下手くそに愛を叫べⅡ
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交際を始めたのは良いものの、生活リズムの差のせいで名前さんとは会うに会えないでいた。融通の利く学生の俺とは違い、社会人として働く名前さんの自由な時間は土日の休日。予想の範疇ではあったが、実際身をもって体験するとうら寂しさを覚える。新しい生活環境も刺激的で満足しているが、それはそれ。これはこれだ。
社会人と学生なのだからと頭では理解しつつも心は追いつかず、近くにいるのに会えないもどかしさに悶える。高校の三年間、彼女と物理的に会えない環境にあった時の方が圧倒的に辛苦を募らせていたはずだった。だからこそ、確かな関係を持てば少しは騒がしい胸中も落ち着くかと思いきや、それは全くの思い違いだった。むしろ欲深くなるばかりで頭の中は「会いたい」と彼女のことで占められた。
出来ることと言えば、限られた夜の時間にメッセージアプリを使って話す程度。出鼻を挫かれたようで、中々飛び越えられないハードルが何とももどかしい。
「そういえば、大学どこにしたん?」
「□大の薬学です」
「へえ、すごい。よう勉強したなあ」
三年前に聞き馴染んだ声色は明度が落ちていた。ネガティブな意味ではなく、落ち着いた女性としての音が俺の鼓膜を震わせる。
今もこうしてアプリ上で通話をしているが、内容は近況報告が多い。会えなかった三年間を埋めようにも時間は足りなくて、嬉しさ反面、焦りもあった。
想いが通じ合ったあの日から会えたためしはない。だが、彼女の声が生活の一部になっているだけ良しとしたい。
「お姉ちゃんから聞いとったけど、勉強も出来るんやなあ」
今、どんな顔しとるんやろ。どんな顔して俺の事を話してるんやろ。
チクリ、と小さな痛みが胸に刺さる。三年前の俺なら喜んでいたはずなのに、今の俺には物足りなく感じてしまう。人間というのは、なんて欲深い生き物だろうか。欲しかったものを手に入れれば、更に次を、上を、求めてしまう。あの三年間が我慢出来たのは、名前さんがまだ「俺の恋人」ではなかったから。それを満たした今、俺は彼女の声だけでは満足出来なくなっていた。
直接会いたい。表情を見たい。触れたい。日に日に膨らむ想いが限界を知ることはない。代わりのクッションの胸に抱え、彼女の声に耳を傾けた。
「ゴールデンウィーク、空いてる日ある?」
急な質問に、俺の心臓は大きく跳ねる。俺の抱える願望を知ってか知らずか、はたまた同様の思いを抱えているかどうかは俺の知るところではないが、彼女の問いに頷いた。
本来ならば、俺から誘うのがスマートだったような気もするが、好機が巡ってきた今、それを逃す訳にはいかない。他の予定が入ろうと何よりも優先させるつもりで、自然と話す体勢が前のめりになる。そのせいでクッションが腕を挟んで二つ折りに変形した。
「蔵ノ介くんさえ良かったら、会わへん?」
照れ隠しなのか、機械の向こう側から微かな笑い声が混じっていた。目の前に彼女がいたら間違いなく抱きしめていただろう。俺は代わりにクッションの原型も分からないほど強く抱きしめた。
「っ、会いたいです、何があっても行きます!」
声量は勝手に大きく張り上がる。恐らく隣にいる姉ちゃんにも聞こえただろう。揶揄われたっていい。名前さんに会えるなら、何だって。
「ふふ、他の予定潰したらあかんで?」
クスクスと落ち着いた笑い声が心地良い。だが、はしゃぎすぎたかといたたまれなくなり、未だ子供の俺が羞恥を覚えさせる。俺の予定を想像し、配慮の窺える言葉を掛けてくれる彼女とはれっきとした差が浮かび上がった。
「どっか行きたいとこある?」
彼女は俺が自己嫌悪に陥りそうなことに気づく訳もなく、話を続けた。俺も意識を変え、きちんとした答えを導こうと考え込んだ。
付き合い始めたが、俺は名前さんの事をまだ知らない。友達の延長ならばまだしも、出会いから交際に至るまでの過程が特殊だったせいで候補の選出が難しい。それに彼女は社会人だ。普段仕事で忙しく、人が多いところに行くのは気が引ける。
「蔵ノ介くん?」
「ん、あ、はい!」
考え込み過ぎたのか、彼女の声で意識が戻った。
「眠い?」
「そうやなくて、何処がええやろ思うて……」
「何処でもええよ。何か買い物したいでも」
どこでもええよ、なんて言ってくれてはいるが、二人でゆっくり過ごしてみたいというのも本音だ。経験値のない俺は云々と唸った挙句、消極的に答えを提示した。
「名前さんと過ごせたら俺はそれで十分です」
一番良しとしない答えだったんじゃないかと口にしてから、失態に気付いた。明確な答えを出すわけもなく、丸投げ。何という体たらくかと自己嫌悪に陥る。やはり幅広く意見を出した方が良かったのではないかという議題で会議を開きかけた瞬間、彼女から一つ提案があった。
「うち来る?」
「……え?」
うち? 家ってことやんな? 名前さん家?
