短編集
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「姉ちゃん、発券したよ」
「ん、ありがと。トイレ大丈夫?」
「大丈夫!早く行こ!」
満面の笑みの弟に手を引かれ、天井の高い空間をずんずんと歩く。人の流れに巻き込まれないように、絨毯の床を不規則なステップで進んだ。
休みの日曜日。私は弟と映画館に来ていた。この日は人気シリーズのアクション映画が公開して初めての週末だった。私と弟は二人してファンだったため、今日という日を楽しみにしていた。
「楽しみだね!」
隣に座る弟は目を輝かせっぱなし。私もそれにつられて笑ってしまう。公開が決まった時からずっと「姉ちゃん、一緒に行こうね」と約束をしており、昨日までカレンダーの日付に×を付け続けていたのだ。
私も私で浮かれる気持ちが抑えられず、何度も座り直しているときだった。
「前、すみません」
突然、私の座っている列に同年代ぐらいの男の子が頭を下げながら目の前を通る。バッグを避け、小さく頭を下げた。その瞬間。
「名字?」
「か、神尾くん……?」
私の目の前を通ろうとしていたのは、同じクラス、そして隣の席の神尾くんだった。
「お前もこれ好きなのか!?」
全面に喜色を浮かべた顔に圧倒され、反射的に頷いてしまう。神尾くんの声は、館内だからなのか小声だ。
「姉ちゃん、知り合い?」
目を丸くさせながら尋ねる弟に、ぎこちなく頷いた。まさか会うと思ってなかったから動揺が隠せない。心臓の音がバクバクとうるさい。
「じゃ、後でな」
そう言って軽く手を挙げたあと、彼は弟の隣の席に座った。どうやら一人のようで、まだ助かったと胸を撫で下ろした。
実を言うと、アクション好きを学校では隠していたのだ。周りの友人は皆、恋愛映画しか観ていないようで、いつも話が合わない。以前切り出そうとしたものの、興味無いと一刀両断だされたため、好きだと公言出来なくなっていた。女子でアクション好きなのは、おかしいのかな。そう思うようになってしまっているせいで、今ここで神尾くんに会ってしまったのは不幸以外の何物でもない。それに神尾くん自身、あのテニス部だ。彼自身が悪い人でないことは分かっているつもりだけど、一悶着あったせいで妙に緊張してしまう。大して話した事がないし、今も名前知ってたんだ、と驚くレベルだ。
それにしても「後でな」の言葉が引っかかる。上映後に何を言われるんだろう。弟もいるし、程々にして帰りたい。
一度気になり始めると、私の頭の中は神尾くんのことでいっぱいだ。照明が消え始めて映画に集中しようと試みるも、全く無駄で、一秒も内容が入ってこなかった。
上映後、明るくなった空間で私は弟の手を握った。一秒でも早く出たいという気持ちが先決してしまった上での行為だ。
「姉ちゃん?」
弟は私の気持ちなんて知るわけなく、きょとんとした顔で私を見つめている。
「トイレ並ぶかもしれないし、行こう」
半ば無理やり立たせ、二人でロビーへと出た。何の罪もない、神尾くんから逃げるように。
弟をトイレに行かせ、ロビーの端で深呼吸をした。さすがにもう神尾くんも帰っただろう。人に知られたくないせいで、どうしても隠れてしまう。悪い事しちゃったかな、と後々になって罪悪感に苛まれていると、避けていたはずの声が聞こえた。
「お、いたいた」
声の主は、撒いたと思っていた神尾くんだった。手には専用の袋を持っていて、先程までグッズを買っていたんだろうと予測を立てる。
すると、神尾くんはきょろきょろと周辺を見渡した。
「弟くんは?」
「今トイレに行ってる」
そっか、と納得すると、彼は私の隣に寄った。
