君のグッズが欲しい
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ゾンビマンが普段ナマエに対して怒ることは滅多にない。
防犯・防災に関わることついては口煩く注意するものの、それ以外は寛容そのものだった。
誤ってお気に入りのグラスを割ってしまった時も、怒るどころか逆にナマエが手を切らなかったかと心配をする始末だったし、料理を失敗してしまった時も、疲れて帰ってきたところだというのに、気にするなそういうこともあると元気付けてくれた。(その後で、自分なら腹を壊してもすぐ治るからともったいない精神を発揮しようとしたので慌てて止めた)
だから今回も、多少は反対されるかもしれないがきっと許してくれるだろうと思っていたのだが。
「駄目だ」
眉間に皺を寄せた恋人を、ナマエは訴えるように見上げた。
先ほどから同じ押し問答を繰り返している。
喧嘩をしたいわけではないがここは譲れない。
しかしゾンビマンもまた頑なだった。
「せっかく入ったボーナスなんだからもっと有益なことに使え」
「これが家にあれば仕事で疲れてても元気になれるから有益ですよ」
「そんなものを心の支えにしようとするな」
そんなもの、と言いながらゾンビマンが顎で指し示した先には、パソコンのディスプレイに表示された通販サイトのページがあった。
『ヒーロー協会公認 S級ヒーロー可動フィギュアシリーズ 1/10スケール ゾンビマン』と冠されたそこには、彼の姿を模した立体像の画像が映し出されている。
「家に帰ったら自分そっくりの人形が飾ってある気持ちになってみろ」
言いながらその光景をうっかり想像したのか、ゾンビマンはそれまでより一段と嫌そうな顔をした。
「じゃあ普段は見えないようにクローゼットの中に飾りますから」
「俺はご本尊か」
そういう問題じゃない、と妥協案をあえなく却下されたナマエは、ディスプレイに目を戻すとため息をついた。
諍いの原因である画面の中のゾンビマンは、そしらぬ顔で斧を構えている。
「どうしてもイヤなんですね…こんなによくできてるのに」
特殊な階級が設立されてから初めて企画されたシリーズであるそれらのフィギュアは、最新の技術を駆使したとかで細部に至るまで作り込まれている。表情も生き写しで、今にも「俺の煙草見なかったか」といつもの口調で話しかけてきそうだった。
家を空けることが多い実物に代わってナマエを慰めてくれると思ったから、決して多くはない賞与の一部を差し出しても良いと思ったのに。
しょぼくれた表情になったナマエを見て、ゾンビマンは少し気後れした様子を見せた。しかし折れるつもりは無いらしく、同じくディスプレイに目をやると疲れたようにこぼした。
「よくできてるからイヤなんだよ…だいたい何なんだこのポーズは、他の奴らは普通に立ち姿なのに何で俺だけ頭に刺さってんだよ」
自分のフィギュアを家に飾られることもそうだが、どうやらこの造形そのものが気に食わないらしい。
斧を振り上げたところまではいかにもヒーローらしい勇ましい姿だが、その頭部には出刃包丁がグッサリと刺さっている。
不死身である彼の戦闘スタイルを一度にわかりやすく表したポーズと言えなくもないが、よく知らない人が見れば、何故事故現場をそのままフィギュア化したのか、と思われるかもしれない。
ナマエ自身も最初に見た時には、大怪我をした姿は確かに痛ましいし可哀想だと思った。しかし、頭部が大変なことになっているにも関わらず澄ました顔をしているのが、何となく愛嬌があって可愛いとも思う。フォローの意味も込めてそう言うと「どういう感性してるんだ」と正気を疑うような目を向けられ腑に落ちなかった。
「それで結局フィギュアは買っちゃ駄目だって…」
『はは…まあそうなるよね』
自身の研究所にて構想中の新兵器のシミュレートをしながら、童帝はマイクに向かって乾いた笑いをもらした。
「ゾンビマンさん、フィギュアだけじゃなくて他のグッズを集めるのも良い顔しないんだよね。自分のグッズってそんなに恥ずかしいものなのかな?」
『まあ僕も両親が喜んでるから表立って反対はしてないけど、ちょっと照れ臭くはあるかな』
童帝は実家の居間に飾られた自分の立体像を思い浮かべた。子どもの自分でも抵抗があるのだから、いい大人であること、また同僚のキャラを考慮すればそういう反応になるだろう。
「ただでさえ少ないのになぁ…」
これまでに集めた数少ない戦利品を思い浮かべ、ナマエはため息をついた。
