ある日の霊とか相談所
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※モブサイコ100とのクロスオーバー 時空が歪んでいます
※霊幻師匠が気の毒なのでご注意下さい
ナマエがそれを切り出したのは、翌日に休みを控えた夕飯の席でのことだった。
「明日お祓いに行こうと思うんです」
ナマエの遅い夕食に付き合って食卓机で晩酌をしていたゾンビマンは、耳慣れない言葉に眉間に皺を寄せた。しばらく考えた後、ナマエと出会ったばかりの頃に、あまりに良くないことが続くので友達にお祓いを勧められた、という話を聞いたのを思い出した。
事情はわかったが、何故今更になってそんな話が出てきたのか。
ゾンビマンは怪訝に思いながらナマエの顔を見た。
「必要ないだろ」
ゾンビマンの認識では、今現在のナマエは良くないことには見舞われていないはずである。相変わらず仕事に追われてはいるが、怪人多発地帯から引っ越し、暮らし向きはずいぶんマシになった。それにいつも傍に居られるわけではないが、何か手に負えないトラブルがあれば自分が対処するつもりでいる。
「私もそう思ったんですけど…友達がわざわざ探してくれた相談所なんですよ。試しに行ってみても良いかなって。それにすごい良心価格のところらしくって」
どうやらナマエも必要性を感じてはいないらしく、少しテンション高めに話す様子からはお祓いという非日常的なイベントへの純粋な好奇心が伺えた。
「コースにもよるけど初回なら3000円くらいって言ってました、安いですよね」
「何だコースって」
ナマエは乗り気のようだったが、一方でゾンビマンの胸中には疑念が芽生えていた。
これまでの経験からいって、霊感商法というものはその九割九分九厘がインチキだというのがゾンビマンの見解だった。怪人災害が頻発するようになった頃から、不安定な世情につけ込んだその手の商売も見られるようになってきたが、祈祷やありがたい御札で怪人がどうこうできるわけもなく、信じた者はただ金銭を巻き上げられ泣きを見るのが一般的なパターンである。
ナマエが友人から紹介された相談所はどうやら安価な値段設定のようだが、そうやって間口を広げておいて、まんまと引っかかったカモに後から高額な追加サービスだのを押し付ける可能性も考えられる。そして素直で押しに弱いところのあるナマエは、それらの悪徳業者にとっては格好の獲物であると思われた。
「俺も一緒に行っていいか」
もし断られてもこっそり付いていくつもりだったが、その点についてはナマエはすんなり了承した。しかしゾンビマンの思惑には何となく気がついたらしく、良いですけど、と前置きした後疑うような目付きになった。
「…もしかして私が騙されると思ってるんですか?」
「よくわかったな」
「どうしてそんなに信用が無いんですか」
「それは自分の胸に聞いてみろ」
その後もナマエはしばらくむくれていたが、ともかくゾンビマンもお祓いへ同行するという方向で話はまとまったのだった。
「なるほど…今年の初めから災難続きだと。ここへ来られたのは良い判断だ、間違いなく霊の仕業です!」
「そ、そうなんですか!?」
ここ調味市の一角にある『霊とか相談所』の応接スペースで、霊幻新隆はお得意の弁舌を奮っていた。驚愕した表情を浮かべている新規の女性客にキメ顔のまま重々しく頷くと、声のトーンを落ち着けて続ける。
「霊が人間に及ぼす悪影響というのは、金縛りやポルターガイストといった直接的なものばかりではないんです。不幸を引き寄せてターゲットの心身を弱らせたところで取り憑く、そういった回りくどい悪霊も珍しくはない。霊障が悪化すると身体症状が出てくることもあるんですが、もしかして最近肩凝りなどに悩まされていませんか?」
「あっもうバキバキです、背中とかも酷くて」
「おっとそれはまずい!早急に除霊が必要ですね!」
難なく除霊を受ける方向へと話を誘導し、霊幻は料金表を取り出し手渡した。
「それでは除霊の方に移らせて頂きますが、その前に料金システムのご説明になります。え~初回ということでお薦めはこの簡単30分コースですね、通常価格4000円のところを今なら30%オフで…」
すらすらと口上を述べながら、霊幻はちらっと依頼人の隣に座る人物へ目をやった。
付き添いだというその青白い顔をした男は、事務所へ入ってから一言も発しておらず、今も黙ったまま霊幻を監視するように冷静な眼差しを向けている。ぎこちなく愛想笑いを浮かべてみたが、相手は眉ひとつ動かさず頬の辺りが引きつるのを感じた。
話を聞く限りでは、今回は弟子の力が必要な類の仕事、つまり本物の心霊相談ではない。にも関わらず、その男の存在が霊幻に妙な緊迫感を与えていた。
(やりづれーな…)
密かに冷や汗をかきながら霊幻は思案した。
