お礼小説
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※「怪人少年と夏休み」の番外編的な小話です
※モブ視点
夏の盛り、流水岩砕拳の道場には、今日も焼け付く日差しと蝉時雨が降り注いでいる。
門下生の一人である青年は、本日家事当番に割り当てられており、汗を拭いながら中庭の手入れに勤しんでいた。
庭といっても小さなもので、松の木や植え込み、石灯篭や飛び石がある程度、バングも特に景観にはこだわりがないらしく、適当で構わんよ、とのことなので、仕事の中では楽な担当である。
だから、割り振りをされた時は密かに幸運を喜んだのだが。
雑草をむしる手を止めないまま、青年はチラッと少し離れたところにいる他の二人に目をやった。
「なんかさ、蝉ってかわいそうだよね。たった一週間しか生きられないなんて」
箒で掃き掃除をしている少女は、この道場の主であり、門下生達の師範でもあるバングの親戚、ナマエである。
ジー、ジー、と喧しく鳴いている蝉だが、早くも寿命の尽きた個体がおり、地面のそこかしこで仰向けになっていた。
そのうちの一つを箒で突っつきながら、不思議そうに彼女は言った。
「ちょっとしか生きられないのが悔しいから、こうやってビービー鳴いてるのかな」
少女らしい感受性を思わせるその発言に、小馬鹿にしたような声が答えた。
「ハァ?お前知らねえのかよ」
近くで枝切りをしていた銀髪の少年―ガロウは、剪定鋏を手に退屈そうに説明した。
「こいつら土ん中で五年だか十年だか生きてから出てきてんだよ。ぬくぬく生きてきたヤツが死に際に見苦しく騒いでるだけじゃねーか」
「ええー、じゃ別に可哀想じゃないや」
なんとも気の抜ける会話だが、青年は注意深く二人の様子を伺っていた。
家庭の事情でナマエがこの道場に預けられてから一週間が経つ。
彼女はすっかりここでの生活に馴染んでいた。
中学生の女の子、それも家族が病気だという心細い状況で、こんなむさ苦しいところへ放り込まれて大丈夫なのか、と内心危惧していたが、ふさぎ込む様子もなく、家事手伝いを進んでするなど、彼女はなかなかに逞しい性格のようだった。
そして門下生一同にとっては驚いたことに、いつの間にか“あの”ガロウと親しく口を利くようになっている。
伸びすぎた枝葉を整えている横顔を盗み見た。
ガロウは、この道場の中ではなにかと目立つ存在だった。
入門して日が浅いにも関わらず、驚くべき成長の速さで既に実戦できる域に達している。
皆表立って口には出さないが、内心突出した才能に舌を巻いていた。
しかし、青年が何よりも異様に思ったのは、その年齢に似合わない落ち着きようだった。
武道者とあってストイックな者ばかりではあるが、彼くらいの年の頃はそれなりに羽目を外したりする。
自身も血気盛んな頃、余暇に繰り出した街で喧嘩沙汰を起こし、バングに叱責を受けたものだ。
ガロウには、そういった隙のようなものがまるで見受けられなかった。
才能に驕るでもなく、いつも黙々と鍛錬に励んでいる。
愛想こそないものの、礼を欠いた言動を取られたことはない。
それを、精神の成熟が早いからだろうと賞賛する者もいたが、青年にはなぜかそうだとは思えなかった。
組手稽古で膝をついた自分を見下ろす乾いた目を思い出す。
目の前の自分を見ていない、それでいてなにか内に執念のようなものを秘めた、貪欲に強さを求める姿。
正直なところ、何を考えているのかわからない、この年下の門下生が苦手だった。
そんなガロウが、ナマエとはごく普通の少年のように接している。
それ自体はまあ良いことだと思うが、問題は仲が良すぎるのか、二人が時々諍いを起こすことだった。
もしそうなった時、この場で仲裁するのは自分の役目である。
ナマエはともかく、ガロウに対して上から何か言うのは、想像しただけでなんとも居心地が悪い。
だから、何事もなくこの時間が過ぎ去ってほしいと願っていたのだが、二人はそんな思惑は知る由もない。
と、出し抜けにジジジジジという耳障りな音と共に、大きな悲鳴があがった。
「きゃあああ!動いたー!」
驚いて視線を向けると、地面の上でジタバタ暴れまわる蝉を前に、ナマエが腰を抜かしそうになっている。
どうやら瀕死の個体を目覚めさせたらしい。
「うるっせえな…静かにできねえのかよ」
