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グラスに浸かる球体の氷塊。琥珀色に揺られてカラカラと泳ぐ姿は滑稽だった。透明のプールは窮屈で、ぐるぐると回っては薄まっていく。行き場のない自分を重ね合わせては、しらけた笑いを皮膚の上に浮かべた。
暗闇の奥から、コツコツと一定のリズムで床を鳴らす音が耳に届いた。一人の女が俺の隣に戻ってきたのだ。かつて先輩だった女子は、女として俺の隣に腰を下ろす。高いヒールと、座席に乗り上げようとする不慣れな姿に鼻で笑えば、非力な拳が俺の腕に飛んだ。完璧でない所作に、過去の少女だった姿を想う。だが、仄暗い空間の中でぼんやりと浮かぶ笑みに昔の面影はない。
俺と彼女は、男女が囁き合う狭い空間で肩を並べていた。話したいことがある、との誘いに、何の考えもなく乗ったのだ。男が女の誘いに簡単に乗る理由など一つだろう。
カラリ、と一回り小さくなった氷塊が琥珀色の中で踊る。子供が内緒話をするように声を潜めて言葉を交わすのは久方ぶりのことで、忘れかけていた心緒が舞い戻ってくる。女は一口琥珀色を含むと、息を吐いた。俺の知らぬ顔が過去を語り始める。覚えのない芳香を纏い、次々に口にするのは思い出。
私、好きやったんよ。
熱の籠った声で囁くと、女はろくに荷物が入りもしないバッグからあるものを取り出した。それは左薬指に嵌められた途端に輝き始め、俺は今日呼ばれた意味をようやく察した。俺を男として見ていた時間はとうに終了しており、過ぎ去った在りし日の日常に固執していたのは俺だけだった。隣にいて微笑んでいた少女が女性へと変貌を遂げ、俺の前に飄々と現れる理由など、考えれば判断のついたことだったのに。諦念を含めた彼女の自白に、酔いが回る。ぐしゃり、と固めた頭髪が崩れた。浮かれていたのは俺だけだったのだ。それを突きつけられた今、祝福の言葉一つ出てこない。
ぐらりぐらりと眩暈を覚えた後、彼女の左手を覆った。素知らぬフリをして、左薬指に光る環状の白金を隠した。
今日だけ、なんて可愛げのある言葉は使わへん。せやから、俺を選んで。
揺れる瞳で懇願する。まだ中に俺への想いがあるのなら、それを差し出してほしい。過去も現在も全てひっくるめて超越するから。後悔はさせないから。
更に手に力を込めては、無言で縋った。薄らと膜の張った瞳が俺を見据え、困った顔をして揺れている。隙のある瞳が俺を調子づかせるせいで、選択肢は限られた。
俺は机に札を数枚叩きつけ、脱力した女の手を引いた。二度と、その唇が俺以外の名を弾かぬように。その口を裂いてでも、絶対に。
暗闇の奥から、コツコツと一定のリズムで床を鳴らす音が耳に届いた。一人の女が俺の隣に戻ってきたのだ。かつて先輩だった女子は、女として俺の隣に腰を下ろす。高いヒールと、座席に乗り上げようとする不慣れな姿に鼻で笑えば、非力な拳が俺の腕に飛んだ。完璧でない所作に、過去の少女だった姿を想う。だが、仄暗い空間の中でぼんやりと浮かぶ笑みに昔の面影はない。
俺と彼女は、男女が囁き合う狭い空間で肩を並べていた。話したいことがある、との誘いに、何の考えもなく乗ったのだ。男が女の誘いに簡単に乗る理由など一つだろう。
カラリ、と一回り小さくなった氷塊が琥珀色の中で踊る。子供が内緒話をするように声を潜めて言葉を交わすのは久方ぶりのことで、忘れかけていた心緒が舞い戻ってくる。女は一口琥珀色を含むと、息を吐いた。俺の知らぬ顔が過去を語り始める。覚えのない芳香を纏い、次々に口にするのは思い出。
私、好きやったんよ。
熱の籠った声で囁くと、女はろくに荷物が入りもしないバッグからあるものを取り出した。それは左薬指に嵌められた途端に輝き始め、俺は今日呼ばれた意味をようやく察した。俺を男として見ていた時間はとうに終了しており、過ぎ去った在りし日の日常に固執していたのは俺だけだった。隣にいて微笑んでいた少女が女性へと変貌を遂げ、俺の前に飄々と現れる理由など、考えれば判断のついたことだったのに。諦念を含めた彼女の自白に、酔いが回る。ぐしゃり、と固めた頭髪が崩れた。浮かれていたのは俺だけだったのだ。それを突きつけられた今、祝福の言葉一つ出てこない。
ぐらりぐらりと眩暈を覚えた後、彼女の左手を覆った。素知らぬフリをして、左薬指に光る環状の白金を隠した。
今日だけ、なんて可愛げのある言葉は使わへん。せやから、俺を選んで。
揺れる瞳で懇願する。まだ中に俺への想いがあるのなら、それを差し出してほしい。過去も現在も全てひっくるめて超越するから。後悔はさせないから。
更に手に力を込めては、無言で縋った。薄らと膜の張った瞳が俺を見据え、困った顔をして揺れている。隙のある瞳が俺を調子づかせるせいで、選択肢は限られた。
俺は机に札を数枚叩きつけ、脱力した女の手を引いた。二度と、その唇が俺以外の名を弾かぬように。その口を裂いてでも、絶対に。