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「はあ〜……疲れた……」
朝から教室で机に突っ伏す後ろの席の友人。今日という日に不釣り合いな声色に思わず振り返る。
「どないしたん、そんな溜息ついて」
そう尋ねると、彼は体を起こすが、憂鬱な顔は変わらない。
「朝からおつかいしててん……」
「おつかいって……もしかして、」
私が答えを口にする前に謙也は口を尖らせては、こう言った。
「会う女子みんなに白石に渡せ渡せってチョコをな……」
今私達がこうして話している間も女子とチョコのセットに囲まれるクラス、いや学年一のモテ男、白石。それを見つめる謙也はいかにも嫉妬心丸出しで徐々に可哀想に思えてくる。
「それは……ご愁傷様やな」
「こんなん本命どころか義理も望めへん……!」
嘘泣きをしながら再び机に突っ伏す謙也。私はそんな彼を恨めしく見つめることしかできない。だって、机の横に掛けたバッグの中に綺麗にラッピングした特別なチョコがあるのだから。これは、他の誰でもない目の前の友人のために作ったもの。
嘆く謙也に今がチャンスなのではないか、と周囲を確認する。誰からももらえへんのやったら、とバッグの中に手を入れたところで謙也は勢いよく飛び起きた。心臓に悪いやんか!
「誰かくれへんかなあ〜!」
「義理ならもらえるやろ」
「義理限定かい!まあ本命は期待でけへんからな……」
そう言ってまた溜息。
おかしい。やはりおかしい。彼に対して違和感が拭い切れないでいる。今までずっと同じクラスだったが、義理でさえもらえなかったことは記憶にない。本人は気付いてないだけで本命もいくつか入ってただろうし。
まさか、と興味と恐怖が混ざった感情に襲われ、何もないかのように謙也に疑問をぶつけてみる。
「欲しい相手がおるん?」
「エッ……いや、まあそれは……」
どうやら当たったらしい。わかりやすく顔を赤らめて、目を逸らした。
なんや、おるんや。私の知らんとこで、私の知らん子と関係を作ってたんや。
そんなこと可能性を考えたら当たり前にあるはずなのに、視界が滲んで零れそうになる。ズキンと痛む胸を抱えて、私は針金の入った口で笑顔を作った。
「ふうん、もらえたらええな」
どうか、気付かれませんように。そう願って。
***
あっという間に放課後を迎えたが、相変わらず謙也の手元にはチョコ一つない。バッグの中に潜むチョコを手に取り、タイミングを見計らう。
今ならええかな。でも欲しい相手がおるのに私が渡すのはどうなんやろう。
悶々と考えていると、謙也に話しかける女子が一人。もしかして、本命の子やろうか。後ろの会話を背中で盗み聞きする。どうやら他のクラスの子の代理で謙也を呼びに来たらしい。
本命って他のクラスの子なんか。そら私知らんわ。
ちらりと廊下に目をやると、可愛らしい女の子が胸にチョコレートだろう小さな紙袋を持って待っていた。謙也は連れられるがまま、彼女の元へと向かっていく。
やっぱ謙也の良さをわからへん人がおらんわけないやん。私しか知らへんわけないやん。アホくさ。
きゅう、と痛む鼻がつらい。こんな思いするんやったら作らん方が良かったんかな。
バッグの中にあるチョコを他の友チョコで埋める。
はよ帰ってしまおう。鞄置いたまんまやし、どうせすぐに戻ってくる。デレデレとした顔で帰ってくるんや。そんな謙也、見たない。
人のいなくなった教室から出ようとした瞬間、扉には息を切らした謙也が戻ってきていた。
早すぎんねん、アホ。泣きそうになるのを堪え、笑って見せる。
「もらえた?」
「あー……実は、」
何故か答えづらそうに口を開くが、私は聞きたくないと言葉を被せる。
「良かったやん。本命?」
ここで彼は頷いて私は帰るつもりだった、のに。
