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「名字?」
「あ、不二」
放課後、私は用事があって丁度教室を出たところだった。学生鞄を肩にかけた、恋人である不二は私の姿を確認してから足を止めた。他の生徒は同じように帰宅するために、と廊下をぞろぞろと歩いている。私と不二だけが立ち止まっている。
「どうしたの、うちのクラスまで」
私はきょと、と目を凝らした。
不二も私も滅多な用事がなければ、学校で話すことは滅多にない。付き合っているのだからもっと一緒にいればいいのに、と友達に言われたことがあるけれど、私はそんな付かず離れずの関係が心地よかった。不二もそれで文句を言わないし、不二もそれが良いものだと思っているのだと認識していた。
そんな男がわざわざ私の元に。下駄箱に行くには遠回りになるのに、私のクラスの前を通るにはおかしい。
私はぱちぱちと瞬きを繰り返してから不二に対して首を傾げて、どうして?と言いたげな顔をして見せれば、不二も鏡合わせのように首を傾げた。
「あれ、今日一緒に帰るって約束したの忘れた?」
「あ、」
「君らしいね」
手を口元に当ててクスリと笑う不二。何とも絵になる。女として少し嫉妬してしまいそうになるくらいだ。それは置いといて。
私はこの後用事がある。それのせいで不二との約束を忘れていたのだ。
だが、不二はそれぐらいで怒るような小さな男ではない。私が宿題を忘れて不二に泣きついたときも、私のテストの点数を見て絶句したときも、テニス部の練習試合を絶対に見に行かないと宣言した時も笑みを絶やさなかった男だ。そんな一定の表情を保つ不二の顔を崩したいと思う反面、その一律の表情に心地良さを覚え、身を委ねているところもある。
すると、不二はにこやかに私の忘れっぽい性格を責めることなく、理由を追求した。
「それで? 友達と帰る約束でもした?」
残念ながら不二の予想は外れだ。私は首を横に振った。
私は今鞄を持っていない。手ぶらの状態だ。なぜならこの後用事があるから。でもその用事を不二に言うかどうかを悩んだ。私としても信じられない、宙ぶらりんで放って置かれているような感覚だから。何ともむず痒い、不二のときには感じなかった妙な浮遊感。
「いや、それが……」
本当の事を言うか言い淀んでしまった。足元に目を落とし、不二の顔を見なかった。否、見れなかった。
すると、すかさず答えが差し込まれた。
「もしかして、告白でもされる?」
「へっ?」
思わず顔を上げ、素っ頓狂な声を出してしまった。裏返って、出来れば不二の前では出したくない声だ。
実を言えば大正解であった。前々からよく話しかけてくれていたクラスメイトの男子から呼び出されていたのだ。話があるから放課後校舎裏に来て欲しいと。私は友達だからと何の気なく了承した。だって私には不二がいるから。でも、それを友達に話したら「告白だよ!」なんて言われてしまって、もしも本当なら余計無碍には出来ないと思った。私なんかにそんな勇気を出してくれるなんて讃えてあげたかった。
しかし、目の前にいる不二の笑顔はどことなく得意げで、何だか癪に障る。正解ですと言われたときにはどんな顔をするんだろう。私は無言を貫いた。
「その顔、当たってるんだね」
鏡があるなら見せて欲しい。自分がどんな顔をしていて、正解だと思われたのか知りたい。
私は肯定も否定もしなかった。すると、不二は一歩、また一歩と人気の無くなった廊下で私に近づく。これが花畑であったり、海辺であったらどれほどロマンチックであっただろうか。私は呑気に考えを巡らしながら不二の挙動が停止するのを待った。
「不二……?」
一向に笑顔のまま止まろうとしない不二。まるで私が空気になったかのように、歩みが留まることを知らない。
いつもとどこか雰囲気が違うと察した私は終ぞ一歩後ろに下がった。色で例えると黒だとか紫だとか、暗色のようなオーラを纏っているような不穏さがあった。
そしてとうとう背に壁が当たった。長いこと詰め寄られていたらしい。私は不二の顔から目が逸らせなかった。周りに人はいない。二月の卒業を控えた今、放課後に残るなんてことは殆どないに等しい。
不二は笑顔から一転、目を開け涼やかなブラウンの瞳を私に向けると、口角だけを鏡合わせのように上げた。それがあまりにも綺麗で、世界がぐるりと回ってもおかしくないと思った。天地がひっくり返っても振り落とされない、現実なのに夢のような空間に感じられた。
不二は私を壁に追い詰めると、その綺麗な口からようやく音を発した。
「残念。行かせてあげられないや」
くす、なんて笑った音がしても、瞳の奥は一ミリたりとも笑っていなかった。不二を知らない人が見れば笑っている、優しい表情だと言うかもしれないけれど、私にはそうは見えない。恋人だからこそ分かる表情だった。
「ねえ、」
トン、と顔の横に不二の腕が伸びる。逃げ場はとうに失っている。
「ボクのこと、ただの優しい男だと思ってた?」
