下手くそに愛を叫べⅠ
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「ベスト4やってなあ。おめでとう」
「おお!おおきにな」
夏休みが明け、それぞれの活躍が話題に上る。そんなクラスメイトの肌の濃淡はそれを物語るに相応しい。うちのクラスにはテニス部で大いに躍動したメンバーがおり、元々あった人気は鰻登りである。特に部長であった白石君は、全国大会が終わったことで余裕が出来たのではないかと浮足立つ女子が目立っていた。私もその内の一人だから全く気にしていないわけではない。
秋というにはまだ早く、半袖がちょうどいい季節になった頃。白石君に関する噂が広がった。
「なあなあ、聞いた?」
「何を?」
友人が騒がしく私の元まで駆け寄ってくる。かなり興奮した様子で私の席まで来ると、いきなり本題から入った。
「白石君、またフッたんやて。今度は一組の川崎さん」
「え、川崎さん!?あの子、男子人気一番なのに、」
「うちも聞いたときびっくりしたわ~」
噂というのは、白石君の恋愛事情。今まで告白しても「部活で忙しいから」という理由で断られるため、白石君に想いを寄せる女子は皆、彼が引退するまで抜け駆け禁止を掲げていた。所謂暗黙のルール。しかし、そのルールも全国大会が終われば、守る人はいない。毎日のように呼び出されては、想いを告げられる白石君。見た目、頭、性格、何でも良しな彼に惹かれるのは仕方のないこと。
「やっぱ好きな人おるんかな」
「それかもう彼女おるとか」
「それやったら彼女おるからって断らへん?」
「確かに」
正直言って、白石君の事が好きな女子の半分がほぼ諦めていて、もう半分はどこかで期待しているという感じ。
私達はというと、前者と後者はっきりと立ち位置が決まっておらず、本当に彼のことが好きなのか怪しいところまで来ている。
「まだ部活に顔出しとるみたいやし、しゃあないかなあ……」
「誰がいけんねん。白石君の彼女になる人知りたいわあ」
こういう話になる度に軽く落胆するけれど、彼の恋人がいるという確定がないからまだ軽症で済んでいる。
放課後になり、友人と帰宅するつもりだったが、母親にお使いを頼まれたせいで一人で帰る羽目になった。頼んでいた本が書店に到着したから取りに行けとのこと。
正直面倒くさい気持ちが占めていたが、ケーキを買って帰っていいという了承を得たため、仕方なく商業施設に入っている書店に足を運んでいた。さっさと引き取って帰ろう、とした瞬間、少し先に見覚えの姿が目に入った。あれは、と目を凝らすとそこには紛れもない白石君がいた。
突然の彼の姿に心臓が飛び出そうになる。何してんねやろ。これって、声かけてもええんかな。誰かと待ち合わせやろか。
白石君は先程から周囲をきょろきょろと見渡しており、時たまスマホを確認している。その行動の答えを探していると、今日友人と話していたことが呼び起こされる。
もしかして彼女と待ち合わせ……?
お使いのことなど頭から抜け、私の頭には白石君と来るであろう彼女のことばかり。どんな人やろうか。小さくてふわふわした、守ってあげたくなる女の子やろうか。すらっとした綺麗系の女の子やろうか。
待っている最中、ずっと恐怖にも似た緊張が体中を走っていた。いつ来るんやろうと遠目に見ていると、急に白石君の顔に笑顔が咲く。彼の目線の先を追いかけると、一人の女子、否、女性が近づいていた。彼女を迎える白石君の笑顔は三年間見たことのない、それはもう優しい顔をしていて、胸が裂かれるような痛みを覚えた。前にお姉さんがいると聞いたけれど、二人を包む雰囲気はそれとは違う。全然誰かと付き合ったとか、そういう経験はないのに、知ってしまった痛みがじくじくと鈍く伝わっていく。
もうそれ以上二人の姿を見れなくて、私はそのまま家へと帰った。お母さんに文句を言われたけど、それも聞けないほど私は放心していた。
それから数日、白石君の熱愛を見たものの、誰にもその事実を言えないでいた。胸に閊えたモヤモヤも晴れないまま。そんなある日の放課後、提出物をもっていかなくてはならなくなり、大量の分厚いノートと睨めっこしていた。
「こんなん一人とか無理やろ」
溜息を吐きながら悪態をつく。助けてくれる人もいないため、二往復するかと考えていたときだった。
「あ、ちょお待って!」
ノートを慌てて持ってきたのは、白石君だった。
「間に合ってよかった」
そう言って私の元へと近づく彼。白石君がギリギリに出すん珍しいなあ、と思っていると、
「友達に貸してたん、忘れとって。すまんなあ」
と心の内を読まれたような言葉がくる。
「いやいや!今から運ぶつもりやったし、セーフ!」
慌てて笑顔をつくると、白石君は私の目の前に積まれたノートに目をやった。
「それ、一人で持っていくんか?」
「え、うん。私の係やし」
「手伝うわ」
まさか。この私が白石君とのツーショットタイムを!?
