6.優しい拒絶
名前変換フォーム
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ナマエが『そういう』意味で自分に好意を持っていると気付いたのは、いつ頃のことだっただろうか。
ゾンビマンは思い返してみたが、何か特別なきっかけというものはなかったように思う。
一度気が付いてしまえば、言動の端々にそれは現れていた。
気が付けばそっと伺うように見つめられていて、そのくせ目が合うと慌てたように視線が逸らされる。日々の会話の合間に零れる笑顔は、明らかにただの隣人に対するものではない色を滲ませていた。
隠し事が下手な質なのだろう。素直な性格の彼女らしかった。
それをはっきりと自覚した時にゾンビマンが感じたのは、何よりも自分の迂闊さへの後悔だった。
ヒーローの自分には常に危険がつきまとい、毎日の命の保証もない。
あまりに距離が近づき過ぎれば、一般人である彼女にも被害が及ばないとも限らない。それがわかっていたからこそ、努めて周囲の人間との関わりを避けてきたのではなかったか。
初めは危なっかしい隣人を何かと気にかけているだけだったが、この頃はナマエとの何気ないやり取りに自分が安らぎを見いだしているのを、はっきりと感じていた。もしも何もしがらみのない身の上だったなら、素直にナマエの好意を喜んだことだろう。
だが、普通の幸せを夢想するには自分には障害が多過ぎた。
どこかで関係に線引きをしなければならなかったのに、無意識に目を背けていたらしい。思わず苦い顔になる。
(あいつを傷つけることになるだろうか)
今のところこちらに心の内を告げようとするそぶりはない。
できれば一時の気の迷いとして、自分のことなど忘れてくれればいいが。
そう思いながらも自分から関係を絶つことはできない、その意味をよく考えないまま、ゾンビマンは煙草と一緒に思考をもみ消した。
日曜日、スーパーからの買い出しの帰りに、アパートの近くの小さな公園に見覚えのある姿を見つけたナマエは足を止めた。
しばらく逡巡した後、大きく深呼吸をしてから、ナマエはしゃがみこんだ隣人の背中に近づき声をかけた。
「ゾンビマンさん、こんにちは」
「よう」
心づもりをしていたにも関わらず、こちらを振り返って薄く微笑んだ顔に心拍がおかしな調子になる。見ると公園に住み着いた野良猫を構っていたところらしく、大きな手で撫でられ気持ち良さそうに喉を鳴らす茶虎の他にも、何匹も足元にまとわりついている。
「わあ、可愛いですね。いっぱい居る…」
ナマエも隣にしゃがみ、早速頭を擦り付けてきた人懐っこいぶち猫の背中を撫でた。
「この辺には公園で遊ぶような子どももいないからな。すっかりこいつらの住処になってる」
そう言って小さな住人達を見つめる顔があまりにも優しくて、ナマエは思わず目を逸らした。
ゾンビマンへの恋心を自覚してからというもの、ナマエは自分の気持ちをすっかり持て余していた。異性とのお付き合いは何度か経験している。ただ、そのどれも友達の延長線上だったり、何となく流れで付き合ったりというものばかりで、当然関係は長続きはせずいつの間にか自然消滅するのが常だった。
そんな調子だったから、ナマエは恋愛においては全く自信というものが無い。
もしも気持ちを伝えて恋人になれたら、と夢を見ないではなかったが、それ以上に失敗を恐れ怖じ気づく気持ちが強かった。
だから精一杯平静を装って、ただの隣人の顔を作る。
「今日はお休みなんですね」
「ああ、たまたま何もなくてな。逆にやることがなくて困る」
不規則な稼業にも関わらず、今日は世間の休日に合わせて休みらしく、ゾンビマンは仕事用の格好はしていない。ふらりと気晴らしに散歩していたものらしい。
「誰かと遊びに行ったりしないんですか?」
「いねえよ、そんな相手」
