3.お裾分け
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最初からろくな用事ではないだろうとは思っていたが、目の前の光景を見て、ゾンビマンは本格的に帰りたくなった。
「よく来たな66号、タコ焼きの原材料が大量に余ったんだが要らないか」
呼び出した張本人であるジーナスが、へらりと笑って片手をあげる。
『たこ焼きの家』の調理場件材料庫は、大量のタコの足で埋め尽くされていた。
業務用冷蔵庫は早々に満坏になったようで、ありったけの容器を総動員しても足りず、雑にバケツに詰め込まれたり、机にじか置きされているものもある。
空気が生臭い。
「自分の計画性の無さによる不始末を俺に押し付けるな。…というか余り過ぎだろこれ」
足の踏み場もない。その辺に転がっているタコ入りの容器を行儀わるく足で退かす。
その傍らで、アーマードゴリラが一つ一つ傷み具合を確認し、これもダメだ、これも廃棄、と次々にゴミ袋に詰め込んでいる。
「人の親切は素直に受けるものだぞ。タコの足は高タンパク低カロリー、疲労回復に効果の高いタウリンも多く含み、ビタミンやミネラルも豊富な健康食材だ。君のその不健康そうな見た目も改善してくれるかもしれないな」
どの口が言うのか。
相変わらずこちらの神経を逆撫でする目の前の男を睨み付ける。
「廃棄の手間を渋ってんじゃねえ」
付き合っていられないとばかりに、踵を返そうとしたところで『高タンパク低カロリー』というフレーズが、つい最近の会話の記憶を呼び起こした。
『タンパク質ちゃんと摂らなきゃって思うんですけど、なかなか難しいんですよね。遅い時間にあんまり食べると太りそうだし』
動きを止めたゾンビマンをジーナスが不思議そうに見る。
「どうした?66号」
「……参考程度にきくが、どれくらい日持ちするんだこれ」
「茹でて冷凍すれば1ヶ月はもちますね」
こいつらの為じゃない。円滑なご近所付き合いの為だ。
誰にともなく言い訳しながら、ゾンビマンは地を這うような声で言った。
「…できるだけ新鮮なタコの足を、一人暮らしで消費できる分だけ寄越せ」
先日ちょっとした事件があった後も、隣人とは疎遠になることなく親交が続いていた。
ゾンビマンはそう口数の多い方ではないので、自然聞き手に回ることが多くなる。
ナマエの話す内容は会社の話、家族・友人の話など他愛の無い事柄で、語り口も拙いものだったが、なんでもない日常の話は不思議とゾンビマンの心を和ませた。
その中で記憶に新しいのが、隣人の食事事情だった。
休みの日に作り置きをするなど工夫しているそうだが、彼女の労働環境はあまりいいものと言えず、平日はスーパーにも寄れないので、コンビニ弁当などで手早くすませることが多いらしい。
当然栄養面が心配になる。食費のことを思うと外食ばかりするのも気がひける。野菜や米などある程度保存がきくものは実家が送ってくれたりするそうだが、生鮮食品はそうはいかない。
そんな話を聞いていたから、ついこうしてタコの足を譲り受けてしまったのだが。
ゾンビマンは保冷ケースを手に、隣の部屋の扉の前に立ちつくしていた。
よく考えたら、いやよく考えなくとも、かなり柄ではないことをしている。
大体タコの足だけってどうなんだ。よく知らないが、普通お裾分けと言ったら野菜とかじゃないか。タコの足が食べられないという話はあまり聞かないが、苦手な食べ物だという可能性もある。
しばらく頭を悩ませていたが埒が開かない。
日中より弱まったとはいえ、まだ強い午後の日差しがケースをじりじりと照らしている。このまま傷んでしまっては元も子もない。
決心してインターホンを押した。
休日の午後で、先ほどから物音もしていたので在宅だろう。カメラで訪問者の顔はわかるとは思うが、念の為声をかける。
「…ミョウジ。いるか、俺だ」
中から、えっゾンビマンさん?という声がした。少しして扉が開き、ナマエが顔を出す。部屋掃除の途中だったのか背後の壁に掃除機が立てかけられ、一つにまとめられた髪が少し乱れている。図らずもリアルな日常の風景を覗き見てしまったようで内心戸惑う。
「こんにちは。珍しいですね、玄関から訪ねてこられるの」
ドアチェーンもかけず全開にされた扉を見て、顔見知りとは言え少し不用心ではないかと思う。
やはりどうも危なっかしい印象が拭えない。
隣人はそんな風に思われているとはつゆ知らず、親しげにゾンビマンを見上げていた。
「急に悪いな。実はタコの足が大量に手に入ったんだが要らないか」
保冷ケースの蓋を開けて見せると、ナマエは中のタッパーを覗き込んだ。
