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「はあ~……進まない……」
ジジジ、と目を背けたくなるほどの輝きをもつ太陽の下、元気よく鳴き続ける蝉とは対照的に、冷えた部屋でだらしなくシャーペンを手放しては、天を仰いだ。ちらりと覗いた時計の針は十時を差している。ちなみに勉強を開始した時間は九時。体感二時間とのギャップに再び溜息が出た。
つい先日部活を引退し、遊ぶか勉強するかの二択しかなく、今は仕方なく勉強、いや宿題をこなしている。集中力が切れてしまえばシャーペンを持つことさえ億劫に感じられ、両手は脱力したまま垂れ下がっているだけ。積み重ねられた課題に挟まれたプリントを引きずり出し、学校が開放されている日程を確認する。
「行くか……」
重い腰をゆったりと上げ、身支度を整える。制服に身を包むと、背筋がしゃんと伸び、少しだけやる気が漲るような気がした。
暑さに負けそうになりながらも学校に到着し、すぐさま図書館へと向かう。同じように宿題を広げている人がいて、その人達を横目に席へと着いた。ここなら誘惑もないし、とシャーペンを握り、順調に走らせていった。
気づけば数時間ほど経ち、宿題は予定より早く進んでいた。ぐっと背伸びをして、終わらせた宿題を見つめる。最近で一番真面目にやれたかなと自分で自分を褒め、宿題を鞄へとしまっていく。
帰ってアイスでも食べちゃおう。軽い足取りで靴箱へ向かうも、先程までの気分の良さは害されることとなる。
「あっつ……」
日差しは痛みをおぼえそうなほど真っ直ぐ地面を照らしており、じわじわと汗が吹き出し始める。涼しい部屋でアイスを食べる気分さえも削がれてしまい、口の端が下がった。帰ればいいのに足が動かず、身体が何か別のことを求めている。下がりかけていた顔を上げ、空からの光に表情を歪めつつも、ある場所へと足を運んだ。溶けてしまうんじゃないかと思いつつ、私が足を運んだのは学校の花壇。日陰があるわけではなく、ただただ暑い。それでも私が来るのには理由があった。
「綺麗だなあ……」
この花壇は美化委員が積極的に世話をしている。私は美化委員ではないが、日頃から誰もいない時間帯を見計らってはこの場へと来ていた。間接的にあの人を感じられるような気がして、一度そう思ってしまえば、私の足が止まることはなかった。そんな自分のことを気持ち悪いと思いつつ、どうしてもやめられなくて綺麗な花々を目に焼き付けていた。
あの人の愛を受け、世話をされる花たちを羨んだことだってある。こんなに綺麗なのだから、相当なものなのだろうと想像しては唇を噛む。無理だとわかっているからこそ、抱えるものが捻くれて、見せられないものへと変わっていく。
こんな想い、誰に言えるはずもなく、暗く汚く成長していく。今でさえも。
はっと気づけば、花を見ていた目は下へ下へと落ち込み、アスファルトを見つめていた。麗しいものを見ていたのに、と暗い考えを消すように首を左右に数度振った。そして、ぽた、と顎から汗が滴り、手首で拭う。さすがに帰るか、と腰を上げた瞬間、視界に水やり用のホースと蛇口が入った。無意識に近づき、荷物を置くと、ホースを蛇口に嵌め、シャワーヘッドのついた先を空に向けた。周囲に誰もいないことを確認してから蛇口をひねり、噴射させる。一度上がってから落ちてくる水滴。その下へと入り込み、頭から濡れることにひどく心が揺れた。冷たいわけではないが、なぜか無性に楽しくてふすふすと笑いが込み上げてくる。しょうもないことをしているのは重々承知している。でも今はこの馬鹿なことが熱を忘れさせてくれた。水を打ち上げてはくぐることを繰り返す。途中から夢中になりすぎて、声を上げて笑っていた。私の周りだけアスファルトの色が色濃くなり、髪の毛も束になりかけていた。
