さよならイノセント
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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※ガロウが一時的に弱体化しています
食卓机の上、見る見る間に小さくなっていく唐揚げの山に、ナマエは呆気にとられていた。
「なんだこれ、めちゃくちゃ美味えな」
一心不乱に唐揚げを頬張るガロウの顔は活き活きと輝いている。
夕飯までの繋ぎにとインスタントラーメン四人分を完食した後だとは思えない食欲だ。
痩せて目付きばかり鋭くなって、まるで手負いの獣のようだった路地裏での印象はすっかり掻き消えている。
お腹すいてただけなんじゃん、と少し拍子抜けしながら、ナマエは自分も唐揚げを一つ口に運ぶ。
サクサクした衣ごと噛み締めると、下味の醤油、にんにくと生姜の風味がじゅわっと広がった。
確かにこれは絶品だ。
舌鼓を打ちながら、自慢半分に解説する。
「おばさん調理師の仕事してたから、料理上手なんだよ。なんでも作れるし」
ガロウは大して関心も無さそうに、へぇ、と相づちを打った。
「良かったじゃねえか、メシの美味い親戚がいて。お前一人だったらヒサンな食卓間違い無しだろ」
一言多いその返しに、ぴくりと眉が寄る。
そう言うガロウが今どんぶり飯でかきこんでいる白米は、さっきナマエが炊いたものなのだが。
主張したところで「炊飯器で米炊くぐらい猿でもできるじゃねえか」とかなんとか言い返されるのは目に見えていたので、ナマエは黙って咳払いをするに留めた。
ほんと憎たらしいんだから、と心の中で文句を言いつつ、付け合せのポテトサラダを食べていたナマエは、唐揚げを盛った皿が半分以上底が見えていることに気付いて目を剥いた。
「ちょっと食べ過ぎだよ!私の分がなくなっちゃう!」
皿の端を掴んで引き寄せるが、すかさず反対側の端を押さえたガロウに睨まれる。
「こっちは腹減って死にそうだったんだよ、快く譲れや」
「げ、限度ってものがあるでしょ」
離すまいと指に力を入れるが、膠着状態に陥った皿はびくともしない。
「俺は鍛えてるからその分エネルギーが必要なんだよ。お前が食ったところで贅肉に変わるだけだろ」
「なっ…!」
あんまりな言い草に言い返そうとしたその時、ガロウの目がぎらりと光った。
「えっ…あっ、ああーー!!」
一瞬の隙をついて目にも止まらない速さで箸が動き、気付いた時には皿の上の唐揚げは総ざらいされていた。
辛うじて箸に突き刺していた一つを見つめ茫然とする。
そんなナマエを後目に、口いっぱいに頬張ったガロウは満足げだ。
「ひただきマンモス」
「ウソでしょ…まだ3個くらいしか食べてなかったのに…!」
目の前の略奪者を睨み付け、机の下で脚を蹴り上げた。
「ガロウくんの大食らい!牛!馬!」
「牛とか馬とかそれ悪口のつもりかよ」
腹立ち紛れに向こう脛を蹴っ飛ばそうとするが、巧みに避けられるばかりでガロウは平然と唐揚げを咀嚼している。
そのうち怒りは落胆に変わり、ナマエはがっくりと項垂れた。
「あーあ…それ明日の分までのおかずだったのに…」
ついでにお弁当にも詰めていこうと思っていた。
明日のご飯どうしよう、と最後の一つを囓りながら頭を悩ませる。
まさかおばさんに本当のことを話すわけにはいかないし。
たしかファーストフードのクーポンがあったからそれで済ませるか、と潤沢とは言えないお小遣いと照らし合せて考える。
しょぼくれるナマエをガロウはせせら笑っていたが、おもむろに神妙な顔つきになり、やがてぽつりと口を開いた。
「…また金、払いにくる」
「え?お金?」
意味がわからず聞き返すと、ガロウはなんとなく居心地悪そうに視線をそらした。
「だから、今日食ったもんの材料費とか…いつになるかわかんねぇけど」
先ほどまでの傍若無人っぷりが嘘のようなしおらしさに、ナマエは目を丸くした。
