短編集
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日は朝から災難続きだった。まず寝坊をして、息を切らしながら教室に滑り込んだせいで髪の毛はボサボサ。次に英語の授業で予習をきちんとしていったのに、進むペースが今日に限って早いうえに、ギリギリ予習していない箇所を当てられてしまった。そのときに予想以上に慌ててしまって先生に注意された。珍しいな。そんな言葉も付け加えられたせいでクラスメートに笑われた。やっと学校が終わったと思い、帰ろうとした瞬間に先生に雑用を頼まれた。日直に任せたらいいものを、無駄に先生内で評判が良いらしい私は断るに断れず、流されるがまま雑用を適当に済ませた。
日頃ちゃんとやっているはずなのに、どうして仇となって歯向かってくるのか。
外が暗がりを見せ始めた頃、私はようやく校門に向かっていた。パコン、パコン、とテニスボールが活動している音が耳に届き、一瞬だけ足を止めては、ふと一人の姿が脳裏に浮かんだ。
五輪ピアスの彼。一つ下の黒髪のあの子は同じクラスの忍足と白石を介して知り合った。それに加え、私が委員長を務める図書委員会の委員でもあったせいか、自然と距離は縮まった。忍足から聞くほど毒舌じゃないし、むしろ面白い子だなあと思う。口数は多くはないけれど、物知りで私の知らないことがあってもちゃんと教えてくれる。雑務の多さに困っているときも、自然と手伝ってくれる。
だからこそ、なのか、そんな彼に私はいつの間にか惹かれていた。
彼はあのテニス部に所属していることに加え、頭もよく見た目もいい。周りの女子が放っておくはずがない。彼女とかいるんだろうな。そういう類の話などしたことはないけれど、勝手に想像しては胸の奥が痛んだ。もっと私の知らない彼がいる。委員会で一緒なだけの、先輩後輩。私がテニス部のマネージャーだったらもっと違ったかな。
もう変えようのない状況に悲観しては、やりきれない気持ちを隠すために早足で家に向かおうとしたその瞬間、校舎の影に誰かがいるのが見えた。
興味本位でこっそり近づく。ゆっくり耳を澄ませると、今日一番の不幸が私に降りかかった。
「財前君のこと、好きやねん」
ふわふわと守ってあげたくなるような可愛らしい女生徒が、私が先程まで脳裏に浮かべていた彼と共にいる。これは世にいう告白。
一番聞きたくなかった。逃げ出してしまいたいのに、足は動かない。財前が何と答えるのか。それが気になって仕方がなかった。
もし受け入れてしまったらどうしよう。受け入れてしまったら、私は?次からどんな顔をして会えばいい?楽しそうな二人を見ていられるほど、私は強くない。
煩くなる心臓を抑えつけるように胸の辺りに皺を作っていると、財前が溜息を吐き、気怠そうに言葉を発した。
「めんどいねん。そういうの」
聞いた瞬間、全身の力が抜けてへたり込んでしまいそうになった。まるで私が本人に言われたかのように目の奥が痛んだ。
そして財前は矢継ぎ早に、こう続ける。
「彼女なんかいらへん。うっとうしい」
財前の言葉を受けた彼女は、顔を覆いながらその場を去っていった。その姿を見送ってから、私も彼に知られないように走りながら帰路についた。
うっとうしい。先程の彼のとどめの一言が胸に刺さる。
頭にこびりついて離れない。何度も何度も繰り返され続ける。
彼にとって彼女とは重荷なんだ。そうはっきり自分で言葉にしてしまうと、目から涙が零れ落ちた。
***
がやがやと騒がしい教室の中で私は一人、自分の席に座ったままぼうっと外を眺めていた。昨日のあの財前の言葉が頭から離れず、ろくに眠れていない。