顔を顰めたガロウに文句を言われると、ナマエは蝉を指差して訴えた。
「だって急に動くんだもん!」
「そりゃまだ死んでねえ蝉だからだろ。近づいたお前の自業自得だっつの」
手厳しく突き放され、ナマエはムッと口を尖らせている。
「死んでるとか生きてるとかわかんないよ。みんなおんなじように上向いてんじゃん」
「見分け方があるんだよ。脚開いてんのが死んでて、閉じてんのが生きてる」
「へえー、そうなんだ」
ガロウも案外親切なところがあるな、と感心しそうになったところで違和感に気付いた。
実家の周りも田舎なので、いわゆる蝉爆弾は夏の風物詩だが、父親に教わった見分け方は、確か脚を開いたのがまだ生きている印、ということだった。
振り向くと、ナマエは早速教わった知識を活用しようと、キョロキョロと地面上を探している。
声をかけようとして、青年は視線を感じた。
いつもは感情の読めない金色が、わずかに笑みを含んでこちらを見ている。
その悪戯っぽい表情に、青年は思わず口を噤んだ。
見てろよ、今に面白いことが起こるぞ、というその意図を読み取るが早いか否か、ナマエのけたたましい悲鳴があがった。
「ひやああああああー!!」
しゃがみ込んでいたところをもろに顔面に突撃されたらしく、尻もちをついて暴れる蝉から後じさっている。
助けに行かなければ、と思うのに青年はそれよりも珍しい光景に目を奪われていた。
ガロウが腹を抱えて笑っている。
体を折り曲げながら、苦しそうにひっひっと息を洩らしている。
「バァーカ、騙されてやんの」
意地悪く茶化しながら尚も笑い続ける姿は、ただの悪ガキでしかなく。
――何だ。そんな顔もできるんじゃないか。
なぜか安堵したような気持ちで呆気にとられていると、膝をガクガクさせながらナマエが逃げてきた。
「ねえ!動いた!蝉動いた!脚開いてるのに!」
ねえなんで、とあまりに取り乱した様子が可哀想になり、青年は真相を明かした。
「脚を開いてるのはまだ生きてる蝉だよ。さっきガロウが言ったのと逆」
ナマエはあんぐりと口を開け、しばし固まった。
かと思うと怒りの形相になり、まだ笑っているガロウに猛然と食って掛かる。
「酷いよガロウくん、嘘じゃん!正反対じゃん!」
けっこうな剣幕だが、ガロウはどこ吹く風で嘲りの笑みを浮かべている。
「へっ、騙される方が悪いんだよ」
「お、おい二人とも、」
口を挟む間もなく、ナマエが持っていた箒を振りかぶった。
「ガ…ガロウくんの馬鹿!!」
大振りに下ろされる箒を、ガロウはうるさげに片耳を塞ぎながらヒョイと避けた。
完全にバカにしているその様子を見て、ナマエは癇癪を起こしながら追撃している。
ああもうどうすんだこれ、とまごついていると、そこへ大きな怒声が響いた。
「コラ!何を騒いでる!」
3人とも雷に打たれたようにピタリと動きを止めた。
見ると、騒ぎを聞きつけたらしいニガムシがのしのしと大股でやってくる。
「仕事中に遊ぶんじゃない!」
叱りつけられたナマエは、勢い込んでガロウを指さした。
「だ、だって先にガロウくんが」
「人のせいにしない!」
ニガムシはぴしゃりとそれを遮り、今度はガロウの方へ鬼瓦のような顔を向けた。
「お前もいちいちナマエちゃんをからかうんじゃない!」
「…はい」
ガロウはつまらなさそうにそっぽを向き、ナマエも納得いかない様子ながらしゅんと俯いている。
流石は一番弟子、と思っていると矛先がこちらを向いた。
「まったく、年長者であるお前は二人を監督する立場だろう、情けない!」
「す、すまん」
「お前たち意識が足りんぞ。バング先生に教えを受け、道場に住まわせて頂く身としてだな…」
くどくどとお説教が続く。
一旦始まると長いんだよな、と遠い目をしていると、突然ニガムシが「うあーっ!」と素っ頓狂な声をあげた。
見ると、片足立ちになった足元でまたしても瀕死の蝉が悶えている。
「ああびっくりした…どうもこいつらは苦手だ。死んでいると思ったらいきなり暴れ出す」
心臓の辺りを押さえておっかなびっくりしているニガムシを前に、ナマエとガロウの間で静かに目配せが交わされるのを青年は見た。
「…ねえ知ってる?ニガムシさん。生きてるかどうか見分け方があるんだよ」
「なんだ、そうなのか?」
それから間もなくして、ニガムシのひっくり返った叫び声と三人分の笑い声が、よく晴れた夏空の下、大きく響き渡ったのだった。
