コマンド ▶あまえる
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「…えー、このようにカネーモ氏は事業のかたわらヒーロー協会へも積極的に資金協力を行い、平和のために尽力してこられました。今後氏が果たされる役割は増々大きいものになると…」
会場であるホテルのホール内には、着飾った来賓がひしめきあっていた。壇上で長々と続く演説を右から左に聞き流しながら、壁際に控えたゾンビマンは周囲の様子をそれとなく確認した。
ホール内には人気上位のヒーローが配置されているらしく、いくつか見知った顔があった。来賓達もしきりに周囲を見回し、興奮した様子で囁きあっている。
思った通り客寄せパンダか、と目立たないようじっとしていると、目の前を小山のような肉体が横切った。見れば、ゾンビマンのよく知った人物である。
「タンクトップマスター、お前も来ていたのか」
声を潜めて呼びかけると、タンクトップマスターもこちらに気がついたらしく近づいてくる。
「ああ。舎弟達の引率があるし、協会に俺たちの有用性を示す良い機会だとも思ってな」
成る程タンクトッパーの組織力はこういった場で役立つのか、と納得する一方、ゾンビマンは同僚の出で立ちに目を奪われていた。
「…お前、その格好は」
「ん?その格好とは?」
「何でタンクトップなんだ」
下半分こそスラックスと革靴だったが、上半身はいつもと何ら変わりのないタンクトップを着用している。こちらの言わんとすることを理解したのか、タンクトップマスターは、ああ、と何でもないことのように自分の体を見下ろした。
「服装指定があるようだったが、タンクトップでなければ有事の際に100%の力を発揮できないからな。それにタンクトップは秘められた能力を引き出し、いつも戦闘をサポートしてくれる。もはや俺にとっては正装と言っても過言はない。だから何も問題は無いと判断した」
「そうか」
ところどころ意味はわからなかったが、同僚のタンクトップへの信仰具合はいつものことなので、ゾンビマンはそれ以上突っ込むことを止めた。
しかし、ゾンビマンの胸にはひとつの疑惑が芽生えていた。その後演説が終わって立食パーティーに切り替わり、他のヒーロー達の姿がちらほら見え出すと、それは確信に変わっていった。
タンクトッパー達はもちろんのことだが、よく見るとまともに正装している者の方が圧倒的に少ない。皆ヒーローコスチュームの一部を微妙にアレンジしていたり、ネクタイだけしめてそのままという強者もいる。
普段とほぼ変わらない派手な格好で、会場の若い女性グループと写真を撮ったり、有力者らしき人物に売り込みをかけている者もあり、どうしてなかなか皆逞しいな、とゾンビマンは感心した。
それと共に、言われた通りにスーツを着用して来てしまった自分自身への哀しみがこみ上げる。よく考えてみれば、ゾンビマンにはコートの下に武器を仕込むという正当な理由がある。服装指定などハナから無視すれば良い話だった、と悔やんでいると、また見覚えのある人物が視界に入った。
「鬼サイボーグ」
誰かを探している様子のサイボーグの青年は、ゾンビマンが呼び止めると立ち止まり、金色の機械の瞳でこちらを一瞥した。彼は真面目な性格ではあるが、こういった類の要請には応じなさそうなイメージがある。意外に思って訊いてみると、俺は先生の付き添いだ、と素っ気なく返された。
「先生?」
「先生の貴重な暇な時間をこんな形で浪費するのは不本意だが、昼食に黒毛和牛カルビ弁当が出ると聞いて、先生が自ら参加を希望されたんだ」
微妙に要領を得ない説明だが、やはり鬼サイボーグ自身が進んでここへ来たのではないらしい。
そういえば、昼食はホテルの料亭の弁当だったな、と思い出しているとそこへ、おーいジェノス、と間の抜けた声が割り込んできた。見ると『地球がヤバい』会議の時に、何故か一緒に出席していた禿頭のヒーローが、親しげに片手を上げながら近づいてくる。
「弁当余ったやつ持って返って良いってよ。あとホテルの奴に聞いたらパーティーの料理も残ったら貰えるって。閉会間際にスタンバイな」
「残ったら貰える」と言いながら、その手には既にローストビーフの載った皿がある。良いのかこれ、と思っているゾンビマンを余所に、嬉しげに鬼サイボーグが駆け寄っていく。
「やりましたね、先生」
「タッパー持ってきといて正解だったな」
そのまま去っていく二人の格好もまた、鬼サイボーグはスーツの肩から先の両袖がカットされ、禿頭の方はスーツの上にマントという、正式なものではない。
服装どころか、もはや警備という建前すら失われつつある仲間達の自由さを目の当たりにし、ゾンビマンはどっと疲労感が増すのを感じた。