「わからん」
「は?わからんって……もろたんちゃうの?」
よく見ると、謙也はあの子が抱えていた可愛らしい紙袋を持っていない。どういうことなのかと混乱していると、彼は余計に驚かせる言葉を口にする。
「その、断ってん」
「はあ!?」
「声でか!」
「だって、あんな欲しい欲しい言うてたのに……アホなん!?」
私の中では、あの子が本命なのだろうと思っていた。そんな子のチョコレートを断るというのはどういう道理か。
声を荒げた私に対し、謙也は真剣な表情で私を見つめる。普段見ない顔つきに、一歩後ろへと下がってしまう。
「言うたやん。欲しい子がおるって」
「その子やないから断ったん……?」
頷く謙也に心臓が痛む。
よっぽどその子のこと好きなんや。でももう放課後。その本命の子だって校内にはいないはずだ。
私は如何にも友人の一人であることを装ってバッグの中に押し込めたチョコを取り出した。私にとっては誰とも違う唯一のチョコ。特別な一つ。
「で、でも謙也一つももらえてへんのやろ?それやったらこれ持ち帰りぃや。手ぶらで帰るよりええやろ」
勢いで謙也の胸にチョコを押し付けるが、腕を謙也に掴まれ、逃げ出すことを阻まれる。
「待って」
やっぱ受け取れへんのかな、と全身の血の気が引いた。やっぱやめとけば、と自分の行動を後悔した。
「は、はは……やっぱいらへんよな、ごめん、」
チョコごと腕を戻そうとしても謙也が離してくれない。動かない腕に謙也の表情を窺った。
「俺が欲しかったんは、これやねん」
今日一度も見せることのなかった笑顔。頬を赤く染めて私からのチョコを受け取る彼。
「……嘘や」
諦めていたのに最後の最後でこんなことになるわけがない。衝撃で瞳から大粒の涙が零れる。
「こっ、こんなときに嘘言うアホおるかいな!?」
「アンタや!」
「ちゃう!!真面目に言うてんねん!俺は!!」
お互い顔を赤くして息を切らす。数秒見つめ合うと、謙也は私の手を遠慮がちに握った。
「なあ、これどっち」
「どっちがええの」
「……本命」
「当たり。こんな手の込んだの、謙也にしか作らへん」
そう伝えると、彼は握っていた私の手を引っ張って胸の中へ飛び込ませた。彼の心臓の音があまりにも煩いから、私は笑いが止まらなかった。
おまけ
「なんであんなもらえへんって嘆いてたん?」
「ああしとったら自分からもらえるかなって……」
「アホ」
「アホってなんやねん!俺はお前のだけで十分やから義理も全部断ったんやで!」
「……ほんまに?」
「ほんま」
「めっちゃ好きやん」
「好きやからこそやろ」
朝から教室で机に突っ伏す後ろの席の友人。今日という日に不釣り合いな声色に思わず振り返る。
「どないしたん、そんな溜息ついて」
そう尋ねると、彼は体を起こすが、憂鬱な顔は変わらない。
「朝からおつかいしててん……」
「おつかいって……もしかして、」
私が答えを口にする前に謙也は口を尖らせては、こう言った。
「会う女子みんなに白石に渡せ渡せってチョコをな……」
今私達がこうして話している間も女子とチョコのセットに囲まれるクラス、いや学年一のモテ男、白石。それを見つめる謙也はいかにも嫉妬心丸出しで徐々に可哀想に思えてくる。
「それは……ご愁傷様やな」
「こんなん本命どころか義理も望めへん……!」
嘘泣きをしながら再び机に突っ伏す謙也。私はそんな彼を恨めしく見つめることしかできない。だって、机の横に掛けたバッグの中に綺麗にラッピングした特別なチョコがあるのだから。これは、他の誰でもない目の前の友人のために作ったもの。
嘆く謙也に今がチャンスなのではないか、と周囲を確認する。誰からももらえへんのやったら、とバッグの中に手を入れたところで謙也は勢いよく飛び起きた。心臓に悪いやんか!
