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「大石くん見に行くから着いてきて!」
朝、席に着いて早々、隣のクラスの友人に両の手の平を合わせてから頭を下げられる。パンッと綺麗に乾いた音が響いては、私の頬は引き攣り、ずるりと席から落ちそうになった。
「……なんで私なの」
「名前しか頼めないの!」
彼女が大石くんの事を気にしていることは以前から薄らと耳にしていた。同じ委員会に入ってからというもの、本人は好きだと一向に認めないけれど、言動からして好意を寄せているのは丸分かりだ。
しかし友人には悪いが、正直言えば行きたくない。
理由は簡単。ここでOKしてしまえば、なんやかんやと託けて伝書鳩扱いされそうで、すぐに首を縦に振りたくないからだ。彼女がそうだとは限らないが、今まで誰々に手紙を渡して欲しいだの、好きな人がいるか聞いて欲しいだの、面倒ごとに巻き込まれてきた経験がある。それを得てして、誰が好んで首を突っ込むか。溜息が出る。
「なんで。他にもいるでしょ」
早めに折れてほしい、と願いながら他の選択肢を尋ねる。でも、彼女の頭は上がらない。
「お願い!」
「はあ……」
困った。このままではずっと目の前で頭を下げられ続けることになる。変に意固地なところがあるから拗らせるのも面倒だ。
私は席に座り直した。
「……一緒に行ってもいいけど、仲を取り持つ為に何かしたりしないよ」
鞄から教材を取り出して机に入れる。
私も私で断ればいいのに、友達だからという理由だけで了承してしまう。
友人は私の返事を聞くと、ようやく顔を上げ、笑顔を見せた。
「分かってる!傍にいるだけでいいから!」
「はぁ……もう分かったよ」
「ありがとう!」
礼を言うと、彼女は教室を去っていった。恐らく放課後彼女の迎えが来るだろう。そう考えながら、机の中教材を入れ終えた。
気安く請け負ってしまったけれど、良かったんだろうか。でも、未来のことなんて分からなくて当たり前だから気にしても仕方ない。私は何が起こっても諦めることにした。
放課後、チャイムが鳴り、友人は速攻で私の元に来た。お目当ての大石くんのためならば、どんなことでも乗り越えてやるという気概だ。彼女は私の手を取ると、まるで自分がテニス部かと言うように走り出していた。そんな焦らなくとも大石くんは逃げたりしないだろうに。かといって、恋する乙女にそんな言葉が通用するわけもなく。私は黙って彼女についていった。
テニスコートに到着し、フェンス越しに練習を覗き見る。どうやら試合形式の練習らしく、大石くんもコートに入っている。私の隣には、大石くんしか眼中に入っていない友人。私はどこを見ればいいのか分からなくなる。
「わあ……かっこいい……」
一人を相手に他が見えなくなるほど夢中になれるのが少しだけ羨ましい。何かを一生懸命する姿は誰しもかっこいいと思う。けれど、私がこの子ほど心揺さぶられるような相手は生憎いないのだ。私は足元に転ぶ、小さな石ころを蹴飛ばした。
こんなのじゃあ、私がいてもいなくても変わらないじゃん。放って帰ってやろうかな。
つまらなくなってきた頃、私の日はとある一人を見つけた。
不二周助。同じクラスで、唯一話すテニス部の人。偶然席が隣になったことから少しずつ話すようになった。でもきっかけとなった話題はもう覚えてない。
不二の練習相手は河村くんらしい。河村くんと不二では体格差があるし、力負けしそう。なんて考えながら試合を見ているとどうやら違った。清々しい顔をして、小さなボールを追いかけては打ち返す。そして、決める。練習にしても鮮やかだった。
ふーん。不二ってあんな感じなんだ。
私の指先はいつの間にかフェンスにかかり、どうしてか不二を目で追っていた。
次の日。席に着くと、不二が私のところにまでわざわざやってきた。いつもの笑みを携えた男は腹の底が見えない。だが、昨日練習を見に行ったせいか、少しだけ体が強張った。
「ねえ、」
「なに?」
いつも通りの調子で答える。すると、不二はいきなり切り込んできた。
「昨日見に来てたでしょ」
「なんで知ってんの」
何を、どこに、なんて聞く前に、肯定してしまった。心臓がなんだかうるさい。
「練習中、僕が気づかないとでも思った?」
「思った」
だって、真面目に取り組んでたし。そう付け加えると、不二は苦虫を噛み潰したような微妙な顔をした。
「……そっか」
「なんでちょっと悲しそうなの」
「君には関係ないよ」
「話の流れ的に関係あるくない?」
突っ込むと不二は私の顔を見た。目は変わらず笑っているようだけれど、口が笑っていないから違うんだろう。私は首を傾げた。
「分かってるなら悲しそうにしてる理由に気づきなよ」
なんだ、こいつ。面倒臭い。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。
私は、つい、口から零れ落ちた。
「……不二って面倒臭いって言われない?」
「言われたことないな」
「あ、そう」
