6.これからも
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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医務室の扉を開けようとしたところで、向こうから探しに行こうとしていた人物が現れナマエは足を止めた。
「あ」
「おっと」
目的の人物、金属バットも立ち止まり、ナマエの膝に貼られたガーゼに目を止めた。
「傷の手当てして貰えたみてーだな」
安心したように言う金属バットもまた頭や腕に包帯が巻かれているが、大きい怪我を除いて、他の小さな傷はそのままになっている。
「バッド君こそ大丈夫なの?まだ擦り傷があるけど…」
ナマエが心配して言うと、金属バットは今気付いたように体を見下ろした。
「ん?まあ唾つけときゃ治るだろ。それより腹減ってんだよなぁ…まだゴタゴタしてるししばらく飯食うの無理そうだな」
げんなりした表情で言うと、窓際に近づき外の様子を眺めている。
怪人騒ぎの後、今に至るまで混乱が続いていた。
幸い怪我人も少なく、被害があったのは一部エリアの為、園側は営業を続行するつもりのようだつたが、破壊された建物の処理や一旦外へ避難した客の誘導等もあり、対応に追われている。
金属バットもナマエをスタッフに引き渡してから、ヒーロー協会への報告等があったらしく離れ離れになっていた。
ナマエの手当てをしたスタッフは他で応援に呼ばれ、一人取り残されていた。安静にするようにとは言われていたが、金属バットの様子が気になり外へ出ようとしたところだった。
鉄骨材の下敷きになったのが嘘のようにいつも通りの後ろ姿を、ナマエは不思議な気持ちで見つめた。
怪人と闘う金属バットを見たのは今日が初めてのことだったが、精神的にも肉体的にも、彼はナマエが思っていたよりも遥かに強靭だった。
もともと素質があったのだろうが、ここまで強くなるまでにきっといくつもの困難を乗り越え、打ち勝ってきたのだろう。
それはもう、気が遠くなる程に。
物思いに沈んでいるとふと視線を感じ、顔を上げると金属バットが何か言いたげにこちらを見ていた。言うべき言葉を用意していなかったのか、しばらく要領を得ない様子でいたが、やがて歯切れ悪く切り出した。
「その…大丈夫か?えらい目にあったろ、お前。また何か思い出して辛くなったりしてねーかと思ってよ」
どうやらナマエの精神的なダメージを心配して、様子を見にきてくれたらしい。
ナマエは唇を噛みしめた。
自分はいつもいつも守られてばかりいる。
せめてもの意地で、気丈な表情を貼り付けてナマエは答えた。
「ありがとう、私は平気だから…それより、ジェットナイスガイさんは?」
「ジェット?」
名前を知らなかったのか、金属バットは始め誰のことかわからなかったようだが、やがて思い至り、あいつか、と手を打った。
「真っ先に救急車で運ばれたから心配要らねえよ。って言っても壊れたのは殆ど機械の部分で、気絶してただけみてーだ」
運ばれる前に目覚ましてたぜ、と言うのを聞いて、ナマエが胸をなで下ろしていると、金属バットは思い出したように付け加えた。
「そういやお前に伝えといてくれって言われてたんだった」
「私に?」
「おう。『最後まで守れなくて悪かった』ってよ」
ナマエは胸を突かれたような思いでいた。
金属バットのように特別強いヒーローだけではない。
彼らは力が及ぼうとも及ばずとも、自分の中の正義をひたすらに信じている。
(だけど、私は…)
虫けらのように怪人に嬲られながら、傷つく二人を何もできずに見つめながら、自分はあの時何を思っただろう。
人の身で怪人に抗うことの虚しさに心折られていた。
叶うかどうかもわからない希望を託すくらいなら、最初から諦めてしまった方が楽だと、そう思った。
