下手くそに愛を叫べⅠ
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「おっじゃましま~す」
遠慮なしに部屋に入り込んでくるのは大学で出会った友人二人。頻繁に訪れる二人は、いつも通り夜更かし用の食糧を両手にいっぱい持ち寄って来た。
私達が集まってやることと言えば決まってゲーム。ジャンルを問わず好きなものを夜通しプレイし続ける。普段の性格が違うくせに、ゲームとなると自然と遊んでいる。本当はもう一人いるのだが、今回は予定が合わず不参加。
私は二人から袋を受け取り、中身を探る。
「酒入ってるやん」
「私もう誕生日きたんやもん」
「絶対介抱せえへんからな」
「冷た」
いつも通りのやり取りをしながら部屋に足を踏み入れる。すると、すぐに我が物顔で本体に電源を入れ、起動させていた。
「そういえば、最近彼氏とはどうなん」
お菓子の袋を開けながら、ニマニマと微笑む。あー、と声を漏らしてから別れた事実を伝えると、二人は動かしていた手を止めた。
「はっや」
「ゲームは後や。そっちの方がおもろい」
据え置き機の電源を切り、私に向き直る。もう一人もお菓子を置いて背筋を伸ばした。そんな改まって聞くことでもないだろうに、と思いつつ、釣られるように私もその場に腰を下ろす。
「で、なんで別れたん」
そわそわとしながら別れ話の続きを待っている。気は進まなかったが、彼女達に知られて困ることもないだろう。私はそう思い、全て話した。
「別に嫌いとかやなかったけど、恋人って言われると好きになれへんくて。そのままどうにもならへんくて」
別れた。全貌を明らかにすると、一人は額に手を当てて首を横に振っていた。
「はあ……贅沢な奴め」
言う通りだと思う。好意を寄せてくれた相手を傷つけたのだから。
否定できずに顔を引きつらせていると、もう一人がきょとんとした顔で尋ねてきた。
「で、その好きな相手って誰なん」
一番聞かれたくないところを突いてくる。話せば聞かれるだろうと予測できたけれど、こうも真っ直ぐ聞かれると億劫になる。
「……それは、まあ、ええやん」
二人から目を逸らし、コップを出すために立ち上がろうとすると、近くに座っていた子に腕を引っ張られてしまった。そのせいで、ごろん、と床の上で転がる。
「言えや」
「長いからやめよ」
「いーや。まだ酒いっぱいあんねんから、つまみを差し出さんかい」
「内容つまらんかったらその相手に電話さすで」
目の前に置いていた私のスマホを持って突いてくる。下手すると本当にかけさせられるだろう。もう一人いたら穏便に済んだのに、と嘆きながら彼との出来事を全て話した。出会ったときのことから、告白未遂のことまで。二人の食いつきは別れ話より相当良かった。
「それ現実?」
「やばいやん、その子。名前のこと好きすぎるやん。もはや愛」
前のめりで感想を述べるせいで顔が熱くなる。早くこの会話を終わらせてしまいたい。しかし、その願いも空しく、彼女達の好奇心に負けてしまう。
「付き合うん?」
「私を犯罪者にすな」
友人の言葉を一蹴すると、もう一人はその場でぴょんぴょんと跳ね始める。
「え、ちょ、会いたなってきた」
「やめろ。興奮すな酔っ払い」
「結婚式呼んでな」
その場で暴れる友人を諫める。机の上には、空になった缶が転んでいた。
「年齢気になるんやったら大人になったら迎えに来て欲しいなキャピとか言えば?」
「ええやん。花束抱えて来るかもしれへんで」
好き勝手言い始める二人に胸の奥で何かが込み上げる。私だって言えるもんなら言うてやりたいわ。
「こっちは真面目に考えてんねん!」
自分の想像以上に強くなってしまった言葉で冷静さを取り戻す。謝ろうと二人に目をやると、目を大きく開いて瞬きを繰り返していた。そして、二人に私の抱える気持ちが伝わったのか、真剣な表情に移った。
「それなら余計に断る理由いらんやろ。五、六歳差って二十歳過ぎたらそんな大した差にならへんし」
二人の言うこともわかる。それでも私は素直に首を縦に振れない。
「十代の五年は大きいやろ」
「ほんまにその子次第ちゃう?当人同士でちゃんと話し合えば納得できるやろ」
