下手くそに愛を叫べⅠ
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『明日、応援しとるから』
全国大会の準決勝前日。突然送られてきたメッセージに目を疑った。簡素なメッセージだが、俺を鼓舞するには十分過ぎて口元が緩む。
彼女がどんな想いでこの文面を送ってきてくれたのか。正確にはわからないが、かなり悩んで送ってくれたんじゃないだろうか。
なんて、調子に乗りすぎやろか。
◇ ◇ ◇
『明日の準決勝の相手、強いんやって』
昨日彼のお姉ちゃんから送られてきた一文。なんとなく意図を察してしまい、ガクっと項垂れてしまった。
全国大会に出場した蔵ノ介くんは順調に勝ち進んでいるようで、あっという間にベスト4まで昇り詰めていた。昨年は準決勝で敗れたらしく、今年こそはと意気込んでいるだろう。
しかし、私が言葉を送って迷惑ではないだろうか。送るとして、何が最適なのか。
あれから直接会ってはいないが、芽の出た感情は少しずつ、着実に育ち始めている。
勝ってほしい。ただそれだけ。最適解なんてわからないけれど、私はポチポチと画面をタップしてメッセージを送った。
当日、準決勝の結果がすぐに知りたくて、入りそうだった予定を蹴った上で私は自宅にいた。教えられた試合時刻の針は既に回っており、狭い室内で座っていられず歩き回るばかり。煩い蝉の鳴き声も今は耳に届かない。
カチコチと進む針の何と遅いことか。彼は一番最初の試合だからもう終わっているんだと思う。
しばらくして、そろそろ試合が終わってもいいはずの時間だと時計を何度も覗く。早く彼の報告が聞きたくて募るのは不安ばかり。汗ばんだ両手を合わせ握る。すると、スマホの画面がぱっと点り、飛んできた通知を見る。すると、送り主は蔵ノ介くんではなく、お姉ちゃんの方だった。
『負けてもうた』
その一言だけが空しく投げられていた。たった六文字が呑み込めなくて、静かにベッドに座る。
負けたんか。そっか、負けたんや。
最終的に勝てるのは一つの学校だけ。そんなことは重々承知だったし、私は他の学校の実力なんて知らないから四天宝寺がどのレベルかも知らない。それでも、もしかしてと期待していた。
私は一度深呼吸をしてから、こう打ち込んだ。
『そっか、お疲れ様やな』
それ以外に何と言えばよかったのか。お姉ちゃんを経由して半端な慰めをするよりは良いはずだと思って送信ボタンを押した。
だが、彼からの連絡は一つもこないままだった。
◇ ◇ ◇
全国大会を終え、大阪へと戻った。決勝を観戦し、皆で戻った。
ほんまに、終わったんか。俺らの夏。最後の夏が。
皆と別れ、自宅の最寄り駅に着いたが、足は素直に動かず家とは反対方向に進んだ。沈みかけた夕陽が眩しくて、手で光を遮る。
一人になった途端にじわじわと込み上げてくる。この感情がいつから抑えていたのかなんて分からない。今までやってきたこと全て、勝つためにやってきたことなのだから無駄などなかった。それに間違いはない。それでも勝てなかった悔恨が体中を駆け巡る。何もかも最善を選んだつもりで、皆俺についてきてくれた。一緒に戦ってきた。あのメンバーだったから、俺は部長として立っていて、ここまで来たのに。本当に俺の選択は合っていたのか。あの時は?この時は?