友人の紹介で来たという、依頼人である女性の方は問題ない。いつも取るに足らないことで頭を悩ませている典型的な庶民タイプ、その解決の道筋を示してやれば信頼を得ることは容易い。うまくやれば今後も良いお客さんになってくれるだろう。まだ年齢が若く経済的にはあまり余裕が無さそうだが、霊幻のビジネススタイルは強引に金銭を搾り取るものではないので、無理のない範囲で細く長く通って貰えるようになれば大成功だった。
しかしどうやらその可能性は断たれそうだ、と料金表に目を落としている男の様子をうかがった。眉間に皺を寄せ、注意深く料金システムを確認している男は、あからさまな態度には現していないものの、確実にこちらを警戒している。
怪しげな商売をしている為か、冷やかし半分の客が訪れること自体は少なくない。特にこういった男女二人組の場合、女性の方が占いやスピリチュアルに傾倒しやすいので大抵温度差があり、パートナーが騙されないようにと付き添いが牽制してくることもよくある。
そんな時霊幻がどうするかと言えば、特に何もせず受け流す、というのが経験からくる最適解だった。ムキになってやり合えば悪評が立つ。それにこういった商売において霊能力の真偽は(弟子の力が必要な案件を除いて)それ程重要な問題ではないと思っている。要は気の持ちようだ。問題が解決し、霊幻を信じたくなったなら信じれば良いし、やはりインチキだと思うのならそこでさよなら、縁がなかったというだけの話だ。
しかしこの男については、こちらが何かするまでもなくハナから信用していないのが見て取れた。つまり本来ここへ来る理由がないはずの人間である。じゃあ何で来たんだ、というのは尋ねるまでもない。連れの女性を心配してのことだ。更に言うと自身は1mmも信じていないにも関わらず、恋人であろう彼女の意向を頭ごなしに否定したりせず、こうして付き添い見守り役に徹している。全く良い彼氏である。良い彼氏なのはわかったから無駄にプレッシャーをかけるのは止めてほしい。その隈は何なんだ、徹夜明けなのか、と霊幻がテンパり気味に心の中で八つ当たりをしていると、料金表を覗き込んでいた依頼人の女性が感心したような声をあげた。
「本当に良心価格なんですね。美容室でカットするのより安いくらい」
こちらの気も知らず実に平和な例え話を持ち出した彼女に、思わず体の力が抜けるのを感じながら霊幻は営業スマイルを浮かべた。
「こういった相談はなかなか他人に話しにくいですから。金銭的な面でまずハードルを低くして、より多くの方に来て頂きたいんです」
「すごい、立派な心がけですね!他のところだとお金をたくさん取ろうとすることも多いって聞きました」
「私どもは悩める市民の味方ですからね」
調子を合わせにこやかに会話を続けていると、霊幻の座る斜め前からにわかに不穏な空気が漂ってくるのを感じた。
(えっ何だ…?)
不審に思って目をやると、付き添いの男の眉間の皴が先ほどよりも深くなっている気がする。手にも力が入っているのか、料金表の端が微妙にひしゃげている。
何だかわからないが、早めに仕事を終わらせてしまった方が良さそうだという長年の勘に従い、霊幻は途中になっていた料金の説明に戻った。
「み、見たところそれほど強力な霊では無さそうなので先ほどのコースでよろしいかと思いますが、いかがされますか?」
「じゃあそれでお願いします」
「お任せ下さい。それじゃ施術室の方へ、」
「付き添いも一緒に行っていいか」
ここへ来て初めて件の男が口を開いた。いきなり話し掛けられた霊幻は飛び上がりそうになりながら、どうにか平静を装った。
「あっ…もちろん良いですよ、その方がご本人もリラックスして除霊に臨めますからね!」
ははは、と乾いた笑いを浮かべる霊幻を余所に、男はさっさと依頼人について施術室へ向かっている。
その背中を見送りながら霊幻は固唾を飲んだ。こちらに警戒心を抱いている得体のしれない男と密閉空間で二人きり(依頼人もいるが)。第六感が激しく危険信号を発していた。
しかし、この程度のことで怖じ気付いては『世紀の天才霊能力者 霊幻新隆』の名が廃る。
(やってやる…俺はやるぞ!)
静かな覚悟を漂わせ施術室へ向かう霊幻の背中に、彼の弟子と緑色の悪霊が、気遣わしげな、また面白がっているような視線を各々注いでいた。
「それでは此方に座って体の力を抜いて下さい」
「はい」
霊幻は努めていつも通りに振る舞いながら、それとなく部屋の片隅の様子を探った。
予想に反して、壁に凭れかかって腕を組んだ男は、先ほどから大人しく除霊を見守っている。
始めに行ったソルトスプラッシュの時に怪訝そうな視線を感じたが、特に口を挟むでもない。この分なら穏便に事を進められそうだ、と安心した。
「悪霊は体の老廃物の淀みが好物ですからね、筋肉の凝りをほぐしリンパを流していきます」
着席した依頼人の女性に話しかけながら、力の抜けた肩に手をかけた。
その瞬間、部屋の温度が一気に下がった気がした。
背筋に冷たいものが走り、チラ、と気付かれないように男を盗み見ると、一転して雰囲気が変わっている。
やたらと目力のある鋭い視線に射抜かれ、霊幻は全身に冷や汗をかいた。
(怖えええ!絶対堅気じゃねえ!)
