遠きにありて
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
人波でごった返す大きな講堂から抜け出して、ナマエは息を吐き出した。
「あ〜もうすごい人!」
隣で友人がげんなりとうなだれている。
連れ立ってキャンパス中央の広場へ歩いていくと、お昼時とあって、在校生、ナマエ達と同じく他から聴講に来た学生や研究者でいっぱいだった。
「こんなことならオンライン受講にしたら良かったかなぁ、あわよくば先生と話したかったけどこれじゃ無理」
「せっかくサインしてもらう本持ってきたのにねぇ」
ぼやいている友人は今回教授をしている、機械工学の権威である博士の著作を読んでいたく感激し、一言交わしたいという望みがあったのだがなかなかその機会が得られないでいる。
「まぁここの学食美味しいし来て良かったじゃんか」
「学食のラインナップならうちのもいけてるでしょ」
賑やかに話す友人二人を他所に、ナマエはそわそわと時間を確認していた。
今日もジェノスと会う約束をしていた。
忙しいヒーローのことなので迷惑かなと思いつつ、ジェノスが承諾してくれるのを良いことに連日約束を取り付けてしまっている。
明らかに浮き足だった様子のナマエに気づいた友人が声をかけてきた。
「ナマエはまた昔の友達に会うの?毎日飽きないね」
「…え?う、うん。ずっと会ってなかったから懐かしくて」
「ホントにそれだけかな~?相手男の子なんでしょ」
「ほ、他に何があるのよ…もう、その目やめてよね」
「あはは、ごめんごめん」
からかい交じりに疑いの眼差し向けていた友人は、すぐさまそれを収めて明るく笑った。
「まあ楽しんできてよ。せっかく会えたんだもんね」
「うん、ありがとう。ごめんね」
深くは追求しない気遣いをありがたく思いながら、ナマエは二人と別れキャンパスを後にした。
大学入学後にできた友人には、怪人災害で家族をなくし故郷を離れたとだけ話しており、詳しい地名や事件の詳細などは伏せている。
だから、ナマエにとっての『昔の友達』がどのような意味を持つのかまではわからないだろう。
僅かな時間しかとれないものの、ジェノスと昔の話をしている間は、まるであの頃に戻ったかのような気持ちになれた。
共通の知り合いの話、学校であった出来事、同年代の子供達がよく集まっていたスポット、ジェノスの中に同じ記憶を見つける度、それはより鮮やかに頭の中で蘇った。
凍えて固くなっていた心の一部に血が通い、体温を取り戻していくようだった。
(今日は何の話をしようかな…)
足早に歩くナマエは傍目にはこれから逢い引きにでも向かうように生き生きとしたて見えただろう。
しかしその実、彼女の精神はどこにも存在しない故郷に囚われつつある。
その執着のいびつさに気がつく者は誰もいなかった。
***
「なぁ、お前最近何しに出かけてんの」
卓袱台を囲んだ昼餉の席、突然尋ねられジェノスは言葉に詰まった。
もぐもぐとふりかけご飯を咀嚼するサイタマは、口調こそぶっきらぼうなものの、特に叱責や非難をするつもりはないらしい。
何をしに、という問いにジェノス自身はっきりとした答えを持たなかった。
明日も会えないかな、と期待する眼差しに強く出ることができず、請われるまま連日ナマエとの時間を作っている。
しかし楽しそうに昔の話をする彼女とは逆に、ジェノスは普通の少年だった頃の自身と今の自分との乖離をますます強く感じるようになっていた。
手に持った湯飲み茶碗の熱を知覚する。
クセーノの技術によって、生身の皮膚からの感覚に限りなく近い情報として脳に伝わるが、ジェノスの体はこれよりも遥かに高温に触れようと耐えられる。
その際には感覚は遮断され、温度は視界のスクリーンに表示されるただの情報の一つとなる。
焼却砲を主な攻撃手段としているのだから当然のことだ。
湯飲みを置き、ジェノスは簡潔に答えた。
「同郷の知人と会っています」
サイタマはへえ、と気の抜けたような相槌を打った。
