下手くそに愛を叫べⅠ
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『会えませんか』
何か月ぶりだろうか。蔵ノ介くんからメッセージが届いた。もう見ないと思っていた箇所に赤い1の数字。トークを開くかどうか親指が迷いを見せて、画面の上をうろうろと彷徨う。既読をつけることさえ躊躇われる。
ふと、今日の日付を確認した。もうすぐ彼は中学校を卒業するんだろう。私は彼の先を知らない。どこの高校に行くのかも、何も知らない。知ったら、私は彼を忘れられなくなる。思い出にしてしまうから知りたくない。
でも、彼の誘いに乗ってしまいそうな自分がいる。だって、先日お姉ちゃんに伝えたことは全て建前だったから。
私は気付いてしまったんだ。全て言い訳で、本当の私が何を嫌っているのか。年の差だとか、環境だとか、全部ひっくるめて、私は忘れられるのが怖かったんだ。十五の彼がどんなに素晴らしい愛の言葉を紡いでくれたとしても、成長するにつれ、私のことを好きではなくなるんじゃないか。私以外の人を好きになってしまうんじゃないじゃないか。それならば、自分を傷つけるならば、受け入れ合った後ではなくて、受け入れ合う前の方が優しいんじゃないかって。
私は彼の過去になりたくない。ずっと現在 であり続けたい。そう思えば思うほど、私は彼の隣にはいられない。
だが、友人達の助言から一度話さなければと考えていた。そう思っているのに、何と伝えればいいのかまとまらないせいで同じ場所で踏みとどまっている。何と伝えれば年上として振舞えるのか。私の汚いプライドが邪魔をする。
私は腹を括り、震える指で彼の誘いに乗った。
「お久しぶりです」
「うん……久しぶりやね」
寒さの残る風が私達二人の間を吹き抜ける。
彼に会おうと指定された場所は、去年彼を慰めた公園。子供が遊んでいるのを眺めながら、端にあるベンチに腰掛けた。他人行儀のように空いた私と彼との距離。はしゃぐ子供の声が遠い。
静まった空気の中、沈黙を破ったのは蔵ノ介くんだった。
「俺、東京行きます」
そうなんや、と思いつつ、私は感情を出さずに黙ったまま。蔵ノ介くんは気にする素振りを見せず言葉を続ける。
「好きやから、楽しんでテニスを出来るように。俺は向こうへ行きます」
頑張って。その言葉さえ、今は出ない。喉につっかえて、言葉が出ない。
「連絡手段がないわけやないけど、誘う口実がなくなるのが嫌で今日○○さんを呼んだんです」
彼は私との距離を詰める。私は動けない。
「前、言うことも許してくれへんくて。諦めなあかんかなあって思うたんやけど、諦めへんって決めたから」
彼はそう言うと、ベンチの上に置いていた私の手にそっと触れる。ぴくっと体が驚けば、彼の指が絡まり、手を握った。反射的に彼の瞳を捉える。真っ直ぐと刺さるような鋭利さをもっている。
「名前さん。好きです」
じわじわと温かいものが体の中心から弾ける。それと同時に鼻の奥が痛み、視線を落とした。すると、彼はもう片方の手で私の頬に触れ、再び目を合わせられるように首を動かす。
「名前さん、お願いやから。もう逃げんといて」
酷く傷ついた顔が私の目に映る。
ああ、そうだ。私はいつだってこうやって逃げてきた。彼のことが好きなら、私は立ち向かわなくちゃならないのに。気持ちを量る天秤が未だにぐらぐらと揺れて止まらずにいる。
私は頬に触れられた手を握り、ゆっくりと降ろす。
「蔵ノ介くんの気持ちは嬉しい。でもな、私はそれに応えられへん」
「……理由、教えて。ちゃんと名前さんの口から説明されな、納得するもんもできひん」
私は冷静さを保つために、深呼吸をしてから言葉を紡ぐ。
「五歳も違うんは大きい。お互い二十歳超えてるんやったら話はまた違うかもしれへん。でも、まだ十五やろ。これからいろんな人に会う。私のことなんて、忘れる」
「ほな、なんであの人と別れたん。なんで俺とずっと会ってくれるん。なあ、教えて」
矢継ぎ早に答えを急かす言葉には、棘が生えていた。私の言葉が弱くなる度に、彼の言葉は強くなる。元から私の持つ手札なんて少なかった。無いようなものだったんだ。もう限界だ。最後の最後までかっこつけていたかったのに。
ボロ、と雫が頬を走った。その瞬間だった。
「っ、そんなん……そんなん、あんたのことが好きやからに決まってるやろ!」
