇ ◇ ◇
明日は休みだからゆっくりできそうかな。帰ったらご飯食べてお風呂入ってお酒飲みながらゲームをしよう。
コンビニから出て、缶がぶつかり合う音を奏でながら家での計画を練る。いつも通りの道を歩いて、学生の頃から変わらないマンションへ。今日も変わりない平日だと思っていたのだが、それは早々に打ち砕かれる。
エントランス前に見知らぬ男がいるのだ。普段誰かが待っているところなど見たことがなく、気味の悪さを感じる。辺りが暗いことと、不審な男が俯きがちなせいで、顔もよく見えない。少し恐怖を覚えたが、あの人の前を通らなければ家に帰れない。
足早に通り過ぎてしまおうと腹を括り、歩調を早めた。その瞬間だった。
「名前さん」
ぱっと顔を上げた男は、私の名を呼んだ。そして、私はその声も、顔も、よく知っていた。
「くら、のすけ……くん?」
「お疲れさんです」
にこやかに私に近づいてくるのは、紛れもない三年前に東京に行ってしまった彼。朗らかな笑顔は、胸に秘めたものを容易に引きずり出す。
しかし、私にはなぜ今ここに彼がいるのか理解できず、右往左往としてしまう。
「な、なんで……」
全く現状についていけていない私を見て、蔵ノ介くんは口元に手を当て、くすくすと笑っていた。
「名前さん、慌てすぎ」
随分と大人びた表情で笑うようになった。それに見慣れないブレザーの制服や前より高くなった顔の位置。そこに男の子はいなくて、いるのは白石蔵ノ介というれっきとした男。
「突然すぎるやろ……」
喜べばいいのか、驚けばいいのか、怒ればいいのか、感情が入り乱れて上手く消化できない。
「とりあえず、まあ、卒業おめでとう」
一先ず必要事項を告げると、彼はそわそわとした様子で礼を口にした。
「ありがとうございます」
「一人?」
「おん。名前さんにはよ会いたくて来てもうた」
確かに日付的には卒業式が終わっていて当たり前の日付だ。だが、高校の友達と思い出作りをする時間も必要なのではないか。そのことを口にすれば、彼は表情を変えず、答えた。
「そないに心配せんでも、ちゃんとやってます」
まあ彼が言うのなら良いのだろう。私は今起こった出来事を頷きながら消化していたのだが、彼は私の手をさり気なくとり、顔を近づけた。
「名前さん。今から質問するから、ちゃんと答えてな」
三年ぶりの彼に、顔が赤くなりそうなのを堪え、小さく頷く。今からされる質問は、確認作業なのだと彼の体温が教えてくれる。
「今、恋人おる?」
黙ったまま、首を横に振った。
「好きな人は?」
少しだけ黙ってから、小さく頷く。すると、彼は更に体を寄せて、耳元で囁く。
「その好きな人は、俺?」
男の声にビリビリと全身が痺れた。ずっと堪えていたものが剥がれていく。そのせいで耐えきれなくなってしまった私は、彼の腕に触れた。
「ほな、最後」
そう言うと、彼は私の頬に触れ、瞳に私を映す。奥に熱が孕んでいる。
「俺の気持ちはずっと変わってへん。せやから……俺の恋人に、なってくれますか」
目の奥がじんわりと痛む。私は震える声で、答えを示した。
「知らんよ……後悔しても、」
「そんなんしません。俺の心は前から決まってますから」
彼の言葉に、降参するしかなかった。どうしようもなく、彼のことを好きになってしまったのだから。
彼はゆっくりと私の体に腕を回す。それに応えるように、私も彼の背に腕を回した。三年ぶりの彼の温もりに感情が溢れ、肩を濡らす。酷く甘い、危険だった香りは、私の心を包む、甘く優しい香りへと変わっていた。
「私、めっちゃ不安やって……ほんまに女の子連れて帰ってきたらどないしよって……」
鼻の詰まった声で不安を吐露すると、蔵ノ介くんは体を離した。彼は雨のようにとめどなく流れる私の涙を拭いながら、嬉しそうに笑っている。
そんな彼の態度が狡く思えて、私は不貞腐れたように唇が尖った。
「……蔵ノ介くんより、私の方が好きなんやと思う」
こんなに好きにさせて、狡い。私の方が年上だから、とかっこつけていたい気持ちを簡単に崩される。すぐに余裕がなくなる。すると、彼は突然顔を赤くして口元を押さえた。
「なんで帰ってきて早々そないなことばっか言うん……」
ぽんぽん、と音が出そうな程赤く染まった顔は三年前の少年を彷彿とさせる。さっきのお返しが出来たようで満足だ。
成長しても変わらへんのやなあ。そう思いながら笑っていると、彼は再び私を抱きしめる。その腕は強く、逞しい。
「名前さんが可愛いすぎて困る」
「……あほ」
私は彼に負けないように再び腕を回し、力を強めた。離さない。離れたくない。そう伝えるように。
こうして、私はようやく昔閉じた宝箱を開くことができるのだと、彼の温もりで確信したのだった。
家庭教師として見ていた生徒、彼のお姉ちゃんと、その後担当した生徒を無事合格させ、送り出した。就活や卒論、旅行など、ごく普通の大学生として過ごしては、あっという間に社会人となった。働き出して約一年。私は二十三歳。環境の変化についていくのは大変だったが、人に恵まれたおかげか、社会人としての日々を過ごしていた。
そんな中で変わったことが一つ。蔵ノ介くんからの連絡が減ったこと。元々多かったわけじゃない。私から送ることはないし、彼も頻繁に送るような性格ではなかった。それでも、数か月前の日付で止まってしまったメッセージを眺めては三年前の彼の言葉を思い出す。
