4.デートじゃない
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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ねずみ寿司ランド行き当日の朝、お気に入りのワンピースを着たゼンコは、目を充血させた兄を見上げ、もう何度目になるかわからない質問を繰り返した。
「ねえお兄ちゃん、ホントにナマエちゃんと二人だけじゃなくていいの?」
緊張でよく眠れなかったらしい金属バットは、本調子ではなさそうにぼんやりしていたが、それを聞いて一気に血圧が上がったようで、顔を赤くしこれもまた何度目になるかわからない答えを返した。
「だから三人で良いって言ってんだろ!別にこれはデ、デートじゃねえんだからよ」
自分で言っておきながら『デート』という単語に反応している兄に、ゼンコは呆れたようにため息をついた。ナマエは夏休みに入って学校の夏期講習や塾もありなかなか忙しいようで、一度学校帰りに家に遊びにきて以来直接顔を合わせていなかった。ひさびさに会い、また初めてのお出かけともあって、金属バットはここ最近そわそわしっぱなしだった。
ゼンコとしてはこの話を兄から聞かされた時から、再三これを期にナマエとの関係を進展させるべきだと言ってきたのだが、どうにも金属バットは純情を拗らせているらしく頑として頷こうとしない。
(もう、ほんとじれったいな~)
自分もねずみ寿司ランドへは行きたいが、また後日に延期しても良いと思う程には、ゼンコは二人の進展の無さにじれていた。夏休みに遊園地デートだなんて、この上なくいい切欠に思えたのだが。
「そろそろ約束の時間だし行くぞ」
促され、家を出て手を繋ぎながら集合場所の駅前へ向かう。
ナマエとどうこうなる気はなくとも、単純に一緒に出かけられることは嬉しいらしく、見上げた兄の表情は明るい。
既に高い位置にある太陽が降り注ぎ、今日も暑くなりそうだった。
一方のナマエは既に駅前広場に到着し、二人の兄妹を待っていた。
以前『一緒に遊びに行ったりしたい』と言ったものの、特進コースへの移籍テストや、移ってからも付いていくのが大変で、実際金属バットと遊びにいく機会はこれが初めてだった。
自分から強く希望したくせに直前になって妙に意識してしまい、昨日の夜はクローゼットをひっくり返してああでもないこうでもないと服選びに時間がかかった。
ひざ上丈のデニムスカートとスニーカーの足元を見下ろし、ううんと唸る。
結局、同性の友達と遊びに行く時のような無難な格好に落ち着いたが、本当にこれで良かったのかという思いが今も拭えずにいる。
これはデートではない、と思う。
その言葉が男女二人(彼の妹もいるが)で出かけることを指すのならそうかもしれないが、一般的にはその二人が恋愛関係にある場合に使用する言葉だと思われる。
だからデートではないと言い聞かせながら、それなら自分が金属バットに向けるこの感情は何なのかと、ナマエは勉強のかたわら何度も繰り返した自問自答を再開した。
友達としてはもちろん好きだし尊敬してもいる。自分ではそれだけだと思っていた。
ただ、それなら何故あんな行動をとってしまうのだろう。
夏休みに入る前辺りからのあれこれを思い起こし、ナマエは顔が熱くなった。
(絶対変なやつだと思われてるよね)
金属バットと一緒にいると、自分でも意識しない内に至近距離に近づいていることがたびたびあった。
その都度我に返って謝るのだが、そういう時彼は険しい表情で口数も少ないので、なんだこいつと思われているに違いなかった。
ナマエ本人も自分自身の行動が不可解だったが、一つだけ確かなのは金属バットと居ると安心するということだった。
ナマエがずっと心の中に抱えていた暗がりを、彼は憐れむでもなく侮蔑するでもなく、ただそこにあるものとして認め、手を引いて立ち上がらせてくれた。
主治医の話では今もまだ完治したわけではないらしいが、病室での彼の言葉や手の力強さを思い出す度に、不思議なほど心が落ち着き、何でもできるような気持ちになった。
そして大きな手が目に入る度に、もう一度その手に触れたいと考えてしまう自分がいた。
(やっぱり、そういう意味で好きなのかな)
会えない間に自分の気持ちと向き合ってみて、たどり着いた答えだった。
今まで誰かと付き合ったことのないナマエにとって、それは未知の領域だった。