「え、別に良いよそれくらい」
「そうはいかねーだろ、お前んちのメシなんだから」
真面目くさった顔で言い募るのを見て、そういえばガロウにはこういう変に律儀なところがあったな、とナマエは思い出した。
好き勝手に振る舞い、こちらのことなど気にもかけていないようでいて、訊いたことにはちゃんと答えくれるし、助けを求めれば応じてくれるのだった。
「ガロウくんって真面目だよね」
しみじみとそう言うと、ガロウは変なものを食べたような顔をした。
「別に…お前がちゃらんぽらんなだけだろ」
彼にしては語気の弱い当惑気味な返答だったが、聞き捨てならない内容が盛り込まれている辺り流石というかなんというかだ。
「なにちゃらんぽらんって。私のことそんな風に思ってたの?」
「他にどう思われてると思ってたんだよ」
「いろいろあるじゃん、クールとか大人っぽいとかさぁ」
「はっ、寝言は寝て言えよ」
もはやこちらを見もせずに、ガロウはさっさと食事を再開している。
ナマエもまたぶんむくれた顔のまま、白米とお漬物に手をつけた。
夕飯を食べ終わると、空腹が満たされたガロウは幾分気が緩んだのか、リビングで胡座をかき勝手にテレビを付けている。
取り敢えずで連れてきてしまったが、この分だと今日は家で寝泊まりするんだろう。
そう当たりを付けたナマエは、お皿の後片付けが終わると、寛ぐ背中に声をかけた。
「今からお風呂いれるけど、ガロウくんも入るでしょ」
ぼうっとテレビを眺めていたガロウは、何故か面食らった様子で振り返った。
居眠りから覚めた時のような、バツの悪そうな顔をしている。
「……この家俺が着られるような服あんのかよ」
ようやく口を開いたと思ったら、着替えの心配をしていたらしい。
そういえばそうだな、と言われて初めて考える。
着ているものもずいぶんボロボロだしついでに着替えたいだろう。
確かにナマエの服も母の服も、ガロウが着るには小さ過ぎるが。
「あ、大丈夫。あるよ」
着替えのあてを思い出して力強く請け合ったというのに、ガロウは更に困惑の色を深めた。
そうかよ、と素っ気なく返すと渋面を作っている。
ナマエは首を傾げた。
お風呂に入りたくないんだろうか。
今まで特に風呂嫌いだとは聞いたことがないけど。
「何、一番風呂じゃないと嫌なタイプ?別に譲ってあげてもいいけど…」
「違うわ馬鹿、どういう発想だ」
もう良いからさっさと行けよ、と何故か今度は怒り出したガロウに追いやられ、ナマエはしぶしぶ浴室に向かった。
釈然としないまま給湯器のボタンを押すと、温かい湯が水音をたてて落ちていく。
ガロウくんって時々よくわかんないな、と底に溜まっていく湯を見ながらナマエは思った。
多分彼は、自分なんかよりもずっと物事を深く考えているのだろう。
彼の内側は複雑に入り組んでいて、時に刺々しくて、でも根っこのところになにかひどく純粋なものを抱えていて、だからナマエはガロウのことが気にかかってしょうがないのかもしれない。
とは言え、基本的には捻くれていて全然可愛くないのだが。
ふてぶてしい表情で唐揚げを貪り食うガロウを思い出し、ナマエは小さく笑みを浮かべた。
(でも、あの時…)
不意に暗い路地裏で蹲るガロウを見つけた時の光景が蘇り、背筋が冷たくなった。
なぜあんな風に感じたのだろう。自分でもわからない。
でもナマエの中のなにかが、確かに目の前の人物を遠ざけようとしていた。
今はもうその警鐘は聞こえないけれど。
もうもうと上がる湯気にハッとする。
知らぬ間にぼうっとしていたらしい。
開けたままだった浴槽の蓋を閉めながら、ナマエは考えた。
この二年の間に、なにも変わらなかったということはないだろう。
ナマエが高校生になり、多少は家事もできるようになったように、彼の方も知らないところでいろいろあったに違いない。
でもガロウはガロウだ。別人になったわけではない。
いつも使っている入浴剤の箱を手に立ち上がった。
