下手くそに愛を叫べⅡ
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「あ、ッ……ふ、ンぅ……」
俺の身体に縋りながら身悶える女は嬌声を上げる。後頭部を押さえ、腕の中に閉じ込めたのは、紛れもなく恋人である名前さんであった。
痛みを感じさせるほどの陽が息を潜め、熱を収めていく自然に反比例するように俺達は高まる熱を貪り合う。これから冷え込む季節には丁度良いと自分達の行いを肯定した。
初めて唇を重ねた後、誰の目にも晒されない場所である彼女の自宅で回数を繰り返していた。玄関で次を約束してから彼女の手を引っ張り、腕の中に誘い込む。上を向かせるために指先で輪郭をなぞれば、彼女もそれに従った。特別そうしようとルールを設けたわけではないが、練習と銘打ってお家デートの帰り際にキスをするのは暗黙の了解に近かった。
だが今日は少しだけ違っていて、玄関ではなく、部屋の中で彼女の腕を引っ張っていた。小さな部屋で俺達は更に小さな空間を作る。頭を空にして貪欲に混ざり合おうと求めるのは感情が同じ方向を見ているからであって、その空間が俺にとって幸福の隙間であることは間違いない。
「くらのすけ、くん……」
絶え絶えの息で舌っ足らずが名を呼んだ。膜の張った輝く瞳も、だらしなく開いた口から覗く肉厚な舌も、全てが艶めかしく映る。
彼女が初めて白旗を挙げたときの衝撃は今も覚えており、頭の引き出しに大切に仕舞っていた。練習の甲斐があったのか、今では少し余裕が生まれ、立場が逆転し始めている。最近ではどちらが溶けるのが先かと競い合うようになったが、勝率は俺の方が格段に上がっていた。愛おしい。全てが愛おしい。正しく言語化する前に彼女にしこたまキスをしてしまうのは、俺が雄にまで落とされているせいだ。触れ合う今を離したくないのも、そのせいだろう。
「何ですか?」
平静を装い、抱き留める。彼女の折り畳まれた腕に、拳に、微かな力が入った。
「何ですかって……も、苦しいわ……」
文句を言いつつ擦り寄るように頭を預けてくる名前さん。透かせば赤茶に映る髪を梳かしながら撫でると、気持ちよさげに目を細めていた。
「ハハ、すんません」
本心からではない謝罪を軽い調子で飛ばすと、彼女は額を首筋に擦り付けた。
いつもならここで帰っていたのだが、俺は再び彼女の顎を掬い上げて何度目か分からない口づけをした。彼女も阻むことなく受け入れてくれたからこそ、理性が止める前に本能が働いてしまう。手が、身体が、彼女を弄ろうと企んで特有の曲線をなぞり、次を求めていた。服の上からでも意識させやすい際どい箇所に手を這わせると、彼女の身体は分かりやすく跳ねた。
「ぁ、まって……」
紅潮した頬と潤む瞳が俺を止めようと励む。だが、あまりに弱すぎる抵抗に情欲が掻き立てられるのも無理はない。
巻き込んでいた腕を伸ばし、俺から距離を取ろうとする彼女に従って腰に回していた手を緩める。自分自身を慰めるように肩で息をする名前さんの肩を擦れば、彼女は申し訳なさそうに目を彷徨わせた。
「これ以上は……その、」
下がった眉が全てを物語る。最後まで言葉を紡がなくとも判明してしまった答えに血の気がサーッと引いた。
「ッ、すんません、調子乗って……」
突然打ち切られた衝撃を受けつつも、いつ、どこで名前さんを傷つけたかと不安が突如として顔を出す。今まで順調であったのに、と焦りが湧いた。
嫌われたくない。彼女に触れていた手を離し、何を言うべきか脳内の引き出しを開けて回ったが、気の利いた言葉一つ出てこない。開けた引き出し全てが真っ白に塗り替えられ、喉は無情にもカラカラに渇いていく。