※モブ視点
夏の盛り、流水岩砕拳の道場には、今日も焼け付く日差しと蝉時雨が降り注いでいる。
門下生の一人である青年は、本日家事当番に割り当てられており、汗を拭いながら中庭の手入れに勤しんでいた。
庭といっても小さなもので、松の木や植え込み、石灯篭や飛び石がある程度、バングも特に景観にはこだわりがないらしく、適当で構わんよ、とのことなので、仕事の中では楽な担当である。
だから、割り振りをされた時は密かに幸運を喜んだのだが。
雑草をむしる手を止めないまま、青年はチラッと少し離れたところにいる他の二人に目をやった。
「なんかさ、蝉ってかわいそうだよね。たった一週間しか生きられないなんて」
箒で掃き掃除をしている少女は、この道場の主であり、門下生達の師範でもあるバングの親戚、ナマエである。
ジー、ジー、と喧しく鳴いている蝉だが、早くも寿命の尽きた個体がおり、地面のそこかしこで仰向けになっていた。
そのうちの一つを箒で突っつきながら、不思議そうに彼女は言った。
「ちょっとしか生きられないのが悔しいから、こうやってビービー鳴いてるのかな」
少女らしい感受性を思わせるその発言に、小馬鹿にしたような声が答えた。
「ハァ?お前知らねえのかよ」
近くで枝切りをしていた銀髪の少年―ガロウは、剪定鋏を手に退屈そうに説明した。
「こいつら土ん中で五年だか十年だか生きてから出てきてんだよ。ぬくぬく生きてきたヤツが死に際に見苦しく騒いでるだけじゃねーか」
「ええー、じゃ別に可哀想じゃないや」
なんとも気の抜ける会話だが、青年は注意深く二人の様子を伺っていた。
家庭の事情でナマエがこの道場に預けられてから一週間が経つ。
彼女はすっかりここでの生活に馴染んでいた。
中学生の女の子、それも家族が病気だという心細い状況で、こんなむさ苦しいところへ放り込まれて大丈夫なのか、と内心危惧していたが、ふさぎ込む様子もなく、家事手伝いを進んでするなど、彼女はなかなかに逞しい性格のようだった。
そして門下生一同にとっては驚いたことに、いつの間にか“あの”ガロウと親しく口を利くようになっている。
伸びすぎた枝葉を整えている横顔を盗み見た。
ガロウは、この道場の中ではなにかと目立つ存在だった。
入門して日が浅いにも関わらず、驚くべき成長の速さで既に実戦できる域に達している。
皆表立って口には出さないが、内心突出した才能に舌を巻いていた。
しかし、青年が何よりも異様に思ったのは、その年齢に似合わない落ち着きようだった。
武道者とあってストイックな者ばかりではあるが、彼くらいの年の頃はそれなりに羽目を外したりする。
自身も血気盛んな頃、余暇に繰り出した街で喧嘩沙汰を起こし、バングに叱責を受けたものだ。
ガロウには、そういった隙のようなものがまるで見受けられなかった。
才能に驕るでもなく、いつも黙々と鍛錬に励んでいる。
愛想こそないものの、礼を欠いた言動を取られたことはない。
それを、精神の成熟が早いからだろうと賞賛する者もいたが、青年にはなぜかそうだとは思えなかった。
組手稽古で膝をついた自分を見下ろす乾いた目を思い出す。
目の前の自分を見ていない、それでいてなにか内に執念のようなものを秘めた、貪欲に強さを求める姿。
正直なところ、何を考えているのかわからない、この年下の門下生が苦手だった。
そんなガロウが、ナマエとはごく普通の少年のように接している。
それ自体はまあ良いことだと思うが、問題は仲が良すぎるのか、二人が時々諍いを起こすことだった。
もしそうなった時、この場で仲裁するのは自分の役目である。
ナマエはともかく、ガロウに対して上から何か言うのは、想像しただけでなんとも居心地が悪い。
だから、何事もなくこの時間が過ぎ去ってほしいと願っていたのだが、二人はそんな思惑は知る由もない。
と、出し抜けにジジジジジという耳障りな音と共に、大きな悲鳴があがった。
「きゃあああ!動いたー!」
驚いて視線を向けると、地面の上でジタバタ暴れまわる蝉を前に、ナマエが腰を抜かしそうになっている。
どうやら瀕死の個体を目覚めさせたらしい。
「うるっせえな…静かにできねえのかよ」
顔を顰めたガロウに文句を言われると、ナマエは蝉を指差して訴えた。
「だって急に動くんだもん!」
「そりゃまだ死んでねえ蝉だからだろ。近づいたお前の自業自得だっつの」