そう言うと、不二は席へと戻って行った。結局何だったのかは分からなかったけれど、不二が不服そうにした理由に気づくのはまだ当分先のことだ。
朝、席に着いて早々、隣のクラスの友人に両の手の平を合わせてから頭を下げられる。パンッと綺麗に乾いた音が響いては、私の頬は引き攣り、ずるりと席から落ちそうになった。
「……なんで私なの」
「名前しか頼めないの!」
彼女が大石くんの事を気にしていることは以前から薄らと耳にしていた。同じ委員会に入ってからというもの、本人は好きだと一向に認めないけれど、言動からして好意を寄せているのは丸分かりだ。
しかし友人には悪いが、正直言えば行きたくない。
理由は簡単。ここでOKしてしまえば、なんやかんやと託けて伝書鳩扱いされそうで、すぐに首を縦に振りたくないからだ。彼女がそうだとは限らないが、今まで誰々に手紙を渡して欲しいだの、好きな人がいるか聞いて欲しいだの、面倒ごとに巻き込まれてきた経験がある。それを得てして、誰が好んで首を突っ込むか。溜息が出る。
「なんで。他にもいるでしょ」
早めに折れてほしい、と願いながら他の選択肢を尋ねる。でも、彼女の頭は上がらない。
「お願い!」
「はあ……」
困った。このままではずっと目の前で頭を下げられ続けることになる。変に意固地なところがあるから拗らせるのも面倒だ。
私は席に座り直した。
「……一緒に行ってもいいけど、仲を取り持つ為に何かしたりしないよ」
鞄から教材を取り出して机に入れる。
私も私で断ればいいのに、友達だからという理由だけで了承してしまう。
友人は私の返事を聞くと、ようやく顔を上げ、笑顔を見せた。
「分かってる!傍にいるだけでいいから!」
「はぁ……もう分かったよ」
「ありがとう!」
礼を言うと、彼女は教室を去っていった。恐らく放課後彼女の迎えが来るだろう。そう考えながら、机の中教材を入れ終えた。
気安く請け負ってしまったけれど、良かったんだろうか。でも、未来のことなんて分からなくて当たり前だから気にしても仕方ない。私は何が起こっても諦めることにした。
放課後、チャイムが鳴り、友人は速攻で私の元に来た。お目当ての大石くんのためならば、どんなことでも乗り越えてやるという気概だ。彼女は私の手を取ると、まるで自分がテニス部かと言うように走り出していた。そんな焦らなくとも大石くんは逃げたりしないだろうに。かといって、恋する乙女にそんな言葉が通用するわけもなく。私は黙って彼女についていった。
テニスコートに到着し、フェンス越しに練習を覗き見る。どうやら試合形式の練習らしく、大石くんもコートに入っている。私の隣には、大石くんしか眼中に入っていない友人。私はどこを見ればいいのか分からなくなる。
「わあ……かっこいい……」
一人を相手に他が見えなくなるほど夢中になれるのが少しだけ羨ましい。何かを一生懸命する姿は誰しもかっこいいと思う。けれど、私がこの子ほど心揺さぶられるような相手は生憎いないのだ。私は足元に転ぶ、小さな石ころを蹴飛ばした。
こんなのじゃあ、私がいてもいなくても変わらないじゃん。放って帰ってやろうかな。
つまらなくなってきた頃、私の日はとある一人を見つけた。
不二周助。同じクラスで、唯一話すテニス部の人。偶然席が隣になったことから少しずつ話すようになった。でもきっかけとなった話題はもう覚えてない。
不二の練習相手は河村くんらしい。河村くんと不二では体格差があるし、力負けしそう。なんて考えながら試合を見ているとどうやら違った。清々しい顔をして、小さなボールを追いかけては打ち返す。そして、決める。練習にしても鮮やかだった。
ふーん。不二ってあんな感じなんだ。
私の指先はいつの間にかフェンスにかかり、どうしてか不二を目で追っていた。
次の日。席に着くと、不二が私のところにまでわざわざやってきた。いつもの笑みを携えた男は腹の底が見えない。だが、昨日練習を見に行ったせいか、少しだけ体が強張った。
「ねえ、」
「なに?」
いつも通りの調子で答える。すると、不二はいきなり切り込んできた。
「昨日見に来てたでしょ」
「なんで知ってんの」
何を、どこに、なんて聞く前に、肯定してしまった。心臓がなんだかうるさい。
「練習中、僕が気づかないとでも思った?」
「思った」
だって、真面目に取り組んでたし。そう付け加えると、不二は苦虫を噛み潰したような微妙な顔をした。
「……そっか」
「なんでちょっと悲しそうなの」
「君には関係ないよ」
「話の流れ的に関係あるくない?」
突っ込むと不二は私の顔を見た。目は変わらず笑っているようだけれど、口が笑っていないから違うんだろう。私は首を傾げた。
「分かってるなら悲しそうにしてる理由に気づきなよ」
なんだ、こいつ。面倒臭い。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。
私は、つい、口から零れ落ちた。
「……不二って面倒臭いって言われない?」
「言われたことないな」
「あ、そう」
そう言うと、不二は席へと戻って行った。結局何だったのかは分からなかったけれど、不二が不服そうにした理由に気づくのはまだ当分先のことだ。