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「何やってんねん」
「痛ーッ!」
言葉ほどではない痛みがお尻に伝わる。痛みと言っても殆どない、軽く固いもの。とある箱を持ってお尻を押さえ、後ろを振り向けばクラスメイトの財前が立っていた。寒いのだろう、ジャージのチャックを一番上まで上げ、顎を隠しては左手に持つラケットをくるくると回す。すると、気怠そうにこちらを見ては、溜息を吐かれた。
「何やってんねんって聞いとんねん、答えろや」
ムカッと怒りが湧いたのも束の間、確かに、と納得してしまった。ここの場所、私が今いる場所は四天宝寺テニス部の敷地内。普段関係のない生徒は入らないからこそ、無関係な人間がいれば目立つ。だが、それを棚に上げ、私は開き直った。
「聞き方言うもんあるやろ! ラケットでお尻叩く奴がどこにおんねん!」
湯気が立ちそうなほど地団駄を踏み、怒りを表しても財前は対照的に涼やかに澄ましている。悪気がないのが余計腹立つ。
「ここ」
「うざ、うるさ、黙って」
「……」
「ほんまに黙る!?」
声を荒らげると更に冷ややかな目を注がれる。ぐぬぬ、と悔しくなってしまった。
「んで、ほんまに何しに来てん」
財前は話を本題に戻した。
「え?」
「え、ちゃうねん。コート周りウロウロされたら気色悪いねん」
ごもっとも。私は手にしていた箱に力を込めた。
「ちょっと用事が……」
財前からの目線に耐えられなくなり、目を彷徨わせる。視界には内向きになったローファーと、外向きに堂々と立つテニスシューズ。対照的な足元に、私はますます口を噤んでしまった。すると、財前は何かを察したのか、ラケットを肩に乗せた。
「ああ。呼べっちゅーこと?」
財前の目は私の手元に。手にしている箱は丁寧にラッピングしている。そう、今日はバレンタインだった。私は特別に想っている相手に渡そうとわざわざテニス部にまでやってきたのだ。
財前はそれを察してか、コートに目をやると、遊びに来た先輩達に視線がいっていた。それを嫌でも認知してしまえば噴火するかのように体の奥から熱がせり上がった。
「せんぱ……」
「待て!」
コートに向かって叫ぼうとした財前のジャージを引っ張り、慌てて止めた。あまりにも可愛げのない、乱暴な止め方である。でも、私にはそれしか方法がなかった。
「何やねん。人が呼んだろ思うてんのに」
財前は眉をひそめた。自分は良い事をしようとしたのに、と言いたげだ。だが、私は首を横に振った。違う。私は人気のあるテニス部の先輩でも、後輩でもなくて、私が用があるのは。
「私が用あんのは、自分にやねん」
「……は?」
ついに言った。とうとう言った。
私の心臓は爆発しそうなほどバクバクと鼓動を打っていた。そして震える手で財前の目の前に差し出した。
「これ、財前に」
特別にしたラッピング。どの友達とも違う唯一のラッピング。持ってくる時も崩れないように丁寧に、お淑やかに、歩いてきたのは今朝の記憶。
私は財前が何か言ってくれるのを待った。
「……ほんまに言うてんの?」
「おん……。せやから先輩探しとったわけやなくて、財前のこと探しとった」
私は手にしていた箱を睨みつけた。突き返されたら視界がぼやけてしまいそうで怖かった。でも、財前の前でそんな姿は見せたくない。私は口を一文字に結んだ。
すると、ぽす、と頭に重みが乗った。それが財前の手であるということに数秒経ってから気づいた。
「はよ言えや」
するり。私の手からラッピングされた箱が奪い取られる。
受け取ってくれた?