声を荒げると、彼は面食らった様子で私の名前を確認するように呼んだ。
「名前、さん……?」
「ほんまに、こんなはずやなかったのに……」
一つ、二つと零れる雫は手の甲に小さな水溜まりを次々に作っていく。それと共に予定外の言葉が飛び出していく。ほとんど自棄になってしまった私の本心。
「中学生を好きになるなんて絶対あかんって思うたから他の人と付き合って好きにならへんようにしとった。でも無理や。自分でストップかけようとすればするほど止まらへんくなるし、私が蔵ノ介くんに惹かれてること知られて別れたし、それでまた余計に蔵ノ介くんのこと抑えきれへんくなるし」
ハア、と呼吸を整え、びしょびしょに濡れた頬を乱雑に拭った。
「こんなん、初めてなんよ。泣く程人を好きになったのも、焦がれる程人を想うのも」
私は触れていた彼の手を握る。
「怖いねん。高校入ったら他の子に惹かれて、私の事なんか忘れるんちゃうかって。蔵ノ介くんのこと考えたら離れるのが正解なんやって思うても、何とかして離れなあかんって思うても、そう思えば思うほど、離れたくないねん」
私は彼の腕に縋った。みっともないと思う気持ちもこの時ばかりは消えていた。
「好きなんよ。どうしようもないぐらい。蔵ノ介くんのことが、」
好き。そう言い終える前に彼は私を強く抱きしめた。
「くら、のすけ、」
彼の腕は私の存在を確かめるように体を包み込む。今まで凝り固まっていた私を彼の熱で溶かしていく。
「絶対名前さんのとこに戻るから」
そう言った彼の声には覚悟が乗っていた。
「絶対なんか、わからへんやん」
「高校卒業したら名前さんのとこ真っ先に行く。高校の三年間、俺を試してええ。もし、俺よりええ人がおったらそっちいってもろうて構いません。俺が悪いから」
私は首を横に振った。すると彼は、喜びに満ちた顔で微笑んでいた。
「ほな待っとって。連絡はときどきでええからしたい」
「……私からはせんでも?」
「返しはするやろ?」
こくん、と頷くと、額同士を合わせた。
彼は中学を卒業すると、あっという間に大阪を離れた。私の元に残ったのは、確証のない彼との約束。これからも一本ずつ、確かに彼との繋がりの糸は切れていくんだろう。その残骸という不安とともに、彼との思い出を宝箱に仕舞う。彼が私の元に戻ってくるまで。それまでの辛抱だから、と。
何か月ぶりだろうか。蔵ノ介くんからメッセージが届いた。もう見ないと思っていた箇所に赤い1の数字。トークを開くかどうか親指が迷いを見せて、画面の上をうろうろと彷徨う。既読をつけることさえ躊躇われる。
ふと、今日の日付を確認した。もうすぐ彼は中学校を卒業するんだろう。私は彼の先を知らない。どこの高校に行くのかも、何も知らない。知ったら、私は彼を忘れられなくなる。思い出にしてしまうから知りたくない。
でも、彼の誘いに乗ってしまいそうな自分がいる。だって、先日お姉ちゃんに伝えたことは全て建前だったから。
私は気付いてしまったんだ。全て言い訳で、本当の私が何を嫌っているのか。年の差だとか、環境だとか、全部ひっくるめて、私は忘れられるのが怖かったんだ。十五の彼がどんなに素晴らしい愛の言葉を紡いでくれたとしても、成長するにつれ、私のことを好きではなくなるんじゃないか。私以外の人を好きになってしまうんじゃないじゃないか。それならば、自分を傷つけるならば、受け入れ合った後ではなくて、受け入れ合う前の方が優しいんじゃないかって。
私は彼の過去になりたくない。ずっと
だが、友人達の助言から一度話さなければと考えていた。そう思っているのに、何と伝えればいいのかまとまらないせいで同じ場所で踏みとどまっている。何と伝えれば年上として振舞えるのか。私の汚いプライドが邪魔をする。
私は腹を括り、震える指で彼の誘いに乗った。
「お久しぶりです」
「うん……久しぶりやね」
寒さの残る風が私達二人の間を吹き抜ける。
彼に会おうと指定された場所は、去年彼を慰めた公園。子供が遊んでいるのを眺めながら、端にあるベンチに腰掛けた。他人行儀のように空いた私と彼との距離。はしゃぐ子供の声が遠い。
静まった空気の中、沈黙を破ったのは蔵ノ介くんだった。
「俺、東京行きます」
そうなんや、と思いつつ、私は感情を出さずに黙ったまま。蔵ノ介くんは気にする素振りを見せず言葉を続ける。
「好きやから、楽しんでテニスを出来るように。俺は向こうへ行きます」
