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五月の連休明け。休暇で鈍った、気怠い身体を起こし学校へと向かう。道中、同じように体を引き摺る生徒もいれば、連休中も部活で鍛えていたのかしゃっきりとした態度の生徒もいて様々。だが、名字は後者にはなれず、前者となってしまった。連休中、部活はあったものの、夜行性の彼女にとっては、毎朝が厳しい。瞬きが少しばかり長くなっても無事なのは、決まった道であるからだろうか。
今更な問題を抱えつつ、教室へと辿り着く。友達と挨拶を交わせば、ようやく少しだけ目が開く。席に着き、授業の用意を机の中に突っ込むと、チャイムが鳴ると同時に担任が入って来た。どうやらギリギリの到着だったらしい。
ホームルームでの担任の話を半分聞き流し、次のチャイムを待つ。一限目は何だったか、とぼんやり思う。そうだ、社会だ。政経だった。名字は退屈だと心の中で嘆いた。
チャイムがまた合図を告げ、先生が入れ替わる。授業が始まろうとも覚めそうにない目はいつまで微睡むつもりなのか。当てられないように、気づかれないように、教科書で顔の下半分を隠した。ふあ、と勝手に出てくる欠伸で顔を歪ませれば変顔の完成だ。寝てしまえば楽なのだろうけれど、ついていけなくなるのが嫌で意地でも起きている。だが、シャーペンで手を刺しても飛んでいくようなヤワな眠気ではない。
名字は、欠伸は起きようとしている証拠だと何処かで聞いたことのある知恵を脳内で反芻しながら明朝体を目で追った。何とか文字は書ける。ならまだマシな方だ。
あれやこれやと耐えているとチャイムが鳴り、先生が出ていった。周りもガヤガヤと自由に体を動かし始める。休み時間になれば冴える目はどうにかして欲しい。しかしどうにもならないのは今に始まったことではない。
次の授業は数学だったか、と教材の詰まった机の中から教科書とノートを取り出す。すると、後方から名字を呼ぶ声がする。
「名字!」
爽やかな、よく通る声だ。心地の良い声で名前を呼ばれた瞬間、回り込むように名字の斜め前に来ると、さらりと長い髪が揺れた。同性よりも長く綺麗に整えられたポニーテールは羨やむほどに美しい。シャンプーのCMにでも出演すればいいのに。そんな髪の持ち主、宍戸亮は名字の友人の一人であった。
「頼む! 勉強教えてくれ!」
両の手を合わせ、頭を下げる宍戸。名字はぴくりとも動かず、へらりと笑った。
「いいよ〜」
「そこを何とか……って良いのかよ」
まだ睡魔に襲われているからか、元からの気質か、名字は穏やかに答えた。宍戸は突っ込みつつも、名字だからと深く追求しなかった。
名字は宍戸を眺めながら机に肘をつき、腕を組めば、口角を上げた。
「職員室で部活禁止になるかもって話聞こえたからね」
「うっ……」
当たったのか、宍戸は気まずそうに顔を歪めた。名字はそんな宍戸を面白がって更に耳の痛い話を続けた。
「テニスに集中するのはいいけど、し過ぎも問題だね」
「うるせー……」
宍戸は口を横に広げ、今にも耳を塞ぎそうだ。
恐らく、というより絶対担任にも言われたことだろう。部活に、それも二百人を超えるテニス部に所属するレギュラーであるからこそ、テニスに時間を割きがちであるのは仕方のないことだとしても、学生の本分は勉学であるからこそ先生も口を酸っぱくするのだろう。
名字は組んでいた腕を解き、右の手のひらに顎を乗せては前のめりになった。
「え〜そんな態度なら教えるのやめようかな」
目を細めて揶揄っているのを全面に出した。宍戸はしまった、と言わんばかりに眉間に皺を寄せると、はあ、と溜息を吐いた。
「嘘だって、悪かった」
「うん。それで? 数学とかでしょ?」
満足した名字は話を先に進めた。すると、宍戸はバツが悪そうに耳の後ろを掻いた。
「それが全部でよ」
名字の目が完全に覚めた。中間考査は目前だ。それなのに全部とは。
名字は宍戸が社会が得意なことは知っていたが、それ以外のレベルは知らなかった。でもそれほどまでとは、と自分の発言があまりにも軽過ぎたと悔やんだ。
「……前言撤回しても?」
「話は最後まで聞けって!」
「はい」
逃げられると思ったのだろう、宍戸は話の舵を取った。名字は真面目に聞こうと本腰を入れ、手を膝の上に置いた。
「全部七十点以上取らねえと、部活禁止にするって言われてよ……」
「うん」
「まあ、何科目か教えて欲しい」
名字は黙った。中間考査は五科目。国数英理社。何科目かが不穏過ぎる、と名字の胸中は不安でいっぱいになった。
「何科目かっていくつ?」
