下手くそに愛を叫べⅠ
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「すまん。今、ちょっとええか」
「もしもし?どないしたんや。白石」
スマホを通して聞こえる声の主は謙也。先程帰宅したばかりの俺は夢見心地のまま、友人に連絡をした。未だに現実味を帯びない出来事に、そわそわと全身がこそばゆい。俺はベッドの上に座り、枕を強く抱いた。
「ちょっといろいろあってんけど、何から話したらええか……」
隠しきれない戸惑いに、うう、と唸ると、謙也は俺より気を揉んだ様子で声を出した。
「一旦落ち着け!深呼吸や!」
言われた通り、深く息を吸って吐く。それを数度繰り返した後に、謙也の「ほんで?」から話は始まった。
「今日な、名前さんと会ってん」
「は!?なんで、なんでなん!」
以前諦めたと言ったせいか、驚きが大きい。俺は時系列順に詳細に伝えると、なるほどなあ、と明るい声で納得していた。
こうして自分のことのように喜んでくれる友人がいることに密かに感謝する。
「で、結局その先生の彼氏が原因なんか?」
「わからへんねん」
「聞いてへんのかい」
「聞けへんやろ!」
思わず声を荒げてしまう。
聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちは半々で、かといって彼女から無理矢理聞き出すことをしたくなかった。結局導き出されたのは、聞かないという選択肢。
すると、謙也は不満そうに委縮した。
「ううん……まあ、それもそうやな……」
そう納得してから、シン、と一瞬の静寂に包まれた後、謙也は痺れを切らしたのか、突然弾ける。
「ああッ!アカン!俺が気になってまう!」
目の前におらずともわかる忙しさに、ふすふすと空気の抜けた笑いが出てしまう。想像以上に友人が興奮するものだから、一周回ってこちらが冷静になってしまう。
「まあでもよかったやん。諦めんで」
「それは……そやねんなあ」
「この間諦める言うたときはどないしよか思うたわ」
フラッシュバックする記憶。冷たく当たってしまったことは、昨日のように思い出せる。あれきり何も聞いてこなかったが、謙也も気にしていたのだろう。
謝罪を口にすると、謙也は、全く気にした素振りを見せずにこう言った。
「そんなんええっちゅー話や。頑張りや」
俺はおおきに、と礼を告げ、電話を切った。枕を抱えたままベッドに寝転がり、スマホを横に小さく投げる。左手を天井にかざし、手から零れる照明の明かりに目を細めた。
掴んだ彼女の腕の感触。俺とは違う、細く、柔らかさを含んだ腕。
あの時はただ放っておけなくて、必死で掴んだ。弱った彼女の小さな背中を見ていられなかったのだ。
ぎゅっと握った拳を額に当てる。彼女の痛みが少しでも緩和されればいい。俺に出来ることは、全てしたい。今の俺に出来ることなど、限られているのだから。
◇ ◇ ◇
「き、来てもうた……」
燦燦と降り注ぐ陽に、眉を顰めた。近くの立て看板には、全国中学生テニス選手権大会、近畿地区代表決定戦と書かれている。
なぜ私がここにいるかと言えば、蔵ノ介くんに誘われたから。
夏本番と言える季節に突入した頃、彼から連絡がきたのだ。連絡先を姉ちゃんから聞きました、ごめんなさい。そして、ほんまに来てもらえるんやったら嬉しいです、と書いて試合の日程や場所が送られてきた。私は確認してすぐ友達登録し、行きますとだけ返した。距離感が掴めなくて、簡素すぎる返事に不安を覚えたが、それは杞憂で。すぐに可愛らしいスタンプで喜びを表現していて、胸を撫で下ろした。
それにしても日差しが強い。日焼け防止に日傘やアームカバーをしてきたため、防御は完璧なはずだ。
今日来たのは、この間のお礼。それだけ。それだけ!約束は守らなアカンから。
そう何度も言い聞かせて試合のあるコートへと向かった。
目立たないように観客席の中でも一番後列に腰を下ろす。人はまばらで、恐らく来ているのは親族ぐらいだろう。そうわかってしまうと、妙に緊張してしまって周囲をきょろきょろと見渡してしまう。
少し早かったんかな、と不安に思っていると、見覚えのある黄色と黄緑色のジャージが目に入った。遠目からでも蔵ノ介くんははっきりと判別できて、心の中で頑張れ、と唱えた。
先日話してもらったレギュラー陣の話を思い出しながら、彼らの姿に目をやると、個性豊かなのが嫌でもわかるほどに目立っている。試合が始まる前とは思えない騒がしさだ。それもそれで持ち味なのかもしれない。
その後すぐに試合は始まった。各々の持ち味を活かす姿に目を奪われた私は、手に汗握る有意義な時間を過ごしたのだった。
「あー……すごかったなあ……」