ゾンビマンは当初、活動に支障の無い範囲ならとグッズ展開については好きにさせていたそうだが、件のフィギュアの造形で懲りたらしく、以後はスポンサー企業の商品のオマケのようなものしか許可しておらず、公式に販売されている個人のグッズは現在皆無に等しい。
何度もトライしてプロヒーローチップスのカードを引き当てた時は大喜びしたが、引き当てられた本人はそんなナマエを微妙な顔で見ていた。
ナマエだってもし自分の写真がポスターになりでかでかと張り出されたりしたら、恥ずかしいとは思う。
でも好きな人のグッズがそこにあればどうしたって集めたくなってしまう。
ささやかな楽しみくらいは多目に見て欲しいというのが、最近の小さな不満だった。
『それで、知りたいのは販売が中止された過去のグッズが手に入らないかってことかな?』
こちらから切り出すまでもなく電話をした目的を言い当てられ、ナマエは年若い友人の聡明さに驚きながら相槌を打った。
「う、うん。たまに中古品がネットに出てるんだけど、ものすごい値段になってるんだよね…とても手が出せなくて」
希少な為かプレミアが付いているらしい。先日買おうとしたフィギュアは、市場に出回る数が多かったせいか、偶然ボーナスの範囲で購入できる価格帯のものを見つけたのだった。
それだけに買えなかったのは悲しい。そこでフィギュア以外のグッズをどうにか手に入れられないか、童帝を頼ってみたのだった。
『うーん製造元に問い合わせてみて在庫が残ってるかどうか…一応調べてみるけど、けっこう前のものだから望み薄だと思った方がいいよ』
「そっか…」
電話越しにでもわかる程落ち込んだ様子のナマエに、童帝はコンソールを操作しながらどうにか元気付けられないものかと考えた。
ゾンビマンの気持ちも理解はできるが、ナマエが彼に向けるひたむきな愛情は、見ていてくすぐったい一方応援してやりたいものでもあった。
その時、童帝の脳裏に今まで忘れかけていた記憶が蘇った。
『あ…そうだ』
「どうしたの?」
『あるかもしれないよ、公式に出たグッズじゃないけど』
「本当!?」
予想以上の食いつきに思わず笑いながら童帝は続けた。
『グッズっていうか、ずっと前に協会のプロモーション用のポスターを作ろうとして没になったことがあるんだ。その被写体が確かゾンビマンさんだったと思う。まだどこかにサンプルの写真が残ってるんじゃないかな』
スピーカーの向こうでやったーと喝采の声が上がるのを聞きながら、タダで引き受けるのも割に合わないな、僕は忙しい身分だし、と童帝は自分に言い訳しながら続けた。
『…そういえば、僕※市に最近できたケーキ屋さんが気になってるんだよね。誰か付き合ってくれると嬉しいんだけどなぁ』
「あっ行きます、支払いも任せて」
『よし、じゃあ話は決まりだね。準備できたらまた連絡するから』
「わかった、ありがとう童帝くん」
通話を終えると、ナマエは改めて喜びを噛み締めガッツポーズをとった。
隠れてこんなことをするのは裏切っているようで悪い気もしたが、やっぱり嬉しいものは嬉しい。
広報ポスターってどんなだろう。ヒーローチップスのカードもプロフィール写真と同じものだったので、それとは別の、更にプロが撮影した写真と聞けば否応なしに期待感は高まった。
待ち遠しい気持ちを持て余しながら、多忙な中頼みを引き受けてくれた友人を労う下準備をする為、ナマエはさっそく話題のケーキ屋の情報を検索することにした。
その翌週、パステルカラーの内装で彩られた店内の一角に座ったナマエは、店の目玉商品であるロールケーキに目もくれず、童帝から渡された封筒を前にうち震えていた。
「か、かっこいい…!」
封筒の中に入っていた写真は、黒一色の背景をバックに拳銃と斧を構えたゾンビマンがこちらを睨み据えているものだった。頭に巻いた包帯と血痕が鋭い視線とあいまって危険な雰囲気を醸し出している。ヒーローとしてのゾンビマンを直に見る機会がなかなか得られないナマエにとっては、普段の姿とのギャップが新鮮で釘付けになってしまう。
ヒーロー協会の広報ポスターというよりはホラーアクション映画のキービジュアルという絵面だが、そんな些細なことは気にならない程はナマエは魅了されていた。
そんなナマエを余所に、生クリームと季節のフルーツをふんだんに使ったロールケーキで口の中をいっぱいにしながら童帝はご機嫌だった。