そしてそう考えることは、身を挺してナマエを守ってくれた彼らに対する酷い裏切りに思えた。
急に表情を陰らせたナマエを見て、金属バットは慌てて側に寄った。
崩れ落ちてしまいそうな細い肩を両手で支える。
「おい、ミョウジが気にすることねえからな。そもそも怪人が悪いんだし、俺らは闘うのが仕事なんだし」
その言葉が優しければ優しいほど、その手が力強ければ強いほど、強い光に浮き彫りにされる影のように、自分の弱さ、情けなさを痛感してしまう。
気づけばナマエは、ずっと胸の内にわだかまっていた心情を吐露していた。
「…私いつもバッド君に励まされて、守ってもらってばっかりで…何でそんなに優しくしてくれるの?」
金属バットの示す誠実な友情に対して、あまりにも卑屈な言葉だと自分でも思った。
彼は万事においてさっぱりした気の良い性格をしているが、呆れて見放されてしまうかもしれない。
しかし、そう間をおかず金属バットから返ってきたのは、ナマエの予想だにしない返答だった。
「お前のことが好きだからだよ」
ぼそりと呟かれた言葉に信じられない思いで顔をあげると、言った本人もどうやら無意識に口から滑り出たらしく、しまった、という表情をしていた。
その顔のまま、ロボットのようにぎこちなく金属バットは続けた。
「…お、俺と付き合ってくれ…」
愕然と目を見開くナマエの顔を見ながら、金属バットは静かにパニックに陥っていた。
(馬鹿!!何で今言うんだよ!!)
いつか、いつか言おうとは思っていた。
でもそれは前もって心の準備をしてから、放課後の校舎裏とか二人きりの帰り道とか何かふさわしいシチュエーションで言うことであって、こんな重いムードの中空気を読まずにかますようなことじゃないだろう。
無理だ。この流れは無理だ。
仮に自分が相手の立場でも「何言ってんだこの浮かれリーゼント(崩れたけど)野郎」とビンタの一つもするところだ。
絶対に無理だ。
一人後悔の念に飲まれていると、その思考を読んだかのように「無理だよ」とナマエの小さな声が応え、金属バットは頭にフルスイングを食らったかのような衝撃を受けた。
(終わった……)
生まれて初めて経験する失恋のショックに真っ白になっていると、ナマエがぽつりぽつりと話し出した内容に、金属バットは俄かに正気付いた。
「無理だよ…だって私はバッド君みたいに強くない」
ナマエは何かに耐えているような表情をしている。
どういうことだ、と思いながら、金属バットはとりあえずフォローをするべく声をかけた。
「いや、強くないって…それはそうかもしんねーけど、俺の場合は元々ちょっとおかしいんだって、ガキの頃3階建ての校舎から落ちても無傷だったし。だからそんなこと気にしなくても、」
「そういう意味じゃないよ」
初めて聞いたナマエの苛立ったような声に、金属バットは驚いて黙った。
ナマエは自分でも感情の奔流を抑えきれない様子で続けた。
「あの怪人が言ってた…力を持たない者は一方的に痛めつけられるしかないんだって。全部諦めてしまった方が楽なんだって」
驚いたようにこちらを見ている強い視線から逃げるように、ナマエは目を伏せた。
「もっと勉強して進学して、もっとバッド君とも仲良くなって、これからもそうやって生きていくんだって、生きていけるんだって思ってた…でも、もうわからなくなった」
だって自分はたまたま運が良かっただけだ。
前に怪人災害に遭った時も、さっきのことも、もしヒーローの救助が無ければ命を落としていただろう。
そしてヒーローが毎回怪人に勝てるとは限らない。
ナマエも、ヒーローも含めた誰もが、あの元人間のように、いつ何時絶望の淵に落とされるかわからないまま、毎日を過ごしている。
どんなに懸命に生きても、ある日突然積み重ねた日常は崩れ去ってしまう。