「ねえねえ、入浴剤ゆずとヒノキどっちがいい?」
しつこくまとわりつく違和感を振り払うように、ナマエは浴室を後にした。
食卓机の上、見る見る間に小さくなっていく唐揚げの山に、ナマエは呆気にとられていた。
「なんだこれ、めちゃくちゃ美味えな」
一心不乱に唐揚げを頬張るガロウの顔は活き活きと輝いている。
夕飯までの繋ぎにとインスタントラーメン四人分を完食した後だとは思えない食欲だ。
痩せて目付きばかり鋭くなって、まるで手負いの獣のようだった路地裏での印象はすっかり掻き消えている。
お腹すいてただけなんじゃん、と少し拍子抜けしながら、ナマエは自分も唐揚げを一つ口に運ぶ。
サクサクした衣ごと噛み締めると、下味の醤油、にんにくと生姜の風味がじゅわっと広がった。
確かにこれは絶品だ。
舌鼓を打ちながら、自慢半分に解説する。
「おばさん調理師の仕事してたから、料理上手なんだよ。なんでも作れるし」
ガロウは大して関心も無さそうに、へぇ、と相づちを打った。
「良かったじゃねえか、メシの美味い親戚がいて。お前一人だったらヒサンな食卓間違い無しだろ」
一言多いその返しに、ぴくりと眉が寄る。
そう言うガロウが今どんぶり飯でかきこんでいる白米は、さっきナマエが炊いたものなのだが。
主張したところで「炊飯器で米炊くぐらい猿でもできるじゃねえか」とかなんとか言い返されるのは目に見えていたので、ナマエは黙って咳払いをするに留めた。
ほんと憎たらしいんだから、と心の中で文句を言いつつ、付け合せのポテトサラダを食べていたナマエは、唐揚げを盛った皿が半分以上底が見えていることに気付いて目を剥いた。
「ちょっと食べ過ぎだよ!私の分がなくなっちゃう!」
皿の端を掴んで引き寄せるが、すかさず反対側の端を押さえたガロウに睨まれる。
「こっちは腹減って死にそうだったんだよ、快く譲れや」
「げ、限度ってものがあるでしょ」
離すまいと指に力を入れるが、膠着状態に陥った皿はびくともしない。
「俺は鍛えてるからその分エネルギーが必要なんだよ。お前が食ったところで贅肉に変わるだけだろ」
「なっ…!」
あんまりな言い草に言い返そうとしたその時、ガロウの目がぎらりと光った。
「えっ…あっ、ああーー!!」
一瞬の隙をついて目にも止まらない速さで箸が動き、気付いた時には皿の上の唐揚げは総ざらいされていた。
辛うじて箸に突き刺していた一つを見つめ茫然とする。
そんなナマエを後目に、口いっぱいに頬張ったガロウは満足げだ。
「ひただきマンモス」
「ウソでしょ…まだ3個くらいしか食べてなかったのに…!」
目の前の略奪者を睨み付け、机の下で脚を蹴り上げた。
「ガロウくんの大食らい!牛!馬!」
「牛とか馬とかそれ悪口のつもりかよ」
腹立ち紛れに向こう脛を蹴っ飛ばそうとするが、巧みに避けられるばかりでガロウは平然と唐揚げを咀嚼している。
そのうち怒りは落胆に変わり、ナマエはがっくりと項垂れた。
「あーあ…それ明日の分までのおかずだったのに…」
ついでにお弁当にも詰めていこうと思っていた。
明日のご飯どうしよう、と最後の一つを囓りながら頭を悩ませる。
まさかおばさんに本当のことを話すわけにはいかないし。
たしかファーストフードのクーポンがあったからそれで済ませるか、と潤沢とは言えないお小遣いと照らし合せて考える。
しょぼくれるナマエをガロウはせせら笑っていたが、おもむろに神妙な顔つきになり、やがてぽつりと口を開いた。
「…また金、払いにくる」
「え?お金?」
意味がわからず聞き返すと、ガロウはなんとなく居心地悪そうに視線をそらした。
「だから、今日食ったもんの材料費とか…いつになるかわかんねぇけど」
先ほどまでの傍若無人っぷりが嘘のようなしおらしさに、ナマエは目を丸くした。
「え、別に良いよそれくらい」
「そうはいかねーだろ、お前んちのメシなんだから」