最初から気持ちを告げる予定ではなかったけれど、間接的にフラれてしまった今、感傷に浸る以外できないでいる。
はあ、と何度目かわからない溜息を吐けば、隣から声がかかった。
「おはようさん」
眩しい笑顔を浮かべて隣の席に腰を下ろすのは、私の悩みの種の先輩。
「ああ、忍足か」
「ああってなんやねん。挨拶返さんかい!」
「……おはよう」
相変わらず元気だなあ、と今日ばかりは恨めしく思う。
さすがの忍足も私の異変に気付いたのか、首を傾げながらその理由を尋ねてきた。
「元気ないやん。俺でええなら聞くで」
言えと言いたげなどや顔に無性に腹が立ってしまい、思わず口をへの字に曲げる。
「ようないからええわ」
「人の好意を無碍にするっちゅうんか!」
俺でええならって言うたやん。そう言うと、あからさまにしょんぼりとしてしまうから、良心が痛んだ。
「……忍足ってさあ、」
「なんやなんや」
「彼女ほしいなって思う?」
私の質問に忍足は数秒フリーズしたのち、顔を勢いよく赤らめた。
「どっ、どないしたんや、急に」
わかりやすく慌てふためく忍足が面白い。けれど、今の私に笑う余裕など持ち合わせていない。
「一運動部員として教えてほしいねん」
テニス部に限定してしまうとさすがの忍足にでもバレてしまいそうで、運動部員としてと前置きした。そんな悩みを知る由もなく、忍足は真剣な顔つきで答え始める。
「そりゃあ欲しいで」
「なんで?」
「試合の応援、とか……練習はよ終わったら一緒に帰る、とかしたいやん」
綻び始める頬に余計に苛立ちを覚えてしまったが、ぐっと堪えて適当な返事をする。
忍足みたいなタイプもいれば、財前みたいに面倒くさがるタイプもいるのか。確かに財前は少し嫌がりそうだなあ。
さすがの忍足も私からの質問が気になったのだろう。今度は質問の意図を尋ねられてしまった。もしかして好きな奴おるんか?なんて言葉も足してくる。なんでこういうときに限って鋭いかな。
別にええやん、と適当にあしらっても納得がいかないようで、質問に答えたから俺からの質問にも答えろと騒がしい。白石はよ来んかな。あ、でも余計めんどくさいか。
私がめんどくさそうに目を細めて、うるさ、と呟けば、財前に似てきたで、と言われてしまった。今その名前を出すのは卑怯だ。
***
数日経っても頭の中は財前のことで頭がいっぱいで、日常生活の中でぼうっとすることが増えた。今日は授業を終え、委員会の仕事をこなしているのだが、明らかに進みが遅い。
しかしこのときの私は失念していた。今日の手伝いに彼が来ることをすっかり忘れていたのだ。
「先輩」
呼ばれた瞬間に肩が跳ね、勢いよく声の方に振り向く。
「っ、財前」
動揺を隠そうとするけれど、それも不可能。彼の姿を見てから手が震えてしまっている。そんな私を知るはずもない彼は隣に立って、貸出の確認を進めていく。
「遅なってすんませんでした」
彼の謝罪に小さく頷くも、目線は自分の手元のまま。慣れた手つきで進められていく作業にだけ集中してしまいたいのに、隣の存在がそれを阻止する。いつも何でもない世間話をしながら行っていたけれど、今の私が口を開いたら何かが零れてしまいそうで我慢するのが精一杯。
「担任に捕まってしもて」
いつもの私だと思って話す財前に対して、私はずっと顔を上げられないでいると、財前は先輩、と声をかけてくる。その声色は先程よりも柔らかい。
「なんか、あったんすか」
口数が少ないせいか、財前は私の顔を覗おうとしてくる。
「なんも、ないよ」
潤む瞳がバレないように顔だけそっぽを向くけれど、彼はそれを許しはしない。