金銭的な話をすれば全く奢ってもらう必要はないのだが、男の自分が一人ではこういった店に入り辛いということと、あとはまぁたまには子ども気分を味わってみるのも悪くないということでこの交換条件を提示したが、前評判に違わずこの店は当たりだったらしい。
半分ほど食べ終えたところでジュースを飲みながらナマエに目をやると、未だ目を輝かせて手元に見入っているので、童帝は苦笑しながら話しかけた。
「そんなに喜んで貰えて、頑張って探した甲斐があったよ。あ、その写真一応協会のものだから、無いと思うけど売りに出したり誰かに譲ったりしちゃダメだからね」
「しないしない、誰にも見せないよ」
サンプル写真を大切に封筒にしまいながら意気込んで答えたナマエに、家宝にでもしそうな勢いだなと童帝は思った。
「本当にありがとう。でも、これよく撮れてるのに何で没になっちゃったの?」
画像を編集する前の段階だったが、ケチをつけるような箇所は無く、不思議に思ったナマエは聞いてみた。
「あーそれがね、なんでも最初はもっと広報らしい写真になるはずだったそうなんだけど…」
童帝が当時の担当者に聞いた話によると、その時依頼した写真家は、それ以前にゾンビマンの怪人との戦闘を見かけ、いたく感銘を受けたことがあったのだという。
当日になり、最初は事前の打ち合わせで決まっていた通りに撮影を進めていたものの、実物のゾンビマンを前にした写真家は徐々にその時の感動が蘇ったらしく、予定にはなかった武器や包帯などのオプションがどんどん足されていき、最終的にダークでバイオレンスな仕上がりになってしまった、ということだった。
「出来上がったはいいけど、これを協会のイメージにするのはちょっと…ってことになって、後日撮り直しをすることになったんだけど、ゾンビマンさんに依頼が入っちゃって、結局アマイマスクさんが被写体になったんだって」
「そ、そうなんだ」
せっかくポスターの話が来たのにと気の毒に思ったが、こうしてかっこいい姿を見ることができたことを心の中でその写真家に感謝した。
童帝は既にロールケーキを食べ終わり、メニューを眺めている。
「次は何にしようかなぁ。さっきのが生クリームだったからさっぱりしたやつがいいかな…」
「あっこの桃のコンポートジュレも美味しいんだって。他にもフルーツが入ってるのは大体おすすめ」
「へえ~じゃあこれ」
慌てて店員を呼び止めているナマエを見ながら、童帝は後でゾンビマンさんに文句を言われるかもな、とぼんやり考えた。
(でもまあ、フィギュアの件以外は本気で嫌なわけじゃないだろうから)
誰だって身近な人間が応援してくれるのは嬉しいものだ。
決まり悪そうな同僚の顔を想像して申し訳なく思う一方で、どこか愉快な気持ちになりながら童帝は二つ目のデザートに手をつけた。
「ほんとにかっこいいなぁ」
就寝前のひと時、広いベッドでごろごろと寝そべりながら、ナマエは童帝から横流しされた件の写真にまたしても見入っていた。被写体であるゾンビマンは3日前から不在にしている。寂しいと感じる一方で、こうして堂々と写真を眺めることができるのはありがたい。
入手した経緯が経緯なので、写真を譲り受けて以来ゾンビマンには見つからないようにこっそりと楽しんでいた。いつもは目立たないように封筒に入れたまま、ナマエの私物置き場である机の引き出しに大切に保管している。
だから万にひとつも見つかることはない。
そう思って安心していたのだが、そう広くはない家の中のこと、後になって自分の考えが迂闊だったことを思い知らされる羽目になったのだった。
その日は二人とも休みで、普段なかなか手をつけられない部分の掃除や整理に勤しんでいた。ナマエが自分の机の片付けをする傍ら、ゾンビマンは衣類の整理をしている。
「これも破れてんな…こっちは直せばまだ着られるか」
「新しいのを買い直した方がいいんじゃないですか?」
「これくらいの疵でいちいち捨ててたらキリがねえんだよ」
怪人との戦闘で破損した衣服を手にゾンビマンが唸っていると、インターホンが鳴った。玄関の方に向けて返事をしながら、ナマエはその場を離れようとしている。
「多分実家からの荷物だと思います、この前送るって言ってたから。ちょっと受け取ってきますね」
「おう」
部屋を出ていくナマエに返事をして、引き続き衣服の破れ具合を検証していると、視界の隅に動くものを捉えゾンビマンはそちらに目を向けた。
「…ん?」
先ほどまでナマエが片付けをしていた机の下、奥の方に何かが落ちている。引き出しの隙間をすり抜けたらしいそれは無地の封筒だった。拾い上げ机の上に置こうとしたところで、僅かな好奇心が芽生えた。