重要なことを尋ねると、宍戸はあー、と考え込んだ。それと共に名字も考え込んだ。七十点以上となると、平均点は余裕で超えていかないといけない。教えるのにも力がいる。果たして自分で大丈夫か、と。
すると、宍戸はようやく口を開いた。
「数学と理科と英語……だな」
過半数。名字は口が開きそうになるのを堪え、手で口を押えた。
「ボリューム凄くない? 私そんな面倒見きれる自信ないけど?」
早口で捲し立てた。私は宍戸の家庭教師ではないと言う勢いだ。
確かに勿論そうなのだが、他に頼れる人はいないのか、と聞きたくなる。頼ってもらえるのは友人として喜べはするが、物には限度というものがあって、とこんこんと説き伏せたくなるのをぐっと堪えた。
「でもお前頭良いじゃねーか」
「自分で解くのと教えるのは別物だわ!」
「せめて数学だけでも助けてくれよ」
頼みに来た当初と同じように手を合わせる。名字ははあ、と溜息を吐いた。
「まあ数学と……英語はまあ何とかしよう」
「助かる!」
宣言したのはいいものの、自信がない。名字は思っていた事を口にした。
「というより、跡部くんとか忍足くんに頼めば良かったんじゃないの」
跡部は完璧人間であるし、忍足は天才と呼ばれる人材だ。名字は自分よりも二人の方が余程頼りになると思っていた。のだが。
「あいつらはな……」
宍戸が微妙な顔をした。あの二人には頼りたくないのだと名字は瞬時に判断して自分が引き受けると腹を括った。
「うーん、まあ、いいや。水曜オフだよね」
「おう。放課後いけるか?」
「うん、私も何も予定ないから大丈夫」
「おっし、じゃあ頼むぜ」
ニカ、と宍戸の眩しい笑顔が光る。全く調子が良い、と名字は一度肩を上下に動かした。
「あ、ねえ、宍戸」
「なんだ?」
「ちゃんと成績上がったらお礼頂戴よね」
正直に言うと、そんなものは要らなかった。それほどスパルタでいくという宣言にも近かった。悪戯が成功したかのように口元を歪ませると、宍戸はきょとんとした。口を窄め、目をぱちくりとさせている。
「それは当たり前だろ。お前の時間貰ってんだから」
今度は名字が口を小さくさせた。こつんと小石が頭に落ちてきたようで、名字は瞬きを繰り返した。そして言葉を咀嚼した後、くすりと笑った。
「……そうだね」
「じゃあ頼むぜ!」
「はいよ〜」
宍戸は約束を取り付けると自分の席へと戻って行った。
名字は宍戸が完全に席に戻ってから数学のノートをペラペラとノートを捲って数式を眺めた。練習問題は全て赤丸が付けられており、赤字で新たに数式が書かれているところはない。
「……専用のノートでも作ってやろうかな」
名字は独りでに呟いた。その言葉は誰に聞かれるでもなく、教室の喧騒に消えた。
今更な問題を抱えつつ、教室へと辿り着く。友達と挨拶を交わせば、ようやく少しだけ目が開く。席に着き、授業の用意を机の中に突っ込むと、チャイムが鳴ると同時に担任が入って来た。どうやらギリギリの到着だったらしい。
ホームルームでの担任の話を半分聞き流し、次のチャイムを待つ。一限目は何だったか、とぼんやり思う。そうだ、社会だ。政経だった。名字は退屈だと心の中で嘆いた。
チャイムがまた合図を告げ、先生が入れ替わる。授業が始まろうとも覚めそうにない目はいつまで微睡むつもりなのか。当てられないように、気づかれないように、教科書で顔の下半分を隠した。ふあ、と勝手に出てくる欠伸で顔を歪ませれば変顔の完成だ。寝てしまえば楽なのだろうけれど、ついていけなくなるのが嫌で意地でも起きている。だが、シャーペンで手を刺しても飛んでいくようなヤワな眠気ではない。
名字は、欠伸は起きようとしている証拠だと何処かで聞いたことのある知恵を脳内で反芻しながら明朝体を目で追った。何とか文字は書ける。ならまだマシな方だ。
あれやこれやと耐えているとチャイムが鳴り、先生が出ていった。周りもガヤガヤと自由に体を動かし始める。休み時間になれば冴える目はどうにかして欲しい。しかしどうにもならないのは今に始まったことではない。
次の授業は数学だったか、と教材の詰まった机の中から教科書とノートを取り出す。すると、後方から名字を呼ぶ声がする。
「名字!」
爽やかな、よく通る声だ。心地の良い声で名前を呼ばれた瞬間、回り込むように名字の斜め前に来ると、さらりと長い髪が揺れた。同性よりも長く綺麗に整えられたポニーテールは羨やむほどに美しい。シャンプーのCMにでも出演すればいいのに。そんな髪の持ち主、宍戸亮は名字の友人の一人であった。
「頼む! 勉強教えてくれ!」
両の手を合わせ、頭を下げる宍戸。名字はぴくりとも動かず、へらりと笑った。
「いいよ〜」
「そこを何とか……って良いのかよ」
まだ睡魔に襲われているからか、元からの気質か、名字は穏やかに答えた。宍戸は突っ込みつつも、名字だからと深く追求しなかった。