「じゃあなんで目逸らすんですか」
彼はそう言うと、私の左手に右手を添わせてきた。ひやりと冷たい、骨ばった手。優しく触れて、それでまた微かに震えては怯えているよう。
そうやって優しくするから私は余計に好きになってしまう。そんなあなただから私もあの子もあなたを好きになっていくんだ。
好きだ。私、やっぱり財前のことが好きなんだ。
自分の気持ちを確認してしまうと、ぼろ、と大きな玉が零れ落ち、机を濡らした。一つ、また一つと溢れ始めた涙を抑えようにも既に手遅れだった。
「ッ、なんで、泣きはるんすか」
いつもクールな彼でも動揺を見せ、触れていた指先を一本ずつ攫っていく。
簡単に近づいて触れて。ずるい。彼は誰に対してもこんな風に優しいのだろうか。私は財前のこと全然わかってない。わからない。
「泣いてない」
強気に言っても声は震えている。そんな私を見た彼は、眉をハの字にして顔を歪めた。
ああ、めんどくさいって思われた。普通の距離で、先輩後輩の距離でいたかったのに。
「せんぱい、」
それでもまだあなたは私を優しく呼ぶんやね。
彼の、私の手を握る力が強さを増す。
「ほっといて」
「嫌や」
強い拒絶に、私は唇に歯を立て、彼の方に顔を向けた。彼も傷ついた顔をして私を見つめている。
ああ、もう何もかも終わりなんだ。戻りたくても戻れない。適度な距離を保っていたかったのにこうも簡単に崩れていくなんて。
財前、と名を呼べば、彼は子供に語り掛けるように、なに?と私の言葉を待っている。握られた手を握り返してから、諦めて呟く。
「好き……好きやねん。財前のこと」
「は?」
驚きを隠せていない彼の反応に、心臓を真正面から掴まれたような感じがした。
それはそうだろうね。続けざまに告白されるだなんて。
「ごめんな、好きになってもうて」
あの目撃してしまった告白シーンが蘇る。私もこれからあんな風にフラれるんだろうか。
「なんで謝んねん」
「だって、迷惑やろ……?」
しゃくりあげながら尋ねると、
「勝手に決めつけんなや」
と苛立ちを垣間見せ、握られていたままの手を引っ張られた。そして、シャツの擦れる音がした時には既に彼の腕の中に私は収まっていた。
目立って大きくない財前。小さいわけではない私。
目線は大して変わらないぐらいだと思ってたのに、こうして抱きしめられると体格差を嫌でも認識させられる。
「ざい、ぜん?」
現状が理解できずに震える手で彼のシャツの裾を遠慮がちに摘むと、彼はぎこちなく私の頭を撫でる。
「名前さん、」
下の名前で呼ばれるのは初めてだった。いつも先輩としか呼んでくれなかったから。
「好きです」
耳元で囁かれた声に私の頬は再び濡れる。
「嘘やあ……」
彼は私の濡れた頬を親指で拭いながら、しっかりと瞳を捉えて離さない。
「こんなときに嘘言わへん」
今までの小さな不幸の連続はこのためにあったのか。夢なんじゃないかと疑いたくなるほど、私の頭はくらくらとしていた。
「だって、彼女いらんって言うてたから、」
私の恋は終わったものだと思っていた。絶対に報われることはないのだと気持ちを押し殺そうとしていたのに。
彼は私の言葉にクエスチョンマークを浮かべると、更に首を傾げた。
「俺そんなん言いました?」
「言うてたやん!」
思考回路が使い物にならなくなっていた私は、興奮のあまり覗き見していたことを全部話してしまった。あ、と気づいた時にはもう遅かった。
すると彼は大きく溜息を吐き、嫌そうに口元を隠した。
「……あれ、聞いてたんすか」
ごめん、と謝罪を口にしては、俯く。しかし、彼は私の顔を救い上げては、頬を緩めた。