今にも懐から拳銃を抜き「死にたくなければ手をあげろ」等と言い出してもおかしくない剣呑な空気をまとっている。というかさっき、コートの下で金属質なものが触れ合う音がするのを聞いた気がする。
命の危機を感じつつも、プロフェッショナルとしてのサガがそうさせるのか、霊幻の手は的確に依頼人の肩を指圧し揉みほぐしていく。気をまぎらわせたい一心で話し掛けた。
「お、お客様かなり凝ってらっしゃいますね~!お仕事はデスクワークか何か?」
「そうなんです、長時間パソコンの画面を見てるから目の疲れとかも酷いんです」
「ああそれは良くない、最近は悪霊や呪いもIT化が進んでますからね!」
「ええーそうなんですか!」
適当に話を合わせる間にも背後からの圧はどんどん強まっている。
こうなったら高速でマッサージ…除霊を終わらせ、所定の時間よりも早めに切り上げるしかない。一刻も早くこの状況を脱することが最善だ。
幸い霊幻の技術は急ぎ足でも確かなもので、依頼人は感嘆したような声をあげた。
「あっだんだん肩が暖かくなってきました!」
「そうでしょう、そうでしょう。今半分ほど悪霊が溶けたところです」
「溶け…?そ、そうですか」
肩の凝りをほぐし終わると、首から鎖骨へリンパを流すように撫で、続けて二の腕も揉みほぐしていく。
あとは横になってもらい、背中から腰にかけての呪術クラッシュで仕上げだ。
いいか大人しくしてろ、俺は少林寺拳法緑帯だ舐めるなよ、と心の中で背後を牽制しながら、霊幻は依頼人に声をかけた。
「肩周りの処置は終わりました。次に上半身全体の血行を良くして悪霊への抵抗力を高めますので、こちらへ…」
依頼人を寝台へ促そうとした時だった。
「え?」
片腕が動かない。
見下ろすと、血色の悪い手が霊幻の手首をガッシリと鷲掴みにしている。
「あ、あの…お客様…」
「ゾンビマンさん?」
いつの間にか男が霊幻の背後にぬっと立っていた。
遠慮がちに呼びかけると、男は押し殺したような声音で言った。
「…もう十分だ」
「え、いや~…」
もう十分って、何で客のあんたがそんなこと決めてんだ。
そう反論したかったが、いつもよく回る口が嘘のように、霊幻は曖昧な返事をすることしかできなかった。だらだらと冷や汗が止まらない霊幻に、男は念を押すように言った。
「もう除霊は済んだ。そうだな?」
戸惑った様子の依頼人を置き去りに、霊幻はじりじりと部屋の角に追い詰められていく。
「あーっと、肩周りに取り憑いていたものは溶かし終わったんですが、全体の仕上げが不完全と言いますか…」
尚も言い募る霊幻の前に、異様な迫力を漂わせた男が迫る。
おかしい、俺の方が身長は高いのに何だこの威圧感は。無表情なのが却って恐ろしい。
そうこうするうちに背後には壁が迫っている。
(くそっもう逃げ場がねえ!こうなりゃ実力行使だ!)
密かに拳を握りしめ、上半身を捻る。スペースの都合で回転不足だがそこは仕方がない。
一瞬の隙をつき、渾身の力をこめて霊幻は拳を繰り出した。
「くらえ!チーズバーガートルネードォッ…え?」
男の顎を正確に狙った筈の必殺技は、パシッという虚しい音を立てて軽々と受け止められた。捕らえられた手が氷のように冷たい。
(あっ、これやばくね)
不発に終わったと気がついた時には既に遅く、そのまま片手を拘束された霊幻にもはや打つ手は残されていなかった。
顔面蒼白になった霊幻の前に、同じくらい血の気のない男の顔が接近する。深淵のような赤い瞳がまっすぐにこちらを覗き込んでいた。
「除霊は済んだと言え」
「ハイ…」
職業上のプライドも命には代えられない。これまで数々の修羅場をくぐり抜けてきた霊幻は、この日ひとつの敗北を経験したのだった。
「お会計、2800円になります」
代金を払い終わると、依頼人は見送りをする霊幻に小さく会釈をした。あとに付き添いの男が無言で続く。
「どうもありがとうございました」
「ま、またのお越しを…」
二人を見送り扉を閉めると、霊幻は張り詰めていた息を吐き出しその場に崩れ落ちた。
「何だったんだよ今の客…」
すっかり消耗した様子の師には構わず、受け取った代金を金庫にしまいながらモブはマイペースに問いかけた。
「師匠、さっきのお客さん途中までしかマッサージ受けなかったけど、代金満額もらっちゃって良かったんですか?」
「マッサージじゃねえ!つーかモブ見てたんなら助けろよ!殺されるかと思った…」
角に追い詰められた時のことを思い出し青くなっている霊幻を見ながら、モブは先ほどの客のうち付き添いの男性の方のことを思い出していた。
事務所に入ってきてすぐに、彼の異質さには気がついていた。なんとなく悪い人ではない気がしたから師匠には言わなかったが、やっぱり事前に相談しておくべきだったのかも、と思いながらモブは遠慮がちに口を開いた。