「それにしても意外だったな。名字がああいうの興味あるって」
変わらない笑顔で私がここにいる理由をつつく。どうしても聞かれたくなくて早く出たのに、無意味になってしまった。
「……変に、思わないの?」
誤魔化すことも、否定することも出来ず、直接的に尋ねてしまった。普段肯定されない趣味なせいで明るく話せない。沈んだ顔で言葉を発する私を見て、神尾くんは数秒黙った。そして、落ち着いた声ではっきりと肯定した。
「思わねえって。好きなんだったら、恥ずかしがることねえよ」
神尾くんの発言に、顔が彼の方を向いた。じわじわと体の奥から熱いものが流れ込んで、どういう顔をすればいいのか分からなくなる。それでも嬉しい気持ちが勝ってしまって、小さく「うん」と頷いた。すると、神尾くんは歯を見せて笑っていた。
「姉ちゃーん」
「あ、弟くん帰ってきたな」
私達の元に駆け寄ってくる弟。その姿を確認した神尾くんは私の元から離れた。
「じゃ、また明日な」
ひらひらと手を振っては、小さくなっていく彼の背中。初めてまともに交わした会話が忘れられなくて、何度か反芻した。
「好きなんだったら、恥ずかしがることねえよ」
神尾くんの言葉がぽかぽかと心に残り続ける。避けようとした自分を恥じては、初めての感情に戸惑いを隠せなかった。
次の日、昨日のことを何か言われるんだろうかと思いつつ、教室へと向かった。席に着いても隣の席に彼がいる様子はない。彼の姿が見えない事に何となく落ち着かなくて、まだかな、と待ちわびてしまっている。
すると、隣の席がガタン、と音を立てた。その瞬間に勢いよく顔を上げた。
「おはよ、名字」
「お、おはよう」
昨日見た笑顔と変わらない表情がそこにあった。彼の笑顔を見ただけで、昨日の温かさが舞い戻ってくる。これが何の感情なのかも分からないまま、初めて休み明けが悪くないかも、と思ってしまった。そんな月曜日の朝だった。
「ん、ありがと。トイレ大丈夫?」
「大丈夫!早く行こ!」
満面の笑みの弟に手を引かれ、天井の高い空間をずんずんと歩く。人の流れに巻き込まれないように、絨毯の床を不規則なステップで進んだ。
休みの日曜日。私は弟と映画館に来ていた。この日は人気シリーズのアクション映画が公開して初めての週末だった。私と弟は二人してファンだったため、今日という日を楽しみにしていた。
「楽しみだね!」
隣に座る弟は目を輝かせっぱなし。私もそれにつられて笑ってしまう。公開が決まった時からずっと「姉ちゃん、一緒に行こうね」と約束をしており、昨日までカレンダーの日付に×を付け続けていたのだ。
私も私で浮かれる気持ちが抑えられず、何度も座り直しているときだった。
「前、すみません」
突然、私の座っている列に同年代ぐらいの男の子が頭を下げながら目の前を通る。バッグを避け、小さく頭を下げた。その瞬間。
「名字?」
「か、神尾くん……?」
私の目の前を通ろうとしていたのは、同じクラス、そして隣の席の神尾くんだった。
「お前もこれ好きなのか!?」
全面に喜色を浮かべた顔に圧倒され、反射的に頷いてしまう。神尾くんの声は、館内だからなのか小声だ。
「姉ちゃん、知り合い?」
目を丸くさせながら尋ねる弟に、ぎこちなく頷いた。まさか会うと思ってなかったから動揺が隠せない。心臓の音がバクバクとうるさい。
「じゃ、後でな」
そう言って軽く手を挙げたあと、彼は弟の隣の席に座った。どうやら一人のようで、まだ助かったと胸を撫で下ろした。