これまでの付き合いから既にわかっていたことだが、今現在彼には特別な関係の相手がいないのは確からしい。ナマエは密かに安堵した。だからといって、何か行動を起こす勇気はないのだが。
「まあ人間以外でならこうやって遊ぶ相手には困らねえしな」
冗談めかした言いぐさにナマエは声を立てて笑った。
「ほんとこの辺猫が多いですよね。そういう意味ではここに住んで良かったかも」
「マイナス面がでかすぎて猫くらいじゃ割に合わないだろ。治安は悪いし不便だしろくなもんじゃねえ」
その通りではあったが、あまりに歯に衣着せない物言いにナマエはまた笑った。
「でも悪いことばかりじゃないですよ、こうやってゾンビマンさんと仲良くなれたし」
隣からは反応が帰ってこず、妙な間が空いた。
一拍遅れて自分の発言内容を反芻したナマエは激しく狼狽した。
「…あっ!違うんですいや違わないけど!ゾンビマンさんすごく優しいしいい人だし知り合いになれて良かったなぁっていうだけで決して変な意味ではなくて…」
必死に取り繕うナマエの勢いに気圧されたように、ゾンビマンは黙ったまま何とも言えない顔で見ている。恥ずかしさに耐えきれなくなったナマエは勢いよく立ち上がった。
「すっ、すみません今の忘れてください!ほんと深い意味はないんです、用事があるんで失礼しますねそれじゃ!」
言い終わるや否やダッシュで公園を後にする。しばらく走ったところでエコバッグの中の卵の存在を思い出し、急ブレーキをかけて恐る恐る覗き込むと、幸いなことに割れてはいなかった。
卵の無事を確認し息をつくと、ナマエは道の往来に力なくしゃがみこみ頭を抱えた。
(駄目だ…今の絶対変に思われた…)
気持ちを知られて気まずくなったら、今まで通りのお隣さんとしての関係さえ失うことになるかもしれない。それだけは嫌だった。
(このまま隣同士の部屋で暮らせるだけで幸せなんだから…)
いつかは終わりが来るのかもしれない。
でも今はまだ、しばらくこのままでいたい。
ナマエがそう決心する一方で、残されたゾンビマンが一人表情を曇らせていることに気づく者はいなかった。
ゾンビマンは思い返してみたが、何か特別なきっかけというものはなかったように思う。
一度気が付いてしまえば、言動の端々にそれは現れていた。
気が付けばそっと伺うように見つめられていて、そのくせ目が合うと慌てたように視線が逸らされる。日々の会話の合間に零れる笑顔は、明らかにただの隣人に対するものではない色を滲ませていた。
隠し事が下手な質なのだろう。素直な性格の彼女らしかった。
それをはっきりと自覚した時にゾンビマンが感じたのは、何よりも自分の迂闊さへの後悔だった。
ヒーローの自分には常に危険がつきまとい、毎日の命の保証もない。
あまりに距離が近づき過ぎれば、一般人である彼女にも被害が及ばないとも限らない。それがわかっていたからこそ、努めて周囲の人間との関わりを避けてきたのではなかったか。
初めは危なっかしい隣人を何かと気にかけているだけだったが、この頃はナマエとの何気ないやり取りに自分が安らぎを見いだしているのを、はっきりと感じていた。もしも何もしがらみのない身の上だったなら、素直にナマエの好意を喜んだことだろう。
だが、普通の幸せを夢想するには自分には障害が多過ぎた。
どこかで関係に線引きをしなければならなかったのに、無意識に目を背けていたらしい。思わず苦い顔になる。
(あいつを傷つけることになるだろうか)
今のところこちらに心の内を告げようとするそぶりはない。
できれば一時の気の迷いとして、自分のことなど忘れてくれればいいが。
そう思いながらも自分から関係を絶つことはできない、その意味をよく考えないまま、ゾンビマンは煙草と一緒に思考をもみ消した。
日曜日、スーパーからの買い出しの帰りに、アパートの近くの小さな公園に見覚えのある姿を見つけたナマエは足を止めた。