「ま、あいつのことは気にせんでええわ。好きにさせられんかったあいつが悪い」
元彼に対しての罪悪感。何も気にしていなかったわけじゃない。
あれから一言も会話をしてないし、連絡さえもとってない。友人にも戻れない関係。それは私の予想の範囲内だったはずだから何も言えない。謝罪したからといって、それは火に油だろう。
「このまま断って後悔せえへんの?」
頷けなかった。そうなってしまった後の自分を容易に想像できてしまったから。
「少しでも後悔するかもしれんと思うなら、無理にでも時間作り」
彼女たちの言葉に背中を押される。私は、私の素直な気持ちを伝えていいのか。
「私今めっちゃええこと言うたくな~い?」
「それで全部ぶち壊しや。アホ」
けらけらと笑う二人のおかげで曇っていた心に光が差した気がした。
もう少し。もう少しだけ、前向きに考えてみてもええんやろか。
その後、気付いたときには遅く、彼は既に合宿へと行ってしまっていた。話す機会を設けろと言われたものの、いつ帰ってくるかもわからない。聞こうにも聞きづらくて、二の足を踏んでいた。私に出来たのは、唯一会うお姉ちゃんからそれとなく彼のことを伝え聞くだけ。微かな情報から彼の活躍を応援していた。彼からの連絡もくるわけがない。あんなことを言っておいて、くるわけがない。むしろ、それでいいのかもしれない。そうなるべきだと言われているのかもしれない。
結局私の中で答えは出ないまま、彼のことを思い続けるばかりだった。
◇ ◇ ◇
合宿を終え、久方ぶりの実家へと戻った。離れて半年も経っていないのに、随分と懐かしく思えた。
自室で休息を休息を取っている最中、俺はスマホの画面を点けたり消したりを繰り返していた。あの人とのトーク画面を開いても、数か月前の会話で止まっている。
俺はあれからずっとあの人に何も送れないでいた。
あの時、想いだけでも聞いてほしかった。でも、彼女はそれさえも受け入れてはくれなかった。何かに怯えた表情は昨日のことのように思い出せる。
俺は彼女の笑った顔が見たい。でも今の俺では出来ない。彼女が俺の気持ちを受けようが受けまいが、どちらにせよ俺は彼女と離れる。あの時意を決して彼女に言葉を紡いだのは、俺の未熟な焦燥感から。合宿に行くこと。卒業すれば、この地を離れること。それを加味すれば、最後なのかもしれない。そう考えてしまった。
俺は春から東京に行く。テニスのために、この地を離れる。将来テニスを続けるかどうかはまだ決めかねているが、これからの三年は自分のための、自分らしいテニスをすることを目指したい。だからこそ、彼女に俺の気持ちを聞いてほしかった。
嫌われてはいない。むしろ、好意的に見える。でも俺が中学生だから。俺が年下だから。彼女が受け入れられない理由など容易に挙げられる。
もし、俺が彼女と同い年だったら?俺が彼女より年上だったら?叶いもしないたらればを描いたとて、実るわけでもない。
それでも、俺は彼女との思い出を過去に置いていきたくない。共に歩んでいきたかった。
勝手に漏れる溜息を吐くと、コンコンと戸を叩く音がした。
「くーちゃーん。入れて~」
姉だ。すぐに許可を出すと、気味の悪い笑みで部屋に入ってきた。
「何かあったんか?」
嫌な笑みの理由を問えば、姉はそれはこっちのセリフや、と言った。そして、続けざまにこう言ったのだ。
「名前先生となんか進展あった?」
先程まで考えていたことを見透かされたようで身震いをした。なんもないと誤魔化すが、姉は訝しげに「ふうん」と納得していない返事をしていた。
「最近の先生、ようくーちゃんの話すんねんけどなあ」
わざとらしい話し方が癪に障るが、名前さんのこととなるとそんなことはどうだっていい。
「姉ちゃん!はよ教えて!」
「仕方あらへんなあ……わが弟よ!」
なぜ姉がここまでノリノリなのかは突っ込まないでおこう。
俺は姉の前に正座し、自分がいないときの話を聞いた。どうやら俺の活動を知りたがっていたらしい。初めは姉から話していたが、日が経つにつれ、名前さんの方から尋ねるようになっていったそうだ。その話を聞くときの名前さんが、姉曰く、見たことのない柔らかい表情をするから俺に報告をしにきたのだった。
「これは!チャンスやで!」