ナマエはもうそのことを理解してしまっていた。
「私はバッド君みたいに信じられない…強くなんかなれっこないよ」
静まり返った部屋で、ようやく冷えてきた頭でナマエは後悔していた。
こんなことを彼に訴えてどうするつもりなんだろう。
せっかく好きだと言ってもらえたのに。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
高ぶった感情を押さえ込むように、ナマエがぎゅっと目を閉じていると、不意に金属バットが口を開いた。
「…俺だってわかんねぇよ、この先ちゃんと生きていけんのかどうかなんて」
意外なほど心許ない声の響きに思わず目蓋を開けると、金属バットは彼には珍しく目を伏せていた。
そこに答えを探しているかのように、床に視線を落としたまま彼は続けた。
「怪人だ指名手配犯だ、変な奴らはどんどん出てくるし、ヒーロー協会の上の奴らだって、本当のとこ何考えてるかわかんねえし」
恐らく初めて聞いた金属バットの弱音らしきものに何も言えずにいると、やがて真っ直ぐな視線がこちらを向いた。
「でも俺は、自分が間違ってると思うことには背を向けたくねえ。ゼンコにとって自慢の兄貴でいたいと思う」
だからこれからもヒーローとして闘うことを止めない、と言う金属バットの言葉を黙って聞いているナマエの澄んだ眼差しは、頼りなく揺れながらも決して逸らされない。
「お前だってそうなんだろ。全部投げ出しちまいたいわけじゃねぇんだろ」
そう尋ねると、ナマエは少し逡巡した後小さく頷いた。
「だったらもう疑うな。今は全部を信じられなくてもいい。だけど、ここまでやってきた自分のことを否定すんなよ」
ナマエは金属バットの言葉に、家に閉じこもっていた時期から今までのことを思い出していた。
辛くて苦しくて、自棄を起こしそうになることもあった。
それでも家族や友達に支えられて、また学校に通い始めた。
そして彼に出逢った。
(そうだ…なんとかここまでやってこれたんだ)
これから先、今まで以上の困難に見舞われることがあるかもしれない。
その時また立ち上がることができるのかどうか、今はわからない。
でも、最初から無理だと決め付けるのは早過ぎる。
ナマエは目元に溜まっていた涙を拭った。
「そうだね、私悲観的になってばっかりで…諦めてたら駄目だよね」
ありがとう、とナマエが礼を言うと、金属バットは内心を打ち明け過ぎたと思ったのか、照れくさそうに頭をかいた。
「おう、いろいろ偉そうに言ったけど、まあその、あんま考え過ぎんなよってことで」
ナマエもまた、珍しく感情を爆発させてしまったことを思い出し恥ずかしくなった。
「あの…さっきはごめんね、八つ当たりみたいなこと言って」
「いいよ、気にすんな」
しかしお前怒るとけっこう恐えな、と普段通りの調子で冗談めかして笑う友人を、ナマエは眩しい思いで見つめた。
話が一段落付いたところで、ナマエは今になってゼンコの存在を思い出した。
いろいろありすぎて尋ねる暇がなかったが、今どこにいるのだろうか。
多分怪人発生の知らせがあった時点で、兄と別れて避難したのだと思われるが、園内でも園外でも一人でいるのなら心細い思いをしているだろう。
状況が落ち着くまで自分が傍に付いていようか、と金属バットに持ち掛けようとすると、何故かそわそわとしている。
「あー、ところで話は変わるんだけどよ、変わるっつーか戻るっつーか」
ナマエが不思議に思っていると、金属バットは恐る恐るといった様子で切り出した。
「さ、さっきの返事…」
「さっき?」
何かあったっけ、とナマエは首をひねった。
そのままピンときていない様子でしばらく考え込んでいたが、やがて告白の件を思い出したのか「あっ!」と大きな声をあげた。