「…あの付き添いの男の人、ちょっと普通じゃなかったですね」
「は!?どういうことだ!?」
「えっ師匠気がついてなかったんですか」
弟子に朴訥とした調子で切り返され、いや勿論気がついてたがお前の意見を聞いておこうと思ってだな、と取り繕う霊幻を呆れたように見ながら、エクボがその後を継いで言った。
「シゲオの言う通りだ、あの兄ちゃん無尽蔵に生命エネルギーが溢れ出てやがる。俺も長いこと悪霊やってるがあんなのは初めて見たな」
通常、人間の生命活動に伴って消費されるエネルギーは、睡眠や食事で一時的に回復はするものの、肉体が最盛期を過ぎればその総量は少しずつ減っていき、やがて老化と共に死に至る。しかし、あの男からは特に休養を取ったわけでもないにも関わらず、尽きることなく命の根源が湧き出ているようだった。どういう絡繰かはわからないが、少なくとも老衰で死ぬことはないのではないか。それはまた難儀なことだ、とエクボは唸った。
その一方、霊幻は今更ながら我が身の無事を噛み締めていた。
堅気じゃないとは思っていたがこの世のものですらなかったとは。盛り塩パンチでも通用しなかったかもしれない。
遠い目をする霊幻の傍で、二人は先ほどの珍客について話し合っている。
「でもそれ以外は普通の人みたいだったけど」
「だな。ありゃ霊幻が彼女にべたべた触るから我慢ならなくなったんだろ。中身はその辺の男と同じだ」
エクボが下世話な笑みを浮かべながら言うのを聞いて、霊幻は我に返った。
「あ?我慢ならなくなったって…ああ~あれもしかしてそういう…」
「何だおめー気づいてなかったのか」
思い出してみれば、最初の相談時のやり取りからその後除霊を強制ストップされるまで、今エクボが言ったような理由が裏にあるとすればその行動の数々に合点がいった。いつもの霊幻ならば、事をスムーズに運ぶために客を観察することは欠かさないし、他人の心の機微を察することには自信があった。しかし、恋人への嫉妬心などという可愛らしい言葉で片付けるにはあまりにも物騒な言動に心乱され、持ち前の洞察力も機能していなかったらしい。
「ただの焼き餅であんな思いさせられんのはもう御免だぜ…」
ぐったりとデスクに突っ伏した霊幻を余所に、そういえばあのお客さんちょっと師匠に声が似てたな、とモブは関係のないことを考えていた。
相談所を出ると、ナマエは帰路につきながら上機嫌にぐるぐると腕を回した。
「すごい…羽が生えたみたいに肩が軽い…!ほら、やっぱり悪徳商法なんかじゃなかったですよ、聞いてた通り良心価格だったし」
ゾンビマンさんは心配性ですね、とのん気に言うナマエをゾンビマンは呆れた顔で見た。
「まあ思ったよりは堅実な商売をしてるみたいだったが…あれのどこが除霊だ。ただのマッサージじゃねえか」
最初に食塩撒き散らしてたのも何だったんだ、と胡散臭そうにぼやくのを聞いて、確かにそれはそうだ、とナマエも考え込んだ。お祓いや除霊というと、もっと御札を貼ったり祝詞を唱えたりといった儀式的な手順が必要なイメージがある。
実際処置を受けている途中で、これ整体にいくのと変わらないんじゃないか、とナマエも疑問に思ってはいた。しかし、そんなことがどうでもよくなるくらいには、あの霊幻という所長のマッサージ技術は確かなものだった。
「でもマッサージは気持ちよかったですよ。どうして途中で止めたんですか?」
やや不満げに見上げてくるナマエから、ゾンビマンは微妙に視線を逸らした。
「あくまでお祓いの為に来たんだから、あの男に霊能力が無いなら居座る理由もないだろ。時間の無駄だ」
自分でも心が狭いという自覚はあるので、本心を悟られないよう素っ気なく返す。
ついでに、マッサージくらいなら家で俺がしてやる、と付け足すと、ナマエは何故か戸惑ったような顔になった。
「えっ、でも…」
何事かいいあぐねている様に何だよ、と先を促すと、ナマエは少し迷った後神妙な表情で口を開いた。
「ゾンビマンさんの握力だと私の肩がぶっ壊れませんか…?」
「人のこと何だと思ってんだ。力加減くらいできる」
その言葉に嘘はなく、生真面目にも専門書で理論を学んだゾンビマンの巧みなマッサージによって、ナマエの肩・背中の凝りは解消し、以後体のコンディションが飛躍的に改善されたという。
※霊幻師匠が気の毒なのでご注意下さい
ナマエがそれを切り出したのは、翌日に休みを控えた夕飯の席でのことだった。
「明日お祓いに行こうと思うんです」
ナマエの遅い夕食に付き合って食卓机で晩酌をしていたゾンビマンは、耳慣れない言葉に眉間に皺を寄せた。しばらく考えた後、ナマエと出会ったばかりの頃に、あまりに良くないことが続くので友達にお祓いを勧められた、という話を聞いたのを思い出した。
