5.自覚
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ナマエは気がつくと隣人のことを考えている自分に戸惑っていた。
出会ってから早数ヶ月が経ち、他愛ない会話をすることがもはや日常の一部となっている。
慣れない社会人生活、怪人に脅える毎日にあって、良い話し相手ができたことは喜ばしい。初めはそれだけだった。多忙なヒーローとあって、しばらく見かけなければそんなものだと割り切って生活していたように思う。
それが最近では、顔を見られない期間が続くと物足りない気分になり、久しぶりに会えれば嬉しくなり、別れ際には明日も会えるだろうかと期待する。
(これってなんかまるで…)
「ミョウジちゃん?ぼんやりしてるけど大丈夫?」
「はいっ!?」
いきなり声をかけられ飛び上がった。
気づくと先程から手が止まっていたようだった。目の前のパソコンのディスプレイは、スクリーンセーバーに切り替わってしまっている。こちらを心配そうに見る先輩に慌てて謝る。
「すみません、ぼーっとしちゃって…急いでやりますんで」
「それはいいけど、体調悪いんじゃないの?もう帰った方がいいよ」
画面端の時刻を確認すると、いつも仕事場を出るのよりは早いが、それなりの時間になっていた。
「でも全然終わってないし…」
「いいよそんなん。そこまで急ぎの件でもないから」
よほど様子が変に見えたのか、周りからも口々に帰るように促される。過酷な労働環境で互いに生き抜く為か、人間関係が良いことはこの職場の唯一の美点だった。
実際のところ、体は何ともなかったので罪悪感があったが、このまま続けても同じことになりそうだったので、勧められるまま帰ることにした。
会社を出て駅へ続く道をとぼとぼ歩く。
(やっぱり私最近変だ…)
ゾンビマンには、確かに初めから好感を持ってはいた。
表情豊かとは言えず口数も少ないので、一見とっつきにくい印象があるものの、どこか人柄の良さが滲み出ている。あんな出会いだったにも関わらず、初対面時以来、怖いと思ったことは今まで一度もない。ヒーローという職業柄もあるのだろうが、ナマエの境遇を何かと気にかけ、大して面白くもないだろうこちらの話にも、黙って耳を傾けてくれる。身を呈して怪人から助けてもらったこともある。本人には言えないが、今では家族や友人といった、かなり近しいカテゴリーの人間と同じくらいの信頼を置いていた。
それだけではなくなったのはいつからだろう。
不死身の秘密を知ったからだろうか。自らの体質にコンプレックスを持っている様子だったが、実際目にしたそれは嫌悪感よりも痛そう、辛そうだという気持ちの方が勝った。
特殊な体質のことだけではない。彼はいつも周りのことばかり気にして、自分自身の痛みや苦しみには鈍感で、そんな様子を見る度心配になった。
心の内をもっと知りたい、辛い思いをしているのなら助けになりたい、笑っていてほしい。
そう考えては、ただの一般市民である自分に何ができるのかと我に返る。
彼はヒーローで、自分なんかよりずっと強い。
これまでもそうやって生きてきたのだから。
向こうだって、ただの隣人から必要以上に関心を持たれても困惑するはずだ。
(もう考えないようにしよう。周りにも迷惑だし、明日からは気持ちを切り替えて…)
そうやって隣人のことばかり考えていたから、初めは自分の脳が作り出した都合の良い錯覚だと思った。
見慣れた黒髪の短髪に、よく見るような部屋着ではなかったが、怪人から助けられた時に見たことのあるロングコートを着た人物が前方に見えた。
スーツを着た男性数人と何か話している。
「…ゾンビマンさん?」
口からこぼれ落ちた声は小さなものだったが、向こうも気がついたようだった。
鼓動が早くなるのを感じながら、小走りに駆け寄る。
「よう、偶然だな」
「どうしてここに…怪人警報出てましたっけ」
仕事柄呼び出しがかかればどこへでも行くのだろうが、今まで会社の近くで見掛けたことはなかった。
「たまたまここの協会支部に用事があってな。勤め先この辺だったのか」