(あっぶねええ!忘れられるところだった)
金属バットがひそかに安堵する一方で、ナマエの顔はみるみる赤くなっていく。
色白の頬が鮮やかに上気する様は、知り合って以来初めて見る反応で、これってそういうことだよな、と金属バットは期待感に生唾を飲み込んだ。
「えっと、お前さっき言ってたよな?俺ともっと仲良くなりたいって」
耳敏く聞きつけていた台詞を確認すると、ナマエはぎこちなく、うん、と頷いた。
「俺らは今友達なわけで、これ以上仲良くってことはつまり…つ、付き合うってことで良いのか?」
「…」
「…と俺は思うんだがミョウジはどう…ですか」
オイ、何で敬語だよ。
徐々に弱くなる語気に自ら突っ込みを入れながら、黙ったままのナマエに金属バットは冷や汗をかいていた。
あれ、これもしかして間違えたか?仲良くなるってマブダチ的な意味か?と金属バットが真顔で混乱する一方、ナマエもまた突然の展開に感情を乱されていた。
(ど、どうしよう、どうしよう、何て答えたら…)
何しろそれらしきものを自覚したのはほんの数時間前のことで、速すぎる流れに飛び込む踏ん切りがつかない。
半端な気持ちで付き合って、もしうまくいかなくて別れることになったら、と悪い考えが浮かんでしまう。
(でも、)
最初から悲観して諦めるのは止めようと決めた。
自分の気持ちからも、もう逃げたりしない。
ナマエは唇をぎゅっと引き結んだ。
その時ふと、先ほど金属バットに言われた台詞が頭をよぎった。
『まあその、あんま考え過ぎんなよってことで』
考えてもわからないことなら、体当たりでなら何か掴めるかもしれない。
「適当でええんじゃ、土壇場こそな」と知らない誰かの声が聞こえた気がした。
ナマエは決心して顔をあげると、小さく息を吸い込んでから、バッド君、と呼び掛けた。
「あの、ひとつお願いがあるんだけど」
「な、何だよ…」
金属バットはビクッと体を小さく跳ねさせながら、緊張を押し隠して返事した。
まさかやっぱり好きじゃないから半径3メートル以内に近づかないで的なアレか、と内心戦々恐々としている金属バットに告げられたのは、思ってもみない、そしてとんでもないお願いだった。
「…ちょっと抱き締めてみてもいい?」
「は」
発した音のままに、口が半開きになる。
間抜けな顔で約5秒ほどフリーズしていた金属バットは、おもむろに傍に立てかけていた愛用のバットを手に取った。
謎の行動に戸惑っていると、突然ものすごい音がしてナマエは飛び上がった。
「えっ!何…うわ、バッド君!」
何が起こったのか理解したナマエは、慌てふためいて金属バットに近寄った。
突如として自らの眉間をかち割るという暴挙に走った金属バットは、ダラダラと流れ続ける血をそのままに「あ、これ夢じゃねえな」等とぼんやりひとりごちている。
先に怪我の手当てをするべきか、奇行の事情を問いただすべきか、あたふたとしているナマエに、金属バットは妙に落ち着いた表情で笑いかけた。
心ここにあらずというか目が据わっている。怖い。
「ちょっくら煩悩追っ払うから待っててくれよ。108回もやれば足りるだろ、煩悩だけに。よし2発目…」
「やめて!!」
容赦なく追撃を加えようとする金属バットの腕にナマエは慌てて取りすがった。
その後、ナマエの必死の説得によって力業過ぎる心頭滅却法を思い止まらせ、眉間の傷を止血する頃には、2人は無駄にくたびれていた。
ため息をつきながら長椅子に座り込む。
「何だよいきなりお前、抱き締めさせろって…」
「ご、ごめんね」
いや良いけど、と頬をかいた金属バットは、しばらく迷っていた後口を開いた。
「…よくわかんねーけど、それはミョウジにとって大事なことなのか?」
微妙に赤い顔を見つめ返しながら、ナマエは頷いた。