実を言うと、アクション好きを学校では隠していたのだ。周りの友人は皆、恋愛映画しか観ていないようで、いつも話が合わない。以前切り出そうとしたものの、興味無いと一刀両断だされたため、好きだと公言出来なくなっていた。女子でアクション好きなのは、おかしいのかな。そう思うようになってしまっているせいで、今ここで神尾くんに会ってしまったのは不幸以外の何物でもない。それに神尾くん自身、あのテニス部だ。彼自身が悪い人でないことは分かっているつもりだけど、一悶着あったせいで妙に緊張してしまう。大して話した事がないし、今も名前知ってたんだ、と驚くレベルだ。
それにしても「後でな」の言葉が引っかかる。上映後に何を言われるんだろう。弟もいるし、程々にして帰りたい。
一度気になり始めると、私の頭の中は神尾くんのことでいっぱいだ。照明が消え始めて映画に集中しようと試みるも、全く無駄で、一秒も内容が入ってこなかった。
上映後、明るくなった空間で私は弟の手を握った。一秒でも早く出たいという気持ちが先決してしまった上での行為だ。
「姉ちゃん?」
弟は私の気持ちなんて知るわけなく、きょとんとした顔で私を見つめている。
「トイレ並ぶかもしれないし、行こう」
半ば無理やり立たせ、二人でロビーへと出た。何の罪もない、神尾くんから逃げるように。
弟をトイレに行かせ、ロビーの端で深呼吸をした。さすがにもう神尾くんも帰っただろう。人に知られたくないせいで、どうしても隠れてしまう。悪い事しちゃったかな、と後々になって罪悪感に苛まれていると、避けていたはずの声が聞こえた。
「お、いたいた」
声の主は、撒いたと思っていた神尾くんだった。手には専用の袋を持っていて、先程までグッズを買っていたんだろうと予測を立てる。
すると、神尾くんはきょろきょろと周辺を見渡した。
「弟くんは?」
「今トイレに行ってる」
そっか、と納得すると、彼は私の隣に寄った。
「それにしても意外だったな。名字がああいうの興味あるって」
変わらない笑顔で私がここにいる理由をつつく。どうしても聞かれたくなくて早く出たのに、無意味になってしまった。
「……変に、思わないの?」
誤魔化すことも、否定することも出来ず、直接的に尋ねてしまった。普段肯定されない趣味なせいで明るく話せない。沈んだ顔で言葉を発する私を見て、神尾くんは数秒黙った。そして、落ち着いた声ではっきりと肯定した。
「思わねえって。好きなんだったら、恥ずかしがることねえよ」
神尾くんの発言に、顔が彼の方を向いた。じわじわと体の奥から熱いものが流れ込んで、どういう顔をすればいいのか分からなくなる。それでも嬉しい気持ちが勝ってしまって、小さく「うん」と頷いた。すると、神尾くんは歯を見せて笑っていた。
「姉ちゃーん」
「あ、弟くん帰ってきたな」
私達の元に駆け寄ってくる弟。その姿を確認した神尾くんは私の元から離れた。
「じゃ、また明日な」
ひらひらと手を振っては、小さくなっていく彼の背中。初めてまともに交わした会話が忘れられなくて、何度か反芻した。
「好きなんだったら、恥ずかしがることねえよ」
神尾くんの言葉がぽかぽかと心に残り続ける。避けようとした自分を恥じては、初めての感情に戸惑いを隠せなかった。
次の日、昨日のことを何か言われるんだろうかと思いつつ、教室へと向かった。席に着いても隣の席に彼がいる様子はない。彼の姿が見えない事に何となく落ち着かなくて、まだかな、と待ちわびてしまっている。
すると、隣の席がガタン、と音を立てた。その瞬間に勢いよく顔を上げた。
「おはよ、名字」
「お、おはよう」
昨日見た笑顔と変わらない表情がそこにあった。彼の笑顔を見ただけで、昨日の温かさが舞い戻ってくる。これが何の感情なのかも分からないまま、初めて休み明けが悪くないかも、と思ってしまった。そんな月曜日の朝だった。