私は現実かどうかが分からなくなって顔を上げた。
「あとから返せ言うなや」
ぷい、と顔を背けられ、表情が見えない。嫌がってないだろうか。大丈夫だろうか。ちゃんと受け取って貰えたと思っていいのだろうか。
ぐるぐると思考を巡らせていると、財前はラケットを持っていた手を上げた。
「ほな。さっさと帰った方がええで」
ひゅる、と風が吹く。乾燥した冷たい空気が現実だと知らせてくれる。
私は空になった手を揉み込むように握っては、自身の手に箱がないことを確認した。
「い、言われんでも帰るわ! ほなな!」
私は最後まで財前の顔を見ることなく、走って鞄を取りに教室へと戻った。カラカラになった喉が酸素を求める。私は下駄箱に到着すると膝に手を付き、肩で息をした。明日何か言われるだろうか。言われるとして、私はどんな態度で、どんな顔をして聞けばいいんだろう。
その一方で。
「……貰える思わへんやん」
と言って部室に戻って行く財前のことを私は知らない。
「痛ーッ!」
言葉ほどではない痛みがお尻に伝わる。痛みと言っても殆どない、軽く固いもの。とある箱を持ってお尻を押さえ、後ろを振り向けばクラスメイトの財前が立っていた。寒いのだろう、ジャージのチャックを一番上まで上げ、顎を隠しては左手に持つラケットをくるくると回す。すると、気怠そうにこちらを見ては、溜息を吐かれた。
「何やってんねんって聞いとんねん、答えろや」
ムカッと怒りが湧いたのも束の間、確かに、と納得してしまった。ここの場所、私が今いる場所は四天宝寺テニス部の敷地内。普段関係のない生徒は入らないからこそ、無関係な人間がいれば目立つ。だが、それを棚に上げ、私は開き直った。
「聞き方言うもんあるやろ! ラケットでお尻叩く奴がどこにおんねん!」
湯気が立ちそうなほど地団駄を踏み、怒りを表しても財前は対照的に涼やかに澄ましている。悪気がないのが余計腹立つ。
「ここ」
「うざ、うるさ、黙って」
「……」
「ほんまに黙る!?」
声を荒らげると更に冷ややかな目を注がれる。ぐぬぬ、と悔しくなってしまった。
「んで、ほんまに何しに来てん」
財前は話を本題に戻した。
「え?」
「え、ちゃうねん。コート周りウロウロされたら気色悪いねん」
ごもっとも。私は手にしていた箱に力を込めた。
「ちょっと用事が……」
財前からの目線に耐えられなくなり、目を彷徨わせる。視界には内向きになったローファーと、外向きに堂々と立つテニスシューズ。対照的な足元に、私はますます口を噤んでしまった。すると、財前は何かを察したのか、ラケットを肩に乗せた。
「ああ。呼べっちゅーこと?」
財前の目は私の手元に。手にしている箱は丁寧にラッピングしている。そう、今日はバレンタインだった。私は特別に想っている相手に渡そうとわざわざテニス部にまでやってきたのだ。
財前はそれを察してか、コートに目をやると、遊びに来た先輩達に視線がいっていた。それを嫌でも認知してしまえば噴火するかのように体の奥から熱がせり上がった。
「せんぱ……」
「待て!」
コートに向かって叫ぼうとした財前のジャージを引っ張り、慌てて止めた。あまりにも可愛げのない、乱暴な止め方である。でも、私にはそれしか方法がなかった。
「何やねん。人が呼んだろ思うてんのに」
財前は眉をひそめた。自分は良い事をしようとしたのに、と言いたげだ。だが、私は首を横に振った。違う。私は人気のあるテニス部の先輩でも、後輩でもなくて、私が用があるのは。
「私が用あんのは、自分にやねん」
「……は?」
ついに言った。とうとう言った。
私の心臓は爆発しそうなほどバクバクと鼓動を打っていた。そして震える手で財前の目の前に差し出した。
「これ、財前に」
特別にしたラッピング。どの友達とも違う唯一のラッピング。持ってくる時も崩れないように丁寧に、お淑やかに、歩いてきたのは今朝の記憶。
私は財前が何か言ってくれるのを待った。
「……ほんまに言うてんの?」
「おん……。せやから先輩探しとったわけやなくて、財前のこと探しとった」
私は手にしていた箱を睨みつけた。突き返されたら視界がぼやけてしまいそうで怖かった。でも、財前の前でそんな姿は見せたくない。私は口を一文字に結んだ。
すると、ぽす、と頭に重みが乗った。それが財前の手であるということに数秒経ってから気づいた。
「はよ言えや」
するり。私の手からラッピングされた箱が奪い取られる。
受け取ってくれた?
私は現実かどうかが分からなくなって顔を上げた。
「あとから返せ言うなや」
ぷい、と顔を背けられ、表情が見えない。嫌がってないだろうか。大丈夫だろうか。ちゃんと受け取って貰えたと思っていいのだろうか。
ぐるぐると思考を巡らせていると、財前はラケットを持っていた手を上げた。
「ほな。さっさと帰った方がええで」
ひゅる、と風が吹く。乾燥した冷たい空気が現実だと知らせてくれる。
私は空になった手を揉み込むように握っては、自身の手に箱がないことを確認した。
「い、言われんでも帰るわ! ほなな!」
私は最後まで財前の顔を見ることなく、走って鞄を取りに教室へと戻った。カラカラになった喉が酸素を求める。私は下駄箱に到着すると膝に手を付き、肩で息をした。明日何か言われるだろうか。言われるとして、私はどんな態度で、どんな顔をして聞けばいいんだろう。
その一方で。
「……貰える思わへんやん」
と言って部室に戻って行く財前のことを私は知らない。