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はあ、と一息空に向かって吐き出せば、白が上へ上へと消えていく。
先程から人気のないピロティーで一人暇を持て余しながら何度も何度も時計と睨めっこをし続けていた。友達にすぐ済むから待っててと言われたものの、十五分ほど待ちぼうけを食らっている。内容が内容だし仕方ないと諦めて何度目かわからない溜息を吐くと、見知った顔が三年二組の靴箱から姿を現した。
「あれ、どないしたん?」
目を丸くさせて尋ねてきたのは同じクラスの白石君。大抵忍足君や他のテニス部のメンバーと一緒にいることが多いけれど今は珍しく一人のようだ。
「友達待っとって、」
冷えた頬を使って慎重に、そろりと笑うと、白石君はマフラーを自身に巻きながら私に近づいてくる。
「そうなん?教室で待っとったらええのに。寒いやろ」
彼の言うことは最もだ。でも三年二組で待つことは出来ない理由が私にはある。その理由をもしかしたら彼も知っているんじゃないだろうか。恐らく。
「う~ん。まあそうなんやけど……ちょっと、」
遠回しにそれが出来ないことを伝えると、彼も察したのか。ああ、と声を上げ、一人の名を口にした。
「待ってる友達って友さん?」
私が肯定すると、彼はうんうん、と一人で納得し始めた。おそらく点と線が繋がったのだろう。すると、彼は私の隣に立ち、頬を緩めた。
「俺も一緒に待っとってもええ?」
突然の交渉に、思わず目を見開いてしまった。私はそれを誤魔化すように両の手の指を絡ませては微妙な空気を弄ぶ。
「ええけど。白石くん、部活はええの?」
「今日休みやねん。それに、もう引退してしもた身やしなあ」
明日から冬休み。三年生は皆受験に一直線。白石君はテニスで推薦が決まっているようだ。これは風の噂、というより人から聞いたのだけれど。
「でもまだ顔出しとるからあんま引退した感じせえへんのやけどな」
はは、とどこか寂しそうに笑う白石君を横目に私は、そっか、とだけ呟いた。
元々よく話す関係ではない私達には、すぐに無言が付き纏う。無言が耐えられない訳では無いけれど、白石君はこの空気をどう思っているのだろう。白石君に想いを寄せている子達に見られたら夜道を帰るのが怖いな。
内心怯えていると、白石君はポケットからカイロを取り出しては、二、三度振り始めた。
「名字さん、カイロいる?」
ずっと指先で遊んでいたのが彼には気になったのだろう。よく気がつく素敵な人だ。だから余計にモテるんだろうなあ。
「いや、大丈夫やよ」
遠慮するように手をひらひらと左右に振るけれと、彼はぐいぐいとこちらにカイロをよこしてくる。
「使い、これ」
「大丈夫やって。白石くん寒いやろ」
「寒い日でも走り回っとったから大丈夫やで。健康にも気遣うとるし」
カイロのゴリ押しに受け入れた方がいいのかなと迷い始めると、寒さでより白くなった手が暖かいもので包まれる。
「ほら。手、めっちゃ冷たいやん」
その暖かいものというのは彼の手。細長く、綺麗ではあるけれども、節々の骨や大きさに男だということを嫌という程認識させられる。
「へ……あ、しらいし、くん、」
完全に意識を奪われた私はいつの間にか手にカイロを握らされており、その温度がいつもより暖かい気がして仕方がない。
彼は私がカイロをきちんと握ったことを確認すると、優しく微笑む。
「持っとき」
「あ、ありがとう……」
お礼を言ったけれど、私には疑問が残る。彼はどうしてこんなにも優しいのか。
とりあえず今の状況的を整理したい。人を待っている私と、恐らく忍足君を待っている白石君。そして今、人と忍足君は一緒にいる。理由は簡単。人が忍足君に告白するから。
