白菜と僧職系男子
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「あっ!」
スーパー『せなげや』の野菜売り場で、目的の品である白菜を手に取ったサイタマは、後ろから聞こえた声に振り返った。
絶望的な表情で立ち尽くしていたのは、一人の小柄な女性だった。
最後の一つだったそれをサイタマが確保したことで空になった売り場を見て、呆然としている。
「ああ…」
急いで走ってきたのだろう、小さく息を切らし髪を乱した女性が、今にも膝から崩れ落ちそうになっているのを見て、あっこれはやっちまったか、と内心サイタマは気まずくなった。
本日のセール品。
鍋物にも炒めものにも漬け物にしても、どう食べても美味い。
サイタマの好物でもある。
セールのチラシを見て、行きつけの『むなげや』ではなく少し遠い『せなげや』までわざわざ足を伸ばしたのだが。
もっと早く来るんだった、セールのこと忘れてた、とぶつぶつ呟きながら頭を抱えている彼女もまた、これを買い求めてやってきたのに違いなかった。
(…よその縄張りを荒らすのはマズいよな)
恐らくこのスーパーをいつも利用しているだろう彼女とは違い、サイタマの普段の戦場は『むなげや』である。
本来ならば早い者勝ち、恨みっこ無しの掟に従うところだが、ここではアウェーなのは自分の方だ。
サイタマは心を決めると、持っていた白菜を、女性の眼前へずいと差し出した。
「ん」
「えっ?」
突然の行動に、彼女は白菜とサイタマの顔を交互に見ながら、目を瞬いている。
「これやるよ」
「えっ、で、でも…」
おろおろしている女性に構わず、サイタマは彼女の買い物カゴに白菜を突っ込んだ。
「俺、いつもは『むなげや』の方で買い物してんだ。セールのチラシ見てこっち来てみたけど、常連客の横取りしちゃ悪いしな」
サイタマがあっけらかんと言うと、戸惑いつつ女性は深々と頭を下げた。
「すみません、ありがとうございます」
「いいよ。カットワカメが安くなってるの買えたしな」
眉尻を下げ申し訳なさそうにしていた女性は、しかし白菜を買えたことは嬉しかったようで、ほっとしたようにカゴの中を見下ろしている。
「今日、豚肉と白菜のミルフィーユ鍋にしようと思ってて、どうしても白菜が必要だったんです」
おかげさまで助かりました、と晴れ晴れとした顔で女性が言うのを聞いて、サイタマの脳裏に先日同じメニューを夕飯に食べた記憶が蘇った。
たまたま遊びにきていたキングと、勧誘にきていたフブキも交えて四人で囲んだ鍋は、途中妨害が入りつつとても美味かったのを思い出す。
サイタマは口元を緩めた。
「あれ美味いよな」
「美味しいですよね。準備も簡単だし」
女性も食卓の風景を思い浮かべているのか、ふふ、と楽しげに笑っている。
その後、女性と別れて買い物を終え、Z市方面へ向かって歩きながら、サイタマはうちも今夜は鍋にするか、と思いついた。
この前の豚肉の残りと、豆腐に大根、ネギ、水菜もあったはずだ。
(白菜の無い鍋も、たまには良いもんだよな)
考えていると急に腹が減ってきた。
任務に出掛けたジェノスの奴は帰ってるかな、と考えながら、サイタマは歩調を早めた。
待ち合わせ場所である『せなげや』近くの公園で、ナマエが手持ち無沙汰にベンチに座っていると、ゾンビマンが急ぎ足でやってきた。
「すまん、待たせたか」
怪人発生の連絡を受け、家を出掛けた時とは、服装が微妙に変わっている。また着替えが必要になるような戦いだったのだろう。
「お疲れさまです。まっすぐ家に帰っても良かったのに…」
買い物を終えたところで、近くまで戻ってきているから一緒に帰ろう、とゾンビマンから連絡が入り、こうして待ち合わせしていたのだった。
「近ごろ何かと物騒だろ」
心配性な恋人と共に、公園を出て歩き出す。
アパートへの帰路を辿りながら、豚肉と白菜買えたのか、とゾンビマンはナマエが持っていたエコバッグを覗き込んだ。
ナマエはバッグの口を開いて中を見せた。
「ばっちりです、ほら」
「そうか。良かったな」
ゾンビマンはそう言って笑うと、エコバッグの持ち手を取り自分の肩に掛けた。
「あの…」
「何だ?」
さりげなく荷物を奪い取られたことに気づき、ナマエはもの言いたげに手を浮かせた。
するとそれをどうとったのか、大きな手が空いた片手を包み込んだ。ダイレクトに伝わる体温に、頬が熱くなっていく。
「ゾ、ゾンビマンさんって…」
「何だよ、どうした」
「……何でもないです」
もじもじするナマエを、おかしな奴だな、とゾンビマンは笑っている。
何だか先回りされてばかりで悔しい気がして、ナマエはこっそり頬を膨らませた。
寂れた街並みの其処此処に、夕闇が忍び寄っている。
一人で歩く時は不気味なその景色がどこか違って見えるのは、繋いだ手の温もりのおかげだろうか。
あの親切な人はもう自分の家に帰ったかな、とふと思い出し、ナマエは先ほどの嬉しい出来事をゾンビマンに伝えたくなった。
「今日、白菜セール品だったんですよ」
ゾンビマンは少し驚いたふうに眉を上げた。
「この時間でよく買えたな」
「そうなんです、セールのこと忘れてて、着いたら最後の一個が無くなるところだったんですけど…」
気前よく白菜を譲ってくれた男性のことをナマエが話すと、ゾンビマンはまた、良かったな、と言い穏やかに笑った。
「きっとあの人はお坊さんだと思います。優しそうだったし、髪の毛がなかったから」
「…坊さんがスーパーのセール品をチェックするのか?」
やけに俗っぽい坊主が居たもんだな、とゾンビマンは首を傾げた。
髪の毛がないからと言って僧職とは限らないのではと思ったが、ナマエが上機嫌にしているので、まあ良いかと些細な疑問を打ち消した。
他方、Z市の無人街の一角では、盛大なくしゃみをして弟子に心配されるサイタマの姿があったが、それは二人の預かり知らぬところである。
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