真面目くさった顔で言い募るのを見て、そういえばガロウにはこういう変に律儀なところがあったな、とナマエは思い出した。
好き勝手に振る舞い、こちらのことなど気にもかけていないようでいて、訊いたことにはちゃんと答えくれるし、助けを求めれば応じてくれるのだった。
「ガロウくんって真面目だよね」
しみじみとそう言うと、ガロウは変なものを食べたような顔をした。
「別に…お前がちゃらんぽらんなだけだろ」
彼にしては語気の弱い当惑気味な返答だったが、聞き捨てならない内容が盛り込まれている辺り流石というかなんというかだ。
「なにちゃらんぽらんって。私のことそんな風に思ってたの?」
「他にどう思われてると思ってたんだよ」
「いろいろあるじゃん、クールとか大人っぽいとかさぁ」
「はっ、寝言は寝て言えよ」
もはやこちらを見もせずに、ガロウはさっさと食事を再開している。
ナマエもまたぶんむくれた顔のまま、白米とお漬物に手をつけた。
夕飯を食べ終わると、空腹が満たされたガロウは幾分気が緩んだのか、リビングで胡座をかき勝手にテレビを付けている。
取り敢えずで連れてきてしまったが、この分だと今日は家で寝泊まりするんだろう。
そう当たりを付けたナマエは、お皿の後片付けが終わると、寛ぐ背中に声をかけた。
「今からお風呂いれるけど、ガロウくんも入るでしょ」
ぼうっとテレビを眺めていたガロウは、何故か面食らった様子で振り返った。
居眠りから覚めた時のような、バツの悪そうな顔をしている。
「……この家俺が着られるような服あんのかよ」
ようやく口を開いたと思ったら、着替えの心配をしていたらしい。
そういえばそうだな、と言われて初めて考える。
着ているものもずいぶんボロボロだしついでに着替えたいだろう。
確かにナマエの服も母の服も、ガロウが着るには小さ過ぎるが。
「あ、大丈夫。あるよ」
着替えのあてを思い出して力強く請け合ったというのに、ガロウは更に困惑の色を深めた。
そうかよ、と素っ気なく返すと渋面を作っている。
ナマエは首を傾げた。
お風呂に入りたくないんだろうか。
今まで特に風呂嫌いだとは聞いたことがないけど。
「何、一番風呂じゃないと嫌なタイプ?別に譲ってあげてもいいけど…」
「違うわ馬鹿、どういう発想だ」
もう良いからさっさと行けよ、と何故か今度は怒り出したガロウに追いやられ、ナマエはしぶしぶ浴室に向かった。
釈然としないまま給湯器のボタンを押すと、温かい湯が水音をたてて落ちていく。
ガロウくんって時々よくわかんないな、と底に溜まっていく湯を見ながらナマエは思った。
多分彼は、自分なんかよりもずっと物事を深く考えているのだろう。
彼の内側は複雑に入り組んでいて、時に刺々しくて、でも根っこのところになにかひどく純粋なものを抱えていて、だからナマエはガロウのことが気にかかってしょうがないのかもしれない。
とは言え、基本的には捻くれていて全然可愛くないのだが。
ふてぶてしい表情で唐揚げを貪り食うガロウを思い出し、ナマエは小さく笑みを浮かべた。
(でも、あの時…)
不意に暗い路地裏で蹲るガロウを見つけた時の光景が蘇り、背筋が冷たくなった。
なぜあんな風に感じたのだろう。自分でもわからない。
でもナマエの中のなにかが、確かに目の前の人物を遠ざけようとしていた。
今はもうその警鐘は聞こえないけれど。
もうもうと上がる湯気にハッとする。
知らぬ間にぼうっとしていたらしい。
開けたままだった浴槽の蓋を閉めながら、ナマエは考えた。
この二年の間に、なにも変わらなかったということはないだろう。
ナマエが高校生になり、多少は家事もできるようになったように、彼の方も知らないところでいろいろあったに違いない。
でもガロウはガロウだ。別人になったわけではない。
いつも使っている入浴剤の箱を手に立ち上がった。
「ねえねえ、入浴剤ゆずとヒノキどっちがいい?」
しつこくまとわりつく違和感を振り払うように、ナマエは浴室を後にした。