下手くそに愛を叫べⅠ
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今日、会えませんか?
何の脈絡もない、突然のお誘いだった。
「あ、先生」
「ごめんな、遅れて」
「ううん。全然」
遅れて入った待ち合わせ場所のカフェに、彼女は居た。学内にいるときに連絡がきて、用事がないからと二つ返事で了承の旨を伝えた。返信の際になんとなく嫌な予感がしたが、杞憂であればいいと簡単に流していた。
私は彼女の目の前に座り、手早く注文を済ませると冷えた水で喉を潤し、一息ついてから彼女に話を振った。
「どないしたん、急に。なんかあった?」
足元にある荷物入れの籠にバッグを入れる。目の前の彼女は、頬を赤く染めていじらしい様子だ。
「実は、先生に話したい事あって……」
改まって話すことなどあっただろうか。疑問符が浮かぶ。
「授業のとき話せへん内容?」
「話せへんこともないねんけど……長なりそうやったから」
私は余計に首を傾げたが、すぐに頷いて内容を促した。すると、彼女は深呼吸をしてから切り出した。
「前、相談したやんか。その……好きな人がおるって、」
「ああ、うん……」
頭の隅を突いて漸く一つの答えを導いた。もしかして、と口から零せば、彼女は花開いたように綺麗な笑顔を見せる。
「付き合うことになりました!」
「やったやん。おめでとう」
「えへへ。先生のおかげや」
へらへらと見たことないほど緩み切った顔はいつになく幸せそうだ。その表情につられて、こちらまで頬が緩んでしまう。
「私なんもしてへんよ」
「話聞いてくれたやん。自分の考え整理できたし、自分にも友達にも素直になろうって思えたし」
彼女の言葉に胸がじんわりと暖かくなる。話して良かったのだと心底安堵した。
「その子らにも思ってること全部伝えてん。そしたら和解……って言うてええんかな。蟠りがなくなって。今はスッキリ!」
「良かったなあ……」
ずっと気にはしていた。頭の片隅には置いていたけれど、こちらから尋ねるのは気が引ける。彼女とは、ただの家庭教師と教え子という関係。それ以上でも以下でもない。それでもこうして彼女の誘いに素直に従ってしまうのは、彼女に対して特別な情が湧いているせいだろう。線引きをすればいいのに、すぐ有耶無耶にしてしまう。
すると、彼女は何かを思い出したかのように、ああ、と声を上げた。
「この間、見かけたんやけど、」
一瞬、時が止まったかのように心臓が痛んだ。彼女と会う前の嫌な予感はこちらかと身構える。
「先生、彼氏できたんやったら言うてやあ~」
不貞腐れたように言い捨てる彼女に対して、私はあまりにも冷静を装うとしすぎたのかもしれない。
「……それ、いつ?」
「先週の日曜」
日曜は確かにあの人といた。私も好きだから付き合おう、と伝えた後のデートだった。少し考えたフリをすると、彼女は続けざまに目撃した場所も口にする。それは確かに私だ。彼と映画を観に行った。
「あまりにも偶然やったし、前彼氏おらへんって言うてたから他人の空似かなって思うて声はかけられへんかったけど」
思い返してもやっぱ先生やったから。彼女はそう付け加えて汗をかいたピーチティーを飲んだ。
笑ってはいるが、目の奥は笑っていないように見えて、私を探ろうとしているのではないかという不快感が足元に纒わり付く。しかし、知られたからといって何が悪い。何を気後れする必要があるか。私は居心地の悪さを拭いきれないまま、素直に伝えた。
「うん。少し前に付き合うようになって」
「どんな人なん?」
「ええ、そんなええやんか」
「知りたい知りたい~!」
確かに前話したときは全くそういう存在がいないという話をしていたせいか食いつきがいい。なんと彼を表そうかと普段の彼を思い出す。
「優しいよ。友達みたいな感じ」
目を細めていやらしく笑う彼女。彼女はこの場を楽しんでいるんだろうけれど、私には尋問にしか感じられなかった。密かに潜む罪悪感に苛まれ、頼んだアイスコーヒーの味がよくわからないでいる。
辺りは暗がりを見せ、周囲は人工的な明かりでギラギラとしている。帰り道が眩しくて、わざと人通りの少ない道を選んだ。彼女と別れてからも、一人でも街をぶらぶらと歩きまわっていたが、未だに足が家に向かない。漠然と帰りたくないという思いばかりが募る。 頭の中はずっと付き合っているあの人のこと。今日、あの子の幸せそうな顔を見て、私は何をしているんだろうと実感した。あの二人は、きちんと思い合って付き合っている。私は?私が了承したのは、どうして? あの人なら好きになれるかもしれないという希望?可能性?願望? それとも、好きだと言ってくれるからという妥協?