考えれば考えるほど、熱が体に籠る。
ぼうっと呆けて歩いていると、公園が目に入った。誰もおらず、ふらりと立ち寄ってベンチに座ると、ポケットに入れていたスマホが震え始める。画面を確認すれば、そこには名前さんの名前。きゅっと締め付けられる胸を抑えつつ、ゆっくりと親指をスワイプした。
「……もしもし」
「もしもし、もう帰ってる?」
「あ……今さっき着いたばっかで、」
どうにも明るくできない声色に、彼女は「疲れとるのに、ごめん」と言って切りかけた瞬間。
「待って……ください」
俺は咄嗟に止めた。でもその次が出てこなくて、口を噤んでしまう。あ、だとか、えっと、と繋ぐ言葉を探しても妥当なものは見えない。すると、彼女は「今どこおる?」と一言。
「……△△駅近くの公園、です」
「すぐ行くから待っとって」
そう言われ、すぐに電話は切れた。芯の通った強い声だった。
どれくらい経っただろうか。恐らく三十分もしない内に彼女は俺の元へと来た。
「蔵ノ介くん」
息を整えながら俺の名前を呼ぶのは、他でもない名前さんだった。夕焼けの陽を彼女の背が受け、影が落ちる。それでも紅潮した頬や上下する肩から急いできてくれたことは手に取るようにわかる。恰好も無地のTシャツに黒のパンツ、サンダル。普段の姿とは、また一つ違う恰好。そんな姿だからこそ、俺の胸はまた強く締め付けられる。
彼女は、よいしょ、と声を漏らしながら俺の隣に腰を下ろして、小さく「おかえり」と言った。その声があまりにも優しく俺の心を包むから堪えていたものが一つ、また一つと落ちる。
「ッ……名前、さ……」
滲む視界のせいで顔が見えない上に、自分の顔は下がっていく。そんな姿を見てか、彼女は俺の左腕を引っ張ると、強く抱いた。首筋に顔を埋め、頬を伝う涙は肩に染み込んでいく。彼女の温もりで、今までこびりついていたものが一枚、また一枚と捲れ、剥がれていくようで。彼女はそれを気にも留めず黙ったまま、俺の頭を撫で続けた。
「……俺、ちゃんと部長やったかな」
鼻の詰まった声で尋ねる。すると、彼女は頭を撫でていた手を止めた。俺もそれに釣られるように顔を上げ、彼女を見つめる。
「私には、そう見えたよ」
そう言い切ると、赤子を眠らす子守唄を歌うように優しい声色で囁いた。
「テニス部の話してくれたときも、試合見に行ったときも、蔵ノ介くんやから出来た雰囲気やったし、環境やったと思う。私は関係者やないから、正確なことは言えへん」
そこまで言うと、彼女は俺の頬を両手で包み、俺の瞳をしっかりと射抜く眼差しを向けた。
「でも、あんたは部長や。れっきとした四天宝寺中テニス部の部長やった」
俺は彼女の背に手を回した。体裁など何も気にもしないで、くしゃくしゃに皺をつくってしがみついた。
今は、今だけは、貴方だけにいてほしい。他の誰でもない、貴方がいい。そう叫び伝えるように。
「すんませんでした」
謝罪の言葉を口にしつつ、鼻をかんだ。ぐしゃぐしゃによれてしまった彼女のTシャツが全てを物語っている。
「ええよ、別に」
ケラケラと笑う彼女は俺の鼻をツンと指差すと更に表情を和ませる。
「はは、鼻真っ赤や」
「うう……めっちゃ恥ずかしい」
俺の顔に集まる熱が暑さだけでないことはお互いわかっている。
新たなティッシュをバッグから探していると、彼女はこそっと独り言を呟いた。
「私も助けてもろたし……お相子になるかな」
だが、それが俺の耳に届くことはなく、風に乗って消えていく。
「なんか言いました?」
「なぁんも言うてへんよ」
隠す彼女に悪い気はしなかった。ただ、悪戯っぽく笑う姿に優しさを感じていた。
◇ ◇ ◇
本当に突然だった。漠然とした不安に襲われ、手が勝手に彼の連絡先を開いていた。私の出る幕はないと思っていたのに、不思議とそうなっていた。
まだ部活のメンバーと一緒におるかもしれんし、邪魔したら悪い。
そう思って迷いつつも、電話をかけたのだ。
「……もしもし」
明らかにわかる彼の状態。やめとけばよかった、と心がざわつく。
「もしもし、もう帰ってる?」
「あ……今さっき着いたばっかで、」
「疲れとるのに、ごめん」
さすがにこのタイミングは良くないだろう。そう言って切ろうとした。その瞬間だった。