「はー……楽し」
はしゃぎ疲れた後、ホースを持ったままぼうっとしていると、背後からくすりと笑い声が。肩を跳ね上げ、恐る恐る振り返ると、そこには、
「もう、終わりかい?面白かったのに」
幸村精市君。学校の花壇の手入れを最も精力的活動している人であり、私の想い人でもある。
「え、え、嘘、いつから、」
ホースを持つ手が震え、今までとは違う汗がつたう。
「水を上に打ちあげ始めたあたりから、かな?」
わりと初めからじゃん、と顔に熱が集い、ホースを持っていた手が脱力し、ぶらんと下がる。
「ゆ、幸村君はどうしてここに……」
一番見られなくなかったのに、と自分の行動を悔いても時すでに遅し。私とは対照的に柔和な笑みを浮かべたまま、一歩ずつ近づいてくる。
「最近来れてなかったから、休憩時間にと思ってね」
「そ、そうなんだ、」
震える声で会話を続けるも、突然の想い人の登場に上手く立ち回れない。
「来てみたらお楽しみ中だったから声かけるのも申し訳なくて」
「それは失礼しました……」
穴があったら入りたい。というより今は静かに泣きたい。
すごすごと帰り支度を始めようとすると、彼はそれに待ったをかける。
「帰っちゃうのかい?」
「うん、まあ」
邪魔になっちゃうでしょう、と付け加えれば、彼は顎に手を当てて何かを考え始めた。私はそんな彼の姿を見つめつつ、手には鞄の持ち手がしっかりと握られていた。すると、彼は顔を上げると、花にも負けない軽やかな笑みをこちらに向け、こう言った。
「もし君の時間が許すなら、少し話せないかな」
突然の申し出にゆっくりと一度瞬きをした。
「はい……?」
「無理にとは言わないよ」
幸村君のお誘いを断る選択肢など私の中に浮かぶはずもなく、反射的に了承の態度を示す。
「う、ううん!時間ある!大丈夫!」
「そう?よかった」
この微笑み一つでどれほどの人間が落ちるだろうか。私は既に落ちているから余計に効果は抜群だ。
すると、彼は肩に羽織っていたジャージを取ると、それを私の肩に羽織らせた。
「いくら夏でも、身体にはよくないからね」
「タオル持ってるし、大丈夫だよ」
返そうとするも、頑なに返却を受け付けない。
「じゃあ俺と話してる間は掛けておきなよ」
「……ありがとう」
紳士的な人だなあ。これじゃあみんな本当に落ちちゃうよ。
そんなことを考えながら二人で花壇の前で膝を抱え、座り込んでは並んで花々を見つめていた。隣同士のせいで心臓の音が聞こえてしまいそうで、余計に鼓動が早くなる。幸村君すごくいい匂いするなあ、と考えていた瞬間、
「よく来てくれてるよね」
と一言。バレないようにしていたのに、と心臓が止まりかけた。
「し、知ってたの?」
「うん。当番じゃなくても見に来るときはあるから」
「……そうだったんだ」
自分の行動が知られていたことに対して恥ずかしさを覚えつつ、彼に認識されていたことを少し嬉しく思ってしまっている。
「花、好きなのかい?」
「……どうなんだろう」
んん、と考え込む私に幸村君はじっと黙ったままこちらを見つめて次に続く言葉を待っていた。何と言葉にしようか、と少しの間迷い、気を悪くしないでね、と前置きしてから花を一つ一つ見つめつつ言葉を紡いだ。
「元々好きっていうわけじゃなかったの。でも、たまたま見たときに派手でもないのにとても綺麗だって感じて……気づいたら足がここに来てたの。それが何度も続いて今に至る、ってわけ」
初めは幸村君への興味からだった。この人の好きなものを知りたかった。でも今はこの花壇に咲く花に惹かれているのが事実。
