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喧嘩をした。原因といっても本当に些細なことで、他人が聞けば「夫婦喧嘩は何とやら」と呆れられるに違いない。
冷静になればどうして怒ったのかもわからなくなるはずなのに、私たちはどちらも折れることなく、加えては顔を合わせられないでいる。顔を合わせないと言っても、同じソファに腰かけてはそれぞれ端に座って縮こまっている状態。
喧嘩なんてほとんどしたことないし、これも喧嘩に入るかも怪しいもので、私たちはちゃんとした仲直りの仕方を知らない。
だからこそ、お互い頭に血が上って冷えるのを待っているのだが、そうであったのは私だけだったのか。長い脚を小さく丸めた彼は頬を丸く膨らませて、ボソッと呟いた。
「名前ちゃんの、あほ」
彼の言葉に呆気にとられては、ついていた頬杖が勢いよくズレた。小学生か、と言いたくなる気持ちをぐっと抑え、顔を背ける。
いつも大人びた態度を見せつけてくるくせに、ふとした瞬間に見せる幼い男の子が私は好きだ。
よりにもよって今そういう態度を出すのか。そう他人事のように考えながら、苛立ちよりも先に笑いが込み上げてきてしまい、緩む口元をバレないように手で隠した。
笑っていることを知られたらまた怒られるかもしれない。いや、今度は拗ねてしまうかな。なんて思いながら一度咳払いして、わざと低くした声で言ってやった。
「それ、素でやってる?」
わざとではない。どちらかと言えば、私がわざとやっている。
わかっているけれど、喧嘩中も相まって可愛くない態度を示してしまう。でも彼は優しいから、こんな私でもいいと言うんだ。顔良し、頭良し、性格良しときたのに、女の趣味が悪いとは。自分で思いながら情けなくなってきた。
すると、彼はこちらを間抜け面で見つめては、は?と瞬きを繰り返す。火に油を注いだか、と思っていると、彼はこちらに急接近してくる。そして、私の空いている腕を掴んでは、体を半ば無理やり回転させる。
「ちょお待って」
顔を覗き込もうとしてくる彼に対抗して、見られないように手で彼の顔を押し返そうとするも、いとも簡単に剥ぎ取られてしまう。
「ちょっと、」
やめてよ。そう言おうとするも、発言権さえも彼に奪われる。
「自分、顔真っ赤やん」
恐る恐る彼の表情を窺うと、整った眉がハの字に変わっていた。
もしかして勘違いさせてる?小さな喧嘩で私が泣いてるとでも思ったの?
「なんでなん」
「別に、関係ないよ」
理由が大したことないせいで、彼にさせている表情が申し訳なくなる。泣いてないし、笑い堪えるのに必死で顔真っ赤にしてました、だなんて聞いたら彼は呆れかえるに違いない。
しかし、そんな私の気持ちを知る由もなく、彼はより私に詰め寄ってきた。
「あかん」
早く言えと言わんばかりに私の両腕を掴んでは、顔を近づける。彼が次に口を開くときは、「俺の何があかんかった?言うて?」と言ってのけるはずだ。
私は突然の近距離に思わず顔を下げた。今度は違う意味で顔が熱くなり始めてしまっているせい。
すると彼は予想通りの言葉を発する。それに対して私は無言のまま目を合わせようとしなかった。
このままでは埒が明かないと思ったのだろう、だんまりを決め込む私に溜息を吐いた彼は、耳元でゆっくりと囁く。
「言わなちゅーするで」
彼の言葉に心臓が大きく波打つ。
私にとって彼の一挙一動は毒に近い。ゆっくり、少しずつ、私の中に入り込んでは、じわじわと効力を発揮する。私の弱いところを全部知っているからすぐに太刀打ちできなくなる。
それでもこの状態のままが嫌で、少し迷った挙句、滅多にない機会だからと私はゆっくりと顔を上げ、小さく彼に告げた。
「っ、してほしいから、言わないって言ったら……?」
我ながら恥ずかしいことを言った。言った後から恥ずかしさが込み上げてくる。穴があったら入りたい。今まで自分から強請ったこともしたこともないせいで私の頭はオーバーヒート寸前だ。
「お前、そんなん、」
