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「鳳くん、聞いてよ〜!」
「今度はどうしたの?」
「実はね!!」
また始まった。もう恒例行事にも程がある。
私の後ろの席、鳳長太郎くん。彼は部員数二百人を超えるテニス部の副部長。長身でスポーツをするには恵まれた体躯を持ち、顔はいつも優しい笑顔を見せている。そんな彼だからか、女子の中でも鳳くんに想いを寄せる子は少なくない。
それは置いといて。私は鳳くんの前の席なのだけれど、休み時間になる度に鳳くんの元にあれやこれやと相談を持ち掛けてくる人間の多いこと、多いこと。男女関係なく話を持ち寄られるから、鳳くんの前の席になってからというもの、休み時間を静かに過ごせた事がない。でも幸か不幸か、人の噂話には明るくなった。まあ、知らない方がいいことも中にはあるんだけれども。まあ、何事も良い面も悪い面もあるということだろう。
ようやく後ろが静かになり、相談者が去っていく。私の口からは思わず溜息が漏れた。
「はあ……」
こんな日が毎日続くんだろう。早く次の席替えにならないかな。
がくん、と肩を落として机に突っ伏そうとしたときだった。
「名字さん、」
「えっ、な……なに、鳳くん」
急に背後から声をかけられたものだから肩が跳ねた。私は鳳くんと同じクラスになってからというもの、話したことがない。席替えをして前後になってからもそうだ。プリントを回す時に手が触れるか触れないかだけの関係であるのに。
私は九十度体を動かし、鳳くんに対し横に向くと、彼は申し訳なさそうに眉を八の字にしていた。それでも顔が整っていることに変わりはない。ただ、どことなく大型犬に見えるのは私だけだろうか。
「ごめんね、後ろで騒がしくしちゃって……」
「ううん。大丈夫だよ」
いつもの事だし、というのは口を噤んだ。それに今は休み時間だ。自由にしていいのは当たり前だ。私に話を振ってこなければいい。それだけであって、有難いことに私と鳳くんはそんな関係では無いから安心して盗み聞き出来るのだけれど。
だからこそか、鳳くんが男女問わず人気者なのは。傍から見ても優しいのが分かる。相槌の打ち方も、答える時のトーンも、柔らかくて包み込むような暖かさがあって、話してると落ち着くんだろうなと想像がつく。決して仲良くなったわけじゃないけれど、どんなタイプなのかぐらいは分かるようになった。主に相談者達のおかげか、せいだけれど。
「それにしても大変だね。休み時間毎に相談持ち掛けられて」
笑顔を作りながらずっと思っていたことを口にした。声をかけられたついでだ。それに休み時間はまだ残っている。ついでに話してみよう。
「そんなことないよ、聞いてて楽しいよ」
鳳くんはそう言うが、私には顔が引き攣っているように見えた。こういう素直なところも人気の秘訣だろうか。
「でもさっき話聞こえたんだけど、ちょっと困ってなかった?」
少し突っ込んで尋ねると、目を泳がせて両の手の指先を合わせてバウンドさせ始めた。案外分かりやすいな。随分と素直なんだな。
鳳くんの性格を胸の奥でメモをしていると、鳳くんは私の目を覗き込むように見ると、おずおずと話し始めた。
「実は恋愛相談で……」
長い指で頬をかき、居心地が悪そうに話している。私はそんな姿の彼をじっと見続けてから尋ねた。
「もしかしてその手の話苦手?」
「うーん、どちらかと言えば苦手……かな」
ふーん、と相槌を打ちながら内心意外だと思った。モテるだろうに、結構奥手なのかな。私は漠然とした感想を抱いた。
「それなのにちゃんと答えてるんだ、優しいね」
「そうかな? 大したアドバイスが出来ないからどうかなとは思うんだけど……」
「ううん。人って聞いてもらえるだけで落ち着くってこともあるし、鳳くんの場合、聞き上手だから余計にみんな集まるんじゃないかな。ってそんな話したことないのに知ったかしてごめん」
