ゾンビマンさんはなんでもできる
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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鏡の中に真剣な顔をした自分自身が写っている。
メイクの工程の中途半端な姿。
ベースを整え、アイブロウを描くところまでは成功した。
ナマエはメイク用品入れの中から、奮発して買ったリップスティックを取り出した。
仕事用の控えめな色味のものではなく、鮮やかな赤色。
恐る恐る唇に滑らせてみる。
「……」
なんか変だ。
自分の顔をしげしげと見つめて、ナマエは唸った。
カウンターでみてもらったので、色が合っていないことはないと思うのだが、唇だけが目立っている。
(…他のところもちゃんとお化粧したら変じゃなくなるかな)
いつもは手っ取り早く済ませてしまうところを、行程を増やして入念に作り上げていく。
アイラインをくっきりさせて、マスカラも塗り重ねて、チークもがっつりいれて…
「も、もっとおかしくなった…!!」
鏡の中の顔はまるで舞台用メイクのように厚化粧だ。
こんな顔で出掛たら周りの視線を集めること間違いなしだが、それは嬉しくない類の注目だった。
(どうしよう)
ナマエは時計に目をやり焦った。
早くやり直さないと、友達との約束の時間に間に合わない。
クレンジングしなきゃ、でもそうするとまた一からやり直しだ、部分だけ落とすか、と洗面所に行きつ戻りつ迷っていると、別室にいたゾンビマンが顔を出した。
「さっきから何をドタバタしてるんだ。出掛けるんじゃなかったのか?」
パッと顔を向けると、恋人の表情が僅かに怯んだものに変わる。
それを見て更に哀しい気持ちになりながら訴えた。
「お化粧がうまくいかないんです…」
「そうか…」
コテコテに濃くなった顔を泣きそうに歪めていると、恋人は言葉を選びつつ尋ねてきた。
「なんだ…その、いつもと違った感じにしたいのか?いつもはもっとシンプルだろう」
メイクのことなので、男性であるゾンビマンに話してわかるのだろうかと思いつつ、ナマエは肯いた。
「今日はちょっと大人っぽくしようと思って」
言いながら新しく買ったリップを見せると、ゾンビマンはなるほど、と呟いた。
かと思うと、なにか思い立ったように部屋を出ていく。
「ちょっと待ってろ」
「?」
不思議に思っていると、すぐさま彼は戻ってきたが、その手には取っ手付きのボックスを持っている。
一見アタッシュケースのようだが、平べったくはなく正方形だ。
なんだろうと覗き込んでいたナマエは、蓋を開けた中身をみて目を丸くした。
「これならナマエの肌の色にも合うか…無駄にならずに済んで良かった」
彼がごそごそと探っている中には、ファンデーション、下地、アイシャドウ、その他色とりどりの化粧品が詰め込まれている。
一体誰のものなのか、答えは聞くまでもない。思わず顔が強張った。
「あ、あの、どんな趣味を持っていても、周りの人に迷惑をかけなければ、それは個人の自由だと思います…例えプロヒーローに女装趣味があったとしても…」
「いや違う、早合点をするな」
ベタなリアクションしやがって、と突っ込みを入れると、ゾンビマンは少し決まり悪そうに述べた。
「これは仕事用だ」
「えっ!?」
仕事用とは。それはつまりどんな仕事なのか。
またしてもおかしな方向に想像力を働かせそうになっていると、釘を刺すようにゾンビマンは簡潔に説明した。
「俺はこの通り目付きも悪いし、死人みたいな顔色だからな。
諜報活動の時なんかに、怪しまれないよう化粧で見た目の印象を変えることがあるんだ」
「へえー」
思いもよらない事情に感心していると、ゾンビマンは中からひとつのアイシャドウパレットを取り出した。
色味自体は薄いが、細かいパールがキラキラして高そうだ。
「これはあまり使っていないやつなんだが、さっきの口紅に合うと思う…やってみてもいいか?」
確認の体をとっているが、内心直したくてうずうずしている雰囲気を感じとり、ナマエは承諾した。
ゾンビマンは手先が器用だし、もしかしたら自分よりも上手かもしれない。
いすに座ったナマエの髪をクリップで止め、面白いことになってしまったポイントメイクだけを、優しく拭き落としていく。
ファンデーションを軽く手直しして、ゾンビマンはナマエの正面に回り顔に手を添えた。
間近に迫った真剣な面差しにどきりとする。
(ゾンビマンさんの顔って…かっこいいな)
今更のように考えて急に恥ずかしくなってきた。