シン、と張り詰めた空気は固く、壊し方に静かに困惑すれば、熱を持った手が俺の左手を拾った。
「嫌やない。嫌やないねんけど……」
指先だけが触れ合う。未だ濁る言葉に生唾を呑み込んだ。
「けど……なんですか」
震えそうになるのを堪え、顎に力を入れた。俯きがちの顔が俺を見上げることはなく、説明を願っても口は一文字に結ばれている。
「ごめん、」
聞きたいのは謝罪じゃなく理由。さらに深入りしようにも、彼女のたった三文字に足止めを食らってしまう。
知りたいと懇願したとして、それが結果彼女を傷つけるものなのだとしたら、俺は耳を塞ぐだろう。彼女が言いたくないのなら、俺は黙って頷くしか選択肢は残されていないのではないか。そう考えが行きつく前に俺は口が動いていた。
「俺、帰りますね」
何事もなかったかのように俺は帰宅を宣言した。理由一つ拘って聞けない自分が惨めで情けない。だが、彼女の拒否が何よりも一番恐怖を覚えた。知らぬ人間に突き落とされたような、妙な浮遊感が恐れを助長する。努めて声のトーンを上げて出した声は自分でも愚かに思えて仕方がなかった。
彼女から離れ、玄関へ早足で向かえば、背後から名を呼ぶ声がする。
「っ、蔵ノ介くん!」
彼女を想えば、振り返るべきだった。だが、俺はそれに対して振り返ることなく、靴を履いて部屋を後にした。階段を荒々しく下り、エントランスを駆け抜け、空っぽの頭でアスファルトを蹴り続ける。駅まで楽に走ることの出来る距離であるのに、この日ばかりは肺が痛んだ。
一つ、また一つ。緩やかに落ちていく速度に異様に重さを増す足取り。募る後悔や不安に押し潰されそうになる。
「何してんねん、俺……」
パタリと止まった足。噴き出し続ける汗は首を伝って落ちていく。
勢いで飛び出してきた俺は飛んだ臆病者だ。今度から彼女にどんな顔をして会えばいい。再生されるのは、彼女からの「ごめん」の三文字。永遠と繰り返される三文字が呪いに思えて仕方がなかった。
俺の身体に縋りながら身悶える女は嬌声を上げる。後頭部を押さえ、腕の中に閉じ込めたのは、紛れもなく恋人である名前さんであった。
痛みを感じさせるほどの陽が息を潜め、熱を収めていく自然に反比例するように俺達は高まる熱を貪り合う。これから冷え込む季節には丁度良いと自分達の行いを肯定した。
初めて唇を重ねた後、誰の目にも晒されない場所である彼女の自宅で回数を繰り返していた。玄関で次を約束してから彼女の手を引っ張り、腕の中に誘い込む。上を向かせるために指先で輪郭をなぞれば、彼女もそれに従った。特別そうしようとルールを設けたわけではないが、練習と銘打ってお家デートの帰り際にキスをするのは暗黙の了解に近かった。
だが今日は少しだけ違っていて、玄関ではなく、部屋の中で彼女の腕を引っ張っていた。小さな部屋で俺達は更に小さな空間を作る。頭を空にして貪欲に混ざり合おうと求めるのは感情が同じ方向を見ているからであって、その空間が俺にとって幸福の隙間であることは間違いない。
「くらのすけ、くん……」
絶え絶えの息で舌っ足らずが名を呼んだ。膜の張った輝く瞳も、だらしなく開いた口から覗く肉厚な舌も、全てが艶めかしく映る。
彼女が初めて白旗を挙げたときの衝撃は今も覚えており、頭の引き出しに大切に仕舞っていた。練習の甲斐があったのか、今では少し余裕が生まれ、立場が逆転し始めている。最近ではどちらが溶けるのが先かと競い合うようになったが、勝率は俺の方が格段に上がっていた。愛おしい。全てが愛おしい。正しく言語化する前に彼女にしこたまキスをしてしまうのは、俺が雄にまで落とされているせいだ。触れ合う今を離したくないのも、そのせいだろう。
「何ですか?」
