香りに纏わる2篇
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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<バニラフレーバー>
愛用のボディクリームのフタを開けて、ナマエは自分の失敗に気付いた。
「新しいのを買うの忘れてた…」
ジャーの中身はもう残り僅か、かき集めても片腕に塗る分くらいしかないだろう。
これは困った。
空気が乾燥するこの季節、保湿ケアをしないと手脚がすぐ痒くなってしまう。
同居する恋人は「餅みたいだな」とよく太腿などを触ってくるのだが、それも毎日の地道なケアの賜物である。
物入れをひっくり返しても、顔用のクリームしか出てこない。
顔用のものは値段に対して分量が少ないから、体には使いたくない。
何か無かったかな、と考えたところで思い出した。
普段使わないものが入っているクローゼットをごそごそと漁る。
「確かこの箱に…あった!」
取り出したのは、綺麗な箱におさめられた瓶だった。
友達にプレゼントで貰ったが、高価なクリームなのでずっと使わず仕舞いこんでいたのだった。
ちょっともったいない気がするが、せっかくだから使ってみようと蓋を開けると、ふわりと甘い香りがした。
「いい匂い…お菓子みたい」
パッケージを見ると、バニラフレーバーと書いてある。
あまり匂いのキツいものは苦手だが、これなら美味しそうだし良いや、とさっそく指ですくって体に塗り込んでいく。
ふわふわのクリームはしっとりと馴染み、甘い匂いと潤いで肌を満たしていく。
塗り終わり服で覆ってからも、動く度にバニラの香りが辺りに漂った。
「ふふ」
これからもちょっと特別な日には使うようにしようかな、と上機嫌に考えていると、
玄関扉の開く音がした。
恋人が帰るのは夜遅くになると言っていたので、不思議に思いながら見にいく。
「あれ、おかえりなさい。ゾンビマンさん早かったですね」
ごそごそとブーツを脱いでいたゾンビマンは、ただいま、と肩越しに振り返った。
「ああ、意外と早く片付いてな……ん?」
玄関口から上がりナマエに近づいたゾンビマンは、何かに気付いたような顔をした。
「なんだこの甘い匂い…お菓子作りでもしたのか?」
訝しげに鼻をならしているのを見てナマエは、あっ、と声をあげた。
「これ、バニラの匂いがするボディクリームを使ったんですよ」
袖を捲って腕を差し伸べると、ゾンビマンは顔を近づけた後、なるほど、と呟いた。
「良い匂いでしょ。ゾンビマンさん何か食べますか?親子丼の残りならありますけど……って、ちょっと、ゾンビマンさん…!」
いつの間にか目の前に接近していたゾンビマンを慌てて押し返す。
しかし、恋人は引力でもはたらいているかのようにぐいぐい近づいてくる。
首筋の匂いを嗅がれ、ナマエは恥ずかしくなった。
「なんですか、ワンちゃんみたいに…くんくんするの止めて下さい」
構わずナマエを抱きすくめて匂いを嗅ぎまわっていたゾンビマンは、やがてにやりと悪い顔で笑った。
「……甘党の人間の前でこんな匂いをさせるのは、嗅いでくれと言ってるようなもんだ。自分の迂闊さを恨むんだな」
「えっ、ちょっと」
抵抗する間もなく、ゾンビマンはナマエをヒョイと抱えあげ、そのままリビングまで運んでいく。
もっともらしい恋人の言葉に納得しそうになっていたが、一拍おくれて都合が良すぎる理論に気付き猛反発する。
「したり顔で何を言ってるんですか、そんなの理由になりませんよ!」
「こら、暴れるな」
ジタバタと抵抗するが降ろしてもらえず、ソファーにたどり着くとそのまま抱きかかえられてしまった。
ナマエの体を膝にのせ、がっちりホールドしてゾンビマンは満足気にしている。
「ふぅ……やっぱり疲れた時は甘いものだな」
「私は甘いものじゃありません!!」
まったりと落ち着き始めたゾンビマンに、ナマエは焦った。
意外とわがままなところがある恋人は、疲れている時は特に頑固だ。
このままでは身動きもままならない。
そう言えば本当の『甘いもの』が冷蔵庫にあったことを思い出し、ナマエは明るい声を出した。
「そうだ!ゾンビマンさんの大好きな、生クリームたっぷりプリンがありますよ。私の分も食べて良いですよ、だから離してください」
「いいや、お前で良い」
平常時ならば嬉しくて倒れてしまいそうな殺し文句だったが、今の状況では気持ちを挫けさせる効果しかなかった。
がっくりと力尽きたナマエを抱え直し、ゾンビマンもまたウトウトしながら肩口に頭を凭れさせている。
「ナマエ…お前はお菓子の妖精だったんだな……前々からただの人間にしちゃ可愛過ぎると思ってたんだ」
「そうですか……もうそれで良いです……」
ゾンビマンは寝ぼけて意味不明なことを呟いている。
それに突っ込む気力もなくうなだれるナマエは、もう絶対に恋人の前ではあのボディクリームを使わないと強く誓ったのだった。
「童帝、この前の汚染区域調査の結果報告書だ」
カタカタとキーボード操作をする少年に声をかけると、童帝はチラッと視線を寄越し礼を言った。
「どうでした?やっぱり野生動物の変容によるものですかね」
今回彼に個別に依頼されていたのは、環境汚染による野生動物の怪人化についての調査だった。
「ああ、お前の仮説通りだった。汚染物質が土壌に染み込んでいるんだろうな…サンプルも提出したがまず植物の奇形化が、」
話しながら報告書を手渡そうとすると、突然童帝はバッと機敏な動きで振り返った。
「ゾンビマンさん、ここに来る前に何か食べました…?こう、バニラエッセンスたっぷりの洋菓子だとか…」
丸い瞳がキラキラ輝いている。
僅かな香りを鼻聡く嗅ぎ付けたらしい。
ゾンビマンは流石だなと感心しつつ、甘党仲間の少年に弁解した。
「期待させといてなんだが、お前の喜ぶようなものは持ってないぞ。バニラはバニラでも匂いだけだ」
それを聞くと童帝はがっかりした様子を隠しもせず、なーんだ、とため息をついた。
「香水か何かですか?食べ物の香りなんて珍しいですね」
「……いや、ちょっと思わぬ反撃にあってな」
「反撃?」
どことなく気落ちした様子のゾンビマンに、童帝は不思議そうにしている。
手首を顔に近づけ、スンと匂いをかぐと甘ったるい香りがした。
昨夜、業を煮やしたナマエに「そんなにこの匂いが好きなら自分で使ったら良いじゃないですか!!」と塗り込められたボディクリームは、半日経った今もなお仄かに香っている。
しかし、記憶の中の恋人の匂いはもっと甘かったような気がして、ゾンビマンは一人首を傾げていた。
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