喋り過ぎたか、と思いつつ、鳳くんの顔を改めて見た。すると、鳳くんはきょとんとした顔をして、私の顔をまじまじと見つめていた。そしてすぐに微笑んでは嬉しそうにしていた。
「ううん。嬉しいよ。名字さんにそう言ってもらえて」
「そうかな」
指を交互にクロスさせ、手を組んだ。話したこともないくせに、なんて鳳くんレベルになると思わないらしい。私もつられて口角を上げた。
「俺、名字さんのこともっとクールな人かと思ってたんだ」
「私があ?」
思わず自身を指差した。クール。クール?今までこの方、言われたことのない言葉につい声を上げて笑ってしまった。でも、鳳くんは微笑み変わらず大きく頷いた。
「うん。見てて何でもこなすイメージがあるな」
「ええ? そんな出来た人間じゃないよ」
「ううん。俺から見たら羨ましい」
鳳くんのような聖人に羨ましいと言われる日が来るとは。見惚れるほど綺麗に微笑む鳳くんの表情に、先程とは違う感想を抱いた。私は不思議とどこか寂しげに思えてしまった。
すると、鳳くんは自ら話し始めた。
「部活でも副部長としてちゃんと支えられてるのか、とか、きちんと強くなれてるのかって迷う時もあって……こんなんじゃ尊敬してる先輩に怒られちゃうかも」
そう言って溜息を吐く鳳くんに、私の頭の中はテニス部の先輩で頭がいっぱいだった。テニス部は有名だけれど、実際どんな先輩がいるか知らない。唯一知ってるのは跡部先輩ぐらい。氷帝生で知らない人はいないわけだけれど、跡部先輩が強すぎて他の先輩が分からないでいる。
まあ、あの人派手だしな。鳳くんが気後れするのも有り得ないこともない。
私がそんな事を考えていることなど知らない鳳くんは話を続ける。
「名字さんっていつでも凛としてる印象があるから、つい目で追ってしまうんだよね。今もこうして話せたことが嬉しい」
鳳くん? 名を呼ぼうと思ったけれど、それさえも出来なかった。自分が何を言っているのか分かっているんだろうか。じわじわと熱が下から這い上がってきて、自分が今どんな顔をしているのか分からなくなってしまった。
「え、ええ……そんな褒めても何も出ないよ」
「あ、いや、素直な気持ちを言っただけなんだ。ごめんね、嫌な気持ちにさせちゃってたら」
「いや、嫌な気持ちなんかじゃなくて、その、」
何と言えばいい。素直な彼のことだ。嘘ではないんだろう。だからこそ問題だった。私は何か言わなければと発した言葉はあまりにも抽象的だった。
「ちょっと鳳くんに対する感情がめちゃくちゃになりそう」
なんか私のこと好きみたいじゃない? いや鳳くんは私みたいな奴好きになんないし。自意識過剰だって。
「え? めちゃくちゃって、」
慌てる私に目を丸くさせる鳳くん。私は鳳くんの目の前で両手をぶんぶんと振った。
「いや、悪い意味じゃないから! むしろ、その」
「むしろ?」
追求され、手を止めた。心臓もバクバクとして煩い。目が鳳くんの顔ではなく、机へと下がっていく。
「私の事、好意的に見すぎてて感情が追いつかない」
少しだけ私と鳳くんの間に沈黙が流れた。すると鳳くんはようやく自分の発言を理解したのだろう。頬を赤らめた。
「あっ!……でも本心なんだ。だから俺と仲良くしてください」
へへ、と笑う鳳くん。こんな純粋百パーセントの人間の言葉をぶった切って断れるわけがない。それに断る理由もない。
「わ、私でよければ」
畏まった態度で少しだけ頭を下げると、鳳くんはちゃんと嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
鳳くんの周りだけ光って見える。何か浄化されるような不思議な力を感じる。
すると、終わりだと告げるようにチャイムが鳴った。私は前を向いた。
