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人は一人一人違うものだと言うけれど、『これ』に関しては一貫したつくりにして欲しかったと汚れた下着と対面する度に思う。年齢も年齢のせいでいつ来るか分からない『これ』は、私が私でいられなくなる。泣いたり、怒ったり、些細なことが私を壊す。それでもいつも通りに装わなければならないのは、明らかな不平等だ。
二日目の今日。朝から最悪だった。重たい体を引き摺って身支度を整える。動きたくないと叫ぶ体は何とも我儘で、可能動作が一気に減るのだ。制服に袖を通すのも、そう遠くはない通学路も、仲のいい友人と話すのも、全てが苦痛に感じる。何もせず寝ていたい。でも、そういう風に思ってしまう自分が何より嫌だった。そして、こういう時に限って一時間目が移動教室。友人は気を利かしてくれているけれど、放っておいてくれた方がマシに思う。善意が苦痛なのは、私がおかしいからか。
「ッ……い、」
一時間目の帰り、廊下でしゃがみこんでしまった。薬は教室に置いてあるし、手元にはない。頼りになる友達も、八つ当たりしてしまうかもしれないという不安から先に戻ってもらっていた。二ヶ月ぶりに会いに来た『これ』は、こんなにも辛いものだったか、と額に脂汗を滲ませていると、背後から私の名を呼ぶ声がした。
「名字?」
いつもの笑顔が崩れ、神妙な面持ちで傍に寄ってくれたのは彼氏の不二だった。その後ろには菊丸が不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「なんでも、ない」
立てなくなるのは初めての経験で、何でもないわけがない。でも、異性相手に原因をはっきりと口にするのは憚られた。
「……嘘は、良くないな」
不二は独り言のように呟くと、抱えていた教科書やノートを私から奪った。その行為の意図が分からなかったけど、今の私にそれを気にするまでの頭はなかった。
「英二、」
「なーにー?不二」
「悪いけど、二人分持って帰ってくれるかな」
そう言って菊丸くんに二人分の教材を押し付けた。菊丸はきょとんとした顔で首を傾げている。
「いいけど、どったの?」
「少しね。すぐ戻るから」
「ん、わかった」
不二が早口になったことで何か焦っていることに気づいたのか、菊丸くんはすぐに了承していた。菊丸くんにまで迷惑をかけてしまった。どうしてこんなことに、と自分の身体を恨んだ。
すると、不二は菊丸くんがその場を去ったのを確認してから私の体に触れた。
「……歩けるかい?」
小さく頷くと、不二は私をゆっくりと立ち上がらせてくれた。足元が覚束ない私を力強く支えてくれる。そんな予想外の逞しさに少し驚いた。
「ゆっくり行こうか。焦らなくていいから」
情けない姿の私を嫌な顔一つせず助けてくれる。穏やかな笑みを携えながら手を繋いでくれる彼が王子様に見えた。大袈裟じゃなく、弱った私にはそう見えた。綺麗な輝かしいお城ではないけれど、少し汚れた階段を彼のエスコートで降りていく。次の授業の開始を告げるチャイムが鳴ろうとも、私に合わせて歩いてくれる。私の視界にいる不二は、間違いなく私だけの王子様だった。
やっとの思いで保健室に辿り着くと、先生は目を丸くさせて私達を迎えた。
「あら、どうしたの」
用意された椅子に腰を下ろすと、不二の手が離れた。何となく物悲しさを覚えた手を、ぎゅっと握り誤魔化す。
「……自分で話せるかい?」
耳元でそっと囁く不二に対して頷くと、彼は保健室から出て行った。戸が閉まる音を聞き届けると、私はぽつぽつと全てを話した。先生は催促することなく、うん、うん、と丁寧に相槌を打って聞いてくれた。
「ご両親、お家にいる?」
「恐らく、母が……」
「じゃあ連絡してもらって迎えに来てもらうから、それまで寝てて?」
頷いてから這うようにベッドへと向かい、整えられたシーツにごろん、と寝転ぶ。白い天井を見ては、不二の行動を思い返していた。何も聞かずに全て察した上で行動してくれた彼。優しくて、強くて、頼りになって。やっぱり、好きなんだなあ。彼への想いを再確認すると、勝手に涙が流れた。
暫くして目を開けると、ベッドの横には不二がいた。どうやら私の荷物を持ってきてくれたようで、椅子の上に鞄を置いている。
「ふじ……?」
蚊の鳴くような声で彼の名を呼ぶと、「起きたかい?」と優しく囁いた。
「とりあえず机の中の物は入れてきたけど、他に必要な物あったかな」
彼の問いに、首を横に振った。また、迷惑をかけてしまった。
「そう、良かった」
不二の安堵した表情と声色に、鼻の奥が痛みを覚える。
「ふじ」
再び名を呼ぶと、彼は私の手を握った。力のない手を優しく包み込んでくれる。
「ありがと」
小さく掠れた声で呟くと、彼は首を横に振った。
「僕は何もしてないよ」
そう言って、一瞬だけ力を込めて私の手を握り、すぐに離した。
「じゃあ僕は戻るから。ゆっくり過ごしてね」