「待って……ください」
絞り出す彼の声に電話を切れなかった。一人にしておけない。彼が私に縋るのであれば、私はそれに応えなくちゃならない。
「今、どこおる?」
考えるより先に口が動いた。髪をかき上げ、次の行動を考えるけれど頭が回っている様子は一ミリもない。しかし、彼の場所が分かった途端、私は部屋を飛び出していた。
到着すれば、想像以上に弱った彼が目の前に出来上がっていた。
自分が部長であれたかどうかの不安の吐露。私はその言葉に初めて二人で話したときを思い出した。彼のテニスを続ける理由だ。楽しいからと答えず、「好きやから、続けてます」という答え。引っかかっていた物言いが漸く結ばれた。ずっと戦っていたであろう重責を思えば、それは計り知れない。肩を落とす彼にかける言葉の答えさえ知らない。私に何が出来る?答えのないまま、一時しのぎでも気紛れになればと縋る彼に温もりを与えた。
もう止まれない。止まりたくない。
全てを背負い込んで、戦って戻ってきた彼。少しでも、彼の安らぎになればいい。そう思って、私は彼を抱きしめたんだ。
全国大会の準決勝前日。突然送られてきたメッセージに目を疑った。簡素なメッセージだが、俺を鼓舞するには十分過ぎて口元が緩む。
彼女がどんな想いでこの文面を送ってきてくれたのか。正確にはわからないが、かなり悩んで送ってくれたんじゃないだろうか。
なんて、調子に乗りすぎやろか。
◇ ◇ ◇
『明日の準決勝の相手、強いんやって』
昨日彼のお姉ちゃんから送られてきた一文。なんとなく意図を察してしまい、ガクっと項垂れてしまった。
全国大会に出場した蔵ノ介くんは順調に勝ち進んでいるようで、あっという間にベスト4まで昇り詰めていた。昨年は準決勝で敗れたらしく、今年こそはと意気込んでいるだろう。
しかし、私が言葉を送って迷惑ではないだろうか。送るとして、何が最適なのか。
あれから直接会ってはいないが、芽の出た感情は少しずつ、着実に育ち始めている。
勝ってほしい。ただそれだけ。最適解なんてわからないけれど、私はポチポチと画面をタップしてメッセージを送った。
当日、準決勝の結果がすぐに知りたくて、入りそうだった予定を蹴った上で私は自宅にいた。教えられた試合時刻の針は既に回っており、狭い室内で座っていられず歩き回るばかり。煩い蝉の鳴き声も今は耳に届かない。
カチコチと進む針の何と遅いことか。彼は一番最初の試合だからもう終わっているんだと思う。
しばらくして、そろそろ試合が終わってもいいはずの時間だと時計を何度も覗く。早く彼の報告が聞きたくて募るのは不安ばかり。汗ばんだ両手を合わせ握る。すると、スマホの画面がぱっと点り、飛んできた通知を見る。すると、送り主は蔵ノ介くんではなく、お姉ちゃんの方だった。
『負けてもうた』
その一言だけが空しく投げられていた。たった六文字が呑み込めなくて、静かにベッドに座る。
負けたんか。そっか、負けたんや。
最終的に勝てるのは一つの学校だけ。そんなことは重々承知だったし、私は他の学校の実力なんて知らないから四天宝寺がどのレベルかも知らない。それでも、もしかしてと期待していた。
私は一度深呼吸をしてから、こう打ち込んだ。
『そっか、お疲れ様やな』
それ以外に何と言えばよかったのか。お姉ちゃんを経由して半端な慰めをするよりは良いはずだと思って送信ボタンを押した。
だが、彼からの連絡は一つもこないままだった。
◇ ◇ ◇
全国大会を終え、大阪へと戻った。決勝を観戦し、皆で戻った。
ほんまに、終わったんか。俺らの夏。最後の夏が。
皆と別れ、自宅の最寄り駅に着いたが、足は素直に動かず家とは反対方向に進んだ。沈みかけた夕陽が眩しくて、手で光を遮る。
一人になった途端にじわじわと込み上げてくる。この感情がいつから抑えていたのかなんて分からない。今までやってきたこと全て、勝つためにやってきたことなのだから無駄などなかった。それに間違いはない。それでも勝てなかった悔恨が体中を駆け巡る。何もかも最善を選んだつもりで、皆俺についてきてくれた。一緒に戦ってきた。あのメンバーだったから、俺は部長として立っていて、ここまで来たのに。本当に俺の選択は合っていたのか。あの時は?この時は?