恋人とはいえ互いのプライバシーは尊重するべきである。
これは一緒に暮らすにあたっての決まり事の1つでもあった。
だから、完全に魔がさしたとしか思えない。
何かに導かれるように取り出した封筒の中身に、ゾンビマンは完全に不意を付かれ、写真の中の人物と見つめ合ったまま固まった。
「実家の荷物じゃなくて通販でした、すっかり頼んだの忘れてた…」
宅配便の受け取りを済ませて部屋に戻ってきたナマエは、ゾンビマンの手の中にある物を見て同じく固まった。と思いきや、一瞬後目にも止まらない早さでそれをひったくり身体の後ろに隠した。
ひったくられた体勢のままゾンビマンが物言いたげな視線を向けると、それから逃れるように目を逸らしている。
「…なあ、その写真」
声をかけると大きく体を揺らし、相変わらず明後日の方向を見ながらナマエは小さな声で答えた。
「あの…お土産でもらった魔除けのお守りです、現地の守り神みたいな…」
「俺が写ってたように思うんだが」
「そういえばよく似てるかもしれません」
「いや間違いなく俺だったろ」
苦しい誤魔化しを看破すると、ナマエは観念したように後ろに回していた手を差し出した。
写真の中からこちらを睨み付ける自分自身の姿を見て、ゾンビマンの胸に一日中拘束されたにも関わらず何の実りもなかった苦い思い出が改めて蘇った。
何故こんなものがここにあるのか。
『動機』という意味での『何故』かならわかる。ナマエが普段から自分のグッズを集めたがっていることは、内心抵抗を感じつつも黙認している。
問題は『どうやって』という手段の部分だった。
「どっから掘り出してきたんだよ、こんなもん」
「…童帝くんに探してもらいました。過去のプロモーションの資料だからどこかに残ってるんじゃないかって」
少し前に、2人でケーキを食べに行ったと土産のロールケーキを持って帰ってきたことがあったので、多分その時に受け渡しがされたのだろう。半ば予想はしていた写真の出所に渋い顔をしていると、ナマエは慌てたように言った。
「私が無理言ってお願いしたんです、童帝くんを怒らないであげてください」
「心配しなくても怒ったりしない」
実際のところ、ゾンビマンの胸中を占めていたのは呆れと感心が半々、そして僅かな不満といったところだった。飽きることなくヒーローチップスを買いこんだり、ヒーローのマスコットが景品となったクレーンゲームを前に悪戦苦闘したりしているナマエを見る度に湧き上がるそれは、『寂しい』『つまらない』という感情に言い換えられるかもしれない。
今もまたナマエはこちらを見ず、写真の中のゾンビマンに視線を落としている。
「…何で実物と暮らしてるのにグッズを集める必要があるんだ」
思わず拗ねたような声が出てしまったが、ナマエはそれには気がつかなかったらしい。それよりも問い掛けの内容に少し目を見張り、しばらく考え込んだあと持論を展開した。
「必要の有る無しじゃなくて…ゾンビマンさんだって使わないけどライターたくさん持ってるでしょ?それとおんなじです。好きなものは必要がなくても手元に置いておきたいんですよ」
わかるようなわからないような話だったが、『好きなもの』という言葉が心の琴線に触れたゾンビマンはぐっと言葉を詰まらせた。
それに、自分のコレクションは好きにさせてもらっているのに、ナマエのグッズ収集に難色を示すのは狭量だったかもしれない。
写真を捨てるのは心が痛むから童帝くんを通してヒーロー協会に返してもらっていいですか、と残念そうに言うナマエに、ゾンビマンは大きく溜め息をついてから言った。
「…別に捨てろなんて言ってないだろ」
「えっ!じゃあ…」
「これくらい持っててもいい。額縁に入れて飾ったりしなけりゃな」
根負けしたように笑うと、ナマエはパッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます、やっぱりゾンビマンさんは優しいですね」
「調子の良い奴だな」
なんだかんだ言ってこうしてストレートに好意を示されると、結局ほだされてしまう。
自分の姿をしたマスコットやら何やらがこの家を侵食し出すのも時間の問題かもしれない、とゾンビマンはやや諦め気味に思った。
その後、調子に乗ったついでにフィギュアの話を蒸し返したナマエと、そこだけは譲れないゾンビマンの間で小一時間ほど泥仕合が繰り広げられることになるのだが、それはまた別のお話である。
※フィギュア→8巻カバー裏絵