これまでに、あまり知らない男子生徒から告白されたことはあった。アヤカが勧めるように試しに付き合ってみる気にもなれず断っていたが、少しでも恋愛経験があればこれ程自分の感情に振り回されることはなかったかもしれないと思うと、今まで逃げてきたツケを払わされている気分だった。
もしも。もしも金属バットと自分が恋人になったとしたら。
これもまた夏期講習の合間に何度も想像したことだったが、その度にナマエの気持ちは一旦は浮上し、そして次第に沈んでいくのだった。
アヤカや他の友達の話を聞く中で、異性との付き合いというものは互いにイーブンでなければ長続きしないということは、ナマエにも何となくわかっていた。
こっちは予定をやりくりして時間を作っているのに、部活が忙しいからと構ってくれないから別れた。
そんなつもりはなかったのに、誕生日に高価過ぎるプレゼントを渡されて引いてしまった。
時間や金銭、それに気持ちを、相手にもらったら返し、あげたらまた返してもらう。
そんな些細な繰り返しで絆を深めていくのだとしたら。
(…私はバッド君に何を返せるんだろう)
金属バットには既に、十分過ぎる程勇気をもらった。
でも自分には何ができるだろうか。
まだ高校生であるにも関わらず、最前線で怪人の脅威と闘っている彼に、やっと前を向き始めたばかりの自分がしてあげられることとは。
また沈みそうになる思考を振り払おうとしていると、どこからか元気いっぱいな声が聞こえナマエは顔を上げた。
「ナマエちゃーん!」
見るとよそ行きの格好をしたゼンコがこちらに走ってくるところだった。
たどり着いたゼンコにその勢いのまま抱きつかれ、ナマエは少しよろけた。
「ナマエちゃん久しぶり、元気だった?」
「元気だよ、ゼンコちゃんも久しぶり。そのワンピース可愛いね。いつもよりお姉さんぽく見えるよ」
今日のゼンコはノースリーブのワンピースを着ていたが、控えめなデザインが華奢な腕や脚を際立たせ、少し大人びた風に見せていた。
褒められたゼンコは、パッと表情を輝かせた。
「ほんと?これにして良かった!お兄ちゃんはもっとフリフリのやつがいいってうるさかったんだけど」
以前の彼女はいかにも女の子らしい格好が好みだったが、最近になって大人っぽさを意識するようになったらしく、いつまでも子どもで居てほしい兄との間で意見の相違が起きていることはナマエも話には聞いていたので、その場面を想像して少し笑った。
「フリフリのやつも今日着てるのも、どっちも可愛いよ」
「ありがとう、ナマエちゃんも今日いつもと違うね、髪型可愛い!」
そのままテンション高く話すゼンコの相づちを打っていると、遅れて小走りにやってきた金属バットが到着した。
「ゼンコお前急に走るんじゃねえよ!あぶねえだろ!」
息を切らせ気味に妹に小言を言ったところで、こちらを見ているナマエに気づき、金属バットは俄かに緊張した様子を見せた。
「よ、よお…遅くなって悪ぃな」
「ううん、私も来たばっかりだから」
金属バットは久しぶりに会ったナマエを直視できずにいた。ナマエが見慣れない私服姿なことも、気恥ずかしさに拍車をかけていた。制服の時よりも短いスカート丈から覗く膝小僧が眩しい。長時間歩くことに備えてか動きやすそうな格好だった。髪型も今まで見たことのないポニーテールにしている。
視覚的に『いつもと違う』ということの破壊力を金属バットが身をもって痛感している一方で、ナマエも金属バットの姿にどぎまぎしていた。いつもの学ランではなく私服姿だと年相応に見える。標準装備のバットは女の子と出掛ける時の所持品として世間一般的には相応しくなさそうだが、ナマエにとっては金属バットのヒーロー精神の象徴のようで好ましかった。
お互いもじもじしている二人を見て、ゼンコは思わず半目になった。
(二人ともこんなにわかりやすいのになぁ)
兄の晩生っぷりはもう飽きるほどみて知っていたが、ナマエも大概なようだった。
ゼンコの同じクラスの小学生カップルの方がまだ進んでいる気がする。
見かねて声をかけた。
「二人とも恥ずかしがってないで早く行こ、切符買わなきゃ!」
「ハァ!?別に恥ずかしがってねーよ!」
その言葉に揃って赤くなった二人を置いて、ゼンコはさっさと切符売り場へ行ってしまう。
普段からしっかり者の妹だが、ことこの件に関してはやりこめられてばかりいる気がして、金属バットはどうにも面子が立たなかった。
相変わらず顔を見られないまま、同じく落ち着かない様子のナマエに声をかける。