しかし私達は友達の友達の友達というような遠い関係。クラスメートであれど、私達を繋ぐのは忍足君と人の関係だけ。この二人がくっつくまでの繋ぎでしかない。
これまでに人に頼まれて忍足君と白石君と四人で遊びに出掛けたことが何度かあった。私と白石君は圧倒的に「付き合わされた」人間。その数度で距離が縮まったのは確かだけれど、距離の近さでいえば、積極的なクラスの中心にいる女子生徒の方が近いように思う。休み時間になると、頬を染めた女子が話しかけるところを嫌なほど見た。呆れるほど見た。
しかし打って変わって私と白石君といえば、わざわざ学校で話したことも数える程しかなくて、今の状況がむしろ異例と言える。
だからこそ、白石君が私に優しくする理由はないし、一緒に待つ理由にもならない。もしかすると、この優しさがデフォルトなのか。そうであるなら、あまりにもタチが悪い。だって、私の想いを加速させてしまうから。
一人でぐるぐると考え事をしていると、白石君は変わらない優しさを含んだ声で私を呼ぶ。
「名字さん」
ん?と顔を彼の方に向けると、そこには見たことのない、何やらキレの悪い白石君がそこにはいた。どしたん?と尋ねると、彼は、あ〜、と言いながら頬を掻く。
「年末……予定、入っとる……やんな?」
彼の質問が一度で飲み込めず、瞬きを数度するだけの私は固まってしまった。その様子に戸惑ったのか、白石君は頬を少し赤らめながら、何か悩んでいるようだ。
「その~、あ~……あかん、カッコ悪い」
「え、ちょっと、何、どういうこと」
私も白石君も落ち着きたいはず。とりあえず私が落ち着け。
落ち着こうにも落ち着けない私に反して、白石君はふう、と大きく深呼吸をすると、改めて私の方に瞳を向けた。
「クリスマスの予定、埋まっとる?」
どうしてそれを聞くのかと、もやもやしながらも脳内のスケジュール帳を捲った。
一応埋まっているには埋まっている。でもそれは今にも消えてなくなりそうな予定。
「まあ、そやね……」
ないわけではないため、肯定すると彼は私との距離を一歩詰める。
「その予定、友さんと?」
真剣な、凛々しい表情。そんな彼の迫力に、一度頷いた。
「……でも、なくなる、はず」
今教室には人と忍足君がいる。あの二人は笑顔でピロティーに向かってくるはずだ。
元はと言えば人が「フラれた時のために名前の予定をもらいます」と言ったことが発端だった。ということは、私のクリスマスは必然的に一人になる。大きな友人を失い、クリスマスが一人なのだと再認識すると、私の肩は自然と下がった。
それを見てか、白石君は、なあ、と声を上げる。
「俺と過ごさへん?クリスマス」
私がえっと、と言い淀んだことが堪えたのか、私の不安を拭うように彼は言葉を続ける。
「二人で、どやろ」
口から溢れ出た言葉に目の奥が痛む。期待してまうよ。それともそう取ってええんかな。
「……他の子やなくてええん?」
「名字さんがええねん」
小さくなった声でも彼はちゃんと拾い上げて、その答えを差し出してくれる。その言葉は手に握らされたカイロよりも熱く、私を包み込む。
「クリスマスは好きな子と過ごしたいやん」
彼の顔が綻ぶと共に、私の心も紐解かれたような、そんな気がしてたまらなかった。
ああ、やっぱり私は、白石君のことが。あなたのことが、好きなんや。
「……私でよかったら、その、一緒にお願いします」
震える声で了解の返事をすると、彼は盛大なガッツポーズをしながら、よっしゃあ!と叫んだ。突然の大声に驚いてしまった私は目をぱちくりとさせていると、白石君は恥ずかしそうに、謝罪を口にした。
「すまんすまん……断られたらどないしよ思てたから」