頭の中を引っ掻き回して出したのは、名前さんの自宅、ただ一つ。答えが出てしまえば、クッションを抱える腕に力が入った。付き合えばいずれ来るだろう行事だと覚悟はしていたが、初回に来るものかと全身が奥から熱くなる。だが、その瞬間、俺の頭は要らぬ記憶を引っ張り出した。彼女と交際を始めると決まった日の夜の夢。自らの手で彼女を暴いた、あの夢を。
昨日のことのように見た映像が脳内に流れると、カッと一瞬で体が熱を帯び、頭は夢の中の彼女で一杯になる。なんで今思い出すねん!と、自戒するも興奮で胸が激しく波立つ。家に行くということは、期待しない訳がない。だが、いきなりそういう展開にしてしまうのも、男としてどうなのかと頭を捻る。そして、今は通話中だ。今考えるのはやめようと取り乱しかけたところを悟られないようにするも、彼女にはお見通しのようで。
「他意はないで」
わざとらしく冷気を纏った声色に一蹴されてしまい、心臓が鷲掴まれたかのような感覚に襲われる。慌てふためいた俺は、手元のクッションを握り潰した。
「ちゃ、ちゃいます!別に期待しとるとかそんなんちゃいます!」
隠したかった胸中がボロボロに零れ、気付いたときには電話の向こうから笑い声が確かに聞こえている。格好のつかない自分が恥ずかしくてたまらない。そんなに俺の態度は分かりやすかっただろうか。変形しかけているクッションの形を元に戻しては顔を埋めた。
「ふふ……ふふふっ……」
「笑いすぎとちゃいますか……」
未だ止まない笑い声に不貞腐れたように言い捨てると、彼女は「ごめん、ごめん」と軽い口調で謝っていた。少し拗ねてやろうかとも考えたが、あまりにも彼女が楽しげに笑うから強く出れない。むしろ、口元がゆるゆると歪んでしまう。
「で、来るん?」
「行きます!」
彼女からの確認の問いに、俺は元気よく肯定した。すると、彼女はまた笑い始めてしまった。
社会人と学生なのだからと頭では理解しつつも心は追いつかず、近くにいるのに会えないもどかしさに悶える。高校の三年間、彼女と物理的に会えない環境にあった時の方が圧倒的に辛苦を募らせていたはずだった。だからこそ、確かな関係を持てば少しは騒がしい胸中も落ち着くかと思いきや、それは全くの思い違いだった。むしろ欲深くなるばかりで頭の中は「会いたい」と彼女のことで占められた。
出来ることと言えば、限られた夜の時間にメッセージアプリを使って話す程度。出鼻を挫かれたようで、中々飛び越えられないハードルが何とももどかしい。
「そういえば、大学どこにしたん?」
「□大の薬学です」
「へえ、すごい。よう勉強したなあ」
三年前に聞き馴染んだ声色は明度が落ちていた。ネガティブな意味ではなく、落ち着いた女性としての音が俺の鼓膜を震わせる。
今もこうしてアプリ上で通話をしているが、内容は近況報告が多い。会えなかった三年間を埋めようにも時間は足りなくて、嬉しさ反面、焦りもあった。
想いが通じ合ったあの日から会えたためしはない。だが、彼女の声が生活の一部になっているだけ良しとしたい。
「お姉ちゃんから聞いとったけど、勉強も出来るんやなあ」
今、どんな顔しとるんやろ。どんな顔して俺の事を話してるんやろ。
チクリ、と小さな痛みが胸に刺さる。三年前の俺なら喜んでいたはずなのに、今の俺には物足りなく感じてしまう。人間というのは、なんて欲深い生き物だろうか。欲しかったものを手に入れれば、更に次を、上を、求めてしまう。あの三年間が我慢出来たのは、名前さんがまだ「俺の恋人」ではなかったから。それを満たした今、俺は彼女の声だけでは満足出来なくなっていた。
直接会いたい。表情を見たい。触れたい。日に日に膨らむ想いが限界を知ることはない。代わりのクッションの胸に抱え、彼女の声に耳を傾けた。
「ゴールデンウィーク、空いてる日ある?」
急な質問に、俺の心臓は大きく跳ねる。俺の抱える願望を知ってか知らずか、はたまた同様の思いを抱えているかどうかは俺の知るところではないが、彼女の問いに頷いた。