「先輩は別枠っすわ」
はっきり言わな、断ってもわかってもらえへんでしょ。
そう続ける彼に、私はワンテンポ遅れて顔に熱が集った。頭と心臓が痛いほど締め付けられ、呼吸さえも重労働だ。
すると彼は一呼吸置いてから、私にこう尋ねた。
「それで、俺の彼女になってくれるんすか」
彼の言葉に、私はただ黙って頷いた。
日頃ちゃんとやっているはずなのに、どうして仇となって歯向かってくるのか。
外が暗がりを見せ始めた頃、私はようやく校門に向かっていた。パコン、パコン、とテニスボールが活動している音が耳に届き、一瞬だけ足を止めては、ふと一人の姿が脳裏に浮かんだ。
五輪ピアスの彼。一つ下の黒髪のあの子は同じクラスの忍足と白石を介して知り合った。それに加え、私が委員長を務める図書委員会の委員でもあったせいか、自然と距離は縮まった。忍足から聞くほど毒舌じゃないし、むしろ面白い子だなあと思う。口数は多くはないけれど、物知りで私の知らないことがあってもちゃんと教えてくれる。雑務の多さに困っているときも、自然と手伝ってくれる。
だからこそ、なのか、そんな彼に私はいつの間にか惹かれていた。
彼はあのテニス部に所属していることに加え、頭もよく見た目もいい。周りの女子が放っておくはずがない。彼女とかいるんだろうな。そういう類の話などしたことはないけれど、勝手に想像しては胸の奥が痛んだ。もっと私の知らない彼がいる。委員会で一緒なだけの、先輩後輩。私がテニス部のマネージャーだったらもっと違ったかな。
もう変えようのない状況に悲観しては、やりきれない気持ちを隠すために早足で家に向かおうとしたその瞬間、校舎の影に誰かがいるのが見えた。
興味本位でこっそり近づく。ゆっくり耳を澄ませると、今日一番の不幸が私に降りかかった。
「財前君のこと、好きやねん」
ふわふわと守ってあげたくなるような可愛らしい女生徒が、私が先程まで脳裏に浮かべていた彼と共にいる。これは世にいう告白。
一番聞きたくなかった。逃げ出してしまいたいのに、足は動かない。財前が何と答えるのか。それが気になって仕方がなかった。
もし受け入れてしまったらどうしよう。受け入れてしまったら、私は?次からどんな顔をして会えばいい?楽しそうな二人を見ていられるほど、私は強くない。
煩くなる心臓を抑えつけるように胸の辺りに皺を作っていると、財前が溜息を吐き、気怠そうに言葉を発した。
「めんどいねん。そういうの」
聞いた瞬間、全身の力が抜けてへたり込んでしまいそうになった。まるで私が本人に言われたかのように目の奥が痛んだ。
そして財前は矢継ぎ早に、こう続ける。
「彼女なんかいらへん。うっとうしい」
財前の言葉を受けた彼女は、顔を覆いながらその場を去っていった。その姿を見送ってから、私も彼に知られないように走りながら帰路についた。
うっとうしい。先程の彼のとどめの一言が胸に刺さる。
頭にこびりついて離れない。何度も何度も繰り返され続ける。
彼にとって彼女とは重荷なんだ。そうはっきり自分で言葉にしてしまうと、目から涙が零れ落ちた。
***
がやがやと騒がしい教室の中で私は一人、自分の席に座ったままぼうっと外を眺めていた。昨日のあの財前の言葉が頭から離れず、ろくに眠れていない。
最初から気持ちを告げる予定ではなかったけれど、間接的にフラれてしまった今、感傷に浸る以外できないでいる。
はあ、と何度目かわからない溜息を吐けば、隣から声がかかった。
「おはようさん」
眩しい笑顔を浮かべて隣の席に腰を下ろすのは、私の悩みの種の先輩。
「ああ、忍足か」