白石君でもそんなこと思うんや。私はこれが現実なのか信じられず、夢見心地のまま。
ぼうっとしてしまっていたのか、白石君に不思議そうに顔を覗かれてしまった。
「ごめん……なんか夢みたいやなって……」
そう言うと、彼は可愛らしく首を傾げる。
「もっと、その、なんて言うんやろ……白石君ってクラスの中心的な子が好きやと思ってて、私なんか相手にされへんやろなって感じやったから……」
今が現実なんかわからへん。そう言うと、彼はけらけらと肩を揺らして笑い始めた。
「なんや、それ。俺ってどんなイメージやねん」
そんな彼に、私もつられて笑っていた。
二人でひとしきり笑い終えた後、彼は落ち着きを取り戻してから、こう尋ねてきた。
「少しずつアピールしてたと思うねんけど、気づかへんかった?」
「嘘やわ。そんなん信じひんよ」
微塵も感じたことのない行為に思わず否定してしまう。
「謙也と友さんが遊びに行くとき、俺らも連れてかれたやんか。無理やりやけど」
人が二人っきりは無理だからと休みの日に頭を下げてきたのはいい思い出だ。来るのが白石君だとは夢にも思わなかったけれど。
「あれなあ、謙也に頼んで俺以外誘うな言うててん。友さん、絶対自分のこと連れてくるやろなって思てたから」
正解やろ?と言ってのける彼。
「……ずる。わかれへんわ、そんなん」
それでも知らないところでそう言ってくれるのが嬉しくて、思わず涙ぐんでしまう。ぐす、と鼻をすすると、彼は満足そうに口元に弧を描いた。
「泣くほど嬉しい?」
彼の言葉にこくりと頷いては、頬をなぞる水滴を拭う。
「ほんまに諦めてたから……無理やって……」
私なんかが相手にされるわけがない。いいとこ友人止まり。そう思って積み重ねられてきた想いに蓋をしてきていた。自分に嘘を吐いて、人にも相談一つしなかった。言えば、もっと好きになってしまいそうだったから。
「俺も嬉しすぎて泣きそうやわ」
そう告げる彼の瞳も潤んでいるようだった。
すると、彼は私の前に人差し指を立て、「いっこ、確認してもええ?」と聞いてきた。内容を聞き返すと、彼は子供らしく、こう尋ねてきた。
「俺の事、好き?」
首を縦に振っては、しゃくりあげが落ち着くのを待ってから想いをちゃんと口にする。
「うん……好き、やよ」
きちんと口にするのは、かなり恥ずかしいもので、赤くなる顔は寒さのせいではない。
「ん、ありがとうな」
彼は礼を口にすると、ぽんぽん、と優しく私の頭を撫でた。それが心地よくて、私はゆっくりと目を閉じていた。
その瞬間、二人分の声が突然飛んでくる。もちろん声の主は、人と忍足君のもの。すると、白石君は残念そうに「ああ、」と声を漏らした。
「あいつら来てしもたわ」
私は慌てて赤く潤んだ目を擦る。人に心配されてしまう、と。しかし、白石君はそれを良しとはせず、私の手を掴んだ。
「擦らんと、これ使うて」
まだ使われていないタオルを渡され、濡れた目を覆った。洗剤の良い香りが鼻を掠める。
「名前~待たせてごめんな~!」
「ううん、大丈夫やよ」
人は靴を履きながら、こちらに駆け寄ってくる。その表情は赤く染まり、どことなく緩んでいた。
「上手くいったんやろ?」
そう確認すると、人はえへへ、と照れ笑い。しかし、彼女の表情は私の顔を見るなり、色を変えた。
「名前……その目、」
恐らくまだ赤く染まっていた目のせいだろう。彼女が私の頬に触れようと手を伸ばす。
私が何から説明したらいいのか迷っていると、私たちの間に白石君が割って入ってきた。
「白石くん?」
何も知らない人はきょとんとした顔で彼と私を交互に見つめた。そんな彼女の姿を面白そうに見つめる白石君は私の肩を勢いよく抱く。