事情はわかったが、何故今更になってそんな話が出てきたのか。
ゾンビマンは怪訝に思いながらナマエの顔を見た。
「必要ないだろ」
ゾンビマンの認識では、今現在のナマエは良くないことには見舞われていないはずである。相変わらず仕事に追われてはいるが、怪人多発地帯から引っ越し、暮らし向きはずいぶんマシになった。それにいつも傍に居られるわけではないが、何か手に負えないトラブルがあれば自分が対処するつもりでいる。
「私もそう思ったんですけど…友達がわざわざ探してくれた相談所なんですよ。試しに行ってみても良いかなって。それにすごい良心価格のところらしくって」
どうやらナマエも必要性を感じてはいないらしく、少しテンション高めに話す様子からはお祓いという非日常的なイベントへの純粋な好奇心が伺えた。
「コースにもよるけど初回なら3000円くらいって言ってました、安いですよね」
「何だコースって」
ナマエは乗り気のようだったが、一方でゾンビマンの胸中には疑念が芽生えていた。
これまでの経験からいって、霊感商法というものはその九割九分九厘がインチキだというのがゾンビマンの見解だった。怪人災害が頻発するようになった頃から、不安定な世情につけ込んだその手の商売も見られるようになってきたが、祈祷やありがたい御札で怪人がどうこうできるわけもなく、信じた者はただ金銭を巻き上げられ泣きを見るのが一般的なパターンである。
ナマエが友人から紹介された相談所はどうやら安価な値段設定のようだが、そうやって間口を広げておいて、まんまと引っかかったカモに後から高額な追加サービスだのを押し付ける可能性も考えられる。そして素直で押しに弱いところのあるナマエは、それらの悪徳業者にとっては格好の獲物であると思われた。
「俺も一緒に行っていいか」
もし断られてもこっそり付いていくつもりだったが、その点についてはナマエはすんなり了承した。しかしゾンビマンの思惑には何となく気がついたらしく、良いですけど、と前置きした後疑うような目付きになった。
「…もしかして私が騙されると思ってるんですか?」
「よくわかったな」
「どうしてそんなに信用が無いんですか」
「それは自分の胸に聞いてみろ」
その後もナマエはしばらくむくれていたが、ともかくゾンビマンもお祓いへ同行するという方向で話はまとまったのだった。
「なるほど…今年の初めから災難続きだと。ここへ来られたのは良い判断だ、間違いなく霊の仕業です!」
「そ、そうなんですか!?」
ここ調味市の一角にある『霊とか相談所』の応接スペースで、霊幻新隆はお得意の弁舌を奮っていた。驚愕した表情を浮かべている新規の女性客にキメ顔のまま重々しく頷くと、声のトーンを落ち着けて続ける。
「霊が人間に及ぼす悪影響というのは、金縛りやポルターガイストといった直接的なものばかりではないんです。不幸を引き寄せてターゲットの心身を弱らせたところで取り憑く、そういった回りくどい悪霊も珍しくはない。霊障が悪化すると身体症状が出てくることもあるんですが、もしかして最近肩凝りなどに悩まされていませんか?」
「あっもうバキバキです、背中とかも酷くて」
「おっとそれはまずい!早急に除霊が必要ですね!」
難なく除霊を受ける方向へと話を誘導し、霊幻は料金表を取り出し手渡した。
「それでは除霊の方に移らせて頂きますが、その前に料金システムのご説明になります。え~初回ということでお薦めはこの簡単30分コースですね、通常価格4000円のところを今なら30%オフで…」
すらすらと口上を述べながら、霊幻はちらっと依頼人の隣に座る人物へ目をやった。
付き添いだというその青白い顔をした男は、事務所へ入ってから一言も発しておらず、今も黙ったまま霊幻を監視するように冷静な眼差しを向けている。ぎこちなく愛想笑いを浮かべてみたが、相手は眉ひとつ動かさず頬の辺りが引きつるのを感じた。
話を聞く限りでは、今回は弟子の力が必要な類の仕事、つまり本物の心霊相談ではない。にも関わらず、その男の存在が霊幻に妙な緊迫感を与えていた。
(やりづれーな…)
密かに冷や汗をかきながら霊幻は思案した。
友人の紹介で来たという、依頼人である女性の方は問題ない。いつも取るに足らないことで頭を悩ませている典型的な庶民タイプ、その解決の道筋を示してやれば信頼を得ることは容易い。うまくやれば今後も良いお客さんになってくれるだろう。まだ年齢が若く経済的にはあまり余裕が無さそうだが、霊幻のビジネススタイルは強引に金銭を搾り取るものではないので、無理のない範囲で細く長く通って貰えるようになれば大成功だった。