手厳しく突き放され、ナマエはムッと口を尖らせている。
「死んでるとか生きてるとかわかんないよ。みんなおんなじように上向いてんじゃん」
「見分け方があるんだよ。脚開いてんのが死んでて、閉じてんのが生きてる」
「へえー、そうなんだ」
ガロウも案外親切なところがあるな、と感心しそうになったところで違和感に気付いた。
実家の周りも田舎なので、いわゆる蝉爆弾は夏の風物詩だが、父親に教わった見分け方は、確か脚を開いたのがまだ生きている印、ということだった。
振り向くと、ナマエは早速教わった知識を活用しようと、キョロキョロと地面上を探している。
声をかけようとして、青年は視線を感じた。
いつもは感情の読めない金色が、わずかに笑みを含んでこちらを見ている。
その悪戯っぽい表情に、青年は思わず口を噤んだ。
見てろよ、今に面白いことが起こるぞ、というその意図を読み取るが早いか否か、ナマエのけたたましい悲鳴があがった。
「ひやああああああー!!」
しゃがみ込んでいたところをもろに顔面に突撃されたらしく、尻もちをついて暴れる蝉から後じさっている。
助けに行かなければ、と思うのに青年はそれよりも珍しい光景に目を奪われていた。
ガロウが腹を抱えて笑っている。
体を折り曲げながら、苦しそうにひっひっと息を洩らしている。
「バァーカ、騙されてやんの」
意地悪く茶化しながら尚も笑い続ける姿は、ただの悪ガキでしかなく。
――何だ。そんな顔もできるんじゃないか。
なぜか安堵したような気持ちで呆気にとられていると、膝をガクガクさせながらナマエが逃げてきた。
「ねえ!動いた!蝉動いた!脚開いてるのに!」
ねえなんで、とあまりに取り乱した様子が可哀想になり、青年は真相を明かした。
「脚を開いてるのはまだ生きてる蝉だよ。さっきガロウが言ったのと逆」
ナマエはあんぐりと口を開け、しばし固まった。
かと思うと怒りの形相になり、まだ笑っているガロウに猛然と食って掛かる。
「酷いよガロウくん、嘘じゃん!正反対じゃん!」
けっこうな剣幕だが、ガロウはどこ吹く風で嘲りの笑みを浮かべている。
「へっ、騙される方が悪いんだよ」
「お、おい二人とも、」
口を挟む間もなく、ナマエが持っていた箒を振りかぶった。
「ガ…ガロウくんの馬鹿!!」
大振りに下ろされる箒を、ガロウはうるさげに片耳を塞ぎながらヒョイと避けた。
完全にバカにしているその様子を見て、ナマエは癇癪を起こしながら追撃している。
ああもうどうすんだこれ、とまごついていると、そこへ大きな怒声が響いた。
「コラ!何を騒いでる!」
3人とも雷に打たれたようにピタリと動きを止めた。
見ると、騒ぎを聞きつけたらしいニガムシがのしのしと大股でやってくる。
「仕事中に遊ぶんじゃない!」
叱りつけられたナマエは、勢い込んでガロウを指さした。
「だ、だって先にガロウくんが」
「人のせいにしない!」
ニガムシはぴしゃりとそれを遮り、今度はガロウの方へ鬼瓦のような顔を向けた。
「お前もいちいちナマエちゃんをからかうんじゃない!」
「…はい」
ガロウはつまらなさそうにそっぽを向き、ナマエも納得いかない様子ながらしゅんと俯いている。
流石は一番弟子、と思っていると矛先がこちらを向いた。
「まったく、年長者であるお前は二人を監督する立場だろう、情けない!」
「す、すまん」
「お前たち意識が足りんぞ。バング先生に教えを受け、道場に住まわせて頂く身としてだな…」
くどくどとお説教が続く。
一旦始まると長いんだよな、と遠い目をしていると、突然ニガムシが「うあーっ!」と素っ頓狂な声をあげた。
見ると、片足立ちになった足元でまたしても瀕死の蝉が悶えている。
「ああびっくりした…どうもこいつらは苦手だ。死んでいると思ったらいきなり暴れ出す」
心臓の辺りを押さえておっかなびっくりしているニガムシを前に、ナマエとガロウの間で静かに目配せが交わされるのを青年は見た。
「…ねえ知ってる?ニガムシさん。生きてるかどうか見分け方があるんだよ」
「なんだ、そうなのか?」
それから間もなくして、ニガムシのひっくり返った叫び声と三人分の笑い声が、よく晴れた夏空の下、大きく響き渡ったのだった。
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