本来ならば、俺から誘うのがスマートだったような気もするが、好機が巡ってきた今、それを逃す訳にはいかない。他の予定が入ろうと何よりも優先させるつもりで、自然と話す体勢が前のめりになる。そのせいでクッションが腕を挟んで二つ折りに変形した。
「蔵ノ介くんさえ良かったら、会わへん?」
照れ隠しなのか、機械の向こう側から微かな笑い声が混じっていた。目の前に彼女がいたら間違いなく抱きしめていただろう。俺は代わりにクッションの原型も分からないほど強く抱きしめた。
「っ、会いたいです、何があっても行きます!」
声量は勝手に大きく張り上がる。恐らく隣にいる姉ちゃんにも聞こえただろう。揶揄われたっていい。名前さんに会えるなら、何だって。
「ふふ、他の予定潰したらあかんで?」
クスクスと落ち着いた笑い声が心地良い。だが、はしゃぎすぎたかといたたまれなくなり、未だ子供の俺が羞恥を覚えさせる。俺の予定を想像し、配慮の窺える言葉を掛けてくれる彼女とはれっきとした差が浮かび上がった。
「どっか行きたいとこある?」
彼女は俺が自己嫌悪に陥りそうなことに気づく訳もなく、話を続けた。俺も意識を変え、きちんとした答えを導こうと考え込んだ。
付き合い始めたが、俺は名前さんの事をまだ知らない。友達の延長ならばまだしも、出会いから交際に至るまでの過程が特殊だったせいで候補の選出が難しい。それに彼女は社会人だ。普段仕事で忙しく、人が多いところに行くのは気が引ける。
「蔵ノ介くん?」
「ん、あ、はい!」
考え込み過ぎたのか、彼女の声で意識が戻った。
「眠い?」
「そうやなくて、何処がええやろ思うて……」
「何処でもええよ。何か買い物したいでも」
どこでもええよ、なんて言ってくれてはいるが、二人でゆっくり過ごしてみたいというのも本音だ。経験値のない俺は云々と唸った挙句、消極的に答えを提示した。
「名前さんと過ごせたら俺はそれで十分です」
一番良しとしない答えだったんじゃないかと口にしてから、失態に気付いた。明確な答えを出すわけもなく、丸投げ。何という体たらくかと自己嫌悪に陥る。やはり幅広く意見を出した方が良かったのではないかという議題で会議を開きかけた瞬間、彼女から一つ提案があった。
「うち来る?」
「……え?」
うち? 家ってことやんな? 名前さん家?
頭の中を引っ掻き回して出したのは、名前さんの自宅、ただ一つ。答えが出てしまえば、クッションを抱える腕に力が入った。付き合えばいずれ来るだろう行事だと覚悟はしていたが、初回に来るものかと全身が奥から熱くなる。だが、その瞬間、俺の頭は要らぬ記憶を引っ張り出した。彼女と交際を始めると決まった日の夜の夢。自らの手で彼女を暴いた、あの夢を。
昨日のことのように見た映像が脳内に流れると、カッと一瞬で体が熱を帯び、頭は夢の中の彼女で一杯になる。なんで今思い出すねん!と、自戒するも興奮で胸が激しく波立つ。家に行くということは、期待しない訳がない。だが、いきなりそういう展開にしてしまうのも、男としてどうなのかと頭を捻る。そして、今は通話中だ。今考えるのはやめようと取り乱しかけたところを悟られないようにするも、彼女にはお見通しのようで。
「他意はないで」
わざとらしく冷気を纏った声色に一蹴されてしまい、心臓が鷲掴まれたかのような感覚に襲われる。慌てふためいた俺は、手元のクッションを握り潰した。
「ちゃ、ちゃいます!別に期待しとるとかそんなんちゃいます!」
隠したかった胸中がボロボロに零れ、気付いたときには電話の向こうから笑い声が確かに聞こえている。格好のつかない自分が恥ずかしくてたまらない。そんなに俺の態度は分かりやすかっただろうか。変形しかけているクッションの形を元に戻しては顔を埋めた。
「ふふ……ふふふっ……」
「笑いすぎとちゃいますか……」
未だ止まない笑い声に不貞腐れたように言い捨てると、彼女は「ごめん、ごめん」と軽い口調で謝っていた。少し拗ねてやろうかとも考えたが、あまりにも彼女が楽しげに笑うから強く出れない。むしろ、口元がゆるゆると歪んでしまう。
「で、来るん?」
「行きます!」
彼女からの確認の問いに、俺は元気よく肯定した。すると、彼女はまた笑い始めてしまった。