普段言わないことを言ったせいか、彼は目をぱちくりとさせては、「ほんまに?」と確認をしてくる。私はそれに対してただ黙って頷く。
しかしそれもつかの間、意地悪っぽく口元を歪めては、にやにやとして嬉しそうだ。
「じゃあ言うたらちゅーしたるわ」
どや?と催促してくる彼。話が変わってくるじゃん、と思いつつ、しょうもないことだと訴える。しかし彼は、ええから、とだけ言って聞く耳をもたない。
こうなった彼は絶対動かない。それに私は自分が蒔いた種だと腹を括った。
「あほって言ったときの蔵ノ介君、可愛かった。それだけ」
そう言うと、彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、ボン、と音が聞こえそうなほどに顔を赤らめた。そして、ぱっと掴んでいた手を離し、顔を隠すも赤くなった表情は丸見えだ。
「……あかん。めっちゃ恥ずいわ」
指の間からちらりとこちらを覗く彼。先程までの威勢のよさは見る影もない。
「今も可愛いよ」
子供をあやすように告げると、彼は唇を尖らせて膝に手を置いた。
「俺、名前ちゃんにはカッコええって思われたいねん」
どんなときでも完璧に。「四天宝寺の聖書」と呼ばれていたのもよく覚えている。だからこそ、そういう人だと知っているからこそ、余計に可愛く思えて仕方がない。
彼の姿を見て勝手に和んでいると、ふいに唇に何かが触れる。それはよく覚えのあるもので、私の見ている世界は簡単に反転していく。
「くら、のすけ、」
名前を呼べば彼はいつだって優しく微笑む。艶めかしく美しい、煽情的な表情は私しか知らない。知らなくていい。
「約束、やろ?」
目の前には獲物を定めた瞳をした男。壊れ物に触れるように頬を撫でては、目を細める。
「せやから、覚悟しいや」
優しい触れ合いに瞳を閉じて、感じて、私は貴方に溺れる。
冷静になればどうして怒ったのかもわからなくなるはずなのに、私たちはどちらも折れることなく、加えては顔を合わせられないでいる。顔を合わせないと言っても、同じソファに腰かけてはそれぞれ端に座って縮こまっている状態。
喧嘩なんてほとんどしたことないし、これも喧嘩に入るかも怪しいもので、私たちはちゃんとした仲直りの仕方を知らない。
だからこそ、お互い頭に血が上って冷えるのを待っているのだが、そうであったのは私だけだったのか。長い脚を小さく丸めた彼は頬を丸く膨らませて、ボソッと呟いた。
「名前ちゃんの、あほ」
彼の言葉に呆気にとられては、ついていた頬杖が勢いよくズレた。小学生か、と言いたくなる気持ちをぐっと抑え、顔を背ける。
いつも大人びた態度を見せつけてくるくせに、ふとした瞬間に見せる幼い男の子が私は好きだ。
よりにもよって今そういう態度を出すのか。そう他人事のように考えながら、苛立ちよりも先に笑いが込み上げてきてしまい、緩む口元をバレないように手で隠した。
笑っていることを知られたらまた怒られるかもしれない。いや、今度は拗ねてしまうかな。なんて思いながら一度咳払いして、わざと低くした声で言ってやった。
「それ、素でやってる?」
わざとではない。どちらかと言えば、私がわざとやっている。
わかっているけれど、喧嘩中も相まって可愛くない態度を示してしまう。でも彼は優しいから、こんな私でもいいと言うんだ。顔良し、頭良し、性格良しときたのに、女の趣味が悪いとは。自分で思いながら情けなくなってきた。
すると、彼はこちらを間抜け面で見つめては、は?と瞬きを繰り返す。火に油を注いだか、と思っていると、彼はこちらに急接近してくる。そして、私の空いている腕を掴んでは、体を半ば無理やり回転させる。
「ちょお待って」
顔を覗き込もうとしてくる彼に対抗して、見られないように手で彼の顔を押し返そうとするも、いとも簡単に剥ぎ取られてしまう。
「ちょっと、」
やめてよ。そう言おうとするも、発言権さえも彼に奪われる。
「自分、顔真っ赤やん」
恐る恐る彼の表情を窺うと、整った眉がハの字に変わっていた。
もしかして勘違いさせてる?小さな喧嘩で私が泣いてるとでも思ったの?