平静を装い、抱き留める。彼女の折り畳まれた腕に、拳に、微かな力が入った。
「何ですかって……も、苦しいわ……」
文句を言いつつ擦り寄るように頭を預けてくる名前さん。透かせば赤茶に映る髪を梳かしながら撫でると、気持ちよさげに目を細めていた。
「ハハ、すんません」
本心からではない謝罪を軽い調子で飛ばすと、彼女は額を首筋に擦り付けた。
いつもならここで帰っていたのだが、俺は再び彼女の顎を掬い上げて何度目か分からない口づけをした。彼女も阻むことなく受け入れてくれたからこそ、理性が止める前に本能が働いてしまう。手が、身体が、彼女を弄ろうと企んで特有の曲線をなぞり、次を求めていた。服の上からでも意識させやすい際どい箇所に手を這わせると、彼女の身体は分かりやすく跳ねた。
「ぁ、まって……」
紅潮した頬と潤む瞳が俺を止めようと励む。だが、あまりに弱すぎる抵抗に情欲が掻き立てられるのも無理はない。
巻き込んでいた腕を伸ばし、俺から距離を取ろうとする彼女に従って腰に回していた手を緩める。自分自身を慰めるように肩で息をする名前さんの肩を擦れば、彼女は申し訳なさそうに目を彷徨わせた。
「これ以上は……その、」
下がった眉が全てを物語る。最後まで言葉を紡がなくとも判明してしまった答えに血の気がサーッと引いた。
「ッ、すんません、調子乗って……」
突然打ち切られた衝撃を受けつつも、いつ、どこで名前さんを傷つけたかと不安が突如として顔を出す。今まで順調であったのに、と焦りが湧いた。
嫌われたくない。彼女に触れていた手を離し、何を言うべきか脳内の引き出しを開けて回ったが、気の利いた言葉一つ出てこない。開けた引き出し全てが真っ白に塗り替えられ、喉は無情にもカラカラに渇いていく。
シン、と張り詰めた空気は固く、壊し方に静かに困惑すれば、熱を持った手が俺の左手を拾った。
「嫌やない。嫌やないねんけど……」
指先だけが触れ合う。未だ濁る言葉に生唾を呑み込んだ。
「けど……なんですか」
震えそうになるのを堪え、顎に力を入れた。俯きがちの顔が俺を見上げることはなく、説明を願っても口は一文字に結ばれている。
「ごめん、」
聞きたいのは謝罪じゃなく理由。さらに深入りしようにも、彼女のたった三文字に足止めを食らってしまう。
知りたいと懇願したとして、それが結果彼女を傷つけるものなのだとしたら、俺は耳を塞ぐだろう。彼女が言いたくないのなら、俺は黙って頷くしか選択肢は残されていないのではないか。そう考えが行きつく前に俺は口が動いていた。
「俺、帰りますね」
何事もなかったかのように俺は帰宅を宣言した。理由一つ拘って聞けない自分が惨めで情けない。だが、彼女の拒否が何よりも一番恐怖を覚えた。知らぬ人間に突き落とされたような、妙な浮遊感が恐れを助長する。努めて声のトーンを上げて出した声は自分でも愚かに思えて仕方がなかった。
彼女から離れ、玄関へ早足で向かえば、背後から名を呼ぶ声がする。
「っ、蔵ノ介くん!」
彼女を想えば、振り返るべきだった。だが、俺はそれに対して振り返ることなく、靴を履いて部屋を後にした。階段を荒々しく下り、エントランスを駆け抜け、空っぽの頭でアスファルトを蹴り続ける。駅まで楽に走ることの出来る距離であるのに、この日ばかりは肺が痛んだ。
一つ、また一つ。緩やかに落ちていく速度に異様に重さを増す足取り。募る後悔や不安に押し潰されそうになる。
「何してんねん、俺……」
パタリと止まった足。噴き出し続ける汗は首を伝って落ちていく。
勢いで飛び出してきた俺は飛んだ臆病者だ。今度から彼女にどんな顔をして会えばいい。再生されるのは、彼女からの「ごめん」の三文字。永遠と繰り返される三文字が呪いに思えて仕方がなかった。