しかしどうやらその可能性は断たれそうだ、と料金表に目を落としている男の様子をうかがった。眉間に皺を寄せ、注意深く料金システムを確認している男は、あからさまな態度には現していないものの、確実にこちらを警戒している。
怪しげな商売をしている為か、冷やかし半分の客が訪れること自体は少なくない。特にこういった男女二人組の場合、女性の方が占いやスピリチュアルに傾倒しやすいので大抵温度差があり、パートナーが騙されないようにと付き添いが牽制してくることもよくある。
そんな時霊幻がどうするかと言えば、特に何もせず受け流す、というのが経験からくる最適解だった。ムキになってやり合えば悪評が立つ。それにこういった商売において霊能力の真偽は(弟子の力が必要な案件を除いて)それ程重要な問題ではないと思っている。要は気の持ちようだ。問題が解決し、霊幻を信じたくなったなら信じれば良いし、やはりインチキだと思うのならそこでさよなら、縁がなかったというだけの話だ。
しかしこの男については、こちらが何かするまでもなくハナから信用していないのが見て取れた。つまり本来ここへ来る理由がないはずの人間である。じゃあ何で来たんだ、というのは尋ねるまでもない。連れの女性を心配してのことだ。更に言うと自身は1mmも信じていないにも関わらず、恋人であろう彼女の意向を頭ごなしに否定したりせず、こうして付き添い見守り役に徹している。全く良い彼氏である。良い彼氏なのはわかったから無駄にプレッシャーをかけるのは止めてほしい。その隈は何なんだ、徹夜明けなのか、と霊幻がテンパり気味に心の中で八つ当たりをしていると、料金表を覗き込んでいた依頼人の女性が感心したような声をあげた。
「本当に良心価格なんですね。美容室でカットするのより安いくらい」
こちらの気も知らず実に平和な例え話を持ち出した彼女に、思わず体の力が抜けるのを感じながら霊幻は営業スマイルを浮かべた。
「こういった相談はなかなか他人に話しにくいですから。金銭的な面でまずハードルを低くして、より多くの方に来て頂きたいんです」
「すごい、立派な心がけですね!他のところだとお金をたくさん取ろうとすることも多いって聞きました」
「私どもは悩める市民の味方ですからね」
調子を合わせにこやかに会話を続けていると、霊幻の座る斜め前からにわかに不穏な空気が漂ってくるのを感じた。
(えっ何だ…?)
不審に思って目をやると、付き添いの男の眉間の皴が先ほどよりも深くなっている気がする。手にも力が入っているのか、料金表の端が微妙にひしゃげている。
何だかわからないが、早めに仕事を終わらせてしまった方が良さそうだという長年の勘に従い、霊幻は途中になっていた料金の説明に戻った。
「み、見たところそれほど強力な霊では無さそうなので先ほどのコースでよろしいかと思いますが、いかがされますか?」
「じゃあそれでお願いします」
「お任せ下さい。それじゃ施術室の方へ、」
「付き添いも一緒に行っていいか」
ここへ来て初めて件の男が口を開いた。いきなり話し掛けられた霊幻は飛び上がりそうになりながら、どうにか平静を装った。
「あっ…もちろん良いですよ、その方がご本人もリラックスして除霊に臨めますからね!」
ははは、と乾いた笑いを浮かべる霊幻を余所に、男はさっさと依頼人について施術室へ向かっている。
その背中を見送りながら霊幻は固唾を飲んだ。こちらに警戒心を抱いている得体のしれない男と密閉空間で二人きり(依頼人もいるが)。第六感が激しく危険信号を発していた。
しかし、この程度のことで怖じ気付いては『世紀の天才霊能力者 霊幻新隆』の名が廃る。
(やってやる…俺はやるぞ!)
静かな覚悟を漂わせ施術室へ向かう霊幻の背中に、彼の弟子と緑色の悪霊が、気遣わしげな、また面白がっているような視線を各々注いでいた。
「それでは此方に座って体の力を抜いて下さい」
「はい」
霊幻は努めていつも通りに振る舞いながら、それとなく部屋の片隅の様子を探った。
予想に反して、壁に凭れかかって腕を組んだ男は、先ほどから大人しく除霊を見守っている。
始めに行ったソルトスプラッシュの時に怪訝そうな視線を感じたが、特に口を挟むでもない。この分なら穏便に事を進められそうだ、と安心した。
「悪霊は体の老廃物の淀みが好物ですからね、筋肉の凝りをほぐしリンパを流していきます」
着席した依頼人の女性に話しかけながら、力の抜けた肩に手をかけた。
その瞬間、部屋の温度が一気に下がった気がした。
背筋に冷たいものが走り、チラ、と気付かれないように男を盗み見ると、一転して雰囲気が変わっている。
やたらと目力のある鋭い視線に射抜かれ、霊幻は全身に冷や汗をかいた。
(怖えええ!絶対堅気じゃねえ!)