先生が入って来て授業が始まるという時に、私は机に肘をつき、手のひらに顎を乗せては一言呟いた。
「タチ悪……」
「今度はどうしたの?」
「実はね!!」
また始まった。もう恒例行事にも程がある。
私の後ろの席、鳳長太郎くん。彼は部員数二百人を超えるテニス部の副部長。長身でスポーツをするには恵まれた体躯を持ち、顔はいつも優しい笑顔を見せている。そんな彼だからか、女子の中でも鳳くんに想いを寄せる子は少なくない。
それは置いといて。私は鳳くんの前の席なのだけれど、休み時間になる度に鳳くんの元にあれやこれやと相談を持ち掛けてくる人間の多いこと、多いこと。男女関係なく話を持ち寄られるから、鳳くんの前の席になってからというもの、休み時間を静かに過ごせた事がない。でも幸か不幸か、人の噂話には明るくなった。まあ、知らない方がいいことも中にはあるんだけれども。まあ、何事も良い面も悪い面もあるということだろう。
ようやく後ろが静かになり、相談者が去っていく。私の口からは思わず溜息が漏れた。
「はあ……」
こんな日が毎日続くんだろう。早く次の席替えにならないかな。
がくん、と肩を落として机に突っ伏そうとしたときだった。
「名字さん、」
「えっ、な……なに、鳳くん」
急に背後から声をかけられたものだから肩が跳ねた。私は鳳くんと同じクラスになってからというもの、話したことがない。席替えをして前後になってからもそうだ。プリントを回す時に手が触れるか触れないかだけの関係であるのに。
私は九十度体を動かし、鳳くんに対し横に向くと、彼は申し訳なさそうに眉を八の字にしていた。それでも顔が整っていることに変わりはない。ただ、どことなく大型犬に見えるのは私だけだろうか。
「ごめんね、後ろで騒がしくしちゃって……」
「ううん。大丈夫だよ」
いつもの事だし、というのは口を噤んだ。それに今は休み時間だ。自由にしていいのは当たり前だ。私に話を振ってこなければいい。それだけであって、有難いことに私と鳳くんはそんな関係では無いから安心して盗み聞き出来るのだけれど。
だからこそか、鳳くんが男女問わず人気者なのは。傍から見ても優しいのが分かる。相槌の打ち方も、答える時のトーンも、柔らかくて包み込むような暖かさがあって、話してると落ち着くんだろうなと想像がつく。決して仲良くなったわけじゃないけれど、どんなタイプなのかぐらいは分かるようになった。主に相談者達のおかげか、せいだけれど。
「それにしても大変だね。休み時間毎に相談持ち掛けられて」
笑顔を作りながらずっと思っていたことを口にした。声をかけられたついでだ。それに休み時間はまだ残っている。ついでに話してみよう。
「そんなことないよ、聞いてて楽しいよ」
鳳くんはそう言うが、私には顔が引き攣っているように見えた。こういう素直なところも人気の秘訣だろうか。
「でもさっき話聞こえたんだけど、ちょっと困ってなかった?」
少し突っ込んで尋ねると、目を泳がせて両の手の指先を合わせてバウンドさせ始めた。案外分かりやすいな。随分と素直なんだな。
鳳くんの性格を胸の奥でメモをしていると、鳳くんは私の目を覗き込むように見ると、おずおずと話し始めた。
「実は恋愛相談で……」
長い指で頬をかき、居心地が悪そうに話している。私はそんな姿の彼をじっと見続けてから尋ねた。
「もしかしてその手の話苦手?」
「うーん、どちらかと言えば苦手……かな」
ふーん、と相槌を打ちながら内心意外だと思った。モテるだろうに、結構奥手なのかな。私は漠然とした感想を抱いた。
「それなのにちゃんと答えてるんだ、優しいね」
「そうかな? 大したアドバイスが出来ないからどうかなとは思うんだけど……」
「ううん。人って聞いてもらえるだけで落ち着くってこともあるし、鳳くんの場合、聞き上手だから余計にみんな集まるんじゃないかな。ってそんな話したことないのに知ったかしてごめん」