しばらく逡巡した後、大きく深呼吸をしてから、ナマエはしゃがみこんだ隣人の背中に近づき声をかけた。
「ゾンビマンさん、こんにちは」
「よう」
心づもりをしていたにも関わらず、こちらを振り返って薄く微笑んだ顔に心拍がおかしな調子になる。見ると公園に住み着いた野良猫を構っていたところらしく、大きな手で撫でられ気持ち良さそうに喉を鳴らす茶虎の他にも、何匹も足元にまとわりついている。
「わあ、可愛いですね。いっぱい居る…」
ナマエも隣にしゃがみ、早速頭を擦り付けてきた人懐っこいぶち猫の背中を撫でた。
「この辺には公園で遊ぶような子どももいないからな。すっかりこいつらの住処になってる」
そう言って小さな住人達を見つめる顔があまりにも優しくて、ナマエは思わず目を逸らした。
ゾンビマンへの恋心を自覚してからというもの、ナマエは自分の気持ちをすっかり持て余していた。異性とのお付き合いは何度か経験している。ただ、そのどれも友達の延長線上だったり、何となく流れで付き合ったりというものばかりで、当然関係は長続きはせずいつの間にか自然消滅するのが常だった。
そんな調子だったから、ナマエは恋愛においては全く自信というものが無い。
もしも気持ちを伝えて恋人になれたら、と夢を見ないではなかったが、それ以上に失敗を恐れ怖じ気づく気持ちが強かった。
だから精一杯平静を装って、ただの隣人の顔を作る。
「今日はお休みなんですね」
「ああ、たまたま何もなくてな。逆にやることがなくて困る」
不規則な稼業にも関わらず、今日は世間の休日に合わせて休みらしく、ゾンビマンは仕事用の格好はしていない。ふらりと気晴らしに散歩していたものらしい。
「誰かと遊びに行ったりしないんですか?」
「いねえよ、そんな相手」
これまでの付き合いから既にわかっていたことだが、今現在彼には特別な関係の相手がいないのは確からしい。ナマエは密かに安堵した。だからといって、何か行動を起こす勇気はないのだが。
「まあ人間以外でならこうやって遊ぶ相手には困らねえしな」
冗談めかした言いぐさにナマエは声を立てて笑った。
「ほんとこの辺猫が多いですよね。そういう意味ではここに住んで良かったかも」
「マイナス面がでかすぎて猫くらいじゃ割に合わないだろ。治安は悪いし不便だしろくなもんじゃねえ」
その通りではあったが、あまりに歯に衣着せない物言いにナマエはまた笑った。
「でも悪いことばかりじゃないですよ、こうやってゾンビマンさんと仲良くなれたし」
隣からは反応が帰ってこず、妙な間が空いた。
一拍遅れて自分の発言内容を反芻したナマエは激しく狼狽した。
「…あっ!違うんですいや違わないけど!ゾンビマンさんすごく優しいしいい人だし知り合いになれて良かったなぁっていうだけで決して変な意味ではなくて…」
必死に取り繕うナマエの勢いに気圧されたように、ゾンビマンは黙ったまま何とも言えない顔で見ている。恥ずかしさに耐えきれなくなったナマエは勢いよく立ち上がった。
「すっ、すみません今の忘れてください!ほんと深い意味はないんです、用事があるんで失礼しますねそれじゃ!」
言い終わるや否やダッシュで公園を後にする。しばらく走ったところでエコバッグの中の卵の存在を思い出し、急ブレーキをかけて恐る恐る覗き込むと、幸いなことに割れてはいなかった。
卵の無事を確認し息をつくと、ナマエは道の往来に力なくしゃがみこみ頭を抱えた。
(駄目だ…今の絶対変に思われた…)
気持ちを知られて気まずくなったら、今まで通りのお隣さんとしての関係さえ失うことになるかもしれない。それだけは嫌だった。
(このまま隣同士の部屋で暮らせるだけで幸せなんだから…)
いつかは終わりが来るのかもしれない。
でも今はまだ、しばらくこのままでいたい。
ナマエがそう決心する一方で、残されたゾンビマンが一人表情を曇らせていることに気づく者はいなかった。