写真→ビッグガンガンのカラー絵(後ろにサイタマ先生もいますが)
が元ネタです。
防犯・防災に関わることついては口煩く注意するものの、それ以外は寛容そのものだった。
誤ってお気に入りのグラスを割ってしまった時も、怒るどころか逆にナマエが手を切らなかったかと心配をする始末だったし、料理を失敗してしまった時も、疲れて帰ってきたところだというのに、気にするなそういうこともあると元気付けてくれた。(その後で、自分なら腹を壊してもすぐ治るからともったいない精神を発揮しようとしたので慌てて止めた)
だから今回も、多少は反対されるかもしれないがきっと許してくれるだろうと思っていたのだが。
「駄目だ」
眉間に皺を寄せた恋人を、ナマエは訴えるように見上げた。
先ほどから同じ押し問答を繰り返している。
喧嘩をしたいわけではないがここは譲れない。
しかしゾンビマンもまた頑なだった。
「せっかく入ったボーナスなんだからもっと有益なことに使え」
「これが家にあれば仕事で疲れてても元気になれるから有益ですよ」
「そんなものを心の支えにしようとするな」
そんなもの、と言いながらゾンビマンが顎で指し示した先には、パソコンのディスプレイに表示された通販サイトのページがあった。
『ヒーロー協会公認 S級ヒーロー可動フィギュアシリーズ 1/10スケール ゾンビマン』と冠されたそこには、彼の姿を模した立体像の画像が映し出されている。
「家に帰ったら自分そっくりの人形が飾ってある気持ちになってみろ」
言いながらその光景をうっかり想像したのか、ゾンビマンはそれまでより一段と嫌そうな顔をした。
「じゃあ普段は見えないようにクローゼットの中に飾りますから」
「俺はご本尊か」
そういう問題じゃない、と妥協案をあえなく却下されたナマエは、ディスプレイに目を戻すとため息をついた。
諍いの原因である画面の中のゾンビマンは、そしらぬ顔で斧を構えている。
「どうしてもイヤなんですね…こんなによくできてるのに」
特殊な階級が設立されてから初めて企画されたシリーズであるそれらのフィギュアは、最新の技術を駆使したとかで細部に至るまで作り込まれている。表情も生き写しで、今にも「俺の煙草見なかったか」といつもの口調で話しかけてきそうだった。
家を空けることが多い実物に代わってナマエを慰めてくれると思ったから、決して多くはない賞与の一部を差し出しても良いと思ったのに。
しょぼくれた表情になったナマエを見て、ゾンビマンは少し気後れした様子を見せた。しかし折れるつもりは無いらしく、同じくディスプレイに目をやると疲れたようにこぼした。
「よくできてるからイヤなんだよ…だいたい何なんだこのポーズは、他の奴らは普通に立ち姿なのに何で俺だけ頭に刺さってんだよ」
自分のフィギュアを家に飾られることもそうだが、どうやらこの造形そのものが気に食わないらしい。
斧を振り上げたところまではいかにもヒーローらしい勇ましい姿だが、その頭部には出刃包丁がグッサリと刺さっている。
不死身である彼の戦闘スタイルを一度にわかりやすく表したポーズと言えなくもないが、よく知らない人が見れば、何故事故現場をそのままフィギュア化したのか、と思われるかもしれない。
ナマエ自身も最初に見た時には、大怪我をした姿は確かに痛ましいし可哀想だと思った。しかし、頭部が大変なことになっているにも関わらず澄ました顔をしているのが、何となく愛嬌があって可愛いとも思う。フォローの意味も込めてそう言うと「どういう感性してるんだ」と正気を疑うような目を向けられ腑に落ちなかった。
「それで結局フィギュアは買っちゃ駄目だって…」
『はは…まあそうなるよね』
自身の研究所にて構想中の新兵器のシミュレートをしながら、童帝はマイクに向かって乾いた笑いをもらした。
「ゾンビマンさん、フィギュアだけじゃなくて他のグッズを集めるのも良い顔しないんだよね。自分のグッズってそんなに恥ずかしいものなのかな?」
『まあ僕も両親が喜んでるから表立って反対はしてないけど、ちょっと照れ臭くはあるかな』
童帝は実家の居間に飾られた自分の立体像を思い浮かべた。子どもの自分でも抵抗があるのだから、いい大人であること、また同僚のキャラを考慮すればそういう反応になるだろう。
「ただでさえ少ないのになぁ…」
これまでに集めた数少ない戦利品を思い浮かべ、ナマエはため息をついた。