「わ、悪いわ、そんなん」
ドギマギとしつつ、遠慮するけれど、白石君は先に積まれたノートを抱えてしまう。
「ええから、ええから。二人の方がはよ終わるやろ」
さらっと多く持ってくれるところに胸を高鳴らせる。白石君との急展開に何とかついていかなければ、と同じようにノートを抱えた。
職員室までと決められた道を他愛もない話をしながら歩く。ドキドキが聞こえないようにするので私は精一杯。
「進路決めたん?」
「うん、一応。白石君は?」
「あー……ちょっと迷っとって。こっちで学校決めるか、東京の方行くか」
「それは、テニスで?」
「せやな。向こうの方が都合よかったりするし、実際推薦もきとるから」
そう言った瞬間、少し沈んだ顔をしたのが気になった。その顔は、この間見たあの人が関係してるんやろか。気になってしまう心を何と説くか。今の私には、上手く言葉に出せない。
「そ、そういえば、白石君って彼女おるんやったっけ」
「へ?なんでそないなこと聞くん?」
白石君はきょとんとした顔で尋ね返してくる。
「この間、見てもうて……綺麗な人と歩いてるとこ」
詳しく説明すると、白石君はああ、と恥ずかしそうに笑った。
まただ。また、私達クラスメイトが知らない顔をした。胸がズキズキと痛い。
「彼女やないけど、俺にとって大切な人」
顔を見ればわかってしまった。私達が言う「好き」よりも、一歩先を行っているような、簡単に口に出せる好きとは一味違うんじゃないか、なんて。
「まだ俺の片想いやし、出来れば秘密にしとってもらえへんやろか」
あまりにも嬉しそうに微笑んで頼むものだから、私には頷くしかできなくて。でも、約束守るから少しぐらい知ったってええよな。それくらいの特別、私にちょうだい。
私は胸の痛みを知らぬ振りして話を広げた。
「どういう人なん?」
んん、と彼は考えると、こう答えた。
「優しゅうて、強い」
言い切る彼の瞳に宿る煌めき。誰にも奪えない。
彼はその後、何か言おうとしたようだが、突然噴き出した。
「ハハッ……すまん。ちょお思い出し笑いしてしもた」
彼女との思い出話だろう。内容を聞こうと尋ねるが、白石君は首を横に振った。
「それは秘密になるなあ。でも、めっちゃ可愛ええ人やねん」
その答え方、もう両想いやん。絶対片想いなわけない。やっぱり予想的中。私らの好きとは格が違う。
「めっちゃ好きやん。ええなあ、その人」
ツンと痛む鼻に気付かぬフリをして、口角を上げた。
私、今笑えてんのかな。私、結構白石君のこと好きやったんやな。
職員室に到着し、用事が終わると、白石君は「お疲れさん、また明日」と言って早足で教室へと戻っていった。私は先生と少しだけ話してからゆっくり教室に戻った。既に彼の姿はなく、静まり返った教室が私を迎える。
なあ白石君。なんでその人やったん?その人と私ら、何が違ったん?