今すぐに帰りたい、という強い願いと共に、出発間際の甘やかなやり取りがゾンビマンの脳裏に蘇る。
ナマエが自分に頼られたがっていることには、前々から気がついていた。
家に居る時は単に気が抜けているだけだと思うのだが、自身のことには無頓着になりがちなゾンビマンの様子がどうも気にかかるらしく、ナマエは何かと世話を焼こうとする。年齢差があるので、対等でありたいという意識の表れもあるだろう。
その気持ちを軽んじるわけではないが、そこはやはりプライドというものがあり、ほどほどに気を弛めつつ、一線を越えないようにしていた。
しかし、今朝のやり取りで感じた、あの安らぎと解放感はどうだろう。優しい声と小さな手に慰撫される感触を思い出す。全てを委ねる心地好さはまるで麻薬のようだった。
何か危険な領域に足を踏み入れつつある気がしたが、スーツの息苦しさの中で思い出すナマエの腕の温もりは、砂漠の中のオアシスのように慕わしく感じられた。
「ねーねー、もしかしてゾンビマン?」
ゾンビマンが我に返ると、目の前に小綺麗な服装の子供が数人屯していた。来賓の家族だろうか、ワクワクと輝く瞳がこちらを見上げている。
「ああ、そうだ」
「やったー!僕ファンなんだ、握手して」
最初に声をかけてきた少年を皮切りに、やれ握手だサインだ、と子供達に四方を取り囲まれる。
「ねえ、僕斧が見たいよ、斧持ってないの?」
「悪いな、今日は持ってきてないんだ」
「えーつまんない!どうしてヒーローなのにパパ達みたいな格好してるの?」
「さあ、何でだろうな…」
無邪気に放たれる鋭い質問に、そんなの俺だって知りたい、とゾンビマンはやるせない気持ちになった。
『ゾンビマンさんはいつもお仕事を頑張ってえらいですね』
そうだ。俺は頑張っている。
頑張っているにも関わらず、いつも微妙に損な役回りになるのは何故なんだ。
家でくらい癒やされてもバチは当たらない筈だ。
改めて帰宅への欲求が強まる中、形ばかりの警備と子供達を中心とする一般人への対応に追われ、夕方にやっと解放された時には、すっかり体が強張ってしまっていた。そしてそれ以上に、精神的な疲労が泥濘のようにまとわりついていた。
だから家に着いて開口一番、ゾンビマンが自身の願望を表明してしまったのも無理のないことだったが、当然そんな事情は知らないナマエは、お帰りを言う暇もなく先制攻撃をくらい大いに戸惑った。
「朝のやつをもう一回やってくれ」
「い、一体どうしたんですか」
朝のやつ、といえば、出掛ける前のこっぱずかしいやり取りのことに違いなかったが、これまでおおっぴらに甘えてくることのなかった恋人の変貌ぶりに、思わず後退りをしてしまう。
「頼む…疲れてるんだ」
「そんなにですか…」
「ああ、誰も真面目にスーツなんか着てやしねえ…タッパー持ってくるやつまでいる始末だ」
警備任務とタッパーの関係性は今一わからなかったが、とにかく疲れていることは確かなようなので、朝のようにナマエは両腕を広げてみせた。ぐったりと力を抜いてもたれかかってきた体を、少しよろけつつ抱き留め、背中をポンポンと優しく叩く。
「お疲れ様でした、頑張りましたね」
「もう嫌だ…次頼まれても行かねえ」
「よしよし…」
そのまま気の済むまであやし、夕飯の後で買っておいたシュークリームを一緒に食べる頃には、ゾンビマンはいつも通りの様子に戻っていた。
少し驚いたが、普段しっかりしている分、知らず知らずストレスを溜めてしまうこともあるのだろうと、ナマエは自分を納得させた。
(こうして、少しずつでも頼りにしてもらえるようになればいいな…)
朝に感じた悪い予感のことは忘れてしまっている。
しかし、開いてはいけない扉が解き放たれてしまったことにナマエが気づくのは、もう間もなくのことだった。
『さあ追い詰めたモンガ、裏切り者め!おとなしくその“全自動芋掘り&焼き芋マシーン”を返すンガ!!』
『ヤキイモモンガめ…こうなれば奥の手を使う!出てこい我が忠実なるしもべよ!』
『あなたはモグーラ師匠!?どうして悪の手先にモンガ』
『クックック…前々回の引きで行方不明になった後、捕獲して洗脳させてもらった!どうだ、敬愛する師を攻撃することはできまい!』
『おのれー!!』
緊迫感のあるBGMが流れ、洗脳されたモグーラ師匠が主人公のヤキイモモンガを追い詰める。ただでさえ力の差があるところに、違法ヤキイモでドーピングされた師匠が相手では分が悪く、モモンガは完全に窮地に立たされた。
手に持ったお菓子を食べるのも忘れて、ナマエがテレビ画面の中で繰り広げられるストーリーに見入っていると、ドサッと膝の上に重量のあるものが倒れ込む感触がした。一気に意識を現実に引き戻される。