背筋が凍った。 妥協の二文字が出てしまったことに、目の奥が痛む。 なんて最悪なことを。 でも、それも事実なのかもしれない。 初めは好きになれるかもしれないと思って了承した。 時間が解決してくれると本当にそう思った。
彼が何度好きだと言ってくれようとも、同じように好きだと返せなくて。叶いもしない、もしもに頼っては自分の首を絞めて、呼吸の仕方を忘れていく。
「あれ、名前?」
暗がりの中で声が飛ぶ。その持ち主は、現在の恋人。
「どないしたん。珍しいこんなとこで」
屈託のない笑顔はいつになく眩しい。黒のTシャツとパンツに前掛けをしており、如何にもアルバイトの最中だろう。
「人と会っとって。そっちはバイト?」
「そ。材料の買い忘れでお使い中」
先程まで彼のことを考えていたものだから、表情が重たくなる。すると、彼は私の顔をまじまじと見つめて、こう言った。
「なんか、あった?」
「え……なんで?」
「ちょっと疲れてるんかなって」
「……いや、そんなことないよ」
否定するが、彼の顔には心配の色が消えない。
「……ほな、俺戻るわ」
そう言って、踵を返そうとした彼。私は咄嗟に彼の腕を咄嗟に掴んだ。
「名前……?」
相手も驚いて目を丸くさせている。私もなぜ掴んだのか、わからず瞬きを繰り返す。
「えっと……一つ、聞いてええ?」
「ええよ。何でも」
柔和な笑みに鼻の奥が痛む。
ごめん。ほんまに。私、ほんまに最悪や。
「……私のどこがええと思ったん」
「好きなとこってこと?」
こくりと頷くが、すぐに恥ずかしさが追いかけてきてしまう。
「や、やっぱええわ。ごめん、変なこと言うて」
パッと腕を離したが、今度は彼に手を取られる。
「わかりにくそうに見えて、結構わかりやすいとこ」
その手は力強く、飲み込まれそうになる。彼の言葉が鋭く胸に刺さり、自分では抜けそうにない。
「もっと言うたろか?」
「いいです」
「あと、笑顔」
「いいって言うたやんか!」
「すまんすまん。ほな、気を付けて帰りや」
頭をぽんぽんと撫でて人混みに消えていく彼。視界が滲んで、最後までその背中を見届けることはなかった。
彼を私の希望だと信じたのに、これは間違いだったのか。私は、私があの子を好きになる前に、彼を好きになっていたかった。彼の元へ行けば、自分をセーブできると思っていたのに。会いたいと思い浮かぶのは、いつもあの子の方が早くて。
もう嫌いだ。こんな自分が嫌いで仕方ない。
何の脈絡もない、突然のお誘いだった。
「あ、先生」
「ごめんな、遅れて」
「ううん。全然」
遅れて入った待ち合わせ場所のカフェに、彼女は居た。学内にいるときに連絡がきて、用事がないからと二つ返事で了承の旨を伝えた。返信の際になんとなく嫌な予感がしたが、杞憂であればいいと簡単に流していた。
私は彼女の目の前に座り、手早く注文を済ませると冷えた水で喉を潤し、一息ついてから彼女に話を振った。
「どないしたん、急に。なんかあった?」
足元にある荷物入れの籠にバッグを入れる。目の前の彼女は、頬を赤く染めていじらしい様子だ。
「実は、先生に話したい事あって……」
改まって話すことなどあっただろうか。疑問符が浮かぶ。
「授業のとき話せへん内容?」
「話せへんこともないねんけど……長なりそうやったから」
私は余計に首を傾げたが、すぐに頷いて内容を促した。すると、彼女は深呼吸をしてから切り出した。
「前、相談したやんか。その……好きな人がおるって、」
「ああ、うん……」
頭の隅を突いて漸く一つの答えを導いた。もしかして、と口から零せば、彼女は花開いたように綺麗な笑顔を見せる。
「付き合うことになりました!」
「やったやん。おめでとう」
「えへへ。先生のおかげや」
へらへらと見たことないほど緩み切った顔はいつになく幸せそうだ。その表情につられて、こちらまで頬が緩んでしまう。
「私なんもしてへんよ」
「話聞いてくれたやん。自分の考え整理できたし、自分にも友達にも素直になろうって思えたし」
彼女の言葉に胸がじんわりと暖かくなる。話して良かったのだと心底安堵した。
「その子らにも思ってること全部伝えてん。そしたら和解……って言うてええんかな。蟠りがなくなって。今はスッキリ!」
「良かったなあ……」
ずっと気にはしていた。頭の片隅には置いていたけれど、こちらから尋ねるのは気が引ける。彼女とは、ただの家庭教師と教え子という関係。それ以上でも以下でもない。それでもこうして彼女の誘いに素直に従ってしまうのは、彼女に対して特別な情が湧いているせいだろう。線引きをすればいいのに、すぐ有耶無耶にしてしまう。
すると、彼女は何かを思い出したかのように、ああ、と声を上げた。
「この間、見かけたんやけど、」