何度尋ねたとしても絶対に返ってくることはない。まず、聞かないから。聞けないから。幸せそうな白石君の顔が歪むのが、簡単に想像できるから。
私は自分の机の前にしゃがみ込んだ。
「ええなあ。私も、そんな風に想われたかったわ」
鼻の詰まった声で呟く。頬は酷く濡れていて、床に小さな水溜まりを作った。
他の誰も知らない白石君の秘密。友達も、一組の川崎さんも知らない、私だけが知っている秘密。
少しだけ特別な女の子になった。そんな気がした。
「おお!おおきにな」
夏休みが明け、それぞれの活躍が話題に上る。そんなクラスメイトの肌の濃淡はそれを物語るに相応しい。うちのクラスにはテニス部で大いに躍動したメンバーがおり、元々あった人気は鰻登りである。特に部長であった白石君は、全国大会が終わったことで余裕が出来たのではないかと浮足立つ女子が目立っていた。私もその内の一人だから全く気にしていないわけではない。
秋というにはまだ早く、半袖がちょうどいい季節になった頃。白石君に関する噂が広がった。
「なあなあ、聞いた?」
「何を?」
友人が騒がしく私の元まで駆け寄ってくる。かなり興奮した様子で私の席まで来ると、いきなり本題から入った。
「白石君、またフッたんやて。今度は一組の川崎さん」
「え、川崎さん!?あの子、男子人気一番なのに、」
「うちも聞いたときびっくりしたわ~」
噂というのは、白石君の恋愛事情。今まで告白しても「部活で忙しいから」という理由で断られるため、白石君に想いを寄せる女子は皆、彼が引退するまで抜け駆け禁止を掲げていた。所謂暗黙のルール。しかし、そのルールも全国大会が終われば、守る人はいない。毎日のように呼び出されては、想いを告げられる白石君。見た目、頭、性格、何でも良しな彼に惹かれるのは仕方のないこと。
「やっぱ好きな人おるんかな」
「それかもう彼女おるとか」
「それやったら彼女おるからって断らへん?」
「確かに」
正直言って、白石君の事が好きな女子の半分がほぼ諦めていて、もう半分はどこかで期待しているという感じ。
私達はというと、前者と後者はっきりと立ち位置が決まっておらず、本当に彼のことが好きなのか怪しいところまで来ている。
「まだ部活に顔出しとるみたいやし、しゃあないかなあ……」
「誰がいけんねん。白石君の彼女になる人知りたいわあ」
こういう話になる度に軽く落胆するけれど、彼の恋人がいるという確定がないからまだ軽症で済んでいる。
放課後になり、友人と帰宅するつもりだったが、母親にお使いを頼まれたせいで一人で帰る羽目になった。頼んでいた本が書店に到着したから取りに行けとのこと。
正直面倒くさい気持ちが占めていたが、ケーキを買って帰っていいという了承を得たため、仕方なく商業施設に入っている書店に足を運んでいた。さっさと引き取って帰ろう、とした瞬間、少し先に見覚えの姿が目に入った。あれは、と目を凝らすとそこには紛れもない白石君がいた。
突然の彼の姿に心臓が飛び出そうになる。何してんねやろ。これって、声かけてもええんかな。誰かと待ち合わせやろか。
白石君は先程から周囲をきょろきょろと見渡しており、時たまスマホを確認している。その行動の答えを探していると、今日友人と話していたことが呼び起こされる。
もしかして彼女と待ち合わせ……?
お使いのことなど頭から抜け、私の頭には白石君と来るであろう彼女のことばかり。どんな人やろうか。小さくてふわふわした、守ってあげたくなる女の子やろうか。すらっとした綺麗系の女の子やろうか。
待っている最中、ずっと恐怖にも似た緊張が体中を走っていた。いつ来るんやろうと遠目に見ていると、急に白石君の顔に笑顔が咲く。彼の目線の先を追いかけると、一人の女子、否、女性が近づいていた。彼女を迎える白石君の笑顔は三年間見たことのない、それはもう優しい顔をしていて、胸が裂かれるような痛みを覚えた。前にお姉さんがいると聞いたけれど、二人を包む雰囲気はそれとは違う。全然誰かと付き合ったとか、そういう経験はないのに、知ってしまった痛みがじくじくと鈍く伝わっていく。
もうそれ以上二人の姿を見れなくて、私はそのまま家へと帰った。お母さんに文句を言われたけど、それも聞けないほど私は放心していた。
それから数日、白石君の熱愛を見たものの、誰にもその事実を言えないでいた。胸に閊えたモヤモヤも晴れないまま。そんなある日の放課後、提出物をもっていかなくてはならなくなり、大量の分厚いノートと睨めっこしていた。
「こんなん一人とか無理やろ」
溜息を吐きながら悪態をつく。助けてくれる人もいないため、二往復するかと考えていたときだった。
「あ、ちょお待って!」
ノートを慌てて持ってきたのは、白石君だった。
「間に合ってよかった」
そう言って私の元へと近づく彼。白石君がギリギリに出すん珍しいなあ、と思っていると、
「友達に貸してたん、忘れとって。すまんなあ」
と心の内を読まれたような言葉がくる。
「いやいや!今から運ぶつもりやったし、セーフ!」
慌てて笑顔をつくると、白石君は私の目の前に積まれたノートに目をやった。
「それ、一人で持っていくんか?」
「え、うん。私の係やし」
「手伝うわ」
まさか。この私が白石君とのツーショットタイムを!?