「すまんけど、名前ちゃんもろてくで」
「はあ!?」
顎が外れてしまいそうなほど大きく開いた口。そんなこともお構いなしに白石君は言葉を続ける。
「自分らは自分らで予定あるやろ?俺らにも俺らの予定あんねん」
「白石!お前、いつの間に……!」
にこやかに話し続ける彼に対して忍足君さえも驚いているようだ。忍足君はてっきり気づいてたのかと思ってたけれど、そうではないみたい。
驚いたままの二人を置いて、白石君は私ごと体を反転させる。
「ほな、良いお年を~」
手をひらひらとさせて、正門へと向かい始めた私達。想像していなかった展開に、慌てて人に別れの言葉を叫んだ。
「人、ごめん!ほなね!」
背後から叫び声が聞こえたけれど、隣にいる彼は聞こえないフリをしたまま鼻歌を歌っている。このあと人から連絡がきては、根掘り葉掘り聞かれるんだろうなあと未来を予知したけれど、それでも白石君と手を繋いで帰る今が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
「にやにやして、どないしたん」
「白石くんのこと、好きでよかったって思っとるだけやよ」
そう言うと、彼は真っ赤になった顔を空いた手で覆った。
↓おまけ
一方、取り残された二人と言うと。
「自分とこの部長どないなってんの!?いつの間に名前狙ってたん!?」
「俺に言うても知らんがな!」
「名前も私に相談全然なかったし!問い詰めなあかんやん!」
「俺にキレんなや!」
「あんたも一緒に聞くんやで!ええな!」
「わかっとるわ!俺ら使て上手いことやりおってあいつ」
想いが通じ合ったにも関わらず、言い争いの絶えない二人。
しかし、謙也は顔を赤くさせたまま、少しだけ目を逸らし、こう告げた。
「でも、それ……また今度でええか?」
人は、ぱちぱちと瞬きをしてから、ゆっくりと頷く。
「俺らは俺らで楽しもうや」
「……まあ、せやね」
先程から人気のないピロティーで一人暇を持て余しながら何度も何度も時計と睨めっこをし続けていた。友達にすぐ済むから待っててと言われたものの、十五分ほど待ちぼうけを食らっている。内容が内容だし仕方ないと諦めて何度目かわからない溜息を吐くと、見知った顔が三年二組の靴箱から姿を現した。
「あれ、どないしたん?」
目を丸くさせて尋ねてきたのは同じクラスの白石君。大抵忍足君や他のテニス部のメンバーと一緒にいることが多いけれど今は珍しく一人のようだ。
「友達待っとって、」
冷えた頬を使って慎重に、そろりと笑うと、白石君はマフラーを自身に巻きながら私に近づいてくる。
「そうなん?教室で待っとったらええのに。寒いやろ」
彼の言うことは最もだ。でも三年二組で待つことは出来ない理由が私にはある。その理由をもしかしたら彼も知っているんじゃないだろうか。恐らく。
「う~ん。まあそうなんやけど……ちょっと、」
遠回しにそれが出来ないことを伝えると、彼も察したのか。ああ、と声を上げ、一人の名を口にした。
「待ってる友達って友さん?」
私が肯定すると、彼はうんうん、と一人で納得し始めた。おそらく点と線が繋がったのだろう。すると、彼は私の隣に立ち、頬を緩めた。
「俺も一緒に待っとってもええ?」
突然の交渉に、思わず目を見開いてしまった。私はそれを誤魔化すように両の手の指を絡ませては微妙な空気を弄ぶ。
「ええけど。白石くん、部活はええの?」
「今日休みやねん。それに、もう引退してしもた身やしなあ」
明日から冬休み。三年生は皆受験に一直線。白石君はテニスで推薦が決まっているようだ。これは風の噂、というより人から聞いたのだけれど。
「でもまだ顔出しとるからあんま引退した感じせえへんのやけどな」