名字は宍戸を眺めながら机に肘をつき、腕を組めば、口角を上げた。
「職員室で部活禁止になるかもって話聞こえたからね」
「うっ……」
当たったのか、宍戸は気まずそうに顔を歪めた。名字はそんな宍戸を面白がって更に耳の痛い話を続けた。
「テニスに集中するのはいいけど、し過ぎも問題だね」
「うるせー……」
宍戸は口を横に広げ、今にも耳を塞ぎそうだ。
恐らく、というより絶対担任にも言われたことだろう。部活に、それも二百人を超えるテニス部に所属するレギュラーであるからこそ、テニスに時間を割きがちであるのは仕方のないことだとしても、学生の本分は勉学であるからこそ先生も口を酸っぱくするのだろう。
名字は組んでいた腕を解き、右の手のひらに顎を乗せては前のめりになった。
「え〜そんな態度なら教えるのやめようかな」
目を細めて揶揄っているのを全面に出した。宍戸はしまった、と言わんばかりに眉間に皺を寄せると、はあ、と溜息を吐いた。
「嘘だって、悪かった」
「うん。それで? 数学とかでしょ?」
満足した名字は話を先に進めた。すると、宍戸はバツが悪そうに耳の後ろを掻いた。
「それが全部でよ」
名字の目が完全に覚めた。中間考査は目前だ。それなのに全部とは。
名字は宍戸が社会が得意なことは知っていたが、それ以外のレベルは知らなかった。でもそれほどまでとは、と自分の発言があまりにも軽過ぎたと悔やんだ。
「……前言撤回しても?」
「話は最後まで聞けって!」
「はい」
逃げられると思ったのだろう、宍戸は話の舵を取った。名字は真面目に聞こうと本腰を入れ、手を膝の上に置いた。
「全部七十点以上取らねえと、部活禁止にするって言われてよ……」
「うん」
「まあ、何科目か教えて欲しい」
名字は黙った。中間考査は五科目。国数英理社。何科目かが不穏過ぎる、と名字の胸中は不安でいっぱいになった。
「何科目かっていくつ?」
重要なことを尋ねると、宍戸はあー、と考え込んだ。それと共に名字も考え込んだ。七十点以上となると、平均点は余裕で超えていかないといけない。教えるのにも力がいる。果たして自分で大丈夫か、と。
すると、宍戸はようやく口を開いた。
「数学と理科と英語……だな」
過半数。名字は口が開きそうになるのを堪え、手で口を押えた。
「ボリューム凄くない? 私そんな面倒見きれる自信ないけど?」
早口で捲し立てた。私は宍戸の家庭教師ではないと言う勢いだ。
確かに勿論そうなのだが、他に頼れる人はいないのか、と聞きたくなる。頼ってもらえるのは友人として喜べはするが、物には限度というものがあって、とこんこんと説き伏せたくなるのをぐっと堪えた。
「でもお前頭良いじゃねーか」
「自分で解くのと教えるのは別物だわ!」
「せめて数学だけでも助けてくれよ」
頼みに来た当初と同じように手を合わせる。名字ははあ、と溜息を吐いた。
「まあ数学と……英語はまあ何とかしよう」
「助かる!」
宣言したのはいいものの、自信がない。名字は思っていた事を口にした。
「というより、跡部くんとか忍足くんに頼めば良かったんじゃないの」
跡部は完璧人間であるし、忍足は天才と呼ばれる人材だ。名字は自分よりも二人の方が余程頼りになると思っていた。のだが。
「あいつらはな……」
宍戸が微妙な顔をした。あの二人には頼りたくないのだと名字は瞬時に判断して自分が引き受けると腹を括った。
「うーん、まあ、いいや。水曜オフだよね」
「おう。放課後いけるか?」
「うん、私も何も予定ないから大丈夫」
「おっし、じゃあ頼むぜ」
ニカ、と宍戸の眩しい笑顔が光る。全く調子が良い、と名字は一度肩を上下に動かした。
「あ、ねえ、宍戸」
「なんだ?」
「ちゃんと成績上がったらお礼頂戴よね」
正直に言うと、そんなものは要らなかった。それほどスパルタでいくという宣言にも近かった。悪戯が成功したかのように口元を歪ませると、宍戸はきょとんとした。口を窄め、目をぱちくりとさせている。
「それは当たり前だろ。お前の時間貰ってんだから」
今度は名字が口を小さくさせた。こつんと小石が頭に落ちてきたようで、名字は瞬きを繰り返した。そして言葉を咀嚼した後、くすりと笑った。
「……そうだね」
「じゃあ頼むぜ!」
「はいよ〜」
宍戸は約束を取り付けると自分の席へと戻って行った。
名字は宍戸が完全に席に戻ってから数学のノートをペラペラとノートを捲って数式を眺めた。練習問題は全て赤丸が付けられており、赤字で新たに数式が書かれているところはない。
「……専用のノートでも作ってやろうかな」
名字は独りでに呟いた。その言葉は誰に聞かれるでもなく、教室の喧騒に消えた。