耳元で囁かれ、大きく喉を動かした。私は顔に出さないようにクラスメイトの男子へ届かない謝罪をした。
「あ、不二」
放課後、私は用事があって丁度教室を出たところだった。学生鞄を肩にかけた、恋人である不二は私の姿を確認してから足を止めた。他の生徒は同じように帰宅するために、と廊下をぞろぞろと歩いている。私と不二だけが立ち止まっている。
「どうしたの、うちのクラスまで」
私はきょと、と目を凝らした。
不二も私も滅多な用事がなければ、学校で話すことは滅多にない。付き合っているのだからもっと一緒にいればいいのに、と友達に言われたことがあるけれど、私はそんな付かず離れずの関係が心地よかった。不二もそれで文句を言わないし、不二もそれが良いものだと思っているのだと認識していた。
そんな男がわざわざ私の元に。下駄箱に行くには遠回りになるのに、私のクラスの前を通るにはおかしい。
私はぱちぱちと瞬きを繰り返してから不二に対して首を傾げて、どうして?と言いたげな顔をして見せれば、不二も鏡合わせのように首を傾げた。
「あれ、今日一緒に帰るって約束したの忘れた?」
「あ、」
「君らしいね」
手を口元に当ててクスリと笑う不二。何とも絵になる。女として少し嫉妬してしまいそうになるくらいだ。それは置いといて。
私はこの後用事がある。それのせいで不二との約束を忘れていたのだ。
だが、不二はそれぐらいで怒るような小さな男ではない。私が宿題を忘れて不二に泣きついたときも、私のテストの点数を見て絶句したときも、テニス部の練習試合を絶対に見に行かないと宣言した時も笑みを絶やさなかった男だ。そんな一定の表情を保つ不二の顔を崩したいと思う反面、その一律の表情に心地良さを覚え、身を委ねているところもある。
すると、不二はにこやかに私の忘れっぽい性格を責めることなく、理由を追求した。
「それで? 友達と帰る約束でもした?」
残念ながら不二の予想は外れだ。私は首を横に振った。
私は今鞄を持っていない。手ぶらの状態だ。なぜならこの後用事があるから。でもその用事を不二に言うかどうかを悩んだ。私としても信じられない、宙ぶらりんで放って置かれているような感覚だから。何ともむず痒い、不二のときには感じなかった妙な浮遊感。
「いや、それが……」
本当の事を言うか言い淀んでしまった。足元に目を落とし、不二の顔を見なかった。否、見れなかった。
すると、すかさず答えが差し込まれた。
「もしかして、告白でもされる?」
「へっ?」
思わず顔を上げ、素っ頓狂な声を出してしまった。裏返って、出来れば不二の前では出したくない声だ。
実を言えば大正解であった。前々からよく話しかけてくれていたクラスメイトの男子から呼び出されていたのだ。話があるから放課後校舎裏に来て欲しいと。私は友達だからと何の気なく了承した。だって私には不二がいるから。でも、それを友達に話したら「告白だよ!」なんて言われてしまって、もしも本当なら余計無碍には出来ないと思った。私なんかにそんな勇気を出してくれるなんて讃えてあげたかった。
しかし、目の前にいる不二の笑顔はどことなく得意げで、何だか癪に障る。正解ですと言われたときにはどんな顔をするんだろう。私は無言を貫いた。
「その顔、当たってるんだね」
鏡があるなら見せて欲しい。自分がどんな顔をしていて、正解だと思われたのか知りたい。
私は肯定も否定もしなかった。すると、不二は一歩、また一歩と人気の無くなった廊下で私に近づく。これが花畑であったり、海辺であったらどれほどロマンチックであっただろうか。私は呑気に考えを巡らしながら不二の挙動が停止するのを待った。
「不二……?」
一向に笑顔のまま止まろうとしない不二。まるで私が空気になったかのように、歩みが留まることを知らない。
いつもとどこか雰囲気が違うと察した私は終ぞ一歩後ろに下がった。色で例えると黒だとか紫だとか、暗色のようなオーラを纏っているような不穏さがあった。
そしてとうとう背に壁が当たった。長いこと詰め寄られていたらしい。私は不二の顔から目が逸らせなかった。周りに人はいない。二月の卒業を控えた今、放課後に残るなんてことは殆どないに等しい。
不二は笑顔から一転、目を開け涼やかなブラウンの瞳を私に向けると、口角だけを鏡合わせのように上げた。それがあまりにも綺麗で、世界がぐるりと回ってもおかしくないと思った。天地がひっくり返っても振り落とされない、現実なのに夢のような空間に感じられた。
不二は私を壁に追い詰めると、その綺麗な口からようやく音を発した。
「残念。行かせてあげられないや」
くす、なんて笑った音がしても、瞳の奥は一ミリたりとも笑っていなかった。不二を知らない人が見れば笑っている、優しい表情だと言うかもしれないけれど、私にはそうは見えない。恋人だからこそ分かる表情だった。
「ねえ、」
トン、と顔の横に不二の腕が伸びる。逃げ場はとうに失っている。
「ボクのこと、ただの優しい男だと思ってた?」
耳元で囁かれ、大きく喉を動かした。私は顔に出さないようにクラスメイトの男子へ届かない謝罪をした。