目を輝かせて顔を近づけてくる姉。対して俺はというと、その事実があまりにも衝撃的なせいで、顔を真っ赤に染めて何も発せなくなっていた。
◇ ◇ ◇
「先生。一つ質問です」
「はい、なんでしょう」
「くーちゃんのこと、好き?」
彼女の質問は、私の思考を奪うのには簡単すぎるほどの衝撃を持ち合わせていた。
この日、私は教え子に頼まれ追加で勉強を見るために大学と彼女の学校の間にあるカフェで落ち合っていた。基本的に応用問題ばかりを集中的に行う予定で、最後に質問があるかと尋ねたところだった。
「……なんで、そないなこと聞くん?」
上げていた口角を下げないように聞き返す。
彼女は、蔵ノ介くんからこの間の出来事を聞いているのだろうか。それとも、彼女の勘か。
「私が片想いしとるときと同じ顔しとるんやもん」
ふふ、と得意げに答える。そんな彼女の気持ちとは裏腹に、私の気持ちはどんよりと曇っていく。隠しきれない気持ちの下降具合は目の前の彼女に伝わっていることだろう。
「……否定は、せえへん。でも、私と蔵ノ介くんは何にもならへんよ」
私の答えに、彼女は大きな音を立てて立ち上がる。
「っ、なんで!?」
周囲の目が私達に集まった。彼女はそれに気づくと、おずおずと席に座り直した。
「せんせ、どういうこと……?」
あからさまに小さくした声に前のめりになる姿勢。私は淡々と答えるように徹した。
「あの子の邪魔になりたないから」
「邪魔やなんて、」
思わず眉間に皺を寄せた。彼女はそれを見て、泣きそうな顔で私の顔を覗き込んだ。
「……先生?」
「ううん。何でもない」
目を細めて笑ったフリをする。もうこれ以上は話せないと口を噤んだ。
「先帰るわ。これ、置いとくから」
財布から二人分の代金を置いて席を立つ。
「なんで、先生……」
彼女の言葉にぴくっと反応して、動かそうとした足を止めた。
「人を好きになることに資格はいらへんって、私は先生から教えてもろたのに」
なんと耳が痛い言葉だろうか。自分で発した言葉がここで返ってくるなんて。
私はゆっくりと一度瞬きをし、肩を上下させるほどの深呼吸をした。そして、消えゆく声が聞こえぬフリをして私はその場を去ったのだった。
遠慮なしに部屋に入り込んでくるのは大学で出会った友人二人。頻繁に訪れる二人は、いつも通り夜更かし用の食糧を両手にいっぱい持ち寄って来た。
私達が集まってやることと言えば決まってゲーム。ジャンルを問わず好きなものを夜通しプレイし続ける。普段の性格が違うくせに、ゲームとなると自然と遊んでいる。本当はもう一人いるのだが、今回は予定が合わず不参加。
私は二人から袋を受け取り、中身を探る。
「酒入ってるやん」
「私もう誕生日きたんやもん」
「絶対介抱せえへんからな」
「冷た」
いつも通りのやり取りをしながら部屋に足を踏み入れる。すると、すぐに我が物顔で本体に電源を入れ、起動させていた。
「そういえば、最近彼氏とはどうなん」
お菓子の袋を開けながら、ニマニマと微笑む。あー、と声を漏らしてから別れた事実を伝えると、二人は動かしていた手を止めた。
「はっや」
「ゲームは後や。そっちの方がおもろい」
据え置き機の電源を切り、私に向き直る。もう一人もお菓子を置いて背筋を伸ばした。そんな改まって聞くことでもないだろうに、と思いつつ、釣られるように私もその場に腰を下ろす。
「で、なんで別れたん」
そわそわとしながら別れ話の続きを待っている。気は進まなかったが、彼女達に知られて困ることもないだろう。私はそう思い、全て話した。
「別に嫌いとかやなかったけど、恋人って言われると好きになれへんくて。そのままどうにもならへんくて」
別れた。全貌を明らかにすると、一人は額に手を当てて首を横に振っていた。
「はあ……贅沢な奴め」
言う通りだと思う。好意を寄せてくれた相手を傷つけたのだから。
否定できずに顔を引きつらせていると、もう一人がきょとんとした顔で尋ねてきた。
「で、その好きな相手って誰なん」
一番聞かれたくないところを突いてくる。話せば聞かれるだろうと予測できたけれど、こうも真っ直ぐ聞かれると億劫になる。
「……それは、まあ、ええやん」