「ゾンビマンさん…」
ここ最近慣れっこになってしまったその重さの原因に視線を落とすと、こちらもまた慣れ親しんだ様子で、ナマエの膝を枕にソファに寝転んで画面を眺めている。
「こいつ確か味方じゃなかったか?このモグラも師匠だったろ。何で敵になってんだ」
「味方の振りをしたスパイだったんですよ。師匠は操られて闘わされてるんです」
「ガキ向けのくせにやたらハードなストーリーだな…」
我が物顔で寛いでいる膝の上のゾンビマンに、ナマエはすんでのところでこぼれそうになった溜め息をどうにか抑えた。
先日の出来事以来、ゾンビマンは何かにつけて甘やかしを要求するようになっていた。始めのうちは、頼りにしてもらえる嬉しさ、また滅多に見られない可愛らしい姿へのときめきもあり、言われるがままにハグや膝枕に応えていた。プレッシャーの多いだろうヒーロー稼業とあって、少しでもその助けになれればという意気込みもあったかもしれない。
しかしそれに味を占めたのか、もはや断りなしに引っ付いてくるようになったゾンビマンを相手にする内に、ときめきは慣れによって消失し、意気込みは面倒くささに取って代わり、最近のナマエは少し後悔し始めていたのだった。
溜め息と一緒に、手に持ったままだったプロヒーローチップスを口の中に放り込む。
「人の頭の上でお菓子喰うなよ」
「もう、自分から寝転んできたんじゃないですか」
ナマエの言い分は尤もな主張だと思われたが、ゾンビマンは退く気はないらしい。仕方なくその辺にあったチラシを手に取り、ランチョンマットのように寝転がった頭の上に広げる。
これでよし、と思っていると、チラシの下から恨めしげな声が聞こえてきた。
「…お前最近俺の扱いが雑になってきたな」
墓の下から這い出るアンデッドよろしく、見えない場所から圧をかけてくる恋人に怯みそうになる。しかし、ここは他の誰でもないナマエの膝なのだから、好き放題した上に文句を言うのは理不尽というものではないか。
「そ、それを言うならゾンビマンさんこそ最近べたべたし過ぎですよ!」
負けじと強めに叱り飛ばすと、鬱陶しいなら振り落とせよ、と先ほどより元気のない声が返ってきた。
(あっ拗ねた…)
さあ落とせと言わんばかりに手足を投げ出したゾンビマンに、面倒くささと愛しさの入り混じった感情がこみ上げる。
『先に好きになった方が負け』とは誰の言葉だったろうか。
スナック菓子の油で汚れた指をウエットティッシュで拭き、チラシをめくるとムスっとした表情の恋人の顔が現れた。
「どうしてそんなに甘えん坊になっちゃったんですか」
「いろいろあるんだよ…俺にも」
上から覗き込むと、ゾンビマンは誤魔化すように視線を天井の隅にやった。自分から寝転んでおきながら気まずそうにしているのが何だか可笑しい。
短い黒髪を流れに沿って優しく撫でると、ゾンビマンは気持ち良さそうに瞼を閉じた。悪戯心が湧いて頭のてっぺんを指圧すると、こら、と咎められ、ナマエは小さな笑い声を立てた。
そのまま意外に柔らかい髪の感触を楽しんでいると、うとうととしていたゾンビマンが不意に目を開き、何か欲しいものはないか、と出し抜けに尋ねてきた。
「欲しいものですか」
「何でも良いができたら形に残るような…いや、やっぱり何でも良い、お前の欲しいものなら」
値段は気にするな、と謎かけのようなことを言われ、しばし考え込む。
形に残るものということは、食べ物とかじゃない方が良いのかもしれない。
何となく、ゾンビマンが想定しているのは、もっと恋人らしい贈り物のことではないかという気がした。
すぐには思い付かず、考えておきますというと、再びゾンビマンは目を閉じゴロリと姿勢を変えた。そして居心地の良い位置を探すようにしばらくもぞもぞしていた後、やがて大きく息を吐き完全に脱力した。
そのまま寝ないで下さいね、と釘を刺そうとして、大きい猫のようなその姿をもっと見ていたくなり、ナマエは開きかけた口を噤んだ。
やっぱり、好きになった方が負けというのは本当らしい。
多分彼のことを好きだと気づいた時から、ずっと負け越している。
なのに、何故だかそれが楽しいと感じている。
テレビ画面の中では、いつの間にかヤキイモモンガが逆転勝利している。途中見逃したので、話がよくわからなくなってしまったが、あとで録画を見直せばいいや、とナマエは電源を切った。
高価なプレゼントなんてなくても、楽しみにしていたアニメ視聴を邪魔されても、恋人が相手なら不思議と赦せてしまうのだった。
「…もしかしてお菓子の油を俺の頭で拭いてないか?」
「さっきちゃんとティッシュで拭きました!」