おかしくなかったかな。ちゃんと伝えられたかな。
「ふふ、」
「え、私変なこと言った?」
突然笑われ、自分の話したことを思い返そうとするが、早々簡単には思い返せない。笑われたショックが大きい。
「違うんだ。ただ、嬉しくて」
幸村君の言葉に安堵しつつ、私はすぐに首を傾げる。
「通りすがりに見たとしても、君みたいに思ってくれる人はなかなかいないだろう?ましてや花を見るためだけに、ここに来るなんて」
真っ直ぐに伝えられた想い。本当に花が好きなんだなあ、と思わず目を細めた。
「知らないだけで、もっといると思うよ」
「そうかな。ありがとう」
これだけ愛されてるんだから、私だけじゃない。もっといろんな人が知ってるよ。
すると、遠くから幸村君を呼ぶ声が届いた。あの大きなよく通る声は真田君だろう。
「あ、もう時間みたいだ」
よいしょ、と立ち上がる彼につられて私も一緒に立ち上がる。すると、彼は独り言のように呟いた。
「もっと早く声かければよかった」
その言葉を自分の良いように受け取り、体の中心から熱が上がる。
「じゃあ、行くね。気を付けて」
私の抱える気持ちなど知らずに彼はにこやかにテニスコートに戻ろうとする。
「ま、待って。これ、」
慌てて羽織っていたジャージを返すが、このままで良いのかと一瞬考えを巡らせる。
「ゆ、幸村君」
「ん?」
「また、見に来てもいい?」
手にしているジャージに皺がよるが、それに気づけないままの私。
「今度は、幸村君のいるときに……」
カラカラの喉から絞り出した言葉。幸村君はいつもの笑みを浮かべると、もちろん、と首を縦に振った。彼は私の手からジャージを受け取ると、ひらりと翻しながら再びジャージを羽織る。
「今度は水浴びも一緒にね」
そう言って微笑んだ彼はその場から去って行った。取り残された私は小さくなる彼の背中を見えなくなるまでずっと見つめていた。
ジジジ、と目を背けたくなるほどの輝きをもつ太陽の下、元気よく鳴き続ける蝉とは対照的に、冷えた部屋でだらしなくシャーペンを手放しては、天を仰いだ。ちらりと覗いた時計の針は十時を差している。ちなみに勉強を開始した時間は九時。体感二時間とのギャップに再び溜息が出た。
つい先日部活を引退し、遊ぶか勉強するかの二択しかなく、今は仕方なく勉強、いや宿題をこなしている。集中力が切れてしまえばシャーペンを持つことさえ億劫に感じられ、両手は脱力したまま垂れ下がっているだけ。積み重ねられた課題に挟まれたプリントを引きずり出し、学校が開放されている日程を確認する。
「行くか……」
重い腰をゆったりと上げ、身支度を整える。制服に身を包むと、背筋がしゃんと伸び、少しだけやる気が漲るような気がした。
暑さに負けそうになりながらも学校に到着し、すぐさま図書館へと向かう。同じように宿題を広げている人がいて、その人達を横目に席へと着いた。ここなら誘惑もないし、とシャーペンを握り、順調に走らせていった。
気づけば数時間ほど経ち、宿題は予定より早く進んでいた。ぐっと背伸びをして、終わらせた宿題を見つめる。最近で一番真面目にやれたかなと自分で自分を褒め、宿題を鞄へとしまっていく。
帰ってアイスでも食べちゃおう。軽い足取りで靴箱へ向かうも、先程までの気分の良さは害されることとなる。
「あっつ……」
日差しは痛みをおぼえそうなほど真っ直ぐ地面を照らしており、じわじわと汗が吹き出し始める。涼しい部屋でアイスを食べる気分さえも削がれてしまい、口の端が下がった。帰ればいいのに足が動かず、身体が何か別のことを求めている。下がりかけていた顔を上げ、空からの光に表情を歪めつつも、ある場所へと足を運んだ。溶けてしまうんじゃないかと思いつつ、私が足を運んだのは学校の花壇。日陰があるわけではなく、ただただ暑い。それでも私が来るのには理由があった。