故郷と家族をなくした過去について話をしたことはあるが、サイタマは込み入った事情などにはこだわらない性格だ。
この反応のあっけなさも気にはならない。
これで会話は終わりだろうと食器を片付けるため立ち上がりかけたところへ、再びサイタマは口を開いた。
「仲良くねーやつだったのか?なんかあんまり嬉しそうじゃないけど」
驚いてジェノスは動きを止めた。
彼が興味を示したことにも驚いたが、なにより内面を渦巻く感情を的確に言い当てられたことに驚いていた。
サイタマの洞察力が予想を超えて優れているのか、それとも隠しきれていると思っていた自身の未熟さ故か。
「…いえ、そんなことはありませんが」
「そっか」
ジェノスの返答をきいたサイタマは、それ以上は興味を示さずふりかけご飯を片付けにかかった。
食事を終えると、パトロールに出掛けるサイタマに同行してマンションを出た。
無人街を隔てるフェンスのところで別れ、約束している自然公園へと足を向ける。
ジェノスは先ほどの師との会話を思い出していた。
サイタマの見立ては半分正解で半分間違っている。
ナマエとはずっと同じ部活だったし、目立つ容姿故だろうが、覚えのない賞賛や好意を向けてくる女子生徒達は何となく苦手で距離をおいていたので、その中では親しい方だっただろう。
自身と同じく家族をなくした彼女を気の毒にも思っていたし、再会への喜びようも当然のことだと思う。
しかし、ジェノスはとても同じ気持ちにはなれなかった。
一歩ずつ足を踏み出す度に僅かに金属の擦れる音がする。
今ではもう何の違和感もなく操ることのできる体だが、最初は生身の肉体との違いにずいぶんと戸惑い訓練に時間を要した。
それでも、ジェノスは後悔しなかった。
(――いや、『できなかった』のか)
我知らず立ち止まる。
後ろから賑やかな歓声が聞こえたかと思うと、自転車に乗った少年達の一群がジェノスを追い抜かしていった。
その後ろ姿を見送ってから視線を伏せると、中天を過ぎて間もない日の光を受けて、くっきりとした人型の影が落ちていた。
記憶の中の、電灯に照らされた白い研究室の床がそれに重なる。
今の自分よりもずいぶん頼りない体格の、少年の影。
「あ〜もうすごい人!」
隣で友人がげんなりとうなだれている。
連れ立ってキャンパス中央の広場へ歩いていくと、お昼時とあって、在校生、ナマエ達と同じく他から聴講に来た学生や研究者でいっぱいだった。
「こんなことならオンライン受講にしたら良かったかなぁ、あわよくば先生と話したかったけどこれじゃ無理」
「せっかくサインしてもらう本持ってきたのにねぇ」
ぼやいている友人は今回教授をしている、機械工学の権威である博士の著作を読んでいたく感激し、一言交わしたいという望みがあったのだがなかなかその機会が得られないでいる。
「まぁここの学食美味しいし来て良かったじゃんか」
「学食のラインナップならうちのもいけてるでしょ」
賑やかに話す友人二人を他所に、ナマエはそわそわと時間を確認していた。
今日もジェノスと会う約束をしていた。
忙しいヒーローのことなので迷惑かなと思いつつ、ジェノスが承諾してくれるのを良いことに連日約束を取り付けてしまっている。
明らかに浮き足だった様子のナマエに気づいた友人が声をかけてきた。
「ナマエはまた昔の友達に会うの?毎日飽きないね」
「…え?う、うん。ずっと会ってなかったから懐かしくて」
「ホントにそれだけかな~?相手男の子なんでしょ」
「ほ、他に何があるのよ…もう、その目やめてよね」
「あはは、ごめんごめん」
からかい交じりに疑いの眼差し向けていた友人は、すぐさまそれを収めて明るく笑った。
「まあ楽しんできてよ。せっかく会えたんだもんね」
「うん、ありがとう。ごめんね」
深くは追求しない気遣いをありがたく思いながら、ナマエは二人と別れキャンパスを後にした。
大学入学後にできた友人には、怪人災害で家族をなくし故郷を離れたとだけ話しており、詳しい地名や事件の詳細などは伏せている。
だから、ナマエにとっての『昔の友達』がどのような意味を持つのかまではわからないだろう。