「…俺らも行くか」
「う、うん。今日晴れて良かったね」
「そだな」
ぎこちなくゼンコの後を追って券売機へ向かう二人は、端から見ると初々しいカップル以外の何者でも無い。
知らぬは当人達ばかりだった。
「ねえお兄ちゃん、ホントにナマエちゃんと二人だけじゃなくていいの?」
緊張でよく眠れなかったらしい金属バットは、本調子ではなさそうにぼんやりしていたが、それを聞いて一気に血圧が上がったようで、顔を赤くしこれもまた何度目になるかわからない答えを返した。
「だから三人で良いって言ってんだろ!別にこれはデ、デートじゃねえんだからよ」
自分で言っておきながら『デート』という単語に反応している兄に、ゼンコは呆れたようにため息をついた。ナマエは夏休みに入って学校の夏期講習や塾もありなかなか忙しいようで、一度学校帰りに家に遊びにきて以来直接顔を合わせていなかった。ひさびさに会い、また初めてのお出かけともあって、金属バットはここ最近そわそわしっぱなしだった。
ゼンコとしてはこの話を兄から聞かされた時から、再三これを期にナマエとの関係を進展させるべきだと言ってきたのだが、どうにも金属バットは純情を拗らせているらしく頑として頷こうとしない。
(もう、ほんとじれったいな~)
自分もねずみ寿司ランドへは行きたいが、また後日に延期しても良いと思う程には、ゼンコは二人の進展の無さにじれていた。夏休みに遊園地デートだなんて、この上なくいい切欠に思えたのだが。
「そろそろ約束の時間だし行くぞ」
促され、家を出て手を繋ぎながら集合場所の駅前へ向かう。
ナマエとどうこうなる気はなくとも、単純に一緒に出かけられることは嬉しいらしく、見上げた兄の表情は明るい。
既に高い位置にある太陽が降り注ぎ、今日も暑くなりそうだった。
一方のナマエは既に駅前広場に到着し、二人の兄妹を待っていた。
以前『一緒に遊びに行ったりしたい』と言ったものの、特進コースへの移籍テストや、移ってからも付いていくのが大変で、実際金属バットと遊びにいく機会はこれが初めてだった。
自分から強く希望したくせに直前になって妙に意識してしまい、昨日の夜はクローゼットをひっくり返してああでもないこうでもないと服選びに時間がかかった。
ひざ上丈のデニムスカートとスニーカーの足元を見下ろし、ううんと唸る。
結局、同性の友達と遊びに行く時のような無難な格好に落ち着いたが、本当にこれで良かったのかという思いが今も拭えずにいる。
これはデートではない、と思う。
その言葉が男女二人(彼の妹もいるが)で出かけることを指すのならそうかもしれないが、一般的にはその二人が恋愛関係にある場合に使用する言葉だと思われる。
だからデートではないと言い聞かせながら、それなら自分が金属バットに向けるこの感情は何なのかと、ナマエは勉強のかたわら何度も繰り返した自問自答を再開した。
友達としてはもちろん好きだし尊敬してもいる。自分ではそれだけだと思っていた。
ただ、それなら何故あんな行動をとってしまうのだろう。
夏休みに入る前辺りからのあれこれを思い起こし、ナマエは顔が熱くなった。
(絶対変なやつだと思われてるよね)
金属バットと一緒にいると、自分でも意識しない内に至近距離に近づいていることがたびたびあった。
その都度我に返って謝るのだが、そういう時彼は険しい表情で口数も少ないので、なんだこいつと思われているに違いなかった。
ナマエ本人も自分自身の行動が不可解だったが、一つだけ確かなのは金属バットと居ると安心するということだった。
ナマエがずっと心の中に抱えていた暗がりを、彼は憐れむでもなく侮蔑するでもなく、ただそこにあるものとして認め、手を引いて立ち上がらせてくれた。
主治医の話では今もまだ完治したわけではないらしいが、病室での彼の言葉や手の力強さを思い出す度に、不思議なほど心が落ち着き、何でもできるような気持ちになった。
そして大きな手が目に入る度に、もう一度その手に触れたいと考えてしまう自分がいた。
(やっぱり、そういう意味で好きなのかな)
会えない間に自分の気持ちと向き合ってみて、たどり着いた答えだった。
今まで誰かと付き合ったことのないナマエにとって、それは未知の領域だった。
これまでに、あまり知らない男子生徒から告白されたことはあった。アヤカが勧めるように試しに付き合ってみる気にもなれず断っていたが、少しでも恋愛経験があればこれ程自分の感情に振り回されることはなかったかもしれないと思うと、今まで逃げてきたツケを払わされている気分だった。