「綺麗だなあ……」
この花壇は美化委員が積極的に世話をしている。私は美化委員ではないが、日頃から誰もいない時間帯を見計らってはこの場へと来ていた。間接的にあの人を感じられるような気がして、一度そう思ってしまえば、私の足が止まることはなかった。そんな自分のことを気持ち悪いと思いつつ、どうしてもやめられなくて綺麗な花々を目に焼き付けていた。
あの人の愛を受け、世話をされる花たちを羨んだことだってある。こんなに綺麗なのだから、相当なものなのだろうと想像しては唇を噛む。無理だとわかっているからこそ、抱えるものが捻くれて、見せられないものへと変わっていく。
こんな想い、誰に言えるはずもなく、暗く汚く成長していく。今でさえも。
はっと気づけば、花を見ていた目は下へ下へと落ち込み、アスファルトを見つめていた。麗しいものを見ていたのに、と暗い考えを消すように首を左右に数度振った。そして、ぽた、と顎から汗が滴り、手首で拭う。さすがに帰るか、と腰を上げた瞬間、視界に水やり用のホースと蛇口が入った。無意識に近づき、荷物を置くと、ホースを蛇口に嵌め、シャワーヘッドのついた先を空に向けた。周囲に誰もいないことを確認してから蛇口をひねり、噴射させる。一度上がってから落ちてくる水滴。その下へと入り込み、頭から濡れることにひどく心が揺れた。冷たいわけではないが、なぜか無性に楽しくてふすふすと笑いが込み上げてくる。しょうもないことをしているのは重々承知している。でも今はこの馬鹿なことが熱を忘れさせてくれた。水を打ち上げてはくぐることを繰り返す。途中から夢中になりすぎて、声を上げて笑っていた。私の周りだけアスファルトの色が色濃くなり、髪の毛も束になりかけていた。
「はー……楽し」
はしゃぎ疲れた後、ホースを持ったままぼうっとしていると、背後からくすりと笑い声が。肩を跳ね上げ、恐る恐る振り返ると、そこには、
「もう、終わりかい?面白かったのに」
幸村精市君。学校の花壇の手入れを最も精力的活動している人であり、私の想い人でもある。
「え、え、嘘、いつから、」
ホースを持つ手が震え、今までとは違う汗がつたう。
「水を上に打ちあげ始めたあたりから、かな?」
わりと初めからじゃん、と顔に熱が集い、ホースを持っていた手が脱力し、ぶらんと下がる。
「ゆ、幸村君はどうしてここに……」
一番見られなくなかったのに、と自分の行動を悔いても時すでに遅し。私とは対照的に柔和な笑みを浮かべたまま、一歩ずつ近づいてくる。
「最近来れてなかったから、休憩時間にと思ってね」
「そ、そうなんだ、」
震える声で会話を続けるも、突然の想い人の登場に上手く立ち回れない。
「来てみたらお楽しみ中だったから声かけるのも申し訳なくて」
「それは失礼しました……」
穴があったら入りたい。というより今は静かに泣きたい。
すごすごと帰り支度を始めようとすると、彼はそれに待ったをかける。
「帰っちゃうのかい?」
「うん、まあ」
邪魔になっちゃうでしょう、と付け加えれば、彼は顎に手を当てて何かを考え始めた。私はそんな彼の姿を見つめつつ、手には鞄の持ち手がしっかりと握られていた。すると、彼は顔を上げると、花にも負けない軽やかな笑みをこちらに向け、こう言った。
「もし君の時間が許すなら、少し話せないかな」
突然の申し出にゆっくりと一度瞬きをした。
「はい……?」
「無理にとは言わないよ」
幸村君のお誘いを断る選択肢など私の中に浮かぶはずもなく、反射的に了承の態度を示す。