「わ、悪いわ、そんなん」
ドギマギとしつつ、遠慮するけれど、白石君は先に積まれたノートを抱えてしまう。
「ええから、ええから。二人の方がはよ終わるやろ」
さらっと多く持ってくれるところに胸を高鳴らせる。白石君との急展開に何とかついていかなければ、と同じようにノートを抱えた。
職員室までと決められた道を他愛もない話をしながら歩く。ドキドキが聞こえないようにするので私は精一杯。
「進路決めたん?」
「うん、一応。白石君は?」
「あー……ちょっと迷っとって。こっちで学校決めるか、東京の方行くか」
「それは、テニスで?」
「せやな。向こうの方が都合よかったりするし、実際推薦もきとるから」
そう言った瞬間、少し沈んだ顔をしたのが気になった。その顔は、この間見たあの人が関係してるんやろか。気になってしまう心を何と説くか。今の私には、上手く言葉に出せない。
「そ、そういえば、白石君って彼女おるんやったっけ」
「へ?なんでそないなこと聞くん?」
白石君はきょとんとした顔で尋ね返してくる。
「この間、見てもうて……綺麗な人と歩いてるとこ」
詳しく説明すると、白石君はああ、と恥ずかしそうに笑った。
まただ。また、私達クラスメイトが知らない顔をした。胸がズキズキと痛い。
「彼女やないけど、俺にとって大切な人」
顔を見ればわかってしまった。私達が言う「好き」よりも、一歩先を行っているような、簡単に口に出せる好きとは一味違うんじゃないか、なんて。
「まだ俺の片想いやし、出来れば秘密にしとってもらえへんやろか」
あまりにも嬉しそうに微笑んで頼むものだから、私には頷くしかできなくて。でも、約束守るから少しぐらい知ったってええよな。それくらいの特別、私にちょうだい。
私は胸の痛みを知らぬ振りして話を広げた。
「どういう人なん?」
んん、と彼は考えると、こう答えた。
「優しゅうて、強い」
言い切る彼の瞳に宿る煌めき。誰にも奪えない。
彼はその後、何か言おうとしたようだが、突然噴き出した。
「ハハッ……すまん。ちょお思い出し笑いしてしもた」
彼女との思い出話だろう。内容を聞こうと尋ねるが、白石君は首を横に振った。
「それは秘密になるなあ。でも、めっちゃ可愛ええ人やねん」
その答え方、もう両想いやん。絶対片想いなわけない。やっぱり予想的中。私らの好きとは格が違う。
「めっちゃ好きやん。ええなあ、その人」
ツンと痛む鼻に気付かぬフリをして、口角を上げた。
私、今笑えてんのかな。私、結構白石君のこと好きやったんやな。
職員室に到着し、用事が終わると、白石君は「お疲れさん、また明日」と言って早足で教室へと戻っていった。私は先生と少しだけ話してからゆっくり教室に戻った。既に彼の姿はなく、静まり返った教室が私を迎える。
なあ白石君。なんでその人やったん?その人と私ら、何が違ったん?
何度尋ねたとしても絶対に返ってくることはない。まず、聞かないから。聞けないから。幸せそうな白石君の顔が歪むのが、簡単に想像できるから。
私は自分の机の前にしゃがみ込んだ。
「ええなあ。私も、そんな風に想われたかったわ」
鼻の詰まった声で呟く。頬は酷く濡れていて、床に小さな水溜まりを作った。
他の誰も知らない白石君の秘密。友達も、一組の川崎さんも知らない、私だけが知っている秘密。
少しだけ特別な女の子になった。そんな気がした。