うわ言のようにベッドの上で呟く。帰宅してからずっと同じ状態で、見事勝利を収めた彼らの試合を思い返していた。真剣に戦う彼らの姿に何度も目を奪われ、テニス初心者の私でも十分に楽しめた。以前、蔵ノ介くんから聞いた話を脳裏に浮かべながら見ていたため、彼らを初めて見るような気がしなかったのも楽しめた理由の一つかもしれない。
個性豊かな面々を思い返し、最後は今日誘ってくれた蔵ノ介くんを浮かべる。彼のプレイスタイルは綺麗で正確だった。あれは彼らしい、と評して良いのだろうか。テニスの知識など高校の授業で習った程度で、そこらの一般人と変わらぬ乏しさ。それでも、彼のプレイからは洗練された実直さが伝わった。
一人で静かに盛り上がっていたが、あの子にまだお礼を言ってない。
連絡……した方がええ、よな。
向こうは試合で一生懸命だったし、観客席など見ていないだろう。トーク画面を開き、
『お疲れ様』
『全国大会も応援してます』
それだけ送ると、数分後には通知がきていた。想定以上に速い返信に飛び起きる。
『ありがとうございます』
『名前さんがおるの、わかりましたよ』
『めっちゃ嬉しかったです』
なんてことない言葉に全身が熱くなる。
誘われたから行っただけ。私はこの間のお礼のつもりだっただけ。
何度繰り返しても、火照った体の熱が冷めることはない。次はどう返せばよいのかと思案するも、ぐるぐると回るだけ回って何も出ない。打ち込んでは消してを繰り返す。
結局迷った挙句、かっこよかったで、と打ち込み送った。送らない方がよかったかもしれない、と不安になりつつ、ちらりとトーク画面を覗くと既読の文字がきっちりと書かれていた。
「嫌。えっ、あかん。やらかした」
じっとできなくてベッドの上をうろうろしながら、彼の返信を待つ。そわそわとして動き回るばかりで、一向に動く気配のない画面。やはりやめておけばよかったと落胆しつつ、早めに部屋の明かりを消した。こういうときは、寝るのが一番だと言い聞かせて。
次の日、寝ぼけ眼で時刻を確認するためにスマホを点ける。すると、画面には彼からの通知が並んでいた。朝に弱い私でも、このときばかりは自ら布団を剥ぎ、その場に座った。改めて画面を見ると、そこには、
『ずるい』
『会いたなる』
とだけ綴られていた。叫びたくても声に出来なくて、顔に熱が集う。
「ずるいのはどっちよ……」
トーク画面が点いたままスマホを握りしめ、祈るように額に当てた。理屈じゃないと本能が叫んでいる。
頭の中は彼のことばかりで、既に抜けられぬ程の熱に浮かされていた。
「もしもし?どないしたんや。白石」
スマホを通して聞こえる声の主は謙也。先程帰宅したばかりの俺は夢見心地のまま、友人に連絡をした。未だに現実味を帯びない出来事に、そわそわと全身がこそばゆい。俺はベッドの上に座り、枕を強く抱いた。
「ちょっといろいろあってんけど、何から話したらええか……」
隠しきれない戸惑いに、うう、と唸ると、謙也は俺より気を揉んだ様子で声を出した。
「一旦落ち着け!深呼吸や!」
言われた通り、深く息を吸って吐く。それを数度繰り返した後に、謙也の「ほんで?」から話は始まった。
「今日な、名前さんと会ってん」
「は!?なんで、なんでなん!」
以前諦めたと言ったせいか、驚きが大きい。俺は時系列順に詳細に伝えると、なるほどなあ、と明るい声で納得していた。
こうして自分のことのように喜んでくれる友人がいることに密かに感謝する。
「で、結局その先生の彼氏が原因なんか?」
「わからへんねん」
「聞いてへんのかい」
「聞けへんやろ!」
思わず声を荒げてしまう。
聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちは半々で、かといって彼女から無理矢理聞き出すことをしたくなかった。結局導き出されたのは、聞かないという選択肢。
すると、謙也は不満そうに委縮した。
「ううん……まあ、それもそうやな……」
そう納得してから、シン、と一瞬の静寂に包まれた後、謙也は痺れを切らしたのか、突然弾ける。
「ああッ!アカン!俺が気になってまう!」
目の前におらずともわかる忙しさに、ふすふすと空気の抜けた笑いが出てしまう。想像以上に友人が興奮するものだから、一周回ってこちらが冷静になってしまう。
「まあでもよかったやん。諦めんで」
「それは……そやねんなあ」
「この間諦める言うたときはどないしよか思うたわ」
フラッシュバックする記憶。冷たく当たってしまったことは、昨日のように思い出せる。あれきり何も聞いてこなかったが、謙也も気にしていたのだろう。
謝罪を口にすると、謙也は、全く気にした素振りを見せずにこう言った。
「そんなんええっちゅー話や。頑張りや」
俺はおおきに、と礼を告げ、電話を切った。枕を抱えたままベッドに寝転がり、スマホを横に小さく投げる。左手を天井にかざし、手から零れる照明の明かりに目を細めた。