頑張って。その言葉さえ、今は出ない。喉につっかえて、言葉が出ない。
「連絡手段がないわけやないけど、誘う口実がなくなるのが嫌で今日○○さんを呼んだんです」
彼は私との距離を詰める。私は動けない。
「前、言うことも許してくれへんくて。諦めなあかんかなあって思うたんやけど、諦めへんって決めたから」
彼はそう言うと、ベンチの上に置いていた私の手にそっと触れる。ぴくっと体が驚けば、彼の指が絡まり、手を握った。反射的に彼の瞳を捉える。真っ直ぐと刺さるような鋭利さをもっている。
「名前さん。好きです」
じわじわと温かいものが体の中心から弾ける。それと同時に鼻の奥が痛み、視線を落とした。すると、彼はもう片方の手で私の頬に触れ、再び目を合わせられるように首を動かす。
「名前さん、お願いやから。もう逃げんといて」
酷く傷ついた顔が私の目に映る。
ああ、そうだ。私はいつだってこうやって逃げてきた。彼のことが好きなら、私は立ち向かわなくちゃならないのに。気持ちを量る天秤が未だにぐらぐらと揺れて止まらずにいる。
私は頬に触れられた手を握り、ゆっくりと降ろす。
「蔵ノ介くんの気持ちは嬉しい。でもな、私はそれに応えられへん」
「……理由、教えて。ちゃんと名前さんの口から説明されな、納得するもんもできひん」
私は冷静さを保つために、深呼吸をしてから言葉を紡ぐ。
「五歳も違うんは大きい。お互い二十歳超えてるんやったら話はまた違うかもしれへん。でも、まだ十五やろ。これからいろんな人に会う。私のことなんて、忘れる」
「ほな、なんであの人と別れたん。なんで俺とずっと会ってくれるん。なあ、教えて」
矢継ぎ早に答えを急かす言葉には、棘が生えていた。私の言葉が弱くなる度に、彼の言葉は強くなる。元から私の持つ手札なんて少なかった。無いようなものだったんだ。もう限界だ。最後の最後までかっこつけていたかったのに。
ボロ、と雫が頬を走った。その瞬間だった。
「っ、そんなん……そんなん、あんたのことが好きやからに決まってるやろ!」
声を荒げると、彼は面食らった様子で私の名前を確認するように呼んだ。
「名前、さん……?」
「ほんまに、こんなはずやなかったのに……」
一つ、二つと零れる雫は手の甲に小さな水溜まりを次々に作っていく。それと共に予定外の言葉が飛び出していく。ほとんど自棄になってしまった私の本心。
「中学生を好きになるなんて絶対あかんって思うたから他の人と付き合って好きにならへんようにしとった。でも無理や。自分でストップかけようとすればするほど止まらへんくなるし、私が蔵ノ介くんに惹かれてること知られて別れたし、それでまた余計に蔵ノ介くんのこと抑えきれへんくなるし」
ハア、と呼吸を整え、びしょびしょに濡れた頬を乱雑に拭った。
「こんなん、初めてなんよ。泣く程人を好きになったのも、焦がれる程人を想うのも」
私は触れていた彼の手を握る。
「怖いねん。高校入ったら他の子に惹かれて、私の事なんか忘れるんちゃうかって。蔵ノ介くんのこと考えたら離れるのが正解なんやって思うても、何とかして離れなあかんって思うても、そう思えば思うほど、離れたくないねん」
私は彼の腕に縋った。みっともないと思う気持ちもこの時ばかりは消えていた。
「好きなんよ。どうしようもないぐらい。蔵ノ介くんのことが、」
好き。そう言い終える前に彼は私を強く抱きしめた。
「くら、のすけ、」
彼の腕は私の存在を確かめるように体を包み込む。今まで凝り固まっていた私を彼の熱で溶かしていく。
「絶対名前さんのとこに戻るから」
そう言った彼の声には覚悟が乗っていた。
「絶対なんか、わからへんやん」
「高校卒業したら名前さんのとこ真っ先に行く。高校の三年間、俺を試してええ。もし、俺よりええ人がおったらそっちいってもろうて構いません。俺が悪いから」
私は首を横に振った。すると彼は、喜びに満ちた顔で微笑んでいた。
「ほな待っとって。連絡はときどきでええからしたい」
「……私からはせんでも?」
「返しはするやろ?」
こくん、と頷くと、額同士を合わせた。
彼は中学を卒業すると、あっという間に大阪を離れた。私の元に残ったのは、確証のない彼との約束。これからも一本ずつ、確かに彼との繋がりの糸は切れていくんだろう。その残骸という不安とともに、彼との思い出を宝箱に仕舞う。彼が私の元に戻ってくるまで。それまでの辛抱だから、と。