はは、とどこか寂しそうに笑う白石君を横目に私は、そっか、とだけ呟いた。
元々よく話す関係ではない私達には、すぐに無言が付き纏う。無言が耐えられない訳では無いけれど、白石君はこの空気をどう思っているのだろう。白石君に想いを寄せている子達に見られたら夜道を帰るのが怖いな。
内心怯えていると、白石君はポケットからカイロを取り出しては、二、三度振り始めた。
「名字さん、カイロいる?」
ずっと指先で遊んでいたのが彼には気になったのだろう。よく気がつく素敵な人だ。だから余計にモテるんだろうなあ。
「いや、大丈夫やよ」
遠慮するように手をひらひらと左右に振るけれと、彼はぐいぐいとこちらにカイロをよこしてくる。
「使い、これ」
「大丈夫やって。白石くん寒いやろ」
「寒い日でも走り回っとったから大丈夫やで。健康にも気遣うとるし」
カイロのゴリ押しに受け入れた方がいいのかなと迷い始めると、寒さでより白くなった手が暖かいもので包まれる。
「ほら。手、めっちゃ冷たいやん」
その暖かいものというのは彼の手。細長く、綺麗ではあるけれども、節々の骨や大きさに男だということを嫌という程認識させられる。
「へ……あ、しらいし、くん、」
完全に意識を奪われた私はいつの間にか手にカイロを握らされており、その温度がいつもより暖かい気がして仕方がない。
彼は私がカイロをきちんと握ったことを確認すると、優しく微笑む。
「持っとき」
「あ、ありがとう……」
お礼を言ったけれど、私には疑問が残る。彼はどうしてこんなにも優しいのか。
とりあえず今の状況的を整理したい。人を待っている私と、恐らく忍足君を待っている白石君。そして今、人と忍足君は一緒にいる。理由は簡単。人が忍足君に告白するから。
しかし私達は友達の友達の友達というような遠い関係。クラスメートであれど、私達を繋ぐのは忍足君と人の関係だけ。この二人がくっつくまでの繋ぎでしかない。
これまでに人に頼まれて忍足君と白石君と四人で遊びに出掛けたことが何度かあった。私と白石君は圧倒的に「付き合わされた」人間。その数度で距離が縮まったのは確かだけれど、距離の近さでいえば、積極的なクラスの中心にいる女子生徒の方が近いように思う。休み時間になると、頬を染めた女子が話しかけるところを嫌なほど見た。呆れるほど見た。
しかし打って変わって私と白石君といえば、わざわざ学校で話したことも数える程しかなくて、今の状況がむしろ異例と言える。
だからこそ、白石君が私に優しくする理由はないし、一緒に待つ理由にもならない。もしかすると、この優しさがデフォルトなのか。そうであるなら、あまりにもタチが悪い。だって、私の想いを加速させてしまうから。
一人でぐるぐると考え事をしていると、白石君は変わらない優しさを含んだ声で私を呼ぶ。
「名字さん」
ん?と顔を彼の方に向けると、そこには見たことのない、何やらキレの悪い白石君がそこにはいた。どしたん?と尋ねると、彼は、あ〜、と言いながら頬を掻く。
「年末……予定、入っとる……やんな?」
彼の質問が一度で飲み込めず、瞬きを数度するだけの私は固まってしまった。その様子に戸惑ったのか、白石君は頬を少し赤らめながら、何か悩んでいるようだ。
「その~、あ~……あかん、カッコ悪い」
「え、ちょっと、何、どういうこと」
私も白石君も落ち着きたいはず。とりあえず私が落ち着け。
落ち着こうにも落ち着けない私に反して、白石君はふう、と大きく深呼吸をすると、改めて私の方に瞳を向けた。
「クリスマスの予定、埋まっとる?」
どうしてそれを聞くのかと、もやもやしながらも脳内のスケジュール帳を捲った。