「タコの足?…ほんとだ大量ですね、どうしたんですかこれ」
「ああちょっと知り合いにな。もしかしてと思っただけで、要らないなら断ってくれていい」
断られたら、自分で消費するのも面倒なので生産者に突き返しにいくかと考えていたが、幸いナマエはタコの足が嫌いではないようだった。
「あっ貰えるのなら欲しいです」
「そうか、茹でてから冷凍してあるから、ここまま冷凍すれば1ヶ月ほどもつそうだ」
保冷ケースからタッパーを取り出す。一つに入りきらず幾つかに分けてあったが、全て受け取られる。どうやら本当に喜ばれたらしい。
実際、日々の食材調達に苦労しているナマエにとっては、すぐに食べられるタンパク源を、それもただで手に入れられるのは大変有り難く、その場に誰もいなければ小躍りしたいくらいだった。
「ありがとうございます。どうやって食べようかな」
ニコニコと機嫌良さそうに思案する様は微笑ましい。
気分が伝染したように、知らずゾンビマンも表情を弛めていた。
「すみません、本当にただで貰っちゃって…」
言いかけたナマエが珍しいものを見たような顔をした。
そこで初めて自分が笑っていたことに気づき、ゾンビマンは急ぎ表情を引き締めた。見るとナマエも手放しで喜び過ぎていたことに気づいたのか、顔を逸らして気恥ずかしそうにしている。
どこか浮ついた空気が漂い、耐えられなくなった二人はお互い会話を切り上げにかかった。
「あっあのありがとうございました。大事に食べますね」
「いや、喜んでもらえて何よりだ」
ぎこちなく別れの挨拶をした後もなんとなく落ち着かず、自分の部屋に戻るやいなやゾンビマンは煙草を取り出し火をつけた。
一口吸い、吐き出した紫煙が拡散していくのを見るうちに、段々冷静さを取り戻す。
なんだったんだ今の。
毎日任務やら怪人やらの非日常に追われているゾンビマンには、久しく馴染みの無い感覚だった。もう記憶も定かではないが遥か昔普通の人生を送っていた頃、それもまだ学生だった頃に覚えがあるような…
それ以上思考を進めるとなにか面倒な扉が開きそうで、ゾンビマンは考えるのを止めた。しかし珍しく機嫌の良い自分を認めざるを得ない。
(あいつもたまには役に立つんだな…)
ジーナスに感謝の念を抱く日がくるとはまさか思いもしなかった。
癪に触るので素直に礼を言う気にはならないのだが、次に会う時何か手みやげでも持っていっても良いかもしれない。
「よく来たな66号、タコ焼きの原材料が大量に余ったんだが要らないか」
呼び出した張本人であるジーナスが、へらりと笑って片手をあげる。
『たこ焼きの家』の調理場件材料庫は、大量のタコの足で埋め尽くされていた。
業務用冷蔵庫は早々に満坏になったようで、ありったけの容器を総動員しても足りず、雑にバケツに詰め込まれたり、机にじか置きされているものもある。
空気が生臭い。
「自分の計画性の無さによる不始末を俺に押し付けるな。…というか余り過ぎだろこれ」
足の踏み場もない。その辺に転がっているタコ入りの容器を行儀わるく足で退かす。
その傍らで、アーマードゴリラが一つ一つ傷み具合を確認し、これもダメだ、これも廃棄、と次々にゴミ袋に詰め込んでいる。
「人の親切は素直に受けるものだぞ。タコの足は高タンパク低カロリー、疲労回復に効果の高いタウリンも多く含み、ビタミンやミネラルも豊富な健康食材だ。君のその不健康そうな見た目も改善してくれるかもしれないな」
どの口が言うのか。
相変わらずこちらの神経を逆撫でする目の前の男を睨み付ける。
「廃棄の手間を渋ってんじゃねえ」
付き合っていられないとばかりに、踵を返そうとしたところで『高タンパク低カロリー』というフレーズが、つい最近の会話の記憶を呼び起こした。
『タンパク質ちゃんと摂らなきゃって思うんですけど、なかなか難しいんですよね。遅い時間にあんまり食べると太りそうだし』
動きを止めたゾンビマンをジーナスが不思議そうに見る。
「どうした?66号」
「……参考程度にきくが、どれくらい日持ちするんだこれ」
「茹でて冷凍すれば1ヶ月はもちますね」
こいつらの為じゃない。円滑なご近所付き合いの為だ。
誰にともなく言い訳しながら、ゾンビマンは地を這うような声で言った。
「…できるだけ新鮮なタコの足を、一人暮らしで消費できる分だけ寄越せ」
先日ちょっとした事件があった後も、隣人とは疎遠になることなく親交が続いていた。
ゾンビマンはそう口数の多い方ではないので、自然聞き手に回ることが多くなる。
ナマエの話す内容は会社の話、家族・友人の話など他愛の無い事柄で、語り口も拙いものだったが、なんでもない日常の話は不思議とゾンビマンの心を和ませた。