今にも懐から拳銃を抜き「死にたくなければ手をあげろ」等と言い出してもおかしくない剣呑な空気をまとっている。というかさっき、コートの下で金属質なものが触れ合う音がするのを聞いた気がする。
命の危機を感じつつも、プロフェッショナルとしてのサガがそうさせるのか、霊幻の手は的確に依頼人の肩を指圧し揉みほぐしていく。気をまぎらわせたい一心で話し掛けた。
「お、お客様かなり凝ってらっしゃいますね~!お仕事はデスクワークか何か?」
「そうなんです、長時間パソコンの画面を見てるから目の疲れとかも酷いんです」
「ああそれは良くない、最近は悪霊や呪いもIT化が進んでますからね!」
「ええーそうなんですか!」
適当に話を合わせる間にも背後からの圧はどんどん強まっている。
こうなったら高速でマッサージ…除霊を終わらせ、所定の時間よりも早めに切り上げるしかない。一刻も早くこの状況を脱することが最善だ。
幸い霊幻の技術は急ぎ足でも確かなもので、依頼人は感嘆したような声をあげた。
「あっだんだん肩が暖かくなってきました!」
「そうでしょう、そうでしょう。今半分ほど悪霊が溶けたところです」
「溶け…?そ、そうですか」
肩の凝りをほぐし終わると、首から鎖骨へリンパを流すように撫で、続けて二の腕も揉みほぐしていく。
あとは横になってもらい、背中から腰にかけての呪術クラッシュで仕上げだ。
いいか大人しくしてろ、俺は少林寺拳法緑帯だ舐めるなよ、と心の中で背後を牽制しながら、霊幻は依頼人に声をかけた。
「肩周りの処置は終わりました。次に上半身全体の血行を良くして悪霊への抵抗力を高めますので、こちらへ…」
依頼人を寝台へ促そうとした時だった。
「え?」
片腕が動かない。
見下ろすと、血色の悪い手が霊幻の手首をガッシリと鷲掴みにしている。
「あ、あの…お客様…」
「ゾンビマンさん?」
いつの間にか男が霊幻の背後にぬっと立っていた。
遠慮がちに呼びかけると、男は押し殺したような声音で言った。
「…もう十分だ」
「え、いや~…」
もう十分って、何で客のあんたがそんなこと決めてんだ。
そう反論したかったが、いつもよく回る口が嘘のように、霊幻は曖昧な返事をすることしかできなかった。だらだらと冷や汗が止まらない霊幻に、男は念を押すように言った。
「もう除霊は済んだ。そうだな?」
戸惑った様子の依頼人を置き去りに、霊幻はじりじりと部屋の角に追い詰められていく。
「あーっと、肩周りに取り憑いていたものは溶かし終わったんですが、全体の仕上げが不完全と言いますか…」
尚も言い募る霊幻の前に、異様な迫力を漂わせた男が迫る。
おかしい、俺の方が身長は高いのに何だこの威圧感は。無表情なのが却って恐ろしい。
そうこうするうちに背後には壁が迫っている。
(くそっもう逃げ場がねえ!こうなりゃ実力行使だ!)
密かに拳を握りしめ、上半身を捻る。スペースの都合で回転不足だがそこは仕方がない。
一瞬の隙をつき、渾身の力をこめて霊幻は拳を繰り出した。
「くらえ!チーズバーガートルネードォッ…え?」
男の顎を正確に狙った筈の必殺技は、パシッという虚しい音を立てて軽々と受け止められた。捕らえられた手が氷のように冷たい。
(あっ、これやばくね)
不発に終わったと気がついた時には既に遅く、そのまま片手を拘束された霊幻にもはや打つ手は残されていなかった。
顔面蒼白になった霊幻の前に、同じくらい血の気のない男の顔が接近する。深淵のような赤い瞳がまっすぐにこちらを覗き込んでいた。
「除霊は済んだと言え」
「ハイ…」
職業上のプライドも命には代えられない。これまで数々の修羅場をくぐり抜けてきた霊幻は、この日ひとつの敗北を経験したのだった。
「お会計、2800円になります」
代金を払い終わると、依頼人は見送りをする霊幻に小さく会釈をした。あとに付き添いの男が無言で続く。
「どうもありがとうございました」
「ま、またのお越しを…」
二人を見送り扉を閉めると、霊幻は張り詰めていた息を吐き出しその場に崩れ落ちた。
「何だったんだよ今の客…」
すっかり消耗した様子の師には構わず、受け取った代金を金庫にしまいながらモブはマイペースに問いかけた。
「師匠、さっきのお客さん途中までしかマッサージ受けなかったけど、代金満額もらっちゃって良かったんですか?」
「マッサージじゃねえ!つーかモブ見てたんなら助けろよ!殺されるかと思った…」
角に追い詰められた時のことを思い出し青くなっている霊幻を見ながら、モブは先ほどの客のうち付き添いの男性の方のことを思い出していた。
