お昼寝日和
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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コンロ周りの掃除に集中していたナマエは、部屋の中が妙に静かなことに気付いて手をとめた。
春先のうららかな昼下り、たまたま休日の重なった恋人と二人、朝から大掃除に勤しみ、冬の間にたまっていた埃を一掃していた。
風呂の掃除・カビ取りを済ませたゾンビマンに、もうそろそろ布団を取り込んだ方が良いか、と聞かれ返事をしてから少し時間が経ったような気がする。
「ゾンビマンさん?」
呼び掛けたが返事がない。ナマエは首を傾げた。
コンロも綺麗になったことだし、お茶を淹れて休憩しようかと思っていたのだが、なにか他のことで取り込み中なのだろうか。
手を洗って寝室へ向かう。
開け放した窓から柔らかな風が吹き込む部屋の中は、午後の日射しに満ちていた。
そして、部屋の大部分を占める広いベッドの上で行き倒れている恋人の姿を見つけ、ナマエは腰に手をあてた。
「あ、ゾンビマンさんさぼってる」
発した声は普通の音量だったが、取り込んだばかりの布団に埋もれた寝顔は、気持ち良さそうに目を閉じたままだ。
干したての羽毛布団は、筋肉質な体に押し潰されてなおフカフカとした質感を保っている。
せっかく膨らんだ布団がヘタってしまうリスクを冒しても、身を投げ出したくなる気持ちが、ナマエにもわかった。
誘惑に勝てず空いたスペースに自分も寝転ぼうとして、ふと思いついてナマエは抜き足差し足、大の字になっている恋人に近づいた。
「えい」
軽くダイブし、ぼふ、と布団ではなく広い胸板に着地すると、ゾンビマンは「ヴッ」だか「グッ」というような呻き声をあげた。
焦点の合わない目を瞬いているところを見ると、どうやらお得意の狸寝入りではなく、本当に眠っていたらしい。
「…なんだ。ずいぶん重い掛け布団だな」
「ふふ」
大きな欠伸をしながら、ナマエの髪をもて遊んでいる。
「こうあったかいと眠くなっちまう…」
「まだお掃除の途中ですよ」
働き者だなぁお前は、と感心したように言われたが、太陽熱でぬくもった体にぴったりくっついていると、俄に睡魔が襲ってくる。
眠気を誤魔化すためにぐりぐりと頭をこすりつけていると、擽ったいのか頭上で忍び笑いが聞こえた。
ゆっくり上下する胸に耳をつけると、トクトクと心音が伝わってくる。
こうしていると、自分と何ら変わりないように思えるのに。
彼の心臓は動きを止めることはないのだ。
改めて感じるその不思議と、少しの淋しさ。
一人しんみりしているナマエの心境はいざ知らず、ゾンビマンは怠そうにぼやいている。
「朝から忙しく動いてると、今時分にはくたびれてくるな」
時折彼はこうやって、外見年齢にそぐわない発言をすることがあった。
前に『お父さんみたい』と言った時微妙に傷付いていたので弄らないようにしているが、内心そんな恋人のことを少し面白がっていたりするのは秘密だ。
「でも、ヒーロー活動の時はもっと動きっぱなしなんじゃないですか?」
胸板に顎を乗せて顔を覗きこむと、ゾンビマンはナマエの髪を撫でながら何やら考え込んでいる。
「そうでもないぞ。俺はそもそも戦闘以外の任務が中心だし…会敵してもなるべく体力を使わないように立ち回ることはできる」
「ふーん」
ナマエには詳しいことはわからないので、自然と生返事になってしまう。
ゾンビマンは特に気にした様子もなく続けた。
「それに、こういうのは体の疲れというよりは、気持ちの問題なんだよ」
「気持ちですか」
「ああ。いくら体が動いても、元気が出ないのはどうしようもねぇな」
「そんな、しっかりして下さいよ」
「俺ももう歳だからな」
「……」
至近距離で顔を見合わせた状態である。
ナマエはうっかり上がりかけた口角を咄嗟に引き締めた。
しかしゾンビマンは、その僅かな表情の変化を見逃さなかったらしい。
「面白かったなら笑っていいんだぞ」
「別に…面白くなんてないです」
さり気ない風を装って顔を逸らす。
ナマエは目の前の体に顔を押し付けて、笑いの余波を逃がそうとした。
「…笑ってるだろ」
「わ、笑ってません」
「……」
「…………ふふっ…あっ!?」
小さく漏れた笑い声を合図に、脇腹から強い刺激が伝わりナマエは体をくねらせた。