目付きが悪いだの死人だの本人は散々に腐していたが、本当に整った目鼻立ちをしている。
それに、隈の濃い目元やちょっと不健康そうな雰囲気は、恋するフィルターを通すとなんだか色っぽく見えるのだ。
ナマエが一人どぎまぎしていると、ゾンビマンは困ったような顔をした。
「こら、やりにくいだろ。変顔をするんじゃない」
「へ、変顔なんかしてません!!」
「それだ、そのフグみたいな顔をやめろと言うんだ」
せっかくの乙女心はどこかへ吹っ飛んでいき、気持ちだけムスッとしてナマエはメイクに臨んだ。
件のリップを軽く唇に塗ると、ゾンビマンは全体のバランスを注意深く見ながらアイシャドウブラシを手に取った。
下を見るように言われ、目を伏せる。
「主役を口紅にしたいんなら、目元はすっきり仕上げた方が色が引き立つと思う」
「なるほど…」
落ち着いた声を聞きながら、柔らかいブラシが目蓋を撫でる感触に集中する。
メイクブラシまで持っているなんて本格的だ。
目元に色をのせ終わると、またリップを塗りなにやら指で伸ばしている。
こんなもんか、と呟くとゾンビマンはナマエに手鏡を渡した。
「どうだ?なかなか似合ってると思うが」
「わぁ…!」
覗き込んだ鏡面に写った顔は、さっきと同じ色の口紅を使っているのに、ぜんぜん違う風に見えた。
リップの輪郭をぼかしたからなのか、鮮やかな色が悪目立ちせず馴染んでいるし、繊細に輝くアイシャドウともうまく調和している。
憧れの品のあるレディがそこにいた。
「すごい…!ゾンビマンさんって何でもできるんですね!」
「褒めても何も出ないぞ」
そう言いつつゾンビマンは満足げにしている。
「チークも主張しない色合いでまとめた方が良い。お前は目が大きいしアイラインはなくても良いと思うが、マスカラくらいならいい感じに華やかになるんじゃないか。あとはハイライトで艶を足して…」
「あ、あの…ゾンビマンさん、それならフルメイクしてくれませんか…?」
つらつらとアドバイスを続けるのを遮ってお願いしてみると、ゾンビマンはよしきたとばかりに腕まくりをした。
料理を覚え始めた時もそうだったが、凝り性というのか、やるからには徹底してやりたいタイプらしい。
見るからに複雑そうな銃の手入れも、まったく苦にした様子もなくいつも丁寧にしているし、そういう細かい作業をするのが好きなのだろう。
ナマエはたまに上瞼を挟んでしまうビューラーも、ばっちり使いこなしている。
男らしい骨張った手によって、自分の顔が少しずつ彩られていくのを待つこと暫し。
「…よし、完成だ」
「うわあぁ…!」
再び手鏡を覗き、ナマエは感嘆の声をあげた。
さっきのメイクの方向性はそのままに、ゴージャスさを増している。
綺麗に上がったまつ毛、内側から輝くようなハイライトに、唇はグロスで艷やかに光っている。
これならば、今日着ていこうと思っていたちょっとシックなワンピースにも負けない。
「すっごく素敵です。ありがとうございます、ゾンビマンさん」
嬉しさのままにゾンビマンを見上げると、彼はなぜだか複雑そうな表情をしている。
「…まずいな」
「えっ?」
完璧な仕上がりに見えるが、どこか失敗したのだろうか。
不思議に思っていると、ゾンビマンは壊れものを扱うような手付きでナマエの頬に触れた。
「少し張り切りすぎた。今のお前を他の奴に見せるのが惜しい」
言葉の意味を理解した途端、顔中が熱くなった。
「な、な、なにを言ってるんですか…!」
恥ずかしい人ですね、と照れ隠しに怖い顔をしながら手を押しやると、ゾンビマンは小さく笑った。
「おい、せっかく綺麗にしたんだからフグの真似はよせよ」
「違います!!」
突然の口説き落としにじわじわと変な汗が出る。
このままではせっかくのメイクが崩れてしまいそうだ。
動揺の原因を部屋から追い出すと、ナマエはいま一度鏡を覗き込んだ。
(こういう感じなら、ゾンビマンさんの隣に並んでも釣り合うかな…)
それにはまず、自分でうまくメイクできるようにならないといけないけど。
また今度練習しよう、と秘かに決心しつう、ナマエは急いで支度をした。
ゾンビマンの手によるメイクはナマエの友人達にも大変好評だったという。
帰宅したナマエに「もしヒーローをやめてもメイクさんになれますね!」とおだてられたが、ちょうどテレビに映っていた女装の美容家が決めゼリフを叫ぶのを見て、なんとなく複雑な気持ちになるゾンビマンだった。
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