「ああってなんやねん。挨拶返さんかい!」
「……おはよう」
相変わらず元気だなあ、と今日ばかりは恨めしく思う。
さすがの忍足も私の異変に気付いたのか、首を傾げながらその理由を尋ねてきた。
「元気ないやん。俺でええなら聞くで」
言えと言いたげなどや顔に無性に腹が立ってしまい、思わず口をへの字に曲げる。
「ようないからええわ」
「人の好意を無碍にするっちゅうんか!」
俺でええならって言うたやん。そう言うと、あからさまにしょんぼりとしてしまうから、良心が痛んだ。
「……忍足ってさあ、」
「なんやなんや」
「彼女ほしいなって思う?」
私の質問に忍足は数秒フリーズしたのち、顔を勢いよく赤らめた。
「どっ、どないしたんや、急に」
わかりやすく慌てふためく忍足が面白い。けれど、今の私に笑う余裕など持ち合わせていない。
「一運動部員として教えてほしいねん」
テニス部に限定してしまうとさすがの忍足にでもバレてしまいそうで、運動部員としてと前置きした。そんな悩みを知る由もなく、忍足は真剣な顔つきで答え始める。
「そりゃあ欲しいで」
「なんで?」
「試合の応援、とか……練習はよ終わったら一緒に帰る、とかしたいやん」
綻び始める頬に余計に苛立ちを覚えてしまったが、ぐっと堪えて適当な返事をする。
忍足みたいなタイプもいれば、財前みたいに面倒くさがるタイプもいるのか。確かに財前は少し嫌がりそうだなあ。
さすがの忍足も私からの質問が気になったのだろう。今度は質問の意図を尋ねられてしまった。もしかして好きな奴おるんか?なんて言葉も足してくる。なんでこういうときに限って鋭いかな。
別にええやん、と適当にあしらっても納得がいかないようで、質問に答えたから俺からの質問にも答えろと騒がしい。白石はよ来んかな。あ、でも余計めんどくさいか。
私がめんどくさそうに目を細めて、うるさ、と呟けば、財前に似てきたで、と言われてしまった。今その名前を出すのは卑怯だ。
***
数日経っても頭の中は財前のことで頭がいっぱいで、日常生活の中でぼうっとすることが増えた。今日は授業を終え、委員会の仕事をこなしているのだが、明らかに進みが遅い。
しかしこのときの私は失念していた。今日の手伝いに彼が来ることをすっかり忘れていたのだ。
「先輩」
呼ばれた瞬間に肩が跳ね、勢いよく声の方に振り向く。
「っ、財前」
動揺を隠そうとするけれど、それも不可能。彼の姿を見てから手が震えてしまっている。そんな私を知るはずもない彼は隣に立って、貸出の確認を進めていく。
「遅なってすんませんでした」
彼の謝罪に小さく頷くも、目線は自分の手元のまま。慣れた手つきで進められていく作業にだけ集中してしまいたいのに、隣の存在がそれを阻止する。いつも何でもない世間話をしながら行っていたけれど、今の私が口を開いたら何かが零れてしまいそうで我慢するのが精一杯。
「担任に捕まってしもて」
いつもの私だと思って話す財前に対して、私はずっと顔を上げられないでいると、財前は先輩、と声をかけてくる。その声色は先程よりも柔らかい。
「なんか、あったんすか」
口数が少ないせいか、財前は私の顔を覗おうとしてくる。
「なんも、ないよ」
潤む瞳がバレないように顔だけそっぽを向くけれど、彼はそれを許しはしない。
「じゃあなんで目逸らすんですか」
彼はそう言うと、私の左手に右手を添わせてきた。ひやりと冷たい、骨ばった手。優しく触れて、それでまた微かに震えては怯えているよう。
そうやって優しくするから私は余計に好きになってしまう。そんなあなただから私もあの子もあなたを好きになっていくんだ。