「あっ!ちょっとやめてくださ、やめて…んふふふっ、ひゃひゃひゃひゃ!」
わしわしと容赦なく脇腹をくすぐってくる指先に、悶絶しながら手足をバタつかせる。
息も絶え絶えに笑い続け、ようやく猛攻撃が終わる頃には、ナマエはぐったりしながら荒い呼吸をついていた。
仕掛けたゾンビマンはそれ見たことかという顔をしている。
「やっぱり笑ってるじゃねぇか」
「わ…笑わせたんじゃないですか…!」
悔しくなって馬乗りになり、無防備な脇腹に両手を差し込む。
しかし微動だにしない恋人に、ナマエは目を丸くした。
「あれ、こそばゆくないですか?」
「まぁまぁだな」
「何で笑わないんですか」
「顔に出にくい質なんだよ」
ムキになってくすぐり続けるも期待するような反応が得られず、飽きてしまったナマエはゾンビマンの隣にころりと落ちた。
差し伸べられた腕を枕に寝転ぶ。
「せっかく干した布団がくしゃくしゃです」
「ああ、残念だ」
「もう、ゾンビマンさんがふざけるから…」
「こんな時くらいしか、めいっぱいふざけられないもんでな。これに懲りずにまた付き合ってくれ」
「なんですかそれ…」
耳に心地よい恋人の声を聞きながら、優しく髪を撫でつけられるうちに、またしても眠気がやってくる。
いけない、まだ納戸の片付けとリビングの窓拭きが終わってないのに、と抗う心とは逆に目蓋がゆっくりと落ちていく。
(ずっと一緒に居られたら良いのになぁ…)
微睡の中でナマエはぼんやりと考えた。
こんな風にふざけ合って、日々の生活を過ごして。
永遠に続くものなんて無いのだと頭ではわかっているけれど。
――視界が閉じる寸前、一瞬だけ見えたゾンビマンの口元は、優しい笑みを浮かべていたような気がした。
次に目を覚ました時、日は沈みかけ部屋の中は薄闇に包まれていた。
今は夜なんだっけ、朝なんだっけ、と考えて、いろいろとやりかけだったことを思い出す。
「うわぁ、寝ちゃった…!」
よく見ると、体に敷いていたはずの掛け布団は形を整えて上に掛けられ、ちゃんと枕に頭を乗せて寝かされている。
寝冷えしないようにしてくれたのだろう、当の恋人の姿は見当たらないが、代わりに何か刻んでいる音が聞こえる。
ダイニングキッチンに向かうと、ゾンビマンが筍を切っているところだった。
「ゾンビマンさん、私どれくらい寝てました?」
ゾンビマンは振り返った。
「起きたか。俺も少し前に起きたところだが3時間は経ってるぜ」
「3時間も…ああ……」
へなへなと崩れ落ちるナマエを元気付けるようにゾンビマンは笑った。
「まぁ、たまにはこんなのも良いんじゃないか」
薄暗い部屋の中、そこだけ明かりのついたキッチンに佇む恋人の姿が浮かび上がる。
寝起きのぼんやりした頭で、ナマエはしばしその光景に見入っていた。
昼間の余韻を残した微温い薄闇に、穏やかに笑う人。
(――あっ)
眠りに落ちる時に見た光景が蘇る。
突然、ナマエは答えを見つけたような気がした。
ずっと一緒にいられないなら、ひとつでも多くゾンビマンの笑顔が見たい。
そして、自分の正直な気持ちを一度でも多く伝えたい。
恥ずかしくて、普段はなかなか言えないけれど。
「ところで、今からじゃ炊き込み飯にするのも時間がかかるし、今日は吸い物にしようと思うんだが構わないか」
まな板の上の筍を示しながら言う恋人に近づき、ナマエは改まってその顔を見上げた。
照れくささを堪えつつ口を開く。
「ゾンビマンさん、」
「ん?」
「大好きですよ」
ゾンビマンは意表を突かれた様子で、言葉をなくした。
そして一瞬の後、ナマエの一番好きな優しい顔で笑った。
「なんだ藪から棒に。変な夢でも見たか」
「別に…ちょっと言いたくなっただけです」
面映ゆくなって筍の方に意識を逸らす。
吸い物に一緒にいれる具は、ワカメと豆腐で良いだろうか。
腕まくりをし、エプロンを身に着ける。
「本当か?何か企んでるんじゃないか」
「もう、違いますよ。失礼な」
面白そうにからかってくる恋人からぷいと顔を背け、豆腐とお浸しにする菜の花をとり出しに冷蔵庫へ向かった。
──限りのある時間の中で、一緒にご飯を食べて、お昼寝をして、『好きだ』と伝えて。
降り積もる日々が、少しでも彼の喜びに繋がりますように。
そんなささやかな祈りを胸に秘めながら、ナマエは、大好きですよ、ともう一度心の中で呟いた。