二人から目を逸らし、コップを出すために立ち上がろうとすると、近くに座っていた子に腕を引っ張られてしまった。そのせいで、ごろん、と床の上で転がる。
「言えや」
「長いからやめよ」
「いーや。まだ酒いっぱいあんねんから、つまみを差し出さんかい」
「内容つまらんかったらその相手に電話さすで」
目の前に置いていた私のスマホを持って突いてくる。下手すると本当にかけさせられるだろう。もう一人いたら穏便に済んだのに、と嘆きながら彼との出来事を全て話した。出会ったときのことから、告白未遂のことまで。二人の食いつきは別れ話より相当良かった。
「それ現実?」
「やばいやん、その子。名前のこと好きすぎるやん。もはや愛」
前のめりで感想を述べるせいで顔が熱くなる。早くこの会話を終わらせてしまいたい。しかし、その願いも空しく、彼女達の好奇心に負けてしまう。
「付き合うん?」
「私を犯罪者にすな」
友人の言葉を一蹴すると、もう一人はその場でぴょんぴょんと跳ね始める。
「え、ちょ、会いたなってきた」
「やめろ。興奮すな酔っ払い」
「結婚式呼んでな」
その場で暴れる友人を諫める。机の上には、空になった缶が転んでいた。
「年齢気になるんやったら大人になったら迎えに来て欲しいなキャピとか言えば?」
「ええやん。花束抱えて来るかもしれへんで」
好き勝手言い始める二人に胸の奥で何かが込み上げる。私だって言えるもんなら言うてやりたいわ。
「こっちは真面目に考えてんねん!」
自分の想像以上に強くなってしまった言葉で冷静さを取り戻す。謝ろうと二人に目をやると、目を大きく開いて瞬きを繰り返していた。そして、二人に私の抱える気持ちが伝わったのか、真剣な表情に移った。
「それなら余計に断る理由いらんやろ。五、六歳差って二十歳過ぎたらそんな大した差にならへんし」
二人の言うこともわかる。それでも私は素直に首を縦に振れない。
「十代の五年は大きいやろ」
「ほんまにその子次第ちゃう?当人同士でちゃんと話し合えば納得できるやろ」
「ま、あいつのことは気にせんでええわ。好きにさせられんかったあいつが悪い」
元彼に対しての罪悪感。何も気にしていなかったわけじゃない。
あれから一言も会話をしてないし、連絡さえもとってない。友人にも戻れない関係。それは私の予想の範囲内だったはずだから何も言えない。謝罪したからといって、それは火に油だろう。
「このまま断って後悔せえへんの?」
頷けなかった。そうなってしまった後の自分を容易に想像できてしまったから。
「少しでも後悔するかもしれんと思うなら、無理にでも時間作り」
彼女たちの言葉に背中を押される。私は、私の素直な気持ちを伝えていいのか。
「私今めっちゃええこと言うたくな~い?」
「それで全部ぶち壊しや。アホ」
けらけらと笑う二人のおかげで曇っていた心に光が差した気がした。
もう少し。もう少しだけ、前向きに考えてみてもええんやろか。
その後、気付いたときには遅く、彼は既に合宿へと行ってしまっていた。話す機会を設けろと言われたものの、いつ帰ってくるかもわからない。聞こうにも聞きづらくて、二の足を踏んでいた。私に出来たのは、唯一会うお姉ちゃんからそれとなく彼のことを伝え聞くだけ。微かな情報から彼の活躍を応援していた。彼からの連絡もくるわけがない。あんなことを言っておいて、くるわけがない。むしろ、それでいいのかもしれない。そうなるべきだと言われているのかもしれない。
結局私の中で答えは出ないまま、彼のことを思い続けるばかりだった。
◇ ◇ ◇
合宿を終え、久方ぶりの実家へと戻った。離れて半年も経っていないのに、随分と懐かしく思えた。
自室で休息を休息を取っている最中、俺はスマホの画面を点けたり消したりを繰り返していた。あの人とのトーク画面を開いても、数か月前の会話で止まっている。
俺はあれからずっとあの人に何も送れないでいた。
あの時、想いだけでも聞いてほしかった。でも、彼女はそれさえも受け入れてはくれなかった。何かに怯えた表情は昨日のことのように思い出せる。
俺は彼女の笑った顔が見たい。でも今の俺では出来ない。彼女が俺の気持ちを受けようが受けまいが、どちらにせよ俺は彼女と離れる。あの時意を決して彼女に言葉を紡いだのは、俺の未熟な焦燥感から。合宿に行くこと。卒業すれば、この地を離れること。それを加味すれば、最後なのかもしれない。そう考えてしまった。