一応埋まっているには埋まっている。でもそれは今にも消えてなくなりそうな予定。
「まあ、そやね……」
ないわけではないため、肯定すると彼は私との距離を一歩詰める。
「その予定、友さんと?」
真剣な、凛々しい表情。そんな彼の迫力に、一度頷いた。
「……でも、なくなる、はず」
今教室には人と忍足君がいる。あの二人は笑顔でピロティーに向かってくるはずだ。
元はと言えば人が「フラれた時のために名前の予定をもらいます」と言ったことが発端だった。ということは、私のクリスマスは必然的に一人になる。大きな友人を失い、クリスマスが一人なのだと再認識すると、私の肩は自然と下がった。
それを見てか、白石君は、なあ、と声を上げる。
「俺と過ごさへん?クリスマス」
私がえっと、と言い淀んだことが堪えたのか、私の不安を拭うように彼は言葉を続ける。
「二人で、どやろ」
口から溢れ出た言葉に目の奥が痛む。期待してまうよ。それともそう取ってええんかな。
「……他の子やなくてええん?」
「名字さんがええねん」
小さくなった声でも彼はちゃんと拾い上げて、その答えを差し出してくれる。その言葉は手に握らされたカイロよりも熱く、私を包み込む。
「クリスマスは好きな子と過ごしたいやん」
彼の顔が綻ぶと共に、私の心も紐解かれたような、そんな気がしてたまらなかった。
ああ、やっぱり私は、白石君のことが。あなたのことが、好きなんや。
「……私でよかったら、その、一緒にお願いします」
震える声で了解の返事をすると、彼は盛大なガッツポーズをしながら、よっしゃあ!と叫んだ。突然の大声に驚いてしまった私は目をぱちくりとさせていると、白石君は恥ずかしそうに、謝罪を口にした。
「すまんすまん……断られたらどないしよ思てたから」
白石君でもそんなこと思うんや。私はこれが現実なのか信じられず、夢見心地のまま。
ぼうっとしてしまっていたのか、白石君に不思議そうに顔を覗かれてしまった。
「ごめん……なんか夢みたいやなって……」
そう言うと、彼は可愛らしく首を傾げる。
「もっと、その、なんて言うんやろ……白石君ってクラスの中心的な子が好きやと思ってて、私なんか相手にされへんやろなって感じやったから……」
今が現実なんかわからへん。そう言うと、彼はけらけらと肩を揺らして笑い始めた。
「なんや、それ。俺ってどんなイメージやねん」
そんな彼に、私もつられて笑っていた。
二人でひとしきり笑い終えた後、彼は落ち着きを取り戻してから、こう尋ねてきた。
「少しずつアピールしてたと思うねんけど、気づかへんかった?」
「嘘やわ。そんなん信じひんよ」
微塵も感じたことのない行為に思わず否定してしまう。
「謙也と友さんが遊びに行くとき、俺らも連れてかれたやんか。無理やりやけど」
人が二人っきりは無理だからと休みの日に頭を下げてきたのはいい思い出だ。来るのが白石君だとは夢にも思わなかったけれど。
「あれなあ、謙也に頼んで俺以外誘うな言うててん。友さん、絶対自分のこと連れてくるやろなって思てたから」
正解やろ?と言ってのける彼。
「……ずる。わかれへんわ、そんなん」
それでも知らないところでそう言ってくれるのが嬉しくて、思わず涙ぐんでしまう。ぐす、と鼻をすすると、彼は満足そうに口元に弧を描いた。
「泣くほど嬉しい?」
彼の言葉にこくりと頷いては、頬をなぞる水滴を拭う。
「ほんまに諦めてたから……無理やって……」
私なんかが相手にされるわけがない。いいとこ友人止まり。そう思って積み重ねられてきた想いに蓋をしてきていた。自分に嘘を吐いて、人にも相談一つしなかった。言えば、もっと好きになってしまいそうだったから。
「俺も嬉しすぎて泣きそうやわ」