ゾンビマンは当初、活動に支障の無い範囲ならとグッズ展開については好きにさせていたそうだが、件のフィギュアの造形で懲りたらしく、以後はスポンサー企業の商品のオマケのようなものしか許可しておらず、公式に販売されている個人のグッズは現在皆無に等しい。
何度もトライしてプロヒーローチップスのカードを引き当てた時は大喜びしたが、引き当てられた本人はそんなナマエを微妙な顔で見ていた。
ナマエだってもし自分の写真がポスターになりでかでかと張り出されたりしたら、恥ずかしいとは思う。
でも好きな人のグッズがそこにあればどうしたって集めたくなってしまう。
ささやかな楽しみくらいは多目に見て欲しいというのが、最近の小さな不満だった。
『それで、知りたいのは販売が中止された過去のグッズが手に入らないかってことかな?』
こちらから切り出すまでもなく電話をした目的を言い当てられ、ナマエは年若い友人の聡明さに驚きながら相槌を打った。
「う、うん。たまに中古品がネットに出てるんだけど、ものすごい値段になってるんだよね…とても手が出せなくて」
希少な為かプレミアが付いているらしい。先日買おうとしたフィギュアは、市場に出回る数が多かったせいか、偶然ボーナスの範囲で購入できる価格帯のものを見つけたのだった。
それだけに買えなかったのは悲しい。そこでフィギュア以外のグッズをどうにか手に入れられないか、童帝を頼ってみたのだった。
『うーん製造元に問い合わせてみて在庫が残ってるかどうか…一応調べてみるけど、けっこう前のものだから望み薄だと思った方がいいよ』
「そっか…」
電話越しにでもわかる程落ち込んだ様子のナマエに、童帝はコンソールを操作しながらどうにか元気付けられないものかと考えた。
ゾンビマンの気持ちも理解はできるが、ナマエが彼に向けるひたむきな愛情は、見ていてくすぐったい一方応援してやりたいものでもあった。
その時、童帝の脳裏に今まで忘れかけていた記憶が蘇った。
『あ…そうだ』
「どうしたの?」
『あるかもしれないよ、公式に出たグッズじゃないけど』
「本当!?」
予想以上の食いつきに思わず笑いながら童帝は続けた。
『グッズっていうか、ずっと前に協会のプロモーション用のポスターを作ろうとして没になったことがあるんだ。その被写体が確かゾンビマンさんだったと思う。まだどこかにサンプルの写真が残ってるんじゃないかな』
スピーカーの向こうでやったーと喝采の声が上がるのを聞きながら、タダで引き受けるのも割に合わないな、僕は忙しい身分だし、と童帝は自分に言い訳しながら続けた。
『…そういえば、僕※市に最近できたケーキ屋さんが気になってるんだよね。誰か付き合ってくれると嬉しいんだけどなぁ』
「あっ行きます、支払いも任せて」
『よし、じゃあ話は決まりだね。準備できたらまた連絡するから』
「わかった、ありがとう童帝くん」
通話を終えると、ナマエは改めて喜びを噛み締めガッツポーズをとった。
隠れてこんなことをするのは裏切っているようで悪い気もしたが、やっぱり嬉しいものは嬉しい。
広報ポスターってどんなだろう。ヒーローチップスのカードもプロフィール写真と同じものだったので、それとは別の、更にプロが撮影した写真と聞けば否応なしに期待感は高まった。
待ち遠しい気持ちを持て余しながら、多忙な中頼みを引き受けてくれた友人を労う下準備をする為、ナマエはさっそく話題のケーキ屋の情報を検索することにした。
その翌週、パステルカラーの内装で彩られた店内の一角に座ったナマエは、店の目玉商品であるロールケーキに目もくれず、童帝から渡された封筒を前にうち震えていた。
「か、かっこいい…!」
封筒の中に入っていた写真は、黒一色の背景をバックに拳銃と斧を構えたゾンビマンがこちらを睨み据えているものだった。頭に巻いた包帯と血痕が鋭い視線とあいまって危険な雰囲気を醸し出している。ヒーローとしてのゾンビマンを直に見る機会がなかなか得られないナマエにとっては、普段の姿とのギャップが新鮮で釘付けになってしまう。
ヒーロー協会の広報ポスターというよりはホラーアクション映画のキービジュアルという絵面だが、そんな些細なことは気にならない程はナマエは魅了されていた。
そんなナマエを余所に、生クリームと季節のフルーツをふんだんに使ったロールケーキで口の中をいっぱいにしながら童帝はご機嫌だった。
金銭的な話をすれば全く奢ってもらう必要はないのだが、男の自分が一人ではこういった店に入り辛いということと、あとはまぁたまには子ども気分を味わってみるのも悪くないということでこの交換条件を提示したが、前評判に違わずこの店は当たりだったらしい。