「絶対名前さんのとこに戻るから」
本当に彼が迎えに来てくれるなら、と私はそれを信じては、恥じない自分でいられるよう努力を重ねている。堂々と彼を受け入れられるように。
でも、彼が私のことをまだ想ってくれているのかどうかなんてわからない。それでも、私はずっと、彼のことを想い続けるしかできなくて。信じることしかできなくて。痛む胸を抑えながら、私は今日も祈るだけ。
「もうすぐ、三年やよ……」
スマホを握り、呟く。誰にも届かぬ声は、呆気なく消えていった。
◇ ◇ ◇
明日は休みだからゆっくりできそうかな。帰ったらご飯食べてお風呂入ってお酒飲みながらゲームをしよう。
コンビニから出て、缶がぶつかり合う音を奏でながら家での計画を練る。いつも通りの道を歩いて、学生の頃から変わらないマンションへ。今日も変わりない平日だと思っていたのだが、それは早々に打ち砕かれる。
エントランス前に見知らぬ男がいるのだ。普段誰かが待っているところなど見たことがなく、気味の悪さを感じる。辺りが暗いことと、不審な男が俯きがちなせいで、顔もよく見えない。少し恐怖を覚えたが、あの人の前を通らなければ家に帰れない。
足早に通り過ぎてしまおうと腹を括り、歩調を早めた。その瞬間だった。
「名前さん」
ぱっと顔を上げた男は、私の名を呼んだ。そして、私はその声も、顔も、よく知っていた。
「くら、のすけ……くん?」
「お疲れさんです」
にこやかに私に近づいてくるのは、紛れもない三年前に東京に行ってしまった彼。朗らかな笑顔は、胸に秘めたものを容易に引きずり出す。
しかし、私にはなぜ今ここに彼がいるのか理解できず、右往左往としてしまう。
「な、なんで……」
全く現状についていけていない私を見て、蔵ノ介くんは口元に手を当て、くすくすと笑っていた。
「名前さん、慌てすぎ」
随分と大人びた表情で笑うようになった。それに見慣れないブレザーの制服や前より高くなった顔の位置。そこに男の子はいなくて、いるのは白石蔵ノ介というれっきとした男。
「突然すぎるやろ……」
喜べばいいのか、驚けばいいのか、怒ればいいのか、感情が入り乱れて上手く消化できない。
「とりあえず、まあ、卒業おめでとう」
一先ず必要事項を告げると、彼はそわそわとした様子で礼を口にした。
「ありがとうございます」
「一人?」
「おん。名前さんにはよ会いたくて来てもうた」
確かに日付的には卒業式が終わっていて当たり前の日付だ。だが、高校の友達と思い出作りをする時間も必要なのではないか。そのことを口にすれば、彼は表情を変えず、答えた。
「そないに心配せんでも、ちゃんとやってます」
まあ彼が言うのなら良いのだろう。私は今起こった出来事を頷きながら消化していたのだが、彼は私の手をさり気なくとり、顔を近づけた。
「名前さん。今から質問するから、ちゃんと答えてな」
三年ぶりの彼に、顔が赤くなりそうなのを堪え、小さく頷く。今からされる質問は、確認作業なのだと彼の体温が教えてくれる。
「今、恋人おる?」
黙ったまま、首を横に振った。
「好きな人は?」
少しだけ黙ってから、小さく頷く。すると、彼は更に体を寄せて、耳元で囁く。
「その好きな人は、俺?」
男の声にビリビリと全身が痺れた。ずっと堪えていたものが剥がれていく。そのせいで耐えきれなくなってしまった私は、彼の腕に触れた。
「ほな、最後」
そう言うと、彼は私の頬に触れ、瞳に私を映す。奥に熱が孕んでいる。
「俺の気持ちはずっと変わってへん。せやから……俺の恋人に、なってくれますか」
目の奥がじんわりと痛む。私は震える声で、答えを示した。
「知らんよ……後悔しても、」
「そんなんしません。俺の心は前から決まってますから」
彼の言葉に、降参するしかなかった。どうしようもなく、彼のことを好きになってしまったのだから。
彼はゆっくりと私の体に腕を回す。それに応えるように、私も彼の背に腕を回した。三年ぶりの彼の温もりに感情が溢れ、肩を濡らす。酷く甘い、危険だった香りは、私の心を包む、甘く優しい香りへと変わっていた。
「私、めっちゃ不安やって……ほんまに女の子連れて帰ってきたらどないしよって……」
鼻の詰まった声で不安を吐露すると、蔵ノ介くんは体を離した。彼は雨のようにとめどなく流れる私の涙を拭いながら、嬉しそうに笑っている。
そんな彼の態度が狡く思えて、私は不貞腐れたように唇が尖った。
「……蔵ノ介くんより、私の方が好きなんやと思う」
こんなに好きにさせて、狡い。私の方が年上だから、とかっこつけていたい気持ちを簡単に崩される。すぐに余裕がなくなる。すると、彼は突然顔を赤くして口元を押さえた。
「なんで帰ってきて早々そないなことばっか言うん……」
ぽんぽん、と音が出そうな程赤く染まった顔は三年前の少年を彷彿とさせる。さっきのお返しが出来たようで満足だ。
成長しても変わらへんのやなあ。そう思いながら笑っていると、彼は再び私を抱きしめる。その腕は強く、逞しい。
「名前さんが可愛いすぎて困る」
「……あほ」
私は彼に負けないように再び腕を回し、力を強めた。離さない。離れたくない。そう伝えるように。
こうして、私はようやく昔閉じた宝箱を開くことができるのだと、彼の温もりで確信したのだった。
17/17ページ