「誰かくれへんかなあ〜!」
「義理ならもらえるやろ」
「義理限定かい!まあ本命は期待でけへんからな……」
そう言ってまた溜息。
おかしい。やはりおかしい。彼に対して違和感が拭い切れないでいる。今までずっと同じクラスだったが、義理でさえもらえなかったことは記憶にない。本人は気付いてないだけで本命もいくつか入ってただろうし。
まさか、と興味と恐怖が混ざった感情に襲われ、何もないかのように謙也に疑問をぶつけてみる。
「欲しい相手がおるん?」
「エッ……いや、まあそれは……」
どうやら当たったらしい。わかりやすく顔を赤らめて、目を逸らした。
なんや、おるんや。私の知らんとこで、私の知らん子と関係を作ってたんや。
そんなこと可能性を考えたら当たり前にあるはずなのに、視界が滲んで零れそうになる。ズキンと痛む胸を抱えて、私は針金の入った口で笑顔を作った。
「ふうん、もらえたらええな」
どうか、気付かれませんように。そう願って。
***
あっという間に放課後を迎えたが、相変わらず謙也の手元にはチョコ一つない。バッグの中に潜むチョコを手に取り、タイミングを見計らう。
今ならええかな。でも欲しい相手がおるのに私が渡すのはどうなんやろう。
悶々と考えていると、謙也に話しかける女子が一人。もしかして、本命の子やろうか。後ろの会話を背中で盗み聞きする。どうやら他のクラスの子の代理で謙也を呼びに来たらしい。
本命って他のクラスの子なんか。そら私知らんわ。
ちらりと廊下に目をやると、可愛らしい女の子が胸にチョコレートだろう小さな紙袋を持って待っていた。謙也は連れられるがまま、彼女の元へと向かっていく。
やっぱ謙也の良さをわからへん人がおらんわけないやん。私しか知らへんわけないやん。アホくさ。
きゅう、と痛む鼻がつらい。こんな思いするんやったら作らん方が良かったんかな。
バッグの中にあるチョコを他の友チョコで埋める。
はよ帰ってしまおう。鞄置いたまんまやし、どうせすぐに戻ってくる。デレデレとした顔で帰ってくるんや。そんな謙也、見たない。
人のいなくなった教室から出ようとした瞬間、扉には息を切らした謙也が戻ってきていた。
早すぎんねん、アホ。泣きそうになるのを堪え、笑って見せる。
「もらえた?」
「あー……実は、」
何故か答えづらそうに口を開くが、私は聞きたくないと言葉を被せる。
「良かったやん。本命?」
ここで彼は頷いて私は帰るつもりだった、のに。
「わからん」
「は?わからんって……もろたんちゃうの?」
よく見ると、謙也はあの子が抱えていた可愛らしい紙袋を持っていない。どういうことなのかと混乱していると、彼は余計に驚かせる言葉を口にする。
「その、断ってん」
「はあ!?」
「声でか!」
「だって、あんな欲しい欲しい言うてたのに……アホなん!?」
私の中では、あの子が本命なのだろうと思っていた。そんな子のチョコレートを断るというのはどういう道理か。
声を荒げた私に対し、謙也は真剣な表情で私を見つめる。普段見ない顔つきに、一歩後ろへと下がってしまう。
「言うたやん。欲しい子がおるって」
「その子やないから断ったん……?」
頷く謙也に心臓が痛む。
よっぽどその子のこと好きなんや。でももう放課後。その本命の子だって校内にはいないはずだ。
私は如何にも友人の一人であることを装ってバッグの中に押し込めたチョコを取り出した。私にとっては誰とも違う唯一のチョコ。特別な一つ。
「で、でも謙也一つももらえてへんのやろ?それやったらこれ持ち帰りぃや。手ぶらで帰るよりええやろ」
勢いで謙也の胸にチョコを押し付けるが、腕を謙也に掴まれ、逃げ出すことを阻まれる。
「待って」
やっぱ受け取れへんのかな、と全身の血の気が引いた。やっぱやめとけば、と自分の行動を後悔した。
「は、はは……やっぱいらへんよな、ごめん、」
チョコごと腕を戻そうとしても謙也が離してくれない。動かない腕に謙也の表情を窺った。
「俺が欲しかったんは、これやねん」
今日一度も見せることのなかった笑顔。頬を赤く染めて私からのチョコを受け取る彼。
「……嘘や」
諦めていたのに最後の最後でこんなことになるわけがない。衝撃で瞳から大粒の涙が零れる。
「こっ、こんなときに嘘言うアホおるかいな!?」
「アンタや!」
「ちゃう!!真面目に言うてんねん!俺は!!」
お互い顔を赤くして息を切らす。数秒見つめ合うと、謙也は私の手を遠慮がちに握った。
「なあ、これどっち」
「どっちがええの」
「……本命」
「当たり。こんな手の込んだの、謙也にしか作らへん」
そう伝えると、彼は握っていた私の手を引っ張って胸の中へ飛び込ませた。彼の心臓の音があまりにも煩いから、私は笑いが止まらなかった。
おまけ
「なんであんなもらえへんって嘆いてたん?」
「ああしとったら自分からもらえるかなって……」
「アホ」
「アホってなんやねん!俺はお前のだけで十分やから義理も全部断ったんやで!」
「……ほんまに?」
「ほんま」
「めっちゃ好きやん」
「好きやからこそやろ」