半分ほど食べ終えたところでジュースを飲みながらナマエに目をやると、未だ目を輝かせて手元に見入っているので、童帝は苦笑しながら話しかけた。
「そんなに喜んで貰えて、頑張って探した甲斐があったよ。あ、その写真一応協会のものだから、無いと思うけど売りに出したり誰かに譲ったりしちゃダメだからね」
「しないしない、誰にも見せないよ」
サンプル写真を大切に封筒にしまいながら意気込んで答えたナマエに、家宝にでもしそうな勢いだなと童帝は思った。
「本当にありがとう。でも、これよく撮れてるのに何で没になっちゃったの?」
画像を編集する前の段階だったが、ケチをつけるような箇所は無く、不思議に思ったナマエは聞いてみた。
「あーそれがね、なんでも最初はもっと広報らしい写真になるはずだったそうなんだけど…」
童帝が当時の担当者に聞いた話によると、その時依頼した写真家は、それ以前にゾンビマンの怪人との戦闘を見かけ、いたく感銘を受けたことがあったのだという。
当日になり、最初は事前の打ち合わせで決まっていた通りに撮影を進めていたものの、実物のゾンビマンを前にした写真家は徐々にその時の感動が蘇ったらしく、予定にはなかった武器や包帯などのオプションがどんどん足されていき、最終的にダークでバイオレンスな仕上がりになってしまった、ということだった。
「出来上がったはいいけど、これを協会のイメージにするのはちょっと…ってことになって、後日撮り直しをすることになったんだけど、ゾンビマンさんに依頼が入っちゃって、結局アマイマスクさんが被写体になったんだって」
「そ、そうなんだ」
せっかくポスターの話が来たのにと気の毒に思ったが、こうしてかっこいい姿を見ることができたことを心の中でその写真家に感謝した。
童帝は既にロールケーキを食べ終わり、メニューを眺めている。
「次は何にしようかなぁ。さっきのが生クリームだったからさっぱりしたやつがいいかな…」
「あっこの桃のコンポートジュレも美味しいんだって。他にもフルーツが入ってるのは大体おすすめ」
「へえ~じゃあこれ」
慌てて店員を呼び止めているナマエを見ながら、童帝は後でゾンビマンさんに文句を言われるかもな、とぼんやり考えた。
(でもまあ、フィギュアの件以外は本気で嫌なわけじゃないだろうから)
誰だって身近な人間が応援してくれるのは嬉しいものだ。
決まり悪そうな同僚の顔を想像して申し訳なく思う一方で、どこか愉快な気持ちになりながら童帝は二つ目のデザートに手をつけた。
「ほんとにかっこいいなぁ」
就寝前のひと時、広いベッドでごろごろと寝そべりながら、ナマエは童帝から横流しされた件の写真にまたしても見入っていた。被写体であるゾンビマンは3日前から不在にしている。寂しいと感じる一方で、こうして堂々と写真を眺めることができるのはありがたい。
入手した経緯が経緯なので、写真を譲り受けて以来ゾンビマンには見つからないようにこっそりと楽しんでいた。いつもは目立たないように封筒に入れたまま、ナマエの私物置き場である机の引き出しに大切に保管している。
だから万にひとつも見つかることはない。
そう思って安心していたのだが、そう広くはない家の中のこと、後になって自分の考えが迂闊だったことを思い知らされる羽目になったのだった。
その日は二人とも休みで、普段なかなか手をつけられない部分の掃除や整理に勤しんでいた。ナマエが自分の机の片付けをする傍ら、ゾンビマンは衣類の整理をしている。
「これも破れてんな…こっちは直せばまだ着られるか」
「新しいのを買い直した方がいいんじゃないですか?」
「これくらいの疵でいちいち捨ててたらキリがねえんだよ」
怪人との戦闘で破損した衣服を手にゾンビマンが唸っていると、インターホンが鳴った。玄関の方に向けて返事をしながら、ナマエはその場を離れようとしている。
「多分実家からの荷物だと思います、この前送るって言ってたから。ちょっと受け取ってきますね」
「おう」
部屋を出ていくナマエに返事をして、引き続き衣服の破れ具合を検証していると、視界の隅に動くものを捉えゾンビマンはそちらに目を向けた。
「…ん?」
先ほどまでナマエが片付けをしていた机の下、奥の方に何かが落ちている。引き出しの隙間をすり抜けたらしいそれは無地の封筒だった。拾い上げ机の上に置こうとしたところで、僅かな好奇心が芽生えた。
恋人とはいえ互いのプライバシーは尊重するべきである。