掴んだ彼女の腕の感触。俺とは違う、細く、柔らかさを含んだ腕。
あの時はただ放っておけなくて、必死で掴んだ。弱った彼女の小さな背中を見ていられなかったのだ。
ぎゅっと握った拳を額に当てる。彼女の痛みが少しでも緩和されればいい。俺に出来ることは、全てしたい。今の俺に出来ることなど、限られているのだから。
◇ ◇ ◇
「き、来てもうた……」
燦燦と降り注ぐ陽に、眉を顰めた。近くの立て看板には、全国中学生テニス選手権大会、近畿地区代表決定戦と書かれている。
なぜ私がここにいるかと言えば、蔵ノ介くんに誘われたから。
夏本番と言える季節に突入した頃、彼から連絡がきたのだ。連絡先を姉ちゃんから聞きました、ごめんなさい。そして、ほんまに来てもらえるんやったら嬉しいです、と書いて試合の日程や場所が送られてきた。私は確認してすぐ友達登録し、行きますとだけ返した。距離感が掴めなくて、簡素すぎる返事に不安を覚えたが、それは杞憂で。すぐに可愛らしいスタンプで喜びを表現していて、胸を撫で下ろした。
それにしても日差しが強い。日焼け防止に日傘やアームカバーをしてきたため、防御は完璧なはずだ。
今日来たのは、この間のお礼。それだけ。それだけ!約束は守らなアカンから。
そう何度も言い聞かせて試合のあるコートへと向かった。
目立たないように観客席の中でも一番後列に腰を下ろす。人はまばらで、恐らく来ているのは親族ぐらいだろう。そうわかってしまうと、妙に緊張してしまって周囲をきょろきょろと見渡してしまう。
少し早かったんかな、と不安に思っていると、見覚えのある黄色と黄緑色のジャージが目に入った。遠目からでも蔵ノ介くんははっきりと判別できて、心の中で頑張れ、と唱えた。
先日話してもらったレギュラー陣の話を思い出しながら、彼らの姿に目をやると、個性豊かなのが嫌でもわかるほどに目立っている。試合が始まる前とは思えない騒がしさだ。それもそれで持ち味なのかもしれない。
その後すぐに試合は始まった。各々の持ち味を活かす姿に目を奪われた私は、手に汗握る有意義な時間を過ごしたのだった。
「あー……すごかったなあ……」
うわ言のようにベッドの上で呟く。帰宅してからずっと同じ状態で、見事勝利を収めた彼らの試合を思い返していた。真剣に戦う彼らの姿に何度も目を奪われ、テニス初心者の私でも十分に楽しめた。以前、蔵ノ介くんから聞いた話を脳裏に浮かべながら見ていたため、彼らを初めて見るような気がしなかったのも楽しめた理由の一つかもしれない。
個性豊かな面々を思い返し、最後は今日誘ってくれた蔵ノ介くんを浮かべる。彼のプレイスタイルは綺麗で正確だった。あれは彼らしい、と評して良いのだろうか。テニスの知識など高校の授業で習った程度で、そこらの一般人と変わらぬ乏しさ。それでも、彼のプレイからは洗練された実直さが伝わった。
一人で静かに盛り上がっていたが、あの子にまだお礼を言ってない。
連絡……した方がええ、よな。
向こうは試合で一生懸命だったし、観客席など見ていないだろう。トーク画面を開き、
『お疲れ様』
『全国大会も応援してます』
それだけ送ると、数分後には通知がきていた。想定以上に速い返信に飛び起きる。
『ありがとうございます』
『名前さんがおるの、わかりましたよ』
『めっちゃ嬉しかったです』
なんてことない言葉に全身が熱くなる。
誘われたから行っただけ。私はこの間のお礼のつもりだっただけ。
何度繰り返しても、火照った体の熱が冷めることはない。次はどう返せばよいのかと思案するも、ぐるぐると回るだけ回って何も出ない。打ち込んでは消してを繰り返す。
結局迷った挙句、かっこよかったで、と打ち込み送った。送らない方がよかったかもしれない、と不安になりつつ、ちらりとトーク画面を覗くと既読の文字がきっちりと書かれていた。
「嫌。えっ、あかん。やらかした」
じっとできなくてベッドの上をうろうろしながら、彼の返信を待つ。そわそわとして動き回るばかりで、一向に動く気配のない画面。やはりやめておけばよかったと落胆しつつ、早めに部屋の明かりを消した。こういうときは、寝るのが一番だと言い聞かせて。
次の日、寝ぼけ眼で時刻を確認するためにスマホを点ける。すると、画面には彼からの通知が並んでいた。朝に弱い私でも、このときばかりは自ら布団を剥ぎ、その場に座った。改めて画面を見ると、そこには、
『ずるい』
『会いたなる』
とだけ綴られていた。叫びたくても声に出来なくて、顔に熱が集う。
「ずるいのはどっちよ……」
トーク画面が点いたままスマホを握りしめ、祈るように額に当てた。理屈じゃないと本能が叫んでいる。
頭の中は彼のことばかりで、既に抜けられぬ程の熱に浮かされていた。