そういえば、この辺りはオフィスビル街で市役所などの公共機関も集中している。
知らなかったがヒーロー協会の支部があっても不思議はない。
「はい、今から帰るところです。すごい偶然ですね」
やっぱりこうして出会えると嬉しい、と思ってしまう。
なんとなく顔を直視できないでいると、ゾンビマンは一緒にいたヒーロー協会職員と思われるスーツの人物に何事か話しかけ、こちらに向き直った。
「…俺も上がりだし一緒に帰るか」
「え」
思いがけない展開に反応できないでいると、ゾンビマンはそれをどう取ったのか少しおどけたような面持ちになって言った。
「なんだよ、嫌なのか?」
「…そっそんなことないです、喜んで!!」
慌てて答えたら居酒屋の店員みたいになってしまった。テンションがおかしい。顔が熱くなってきた。
ナマエの謎の勢いにゾンビマンは呆気にとられたようだったが、その一瞬後吹き出した。珍しい姿に目を奪われる。
「はは、なんだそれ」
「へへ…」
誤魔化すように笑いながら、ナマエは心の奥深いところがざわつくのを感じていた。
普段眉間に皺が寄っていることが多いが、そうやって笑うと、額が広く目が大きい彼の顔は一気に幼く見える。反射的に可愛い、と思ってしまい照れくさくなった。
「それじゃ行くか」
協会職員と別れ、並んで歩き出す。
平静を装っているが、さっきから心中落ち着かず何も言えないでいると、不意に話しかけられる。
「もう晩飯食べたか?」
「まだです。こんな時間だしもう今日はコンビニ弁当でいいかななんて」
先に帰らせてもらったとはいえ、もうスーパーは閉まっている時間だった。作り置きのおかずも食べきってしまった。また休みに作らないと、と思っていると、またしても思いがけないことを言われる。
「そうか…俺もまだなんだが、良かったら付き合ってくれないか」
「いっ行きます」
今度は食い気味になってしまい、なんだそんなに腹減ってるのか、とまた笑われた。
さっきから調子が狂いっぱなしだった。
そのままゾンビマンに連れられ晩ご飯を食べにいくことになったが、ナマエは夢でも見ている気分だった。
気持ちを切り替えようと決心したのに、心を乱されてばかりいる。
出会ってから早数ヶ月が経ち、他愛ない会話をすることがもはや日常の一部となっている。
慣れない社会人生活、怪人に脅える毎日にあって、良い話し相手ができたことは喜ばしい。初めはそれだけだった。多忙なヒーローとあって、しばらく見かけなければそんなものだと割り切って生活していたように思う。
それが最近では、顔を見られない期間が続くと物足りない気分になり、久しぶりに会えれば嬉しくなり、別れ際には明日も会えるだろうかと期待する。
(これってなんかまるで…)
「ミョウジちゃん?ぼんやりしてるけど大丈夫?」
「はいっ!?」
いきなり声をかけられ飛び上がった。
気づくと先程から手が止まっていたようだった。目の前のパソコンのディスプレイは、スクリーンセーバーに切り替わってしまっている。こちらを心配そうに見る先輩に慌てて謝る。
「すみません、ぼーっとしちゃって…急いでやりますんで」
「それはいいけど、体調悪いんじゃないの?もう帰った方がいいよ」
画面端の時刻を確認すると、いつも仕事場を出るのよりは早いが、それなりの時間になっていた。
「でも全然終わってないし…」
「いいよそんなん。そこまで急ぎの件でもないから」
よほど様子が変に見えたのか、周りからも口々に帰るように促される。過酷な労働環境で互いに生き抜く為か、人間関係が良いことはこの職場の唯一の美点だった。
実際のところ、体は何ともなかったので罪悪感があったが、このまま続けても同じことになりそうだったので、勧められるまま帰ることにした。
会社を出て駅へ続く道をとぼとぼ歩く。
(やっぱり私最近変だ…)
ゾンビマンには、確かに初めから好感を持ってはいた。