一瞬、時が止まったかのように心臓が痛んだ。彼女と会う前の嫌な予感はこちらかと身構える。
「先生、彼氏できたんやったら言うてやあ~」
不貞腐れたように言い捨てる彼女に対して、私はあまりにも冷静を装うとしすぎたのかもしれない。
「……それ、いつ?」
「先週の日曜」
日曜は確かにあの人といた。私も好きだから付き合おう、と伝えた後のデートだった。少し考えたフリをすると、彼女は続けざまに目撃した場所も口にする。それは確かに私だ。彼と映画を観に行った。
「あまりにも偶然やったし、前彼氏おらへんって言うてたから他人の空似かなって思うて声はかけられへんかったけど」
思い返してもやっぱ先生やったから。彼女はそう付け加えて汗をかいたピーチティーを飲んだ。
笑ってはいるが、目の奥は笑っていないように見えて、私を探ろうとしているのではないかという不快感が足元に纒わり付く。しかし、知られたからといって何が悪い。何を気後れする必要があるか。私は居心地の悪さを拭いきれないまま、素直に伝えた。
「うん。少し前に付き合うようになって」
「どんな人なん?」
「ええ、そんなええやんか」
「知りたい知りたい~!」
確かに前話したときは全くそういう存在がいないという話をしていたせいか食いつきがいい。なんと彼を表そうかと普段の彼を思い出す。
「優しいよ。友達みたいな感じ」
目を細めていやらしく笑う彼女。彼女はこの場を楽しんでいるんだろうけれど、私には尋問にしか感じられなかった。密かに潜む罪悪感に苛まれ、頼んだアイスコーヒーの味がよくわからないでいる。
辺りは暗がりを見せ、周囲は人工的な明かりでギラギラとしている。帰り道が眩しくて、わざと人通りの少ない道を選んだ。彼女と別れてからも、一人でも街をぶらぶらと歩きまわっていたが、未だに足が家に向かない。漠然と帰りたくないという思いばかりが募る。 頭の中はずっと付き合っているあの人のこと。今日、あの子の幸せそうな顔を見て、私は何をしているんだろうと実感した。あの二人は、きちんと思い合って付き合っている。私は?私が了承したのは、どうして? あの人なら好きになれるかもしれないという希望?可能性?願望? それとも、好きだと言ってくれるからという妥協?
背筋が凍った。 妥協の二文字が出てしまったことに、目の奥が痛む。 なんて最悪なことを。 でも、それも事実なのかもしれない。 初めは好きになれるかもしれないと思って了承した。 時間が解決してくれると本当にそう思った。
彼が何度好きだと言ってくれようとも、同じように好きだと返せなくて。叶いもしない、もしもに頼っては自分の首を絞めて、呼吸の仕方を忘れていく。
「あれ、名前?」
暗がりの中で声が飛ぶ。その持ち主は、現在の恋人。
「どないしたん。珍しいこんなとこで」
屈託のない笑顔はいつになく眩しい。黒のTシャツとパンツに前掛けをしており、如何にもアルバイトの最中だろう。
「人と会っとって。そっちはバイト?」
「そ。材料の買い忘れでお使い中」
先程まで彼のことを考えていたものだから、表情が重たくなる。すると、彼は私の顔をまじまじと見つめて、こう言った。
「なんか、あった?」
「え……なんで?」
「ちょっと疲れてるんかなって」
「……いや、そんなことないよ」
否定するが、彼の顔には心配の色が消えない。
「……ほな、俺戻るわ」
そう言って、踵を返そうとした彼。私は咄嗟に彼の腕を咄嗟に掴んだ。
「名前……?」
相手も驚いて目を丸くさせている。私もなぜ掴んだのか、わからず瞬きを繰り返す。
「えっと……一つ、聞いてええ?」
「ええよ。何でも」
柔和な笑みに鼻の奥が痛む。
ごめん。ほんまに。私、ほんまに最悪や。
「……私のどこがええと思ったん」
「好きなとこってこと?」
こくりと頷くが、すぐに恥ずかしさが追いかけてきてしまう。
「や、やっぱええわ。ごめん、変なこと言うて」
パッと腕を離したが、今度は彼に手を取られる。
「わかりにくそうに見えて、結構わかりやすいとこ」
その手は力強く、飲み込まれそうになる。彼の言葉が鋭く胸に刺さり、自分では抜けそうにない。
「もっと言うたろか?」
「いいです」
「あと、笑顔」
「いいって言うたやんか!」
「すまんすまん。ほな、気を付けて帰りや」
頭をぽんぽんと撫でて人混みに消えていく彼。視界が滲んで、最後までその背中を見届けることはなかった。
彼を私の希望だと信じたのに、これは間違いだったのか。私は、私があの子を好きになる前に、彼を好きになっていたかった。彼の元へ行けば、自分をセーブできると思っていたのに。会いたいと思い浮かぶのは、いつもあの子の方が早くて。
もう嫌いだ。こんな自分が嫌いで仕方ない。