喋り過ぎたか、と思いつつ、鳳くんの顔を改めて見た。すると、鳳くんはきょとんとした顔をして、私の顔をまじまじと見つめていた。そしてすぐに微笑んでは嬉しそうにしていた。
「ううん。嬉しいよ。名字さんにそう言ってもらえて」
「そうかな」
指を交互にクロスさせ、手を組んだ。話したこともないくせに、なんて鳳くんレベルになると思わないらしい。私もつられて口角を上げた。
「俺、名字さんのこともっとクールな人かと思ってたんだ」
「私があ?」
思わず自身を指差した。クール。クール?今までこの方、言われたことのない言葉につい声を上げて笑ってしまった。でも、鳳くんは微笑み変わらず大きく頷いた。
「うん。見てて何でもこなすイメージがあるな」
「ええ? そんな出来た人間じゃないよ」
「ううん。俺から見たら羨ましい」
鳳くんのような聖人に羨ましいと言われる日が来るとは。見惚れるほど綺麗に微笑む鳳くんの表情に、先程とは違う感想を抱いた。私は不思議とどこか寂しげに思えてしまった。
すると、鳳くんは自ら話し始めた。
「部活でも副部長としてちゃんと支えられてるのか、とか、きちんと強くなれてるのかって迷う時もあって……こんなんじゃ尊敬してる先輩に怒られちゃうかも」
そう言って溜息を吐く鳳くんに、私の頭の中はテニス部の先輩で頭がいっぱいだった。テニス部は有名だけれど、実際どんな先輩がいるか知らない。唯一知ってるのは跡部先輩ぐらい。氷帝生で知らない人はいないわけだけれど、跡部先輩が強すぎて他の先輩が分からないでいる。
まあ、あの人派手だしな。鳳くんが気後れするのも有り得ないこともない。
私がそんな事を考えていることなど知らない鳳くんは話を続ける。
「名字さんっていつでも凛としてる印象があるから、つい目で追ってしまうんだよね。今もこうして話せたことが嬉しい」
鳳くん? 名を呼ぼうと思ったけれど、それさえも出来なかった。自分が何を言っているのか分かっているんだろうか。じわじわと熱が下から這い上がってきて、自分が今どんな顔をしているのか分からなくなってしまった。
「え、ええ……そんな褒めても何も出ないよ」
「あ、いや、素直な気持ちを言っただけなんだ。ごめんね、嫌な気持ちにさせちゃってたら」
「いや、嫌な気持ちなんかじゃなくて、その、」
何と言えばいい。素直な彼のことだ。嘘ではないんだろう。だからこそ問題だった。私は何か言わなければと発した言葉はあまりにも抽象的だった。
「ちょっと鳳くんに対する感情がめちゃくちゃになりそう」
なんか私のこと好きみたいじゃない? いや鳳くんは私みたいな奴好きになんないし。自意識過剰だって。
「え? めちゃくちゃって、」
慌てる私に目を丸くさせる鳳くん。私は鳳くんの目の前で両手をぶんぶんと振った。
「いや、悪い意味じゃないから! むしろ、その」
「むしろ?」
追求され、手を止めた。心臓もバクバクとして煩い。目が鳳くんの顔ではなく、机へと下がっていく。
「私の事、好意的に見すぎてて感情が追いつかない」
少しだけ私と鳳くんの間に沈黙が流れた。すると鳳くんはようやく自分の発言を理解したのだろう。頬を赤らめた。
「あっ!……でも本心なんだ。だから俺と仲良くしてください」
へへ、と笑う鳳くん。こんな純粋百パーセントの人間の言葉をぶった切って断れるわけがない。それに断る理由もない。
「わ、私でよければ」
畏まった態度で少しだけ頭を下げると、鳳くんはちゃんと嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
鳳くんの周りだけ光って見える。何か浄化されるような不思議な力を感じる。
すると、終わりだと告げるようにチャイムが鳴った。私は前を向いた。
先生が入って来て授業が始まるという時に、私は机に肘をつき、手のひらに顎を乗せては一言呟いた。
「タチ悪……」