考えれば考えるほど、熱が体に籠る。
ぼうっと呆けて歩いていると、公園が目に入った。誰もおらず、ふらりと立ち寄ってベンチに座ると、ポケットに入れていたスマホが震え始める。画面を確認すれば、そこには名前さんの名前。きゅっと締め付けられる胸を抑えつつ、ゆっくりと親指をスワイプした。
「……もしもし」
「もしもし、もう帰ってる?」
「あ……今さっき着いたばっかで、」
どうにも明るくできない声色に、彼女は「疲れとるのに、ごめん」と言って切りかけた瞬間。
「待って……ください」
俺は咄嗟に止めた。でもその次が出てこなくて、口を噤んでしまう。あ、だとか、えっと、と繋ぐ言葉を探しても妥当なものは見えない。すると、彼女は「今どこおる?」と一言。
「……△△駅近くの公園、です」
「すぐ行くから待っとって」
そう言われ、すぐに電話は切れた。芯の通った強い声だった。
どれくらい経っただろうか。恐らく三十分もしない内に彼女は俺の元へと来た。
「蔵ノ介くん」
息を整えながら俺の名前を呼ぶのは、他でもない名前さんだった。夕焼けの陽を彼女の背が受け、影が落ちる。それでも紅潮した頬や上下する肩から急いできてくれたことは手に取るようにわかる。恰好も無地のTシャツに黒のパンツ、サンダル。普段の姿とは、また一つ違う恰好。そんな姿だからこそ、俺の胸はまた強く締め付けられる。
彼女は、よいしょ、と声を漏らしながら俺の隣に腰を下ろして、小さく「おかえり」と言った。その声があまりにも優しく俺の心を包むから堪えていたものが一つ、また一つと落ちる。
「ッ……名前、さ……」
滲む視界のせいで顔が見えない上に、自分の顔は下がっていく。そんな姿を見てか、彼女は俺の左腕を引っ張ると、強く抱いた。首筋に顔を埋め、頬を伝う涙は肩に染み込んでいく。彼女の温もりで、今までこびりついていたものが一枚、また一枚と捲れ、剥がれていくようで。彼女はそれを気にも留めず黙ったまま、俺の頭を撫で続けた。
「……俺、ちゃんと部長やったかな」
鼻の詰まった声で尋ねる。すると、彼女は頭を撫でていた手を止めた。俺もそれに釣られるように顔を上げ、彼女を見つめる。
「私には、そう見えたよ」
そう言い切ると、赤子を眠らす子守唄を歌うように優しい声色で囁いた。
「テニス部の話してくれたときも、試合見に行ったときも、蔵ノ介くんやから出来た雰囲気やったし、環境やったと思う。私は関係者やないから、正確なことは言えへん」
そこまで言うと、彼女は俺の頬を両手で包み、俺の瞳をしっかりと射抜く眼差しを向けた。
「でも、あんたは部長や。れっきとした四天宝寺中テニス部の部長やった」
俺は彼女の背に手を回した。体裁など何も気にもしないで、くしゃくしゃに皺をつくってしがみついた。
今は、今だけは、貴方だけにいてほしい。他の誰でもない、貴方がいい。そう叫び伝えるように。
「すんませんでした」
謝罪の言葉を口にしつつ、鼻をかんだ。ぐしゃぐしゃによれてしまった彼女のTシャツが全てを物語っている。
「ええよ、別に」
ケラケラと笑う彼女は俺の鼻をツンと指差すと更に表情を和ませる。
「はは、鼻真っ赤や」
「うう……めっちゃ恥ずかしい」
俺の顔に集まる熱が暑さだけでないことはお互いわかっている。
新たなティッシュをバッグから探していると、彼女はこそっと独り言を呟いた。
「私も助けてもろたし……お相子になるかな」
だが、それが俺の耳に届くことはなく、風に乗って消えていく。
「なんか言いました?」
「なぁんも言うてへんよ」
隠す彼女に悪い気はしなかった。ただ、悪戯っぽく笑う姿に優しさを感じていた。
◇ ◇ ◇
本当に突然だった。漠然とした不安に襲われ、手が勝手に彼の連絡先を開いていた。私の出る幕はないと思っていたのに、不思議とそうなっていた。
まだ部活のメンバーと一緒におるかもしれんし、邪魔したら悪い。
そう思って迷いつつも、電話をかけたのだ。
「……もしもし」
明らかにわかる彼の状態。やめとけばよかった、と心がざわつく。
「もしもし、もう帰ってる?」
「あ……今さっき着いたばっかで、」
「疲れとるのに、ごめん」
さすがにこのタイミングは良くないだろう。そう言って切ろうとした。その瞬間だった。
「待って……ください」
絞り出す彼の声に電話を切れなかった。一人にしておけない。彼が私に縋るのであれば、私はそれに応えなくちゃならない。
「今、どこおる?」
考えるより先に口が動いた。髪をかき上げ、次の行動を考えるけれど頭が回っている様子は一ミリもない。しかし、彼の場所が分かった途端、私は部屋を飛び出していた。
到着すれば、想像以上に弱った彼が目の前に出来上がっていた。
自分が部長であれたかどうかの不安の吐露。私はその言葉に初めて二人で話したときを思い出した。彼のテニスを続ける理由だ。楽しいからと答えず、「好きやから、続けてます」という答え。引っかかっていた物言いが漸く結ばれた。ずっと戦っていたであろう重責を思えば、それは計り知れない。肩を落とす彼にかける言葉の答えさえ知らない。私に何が出来る?答えのないまま、一時しのぎでも気紛れになればと縋る彼に温もりを与えた。
もう止まれない。止まりたくない。
全てを背負い込んで、戦って戻ってきた彼。少しでも、彼の安らぎになればいい。そう思って、私は彼を抱きしめたんだ。