もしも。もしも金属バットと自分が恋人になったとしたら。
これもまた夏期講習の合間に何度も想像したことだったが、その度にナマエの気持ちは一旦は浮上し、そして次第に沈んでいくのだった。
アヤカや他の友達の話を聞く中で、異性との付き合いというものは互いにイーブンでなければ長続きしないということは、ナマエにも何となくわかっていた。
こっちは予定をやりくりして時間を作っているのに、部活が忙しいからと構ってくれないから別れた。
そんなつもりはなかったのに、誕生日に高価過ぎるプレゼントを渡されて引いてしまった。
時間や金銭、それに気持ちを、相手にもらったら返し、あげたらまた返してもらう。
そんな些細な繰り返しで絆を深めていくのだとしたら。
(…私はバッド君に何を返せるんだろう)
金属バットには既に、十分過ぎる程勇気をもらった。
でも自分には何ができるだろうか。
まだ高校生であるにも関わらず、最前線で怪人の脅威と闘っている彼に、やっと前を向き始めたばかりの自分がしてあげられることとは。
また沈みそうになる思考を振り払おうとしていると、どこからか元気いっぱいな声が聞こえナマエは顔を上げた。
「ナマエちゃーん!」
見るとよそ行きの格好をしたゼンコがこちらに走ってくるところだった。
たどり着いたゼンコにその勢いのまま抱きつかれ、ナマエは少しよろけた。
「ナマエちゃん久しぶり、元気だった?」
「元気だよ、ゼンコちゃんも久しぶり。そのワンピース可愛いね。いつもよりお姉さんぽく見えるよ」
今日のゼンコはノースリーブのワンピースを着ていたが、控えめなデザインが華奢な腕や脚を際立たせ、少し大人びた風に見せていた。
褒められたゼンコは、パッと表情を輝かせた。
「ほんと?これにして良かった!お兄ちゃんはもっとフリフリのやつがいいってうるさかったんだけど」
以前の彼女はいかにも女の子らしい格好が好みだったが、最近になって大人っぽさを意識するようになったらしく、いつまでも子どもで居てほしい兄との間で意見の相違が起きていることはナマエも話には聞いていたので、その場面を想像して少し笑った。
「フリフリのやつも今日着てるのも、どっちも可愛いよ」
「ありがとう、ナマエちゃんも今日いつもと違うね、髪型可愛い!」
そのままテンション高く話すゼンコの相づちを打っていると、遅れて小走りにやってきた金属バットが到着した。
「ゼンコお前急に走るんじゃねえよ!あぶねえだろ!」
息を切らせ気味に妹に小言を言ったところで、こちらを見ているナマエに気づき、金属バットは俄かに緊張した様子を見せた。
「よ、よお…遅くなって悪ぃな」
「ううん、私も来たばっかりだから」
金属バットは久しぶりに会ったナマエを直視できずにいた。ナマエが見慣れない私服姿なことも、気恥ずかしさに拍車をかけていた。制服の時よりも短いスカート丈から覗く膝小僧が眩しい。長時間歩くことに備えてか動きやすそうな格好だった。髪型も今まで見たことのないポニーテールにしている。
視覚的に『いつもと違う』ということの破壊力を金属バットが身をもって痛感している一方で、ナマエも金属バットの姿にどぎまぎしていた。いつもの学ランではなく私服姿だと年相応に見える。標準装備のバットは女の子と出掛ける時の所持品として世間一般的には相応しくなさそうだが、ナマエにとっては金属バットのヒーロー精神の象徴のようで好ましかった。
お互いもじもじしている二人を見て、ゼンコは思わず半目になった。
(二人ともこんなにわかりやすいのになぁ)
兄の晩生っぷりはもう飽きるほどみて知っていたが、ナマエも大概なようだった。
ゼンコの同じクラスの小学生カップルの方がまだ進んでいる気がする。
見かねて声をかけた。
「二人とも恥ずかしがってないで早く行こ、切符買わなきゃ!」
「ハァ!?別に恥ずかしがってねーよ!」
その言葉に揃って赤くなった二人を置いて、ゼンコはさっさと切符売り場へ行ってしまう。
普段からしっかり者の妹だが、ことこの件に関してはやりこめられてばかりいる気がして、金属バットはどうにも面子が立たなかった。
相変わらず顔を見られないまま、同じく落ち着かない様子のナマエに声をかける。
「…俺らも行くか」
「う、うん。今日晴れて良かったね」
「そだな」
ぎこちなくゼンコの後を追って券売機へ向かう二人は、端から見ると初々しいカップル以外の何者でも無い。
知らぬは当人達ばかりだった。