俺は春から東京に行く。テニスのために、この地を離れる。将来テニスを続けるかどうかはまだ決めかねているが、これからの三年は自分のための、自分らしいテニスをすることを目指したい。だからこそ、彼女に俺の気持ちを聞いてほしかった。
嫌われてはいない。むしろ、好意的に見える。でも俺が中学生だから。俺が年下だから。彼女が受け入れられない理由など容易に挙げられる。
もし、俺が彼女と同い年だったら?俺が彼女より年上だったら?叶いもしないたらればを描いたとて、実るわけでもない。
それでも、俺は彼女との思い出を過去に置いていきたくない。共に歩んでいきたかった。
勝手に漏れる溜息を吐くと、コンコンと戸を叩く音がした。
「くーちゃーん。入れて~」
姉だ。すぐに許可を出すと、気味の悪い笑みで部屋に入ってきた。
「何かあったんか?」
嫌な笑みの理由を問えば、姉はそれはこっちのセリフや、と言った。そして、続けざまにこう言ったのだ。
「名前先生となんか進展あった?」
先程まで考えていたことを見透かされたようで身震いをした。なんもないと誤魔化すが、姉は訝しげに「ふうん」と納得していない返事をしていた。
「最近の先生、ようくーちゃんの話すんねんけどなあ」
わざとらしい話し方が癪に障るが、名前さんのこととなるとそんなことはどうだっていい。
「姉ちゃん!はよ教えて!」
「仕方あらへんなあ……わが弟よ!」
なぜ姉がここまでノリノリなのかは突っ込まないでおこう。
俺は姉の前に正座し、自分がいないときの話を聞いた。どうやら俺の活動を知りたがっていたらしい。初めは姉から話していたが、日が経つにつれ、名前さんの方から尋ねるようになっていったそうだ。その話を聞くときの名前さんが、姉曰く、見たことのない柔らかい表情をするから俺に報告をしにきたのだった。
「これは!チャンスやで!」
目を輝かせて顔を近づけてくる姉。対して俺はというと、その事実があまりにも衝撃的なせいで、顔を真っ赤に染めて何も発せなくなっていた。
◇ ◇ ◇
「先生。一つ質問です」
「はい、なんでしょう」
「くーちゃんのこと、好き?」
彼女の質問は、私の思考を奪うのには簡単すぎるほどの衝撃を持ち合わせていた。
この日、私は教え子に頼まれ追加で勉強を見るために大学と彼女の学校の間にあるカフェで落ち合っていた。基本的に応用問題ばかりを集中的に行う予定で、最後に質問があるかと尋ねたところだった。
「……なんで、そないなこと聞くん?」
上げていた口角を下げないように聞き返す。
彼女は、蔵ノ介くんからこの間の出来事を聞いているのだろうか。それとも、彼女の勘か。
「私が片想いしとるときと同じ顔しとるんやもん」
ふふ、と得意げに答える。そんな彼女の気持ちとは裏腹に、私の気持ちはどんよりと曇っていく。隠しきれない気持ちの下降具合は目の前の彼女に伝わっていることだろう。
「……否定は、せえへん。でも、私と蔵ノ介くんは何にもならへんよ」
私の答えに、彼女は大きな音を立てて立ち上がる。
「っ、なんで!?」
周囲の目が私達に集まった。彼女はそれに気づくと、おずおずと席に座り直した。
「せんせ、どういうこと……?」
あからさまに小さくした声に前のめりになる姿勢。私は淡々と答えるように徹した。
「あの子の邪魔になりたないから」
「邪魔やなんて、」
思わず眉間に皺を寄せた。彼女はそれを見て、泣きそうな顔で私の顔を覗き込んだ。
「……先生?」
「ううん。何でもない」
目を細めて笑ったフリをする。もうこれ以上は話せないと口を噤んだ。
「先帰るわ。これ、置いとくから」
財布から二人分の代金を置いて席を立つ。
「なんで、先生……」
彼女の言葉にぴくっと反応して、動かそうとした足を止めた。
「人を好きになることに資格はいらへんって、私は先生から教えてもろたのに」
なんと耳が痛い言葉だろうか。自分で発した言葉がここで返ってくるなんて。
私はゆっくりと一度瞬きをし、肩を上下させるほどの深呼吸をした。そして、消えゆく声が聞こえぬフリをして私はその場を去ったのだった。