「バッド君のこと好き…だと思うんだけど、まだ自分でもよくわからなくって…」
所々言いよどみながらそう答えると、金属バットは心を決めたようだった。
何度か頬を両手で叩いた後、おし、と気合いを入れて立ち上がり、腕を広げた。
「よし、来い!」
恋人同士のハグというよりは組み手でも始まりそうな雰囲気だが、ナマエも表情を引き締めて頷くと、金属バットに近づいた。
強張った表情で腕を広げたまま固まっている体に、おずおずと腕を回し抱き付く。
汗と土埃の匂いがし、耳元で押し殺したような息づかいが聞こえる。
(すごい…体が硬い)
今までにも不意に接近することはあったが、改めて鍛えあげられた身体を近くに感じナマエは驚嘆していた。
男女差もあるのだろうが、体の厚みからして全然違う。
背中に回した手でぺたぺたと触ると、服の上からでも盛り上がった筋肉がわかった。
だから生身で怪人と闘うことができるのか、と彼のタフさを思い出し納得する。
筋繊維の割合や骨密度なんかも普通の人と違っているのかもしれない、と考えていると、どこからかドッドッとエンジンのような音が聞こえるのに気づいた。
もしかして、とより体を密着させると、思った通り聞こえていたのは金属バットの心音だった。
合わさった胸から伝わる振動は早鐘のようで、自分と同じかそれ以上のペースにナマエは驚いた。
(…バッド君も緊張してるんだ)
そう気付くと、急に腕の中の存在が愛おしく思えて、ナマエは回した手にぎゅっと力を込め、日に焼けた首筋に頬をすりよせた。
次の瞬間、勢いよく抱き締められナマエは驚いて声を上げた。
遠慮がちに浮いていた筈の金属バットの腕が、痛い程に締め付けてくる。
「あの、バッド君…痛いよ」
苦しい息のもと訴えると、しばらくした後、今まで聞いたことがない程余裕のない声が答えた。
「…悪ぃ、もうちょっとだけこのままでいいか」
耳元で聞こえたその声音の熱っぽさに、ナマエの体温もつられて上がったような気がした。
上擦った声で、いいよ、と小さく返すと、金属バットは一旦腕を緩め、そしてしっかりとナマエの体を抱き締め直した。
押し付けられた体が燃えるように熱い。
どんどん早くなる鼓動は、心臓が壊れてしまいそうなほどだった。
(でも、どうしてだろう)
初めて感じる高ぶりに振り落とされそうなのに、その一方でナマエの心は不思議なほど落ち着いていた。
(ドキドキするのに安心する)
矛盾したこの状態が何故か心地良く、陶然と今の状況を忘れそうになる。
しかし、頭の冷静な一部が発している小さな警告音に、ナマエはハッとした。
まだ外の混乱が続いているのか、出て行ったスタッフは帰ってこないが、建物の中には人の気配がある。
このままでいたら、その内誰かがやって来ないとも限らない。
ナマエは金属バットの肩を軽く叩いた。
「バッド君、ここ誰か来ちゃうんじゃないかな…」
だからもう離れた方がいい、と示唆するつもりで言ったのだが、金属バットは一向に腕を解こうとはしない。困ってもう一度呼び掛けようとすると、切羽詰まった声で遮られた。
「わ、悪ぃ、あと10秒だけいいか?」
朝寝坊する小学生のような頼みに戸惑ったが、あまりに切実な調子にナマエは後込みした。
(10秒だけなら…大丈夫かな)
できたばかりの恋人につい甘くなってしまい、いいよ、と了承した。
部屋の外をそれとなく気にしつつ心の中でカウントする。
1、2、3、4…
きっちり10秒数えてから再び声を掛ける。
「バッド君、10秒経ったよ」
「もう10秒だけいいか?」
「えっ、い、いいよ」
1、2、3、4…
「バッド君、」
「あと10秒!」
結局、痺れを切らし預けられていた迷子センターから走ってきたゼンコが「お兄ちゃんもナマエちゃんも大丈夫なの!?」と勢い良く扉を開け放つまで、予定調和の延長合戦は続けられた。