好きだ。私、やっぱり財前のことが好きなんだ。
自分の気持ちを確認してしまうと、ぼろ、と大きな玉が零れ落ち、机を濡らした。一つ、また一つと溢れ始めた涙を抑えようにも既に手遅れだった。
「ッ、なんで、泣きはるんすか」
いつもクールな彼でも動揺を見せ、触れていた指先を一本ずつ攫っていく。
簡単に近づいて触れて。ずるい。彼は誰に対してもこんな風に優しいのだろうか。私は財前のこと全然わかってない。わからない。
「泣いてない」
強気に言っても声は震えている。そんな私を見た彼は、眉をハの字にして顔を歪めた。
ああ、めんどくさいって思われた。普通の距離で、先輩後輩の距離でいたかったのに。
「せんぱい、」
それでもまだあなたは私を優しく呼ぶんやね。
彼の、私の手を握る力が強さを増す。
「ほっといて」
「嫌や」
強い拒絶に、私は唇に歯を立て、彼の方に顔を向けた。彼も傷ついた顔をして私を見つめている。
ああ、もう何もかも終わりなんだ。戻りたくても戻れない。適度な距離を保っていたかったのにこうも簡単に崩れていくなんて。
財前、と名を呼べば、彼は子供に語り掛けるように、なに?と私の言葉を待っている。握られた手を握り返してから、諦めて呟く。
「好き……好きやねん。財前のこと」
「は?」
驚きを隠せていない彼の反応に、心臓を真正面から掴まれたような感じがした。
それはそうだろうね。続けざまに告白されるだなんて。
「ごめんな、好きになってもうて」
あの目撃してしまった告白シーンが蘇る。私もこれからあんな風にフラれるんだろうか。
「なんで謝んねん」
「だって、迷惑やろ……?」
しゃくりあげながら尋ねると、
「勝手に決めつけんなや」
と苛立ちを垣間見せ、握られていたままの手を引っ張られた。そして、シャツの擦れる音がした時には既に彼の腕の中に私は収まっていた。
目立って大きくない財前。小さいわけではない私。
目線は大して変わらないぐらいだと思ってたのに、こうして抱きしめられると体格差を嫌でも認識させられる。
「ざい、ぜん?」
現状が理解できずに震える手で彼のシャツの裾を遠慮がちに摘むと、彼はぎこちなく私の頭を撫でる。
「名前さん、」
下の名前で呼ばれるのは初めてだった。いつも先輩としか呼んでくれなかったから。
「好きです」
耳元で囁かれた声に私の頬は再び濡れる。
「嘘やあ……」
彼は私の濡れた頬を親指で拭いながら、しっかりと瞳を捉えて離さない。
「こんなときに嘘言わへん」
今までの小さな不幸の連続はこのためにあったのか。夢なんじゃないかと疑いたくなるほど、私の頭はくらくらとしていた。
「だって、彼女いらんって言うてたから、」
私の恋は終わったものだと思っていた。絶対に報われることはないのだと気持ちを押し殺そうとしていたのに。
彼は私の言葉にクエスチョンマークを浮かべると、更に首を傾げた。
「俺そんなん言いました?」
「言うてたやん!」
思考回路が使い物にならなくなっていた私は、興奮のあまり覗き見していたことを全部話してしまった。あ、と気づいた時にはもう遅かった。
すると彼は大きく溜息を吐き、嫌そうに口元を隠した。
「……あれ、聞いてたんすか」
ごめん、と謝罪を口にしては、俯く。しかし、彼は私の顔を救い上げては、頬を緩めた。
「先輩は別枠っすわ」
はっきり言わな、断ってもわかってもらえへんでしょ。
そう続ける彼に、私はワンテンポ遅れて顔に熱が集った。頭と心臓が痛いほど締め付けられ、呼吸さえも重労働だ。
すると彼は一呼吸置いてから、私にこう尋ねた。
「それで、俺の彼女になってくれるんすか」
彼の言葉に、私はただ黙って頷いた。