これは一緒に暮らすにあたっての決まり事の1つでもあった。
だから、完全に魔がさしたとしか思えない。
何かに導かれるように取り出した封筒の中身に、ゾンビマンは完全に不意を付かれ、写真の中の人物と見つめ合ったまま固まった。
「実家の荷物じゃなくて通販でした、すっかり頼んだの忘れてた…」
宅配便の受け取りを済ませて部屋に戻ってきたナマエは、ゾンビマンの手の中にある物を見て同じく固まった。と思いきや、一瞬後目にも止まらない早さでそれをひったくり身体の後ろに隠した。
ひったくられた体勢のままゾンビマンが物言いたげな視線を向けると、それから逃れるように目を逸らしている。
「…なあ、その写真」
声をかけると大きく体を揺らし、相変わらず明後日の方向を見ながらナマエは小さな声で答えた。
「あの…お土産でもらった魔除けのお守りです、現地の守り神みたいな…」
「俺が写ってたように思うんだが」
「そういえばよく似てるかもしれません」
「いや間違いなく俺だったろ」
苦しい誤魔化しを看破すると、ナマエは観念したように後ろに回していた手を差し出した。
写真の中からこちらを睨み付ける自分自身の姿を見て、ゾンビマンの胸に一日中拘束されたにも関わらず何の実りもなかった苦い思い出が改めて蘇った。
何故こんなものがここにあるのか。
『動機』という意味での『何故』かならわかる。ナマエが普段から自分のグッズを集めたがっていることは、内心抵抗を感じつつも黙認している。
問題は『どうやって』という手段の部分だった。
「どっから掘り出してきたんだよ、こんなもん」
「…童帝くんに探してもらいました。過去のプロモーションの資料だからどこかに残ってるんじゃないかって」
少し前に、2人でケーキを食べに行ったと土産のロールケーキを持って帰ってきたことがあったので、多分その時に受け渡しがされたのだろう。半ば予想はしていた写真の出所に渋い顔をしていると、ナマエは慌てたように言った。
「私が無理言ってお願いしたんです、童帝くんを怒らないであげてください」
「心配しなくても怒ったりしない」
実際のところ、ゾンビマンの胸中を占めていたのは呆れと感心が半々、そして僅かな不満といったところだった。飽きることなくヒーローチップスを買いこんだり、ヒーローのマスコットが景品となったクレーンゲームを前に悪戦苦闘したりしているナマエを見る度に湧き上がるそれは、『寂しい』『つまらない』という感情に言い換えられるかもしれない。
今もまたナマエはこちらを見ず、写真の中のゾンビマンに視線を落としている。
「…何で実物と暮らしてるのにグッズを集める必要があるんだ」
思わず拗ねたような声が出てしまったが、ナマエはそれには気がつかなかったらしい。それよりも問い掛けの内容に少し目を見張り、しばらく考え込んだあと持論を展開した。
「必要の有る無しじゃなくて…ゾンビマンさんだって使わないけどライターたくさん持ってるでしょ?それとおんなじです。好きなものは必要がなくても手元に置いておきたいんですよ」
わかるようなわからないような話だったが、『好きなもの』という言葉が心の琴線に触れたゾンビマンはぐっと言葉を詰まらせた。
それに、自分のコレクションは好きにさせてもらっているのに、ナマエのグッズ収集に難色を示すのは狭量だったかもしれない。
写真を捨てるのは心が痛むから童帝くんを通してヒーロー協会に返してもらっていいですか、と残念そうに言うナマエに、ゾンビマンは大きく溜め息をついてから言った。
「…別に捨てろなんて言ってないだろ」
「えっ!じゃあ…」
「これくらい持っててもいい。額縁に入れて飾ったりしなけりゃな」
根負けしたように笑うと、ナマエはパッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます、やっぱりゾンビマンさんは優しいですね」
「調子の良い奴だな」
なんだかんだ言ってこうしてストレートに好意を示されると、結局ほだされてしまう。
自分の姿をしたマスコットやら何やらがこの家を侵食し出すのも時間の問題かもしれない、とゾンビマンはやや諦め気味に思った。
その後、調子に乗ったついでにフィギュアの話を蒸し返したナマエと、そこだけは譲れないゾンビマンの間で小一時間ほど泥仕合が繰り広げられることになるのだが、それはまた別のお話である。
※フィギュア→8巻カバー裏絵
写真→ビッグガンガンのカラー絵(後ろにサイタマ先生もいますが)
が元ネタです。