「なんでなん」
「別に、関係ないよ」
理由が大したことないせいで、彼にさせている表情が申し訳なくなる。泣いてないし、笑い堪えるのに必死で顔真っ赤にしてました、だなんて聞いたら彼は呆れかえるに違いない。
しかし、そんな私の気持ちを知る由もなく、彼はより私に詰め寄ってきた。
「あかん」
早く言えと言わんばかりに私の両腕を掴んでは、顔を近づける。彼が次に口を開くときは、「俺の何があかんかった?言うて?」と言ってのけるはずだ。
私は突然の近距離に思わず顔を下げた。今度は違う意味で顔が熱くなり始めてしまっているせい。
すると彼は予想通りの言葉を発する。それに対して私は無言のまま目を合わせようとしなかった。
このままでは埒が明かないと思ったのだろう、だんまりを決め込む私に溜息を吐いた彼は、耳元でゆっくりと囁く。
「言わなちゅーするで」
彼の言葉に心臓が大きく波打つ。
私にとって彼の一挙一動は毒に近い。ゆっくり、少しずつ、私の中に入り込んでは、じわじわと効力を発揮する。私の弱いところを全部知っているからすぐに太刀打ちできなくなる。
それでもこの状態のままが嫌で、少し迷った挙句、滅多にない機会だからと私はゆっくりと顔を上げ、小さく彼に告げた。
「っ、してほしいから、言わないって言ったら……?」
我ながら恥ずかしいことを言った。言った後から恥ずかしさが込み上げてくる。穴があったら入りたい。今まで自分から強請ったこともしたこともないせいで私の頭はオーバーヒート寸前だ。
「お前、そんなん、」
普段言わないことを言ったせいか、彼は目をぱちくりとさせては、「ほんまに?」と確認をしてくる。私はそれに対してただ黙って頷く。
しかしそれもつかの間、意地悪っぽく口元を歪めては、にやにやとして嬉しそうだ。
「じゃあ言うたらちゅーしたるわ」
どや?と催促してくる彼。話が変わってくるじゃん、と思いつつ、しょうもないことだと訴える。しかし彼は、ええから、とだけ言って聞く耳をもたない。
こうなった彼は絶対動かない。それに私は自分が蒔いた種だと腹を括った。
「あほって言ったときの蔵ノ介君、可愛かった。それだけ」
そう言うと、彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、ボン、と音が聞こえそうなほどに顔を赤らめた。そして、ぱっと掴んでいた手を離し、顔を隠すも赤くなった表情は丸見えだ。
「……あかん。めっちゃ恥ずいわ」
指の間からちらりとこちらを覗く彼。先程までの威勢のよさは見る影もない。
「今も可愛いよ」
子供をあやすように告げると、彼は唇を尖らせて膝に手を置いた。
「俺、名前ちゃんにはカッコええって思われたいねん」
どんなときでも完璧に。「四天宝寺の聖書」と呼ばれていたのもよく覚えている。だからこそ、そういう人だと知っているからこそ、余計に可愛く思えて仕方がない。
彼の姿を見て勝手に和んでいると、ふいに唇に何かが触れる。それはよく覚えのあるもので、私の見ている世界は簡単に反転していく。
「くら、のすけ、」
名前を呼べば彼はいつだって優しく微笑む。艶めかしく美しい、煽情的な表情は私しか知らない。知らなくていい。
「約束、やろ?」
目の前には獲物を定めた瞳をした男。壊れ物に触れるように頬を撫でては、目を細める。
「せやから、覚悟しいや」
優しい触れ合いに瞳を閉じて、感じて、私は貴方に溺れる。
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