僅かな時間しかとれないものの、ジェノスと昔の話をしている間は、まるであの頃に戻ったかのような気持ちになれた。
共通の知り合いの話、学校であった出来事、同年代の子供達がよく集まっていたスポット、ジェノスの中に同じ記憶を見つける度、それはより鮮やかに頭の中で蘇った。
凍えて固くなっていた心の一部に血が通い、体温を取り戻していくようだった。
(今日は何の話をしようかな…)
足早に歩くナマエは傍目にはこれから逢い引きにでも向かうように生き生きとしたて見えただろう。
しかしその実、彼女の精神はどこにも存在しない故郷に囚われつつある。
その執着のいびつさに気がつく者は誰もいなかった。
***
「なぁ、お前最近何しに出かけてんの」
卓袱台を囲んだ昼餉の席、突然尋ねられジェノスは言葉に詰まった。
もぐもぐとふりかけご飯を咀嚼するサイタマは、口調こそぶっきらぼうなものの、特に叱責や非難をするつもりはないらしい。
何をしに、という問いにジェノス自身はっきりとした答えを持たなかった。
明日も会えないかな、と期待する眼差しに強く出ることができず、請われるまま連日ナマエとの時間を作っている。
しかし楽しそうに昔の話をする彼女とは逆に、ジェノスは普通の少年だった頃の自身と今の自分との乖離をますます強く感じるようになっていた。
手に持った湯飲み茶碗の熱を知覚する。
クセーノの技術によって、生身の皮膚からの感覚に限りなく近い情報として脳に伝わるが、ジェノスの体はこれよりも遥かに高温に触れようと耐えられる。
その際には感覚は遮断され、温度は視界のスクリーンに表示されるただの情報の一つとなる。
焼却砲を主な攻撃手段としているのだから当然のことだ。
湯飲みを置き、ジェノスは簡潔に答えた。
「同郷の知人と会っています」
サイタマはへえ、と気の抜けたような相槌を打った。
故郷と家族をなくした過去について話をしたことはあるが、サイタマは込み入った事情などにはこだわらない性格だ。
この反応のあっけなさも気にはならない。
これで会話は終わりだろうと食器を片付けるため立ち上がりかけたところへ、再びサイタマは口を開いた。
「仲良くねーやつだったのか?なんかあんまり嬉しそうじゃないけど」
驚いてジェノスは動きを止めた。
彼が興味を示したことにも驚いたが、なにより内面を渦巻く感情を的確に言い当てられたことに驚いていた。
サイタマの洞察力が予想を超えて優れているのか、それとも隠しきれていると思っていた自身の未熟さ故か。
「…いえ、そんなことはありませんが」
「そっか」
ジェノスの返答をきいたサイタマは、それ以上は興味を示さずふりかけご飯を片付けにかかった。
食事を終えると、パトロールに出掛けるサイタマに同行してマンションを出た。
無人街を隔てるフェンスのところで別れ、約束している自然公園へと足を向ける。
ジェノスは先ほどの師との会話を思い出していた。
サイタマの見立ては半分正解で半分間違っている。
ナマエとはずっと同じ部活だったし、目立つ容姿故だろうが、覚えのない賞賛や好意を向けてくる女子生徒達は何となく苦手で距離をおいていたので、その中では親しい方だっただろう。
自身と同じく家族をなくした彼女を気の毒にも思っていたし、再会への喜びようも当然のことだと思う。
しかし、ジェノスはとても同じ気持ちにはなれなかった。
一歩ずつ足を踏み出す度に僅かに金属の擦れる音がする。
今ではもう何の違和感もなく操ることのできる体だが、最初は生身の肉体との違いにずいぶんと戸惑い訓練に時間を要した。
それでも、ジェノスは後悔しなかった。
(――いや、『できなかった』のか)
我知らず立ち止まる。
後ろから賑やかな歓声が聞こえたかと思うと、自転車に乗った少年達の一群がジェノスを追い抜かしていった。
その後ろ姿を見送ってから視線を伏せると、中天を過ぎて間もない日の光を受けて、くっきりとした人型の影が落ちていた。
記憶の中の、電灯に照らされた白い研究室の床がそれに重なる。
今の自分よりもずいぶん頼りない体格の、少年の影。