その中で記憶に新しいのが、隣人の食事事情だった。
休みの日に作り置きをするなど工夫しているそうだが、彼女の労働環境はあまりいいものと言えず、平日はスーパーにも寄れないので、コンビニ弁当などで手早くすませることが多いらしい。
当然栄養面が心配になる。食費のことを思うと外食ばかりするのも気がひける。野菜や米などある程度保存がきくものは実家が送ってくれたりするそうだが、生鮮食品はそうはいかない。
そんな話を聞いていたから、ついこうしてタコの足を譲り受けてしまったのだが。
ゾンビマンは保冷ケースを手に、隣の部屋の扉の前に立ちつくしていた。
よく考えたら、いやよく考えなくとも、かなり柄ではないことをしている。
大体タコの足だけってどうなんだ。よく知らないが、普通お裾分けと言ったら野菜とかじゃないか。タコの足が食べられないという話はあまり聞かないが、苦手な食べ物だという可能性もある。
しばらく頭を悩ませていたが埒が開かない。
日中より弱まったとはいえ、まだ強い午後の日差しがケースをじりじりと照らしている。このまま傷んでしまっては元も子もない。
決心してインターホンを押した。
休日の午後で、先ほどから物音もしていたので在宅だろう。カメラで訪問者の顔はわかるとは思うが、念の為声をかける。
「…ミョウジ。いるか、俺だ」
中から、えっゾンビマンさん?という声がした。少しして扉が開き、ナマエが顔を出す。部屋掃除の途中だったのか背後の壁に掃除機が立てかけられ、一つにまとめられた髪が少し乱れている。図らずもリアルな日常の風景を覗き見てしまったようで内心戸惑う。
「こんにちは。珍しいですね、玄関から訪ねてこられるの」
ドアチェーンもかけず全開にされた扉を見て、顔見知りとは言え少し不用心ではないかと思う。
やはりどうも危なっかしい印象が拭えない。
隣人はそんな風に思われているとはつゆ知らず、親しげにゾンビマンを見上げていた。
「急に悪いな。実はタコの足が大量に手に入ったんだが要らないか」
保冷ケースの蓋を開けて見せると、ナマエは中のタッパーを覗き込んだ。
「タコの足?…ほんとだ大量ですね、どうしたんですかこれ」
「ああちょっと知り合いにな。もしかしてと思っただけで、要らないなら断ってくれていい」
断られたら、自分で消費するのも面倒なので生産者に突き返しにいくかと考えていたが、幸いナマエはタコの足が嫌いではないようだった。
「あっ貰えるのなら欲しいです」
「そうか、茹でてから冷凍してあるから、ここまま冷凍すれば1ヶ月ほどもつそうだ」
保冷ケースからタッパーを取り出す。一つに入りきらず幾つかに分けてあったが、全て受け取られる。どうやら本当に喜ばれたらしい。
実際、日々の食材調達に苦労しているナマエにとっては、すぐに食べられるタンパク源を、それもただで手に入れられるのは大変有り難く、その場に誰もいなければ小躍りしたいくらいだった。
「ありがとうございます。どうやって食べようかな」
ニコニコと機嫌良さそうに思案する様は微笑ましい。
気分が伝染したように、知らずゾンビマンも表情を弛めていた。
「すみません、本当にただで貰っちゃって…」
言いかけたナマエが珍しいものを見たような顔をした。
そこで初めて自分が笑っていたことに気づき、ゾンビマンは急ぎ表情を引き締めた。見るとナマエも手放しで喜び過ぎていたことに気づいたのか、顔を逸らして気恥ずかしそうにしている。
どこか浮ついた空気が漂い、耐えられなくなった二人はお互い会話を切り上げにかかった。
「あっあのありがとうございました。大事に食べますね」
「いや、喜んでもらえて何よりだ」
ぎこちなく別れの挨拶をした後もなんとなく落ち着かず、自分の部屋に戻るやいなやゾンビマンは煙草を取り出し火をつけた。
一口吸い、吐き出した紫煙が拡散していくのを見るうちに、段々冷静さを取り戻す。
なんだったんだ今の。
毎日任務やら怪人やらの非日常に追われているゾンビマンには、久しく馴染みの無い感覚だった。もう記憶も定かではないが遥か昔普通の人生を送っていた頃、それもまだ学生だった頃に覚えがあるような…
それ以上思考を進めるとなにか面倒な扉が開きそうで、ゾンビマンは考えるのを止めた。しかし珍しく機嫌の良い自分を認めざるを得ない。
(あいつもたまには役に立つんだな…)
ジーナスに感謝の念を抱く日がくるとはまさか思いもしなかった。
癪に触るので素直に礼を言う気にはならないのだが、次に会う時何か手みやげでも持っていっても良いかもしれない。