「う、ううん!時間ある!大丈夫!」
「そう?よかった」
この微笑み一つでどれほどの人間が落ちるだろうか。私は既に落ちているから余計に効果は抜群だ。
すると、彼は肩に羽織っていたジャージを取ると、それを私の肩に羽織らせた。
「いくら夏でも、身体にはよくないからね」
「タオル持ってるし、大丈夫だよ」
返そうとするも、頑なに返却を受け付けない。
「じゃあ俺と話してる間は掛けておきなよ」
「……ありがとう」
紳士的な人だなあ。これじゃあみんな本当に落ちちゃうよ。
そんなことを考えながら二人で花壇の前で膝を抱え、座り込んでは並んで花々を見つめていた。隣同士のせいで心臓の音が聞こえてしまいそうで、余計に鼓動が早くなる。幸村君すごくいい匂いするなあ、と考えていた瞬間、
「よく来てくれてるよね」
と一言。バレないようにしていたのに、と心臓が止まりかけた。
「し、知ってたの?」
「うん。当番じゃなくても見に来るときはあるから」
「……そうだったんだ」
自分の行動が知られていたことに対して恥ずかしさを覚えつつ、彼に認識されていたことを少し嬉しく思ってしまっている。
「花、好きなのかい?」
「……どうなんだろう」
んん、と考え込む私に幸村君はじっと黙ったままこちらを見つめて次に続く言葉を待っていた。何と言葉にしようか、と少しの間迷い、気を悪くしないでね、と前置きしてから花を一つ一つ見つめつつ言葉を紡いだ。
「元々好きっていうわけじゃなかったの。でも、たまたま見たときに派手でもないのにとても綺麗だって感じて……気づいたら足がここに来てたの。それが何度も続いて今に至る、ってわけ」
初めは幸村君への興味からだった。この人の好きなものを知りたかった。でも今はこの花壇に咲く花に惹かれているのが事実。
おかしくなかったかな。ちゃんと伝えられたかな。
「ふふ、」
「え、私変なこと言った?」
突然笑われ、自分の話したことを思い返そうとするが、早々簡単には思い返せない。笑われたショックが大きい。
「違うんだ。ただ、嬉しくて」
幸村君の言葉に安堵しつつ、私はすぐに首を傾げる。
「通りすがりに見たとしても、君みたいに思ってくれる人はなかなかいないだろう?ましてや花を見るためだけに、ここに来るなんて」
真っ直ぐに伝えられた想い。本当に花が好きなんだなあ、と思わず目を細めた。
「知らないだけで、もっといると思うよ」
「そうかな。ありがとう」
これだけ愛されてるんだから、私だけじゃない。もっといろんな人が知ってるよ。
すると、遠くから幸村君を呼ぶ声が届いた。あの大きなよく通る声は真田君だろう。
「あ、もう時間みたいだ」
よいしょ、と立ち上がる彼につられて私も一緒に立ち上がる。すると、彼は独り言のように呟いた。
「もっと早く声かければよかった」
その言葉を自分の良いように受け取り、体の中心から熱が上がる。
「じゃあ、行くね。気を付けて」
私の抱える気持ちなど知らずに彼はにこやかにテニスコートに戻ろうとする。
「ま、待って。これ、」
慌てて羽織っていたジャージを返すが、このままで良いのかと一瞬考えを巡らせる。
「ゆ、幸村君」
「ん?」
「また、見に来てもいい?」
手にしているジャージに皺がよるが、それに気づけないままの私。
「今度は、幸村君のいるときに……」
カラカラの喉から絞り出した言葉。幸村君はいつもの笑みを浮かべると、もちろん、と首を縦に振った。彼は私の手からジャージを受け取ると、ひらりと翻しながら再びジャージを羽織る。
「今度は水浴びも一緒にね」
そう言って微笑んだ彼はその場から去って行った。取り残された私は小さくなる彼の背中を見えなくなるまでずっと見つめていた。