そう告げる彼の瞳も潤んでいるようだった。
すると、彼は私の前に人差し指を立て、「いっこ、確認してもええ?」と聞いてきた。内容を聞き返すと、彼は子供らしく、こう尋ねてきた。
「俺の事、好き?」
首を縦に振っては、しゃくりあげが落ち着くのを待ってから想いをちゃんと口にする。
「うん……好き、やよ」
きちんと口にするのは、かなり恥ずかしいもので、赤くなる顔は寒さのせいではない。
「ん、ありがとうな」
彼は礼を口にすると、ぽんぽん、と優しく私の頭を撫でた。それが心地よくて、私はゆっくりと目を閉じていた。
その瞬間、二人分の声が突然飛んでくる。もちろん声の主は、人と忍足君のもの。すると、白石君は残念そうに「ああ、」と声を漏らした。
「あいつら来てしもたわ」
私は慌てて赤く潤んだ目を擦る。人に心配されてしまう、と。しかし、白石君はそれを良しとはせず、私の手を掴んだ。
「擦らんと、これ使うて」
まだ使われていないタオルを渡され、濡れた目を覆った。洗剤の良い香りが鼻を掠める。
「名前~待たせてごめんな~!」
「ううん、大丈夫やよ」
人は靴を履きながら、こちらに駆け寄ってくる。その表情は赤く染まり、どことなく緩んでいた。
「上手くいったんやろ?」
そう確認すると、人はえへへ、と照れ笑い。しかし、彼女の表情は私の顔を見るなり、色を変えた。
「名前……その目、」
恐らくまだ赤く染まっていた目のせいだろう。彼女が私の頬に触れようと手を伸ばす。
私が何から説明したらいいのか迷っていると、私たちの間に白石君が割って入ってきた。
「白石くん?」
何も知らない人はきょとんとした顔で彼と私を交互に見つめた。そんな彼女の姿を面白そうに見つめる白石君は私の肩を勢いよく抱く。
「すまんけど、名前ちゃんもろてくで」
「はあ!?」
顎が外れてしまいそうなほど大きく開いた口。そんなこともお構いなしに白石君は言葉を続ける。
「自分らは自分らで予定あるやろ?俺らにも俺らの予定あんねん」
「白石!お前、いつの間に……!」
にこやかに話し続ける彼に対して忍足君さえも驚いているようだ。忍足君はてっきり気づいてたのかと思ってたけれど、そうではないみたい。
驚いたままの二人を置いて、白石君は私ごと体を反転させる。
「ほな、良いお年を~」
手をひらひらとさせて、正門へと向かい始めた私達。想像していなかった展開に、慌てて人に別れの言葉を叫んだ。
「人、ごめん!ほなね!」
背後から叫び声が聞こえたけれど、隣にいる彼は聞こえないフリをしたまま鼻歌を歌っている。このあと人から連絡がきては、根掘り葉掘り聞かれるんだろうなあと未来を予知したけれど、それでも白石君と手を繋いで帰る今が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
「にやにやして、どないしたん」
「白石くんのこと、好きでよかったって思っとるだけやよ」
そう言うと、彼は真っ赤になった顔を空いた手で覆った。
↓おまけ
一方、取り残された二人と言うと。
「自分とこの部長どないなってんの!?いつの間に名前狙ってたん!?」
「俺に言うても知らんがな!」
「名前も私に相談全然なかったし!問い詰めなあかんやん!」
「俺にキレんなや!」
「あんたも一緒に聞くんやで!ええな!」
「わかっとるわ!俺ら使て上手いことやりおってあいつ」
想いが通じ合ったにも関わらず、言い争いの絶えない二人。
しかし、謙也は顔を赤くさせたまま、少しだけ目を逸らし、こう告げた。
「でも、それ……また今度でええか?」
人は、ぱちぱちと瞬きをしてから、ゆっくりと頷く。
「俺らは俺らで楽しもうや」
「……まあ、せやね」