表情豊かとは言えず口数も少ないので、一見とっつきにくい印象があるものの、どこか人柄の良さが滲み出ている。あんな出会いだったにも関わらず、初対面時以来、怖いと思ったことは今まで一度もない。ヒーローという職業柄もあるのだろうが、ナマエの境遇を何かと気にかけ、大して面白くもないだろうこちらの話にも、黙って耳を傾けてくれる。身を呈して怪人から助けてもらったこともある。本人には言えないが、今では家族や友人といった、かなり近しいカテゴリーの人間と同じくらいの信頼を置いていた。
それだけではなくなったのはいつからだろう。
不死身の秘密を知ったからだろうか。自らの体質にコンプレックスを持っている様子だったが、実際目にしたそれは嫌悪感よりも痛そう、辛そうだという気持ちの方が勝った。
特殊な体質のことだけではない。彼はいつも周りのことばかり気にして、自分自身の痛みや苦しみには鈍感で、そんな様子を見る度心配になった。
心の内をもっと知りたい、辛い思いをしているのなら助けになりたい、笑っていてほしい。
そう考えては、ただの一般市民である自分に何ができるのかと我に返る。
彼はヒーローで、自分なんかよりずっと強い。
これまでもそうやって生きてきたのだから。
向こうだって、ただの隣人から必要以上に関心を持たれても困惑するはずだ。
(もう考えないようにしよう。周りにも迷惑だし、明日からは気持ちを切り替えて…)
そうやって隣人のことばかり考えていたから、初めは自分の脳が作り出した都合の良い錯覚だと思った。
見慣れた黒髪の短髪に、よく見るような部屋着ではなかったが、怪人から助けられた時に見たことのあるロングコートを着た人物が前方に見えた。
スーツを着た男性数人と何か話している。
「…ゾンビマンさん?」
口からこぼれ落ちた声は小さなものだったが、向こうも気がついたようだった。
鼓動が早くなるのを感じながら、小走りに駆け寄る。
「よう、偶然だな」
「どうしてここに…怪人警報出てましたっけ」
仕事柄呼び出しがかかればどこへでも行くのだろうが、今まで会社の近くで見掛けたことはなかった。
「たまたまここの協会支部に用事があってな。勤め先この辺だったのか」
そういえば、この辺りはオフィスビル街で市役所などの公共機関も集中している。
知らなかったがヒーロー協会の支部があっても不思議はない。
「はい、今から帰るところです。すごい偶然ですね」
やっぱりこうして出会えると嬉しい、と思ってしまう。
なんとなく顔を直視できないでいると、ゾンビマンは一緒にいたヒーロー協会職員と思われるスーツの人物に何事か話しかけ、こちらに向き直った。
「…俺も上がりだし一緒に帰るか」
「え」
思いがけない展開に反応できないでいると、ゾンビマンはそれをどう取ったのか少しおどけたような面持ちになって言った。
「なんだよ、嫌なのか?」
「…そっそんなことないです、喜んで!!」
慌てて答えたら居酒屋の店員みたいになってしまった。テンションがおかしい。顔が熱くなってきた。
ナマエの謎の勢いにゾンビマンは呆気にとられたようだったが、その一瞬後吹き出した。珍しい姿に目を奪われる。
「はは、なんだそれ」
「へへ…」
誤魔化すように笑いながら、ナマエは心の奥深いところがざわつくのを感じていた。
普段眉間に皺が寄っていることが多いが、そうやって笑うと、額が広く目が大きい彼の顔は一気に幼く見える。反射的に可愛い、と思ってしまい照れくさくなった。
「それじゃ行くか」
協会職員と別れ、並んで歩き出す。
平静を装っているが、さっきから心中落ち着かず何も言えないでいると、不意に話しかけられる。
「もう晩飯食べたか?」
「まだです。こんな時間だしもう今日はコンビニ弁当でいいかななんて」
先に帰らせてもらったとはいえ、もうスーパーは閉まっている時間だった。作り置きのおかずも食べきってしまった。また休みに作らないと、と思っていると、またしても思いがけないことを言われる。
「そうか…俺もまだなんだが、良かったら付き合ってくれないか」
「いっ行きます」
今度は食い気味になってしまい、なんだそんなに腹減ってるのか、とまた笑われた。
さっきから調子が狂いっぱなしだった。
そのままゾンビマンに連れられ晩ご飯を食べにいくことになったが、ナマエは夢でも見ている気分だった。
気持ちを切り替えようと決心したのに、心を乱されてばかりいる。