事務所に入ってきてすぐに、彼の異質さには気がついていた。なんとなく悪い人ではない気がしたから師匠には言わなかったが、やっぱり事前に相談しておくべきだったのかも、と思いながらモブは遠慮がちに口を開いた。
「…あの付き添いの男の人、ちょっと普通じゃなかったですね」
「は!?どういうことだ!?」
「えっ師匠気がついてなかったんですか」
弟子に朴訥とした調子で切り返され、いや勿論気がついてたがお前の意見を聞いておこうと思ってだな、と取り繕う霊幻を呆れたように見ながら、エクボがその後を継いで言った。
「シゲオの言う通りだ、あの兄ちゃん無尽蔵に生命エネルギーが溢れ出てやがる。俺も長いこと悪霊やってるがあんなのは初めて見たな」
通常、人間の生命活動に伴って消費されるエネルギーは、睡眠や食事で一時的に回復はするものの、肉体が最盛期を過ぎればその総量は少しずつ減っていき、やがて老化と共に死に至る。しかし、あの男からは特に休養を取ったわけでもないにも関わらず、尽きることなく命の根源が湧き出ているようだった。どういう絡繰かはわからないが、少なくとも老衰で死ぬことはないのではないか。それはまた難儀なことだ、とエクボは唸った。
その一方、霊幻は今更ながら我が身の無事を噛み締めていた。
堅気じゃないとは思っていたがこの世のものですらなかったとは。盛り塩パンチでも通用しなかったかもしれない。
遠い目をする霊幻の傍で、二人は先ほどの珍客について話し合っている。
「でもそれ以外は普通の人みたいだったけど」
「だな。ありゃ霊幻が彼女にべたべた触るから我慢ならなくなったんだろ。中身はその辺の男と同じだ」
エクボが下世話な笑みを浮かべながら言うのを聞いて、霊幻は我に返った。
「あ?我慢ならなくなったって…ああ~あれもしかしてそういう…」
「何だおめー気づいてなかったのか」
思い出してみれば、最初の相談時のやり取りからその後除霊を強制ストップされるまで、今エクボが言ったような理由が裏にあるとすればその行動の数々に合点がいった。いつもの霊幻ならば、事をスムーズに運ぶために客を観察することは欠かさないし、他人の心の機微を察することには自信があった。しかし、恋人への嫉妬心などという可愛らしい言葉で片付けるにはあまりにも物騒な言動に心乱され、持ち前の洞察力も機能していなかったらしい。
「ただの焼き餅であんな思いさせられんのはもう御免だぜ…」
ぐったりとデスクに突っ伏した霊幻を余所に、そういえばあのお客さんちょっと師匠に声が似てたな、とモブは関係のないことを考えていた。
相談所を出ると、ナマエは帰路につきながら上機嫌にぐるぐると腕を回した。
「すごい…羽が生えたみたいに肩が軽い…!ほら、やっぱり悪徳商法なんかじゃなかったですよ、聞いてた通り良心価格だったし」
ゾンビマンさんは心配性ですね、とのん気に言うナマエをゾンビマンは呆れた顔で見た。
「まあ思ったよりは堅実な商売をしてるみたいだったが…あれのどこが除霊だ。ただのマッサージじゃねえか」
最初に食塩撒き散らしてたのも何だったんだ、と胡散臭そうにぼやくのを聞いて、確かにそれはそうだ、とナマエも考え込んだ。お祓いや除霊というと、もっと御札を貼ったり祝詞を唱えたりといった儀式的な手順が必要なイメージがある。
実際処置を受けている途中で、これ整体にいくのと変わらないんじゃないか、とナマエも疑問に思ってはいた。しかし、そんなことがどうでもよくなるくらいには、あの霊幻という所長のマッサージ技術は確かなものだった。
「でもマッサージは気持ちよかったですよ。どうして途中で止めたんですか?」
やや不満げに見上げてくるナマエから、ゾンビマンは微妙に視線を逸らした。
「あくまでお祓いの為に来たんだから、あの男に霊能力が無いなら居座る理由もないだろ。時間の無駄だ」
自分でも心が狭いという自覚はあるので、本心を悟られないよう素っ気なく返す。
ついでに、マッサージくらいなら家で俺がしてやる、と付け足すと、ナマエは何故か戸惑ったような顔になった。
「えっ、でも…」
何事かいいあぐねている様に何だよ、と先を促すと、ナマエは少し迷った後神妙な表情で口を開いた。
「ゾンビマンさんの握力だと私の肩がぶっ壊れませんか…?」
「人のこと何だと思ってんだ。力加減くらいできる」
その言葉に嘘はなく、生真面目にも専門書で理論を学んだゾンビマンの巧みなマッサージによって、ナマエの肩・背中の凝りは解消し、以後体のコンディションが飛躍的に改善されたという。