おやすみ、と頭を撫でてくれる手が一番優しかった。明日、ちゃんとお礼を言おう。それでも不二はまた笑って、「何もしてないよ」って言うんだろうな。
私は今日、この時、初めて笑った。頬を濡らしながら、一人で笑った。
二日目の今日。朝から最悪だった。重たい体を引き摺って身支度を整える。動きたくないと叫ぶ体は何とも我儘で、可能動作が一気に減るのだ。制服に袖を通すのも、そう遠くはない通学路も、仲のいい友人と話すのも、全てが苦痛に感じる。何もせず寝ていたい。でも、そういう風に思ってしまう自分が何より嫌だった。そして、こういう時に限って一時間目が移動教室。友人は気を利かしてくれているけれど、放っておいてくれた方がマシに思う。善意が苦痛なのは、私がおかしいからか。
「ッ……い、」
一時間目の帰り、廊下でしゃがみこんでしまった。薬は教室に置いてあるし、手元にはない。頼りになる友達も、八つ当たりしてしまうかもしれないという不安から先に戻ってもらっていた。二ヶ月ぶりに会いに来た『これ』は、こんなにも辛いものだったか、と額に脂汗を滲ませていると、背後から私の名を呼ぶ声がした。
「名字?」
いつもの笑顔が崩れ、神妙な面持ちで傍に寄ってくれたのは彼氏の不二だった。その後ろには菊丸が不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「なんでも、ない」
立てなくなるのは初めての経験で、何でもないわけがない。でも、異性相手に原因をはっきりと口にするのは憚られた。
「……嘘は、良くないな」
不二は独り言のように呟くと、抱えていた教科書やノートを私から奪った。その行為の意図が分からなかったけど、今の私にそれを気にするまでの頭はなかった。
「英二、」
「なーにー?不二」
「悪いけど、二人分持って帰ってくれるかな」
そう言って菊丸くんに二人分の教材を押し付けた。菊丸はきょとんとした顔で首を傾げている。
「いいけど、どったの?」
「少しね。すぐ戻るから」
「ん、わかった」
不二が早口になったことで何か焦っていることに気づいたのか、菊丸くんはすぐに了承していた。菊丸くんにまで迷惑をかけてしまった。どうしてこんなことに、と自分の身体を恨んだ。
すると、不二は菊丸くんがその場を去ったのを確認してから私の体に触れた。
「……歩けるかい?」
小さく頷くと、不二は私をゆっくりと立ち上がらせてくれた。足元が覚束ない私を力強く支えてくれる。そんな予想外の逞しさに少し驚いた。
「ゆっくり行こうか。焦らなくていいから」
情けない姿の私を嫌な顔一つせず助けてくれる。穏やかな笑みを携えながら手を繋いでくれる彼が王子様に見えた。大袈裟じゃなく、弱った私にはそう見えた。綺麗な輝かしいお城ではないけれど、少し汚れた階段を彼のエスコートで降りていく。次の授業の開始を告げるチャイムが鳴ろうとも、私に合わせて歩いてくれる。私の視界にいる不二は、間違いなく私だけの王子様だった。
やっとの思いで保健室に辿り着くと、先生は目を丸くさせて私達を迎えた。
「あら、どうしたの」
用意された椅子に腰を下ろすと、不二の手が離れた。何となく物悲しさを覚えた手を、ぎゅっと握り誤魔化す。
「……自分で話せるかい?」
耳元でそっと囁く不二に対して頷くと、彼は保健室から出て行った。戸が閉まる音を聞き届けると、私はぽつぽつと全てを話した。先生は催促することなく、うん、うん、と丁寧に相槌を打って聞いてくれた。
「ご両親、お家にいる?」
「恐らく、母が……」
「じゃあ連絡してもらって迎えに来てもらうから、それまで寝てて?」
頷いてから這うようにベッドへと向かい、整えられたシーツにごろん、と寝転ぶ。白い天井を見ては、不二の行動を思い返していた。何も聞かずに全て察した上で行動してくれた彼。優しくて、強くて、頼りになって。やっぱり、好きなんだなあ。彼への想いを再確認すると、勝手に涙が流れた。
暫くして目を開けると、ベッドの横には不二がいた。どうやら私の荷物を持ってきてくれたようで、椅子の上に鞄を置いている。
「ふじ……?」
蚊の鳴くような声で彼の名を呼ぶと、「起きたかい?」と優しく囁いた。
「とりあえず机の中の物は入れてきたけど、他に必要な物あったかな」
彼の問いに、首を横に振った。また、迷惑をかけてしまった。
「そう、良かった」
不二の安堵した表情と声色に、鼻の奥が痛みを覚える。
「ふじ」
再び名を呼ぶと、彼は私の手を握った。力のない手を優しく包み込んでくれる。
「ありがと」
小さく掠れた声で呟くと、彼は首を横に振った。
「僕は何もしてないよ」
そう言って、一瞬だけ力を込めて私の手を握り、すぐに離した。
「じゃあ僕は戻るから。ゆっくり過ごしてね」
おやすみ、と頭を撫でてくれる手が一番優しかった。明日、ちゃんとお礼を言おう。それでも不二はまた笑って、「何もしてないよ」って言うんだろうな。
私は今日、この時、初めて笑った。頬を濡らしながら、一人で笑った。