喧嘩するほど
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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朝の通学路の途中、河川敷へ繋がる階段の前で、ナマエは金属バットを待っていた。
自分の家からはほど近く、彼の家からだと少し遠回りになる。
そうした方がお前が一人になる距離が短くなるだろ、という思いやりは嬉しかったが、金属バットは決して早起きが得意ではないので心配していたりする。
ごくたまに起床時間が遅れた場合、通学鞄とバットを小脇に抱えてダッシュしてくることもある。
そういう時は連絡をくれたらこっちから行くのに、と伝えたが彼は「運動になるから良いんだよ」とそっぽを向いた。
良いのかなと思いつつ、ナマエは毎朝金属バットに会えるのが楽しみだったりする。
雨が降って憂うつな日も、体育で苦手な球技があって不安な日も、はよ、という挨拶と共に彼の顔を見ると暗い気持ちはどこかへいってしまう。
家族に対するのとも、友達に対するのとも違う、特別な気持ち。
きっとこれが恋をするということなんだ、と遅まきながら自覚していると、見慣れた学ラン姿がやってくるのが見えナマエは慌てて頬の熱を冷ました。
「おはよう、バッドくん」
いつも通りの顔で挨拶をしたナマエは、しかしその直後に怪訝な表情を作らざるを得なかった。
「おう…はよ…」
ふらふらと頼りない足取りで近づいてきた金属バットは、明らかに様子がおかしかった。
顔色が少々青いものの、体調が悪いわけではなさそうだが、いつもの覇気がまるでない。
いうなれば空気の抜けた風船、炭酸の抜けたサイダーのようだ。
「いやぁ今日もいい天気だな…絶好のプール日和だぜ」
「今は秋だからプールの授業は無いよ…」
「あーそうだっけか?じゃぁなんだ、マラソン日和か?はは…」
その調子のまま世間話を続けようとするので、なんだか妙な会話になった。
気を抜くと風に飛ばされそうな金属バットの隣を歩きながら、ナマエは考えた。
彼の精神は並大抵のことでは揺らがない。
恋愛事については不得手らしく、ナマエも短いつきあいの中で数々の珍プレー好プレーを目の当たりにしてきたが、今は特にトラブルがあったりだとかそういうこともない。
昨日も話の流れでナマエの持っている少女漫画に興味を持ち、それがちょっとホラー系のものだったので心配したところ、「バッお前、女向けの漫画なんか怖かねーよ!」と気合い充分に借りて帰っていった。
となると、残る可能性はひとつだ。
「…バッドくん、ゼンコちゃんと何かあった?」
そう尋ねた途端、金属バットはビシッと硬直し、かと思うと今にも崩れ落ちそうに頭を抱えた。
「う…お、俺は最低の兄貴だぁぁ…!!」
「お、落ち着いて、一体なにがあったの?」
どうどうと宥めながら、聞き出したところによると、発端は昨日の夕飯時の出来事だという。
「ゼンコのやつグリーンピースがどうしても苦手でさ、いつも残しちまうから新しいレシピを試してみたんだよ」
他の野菜やベーコンと一緒に煮て、コンソメ風味で味付けしたスープだったのだが、食卓を見たゼンコはいつもそうするように口をへの字にしたという。
「これなら他の味でわかんねぇから一緒に食べられるだろ?」
「えー…グリーンピースの味するもん」
そう言ってちまちまとスープの中から除けているのを見て、金属バットもさすがに機嫌を降下させた。
「そんで俺もイラッとしちまってさ…好き嫌いしてたら大きくなれねえぞって」
今のクラスの背の順も前の方だろ、と少し意地悪い気持ちで指摘したところ、それが予想以上にゼンコのウィークポイントだったらしい。
彼女は立ち上がり、目に涙をためて言い放った。
「何よ、どうせゼンコはチビだもん!お兄ちゃんなんか大嫌い!!」
そして、金属バットがなにか言う暇もなく自室に閉じ籠もってしまった。
扉越しに声をかけても返事はなく、今朝も目を合わせようとせず、いつもは一緒に家を出るのに一人で黙って学校へ行ってしまったという。
まさに完全拒否である。
「ゼンコが背が伸びねえの気にしてんのは知ってんのに、何であんなこと言っちまったんだ…つぅか大嫌いって…!もう駄目だ生きていけねぇ」
「しっかりしてバッドくん、そっちは川だよ!」
ふらふらと水面へ吸い寄せられていく学ランの袖を捕える。
愛する妹に大嫌い宣言をされたダメージは深刻だった。
ナマエは考え考え、言葉を紡いだ。
「その…ゼンコちゃんも本気で嫌いになったわけじゃないと思うよ。はずみでつい言っちゃったっていうか」
「はずみでか…」
相変わらず元気のない表情に頷き返す。
「私も親と喧嘩して似たようなこと言ったことあるし…」
「え、お前でもそんなこと言うのか」
やや正気に戻って驚く金属バットに重ねて頷く。
「誰でもそうだよ、無意識に甘えてるっていうのかな…気持ちを許してるから、ついわがまま言っちゃうっていうか」
「ふーん、そーいうもんか…」
考え込む金属バットは、高校生でありながら家族に守られるのではなく守る立場だ。
これまでも大人に甘えるどころではなかったのだろう。
「ゼンコちゃんもきっとそうだよ。だから、ちゃんと話をしたらまた仲直りできるよ」
大丈夫だよ、と念を押して励ますと、金属バットは漸く気持ちを立て直したらしい。
「帰ったら俺もちゃんと謝って、ゼンコと話してみるかな…なんか朝っぱらから騒がしくてわりぃ。聞いてくれてあんがとな」
「ううん、良いよ」
ばつが悪そうに笑う金属バットに、ナマエもほっとひと息ついた。
「そうだ、昨日借りた漫画1巻だけ読んだけどよ、やべぇなあれ…出てくる奴だいたいえらい目にあってんじゃねーか、ほぼ自業自得だけど」
「あーうん、全体的に後味はあんまり良くないよね、面白いけど」
「ちょっと少女漫画舐めてたぜ、あの人形の話とか…いや別にビビってはいねぇけどな、まあ別に大したこたねぇよ、うん」
「10回に1回くらいはバッドエンドじゃない回もあるよ」
「少ねぇ!」
あとはもう自分の出る幕はない。
今日帰って兄妹が仲直りをしたら、明日にはまた元気になった金属バットに会えるだろうと思っていたのだが、その日の夕方学校から帰って予習をしていると、携帯が不意に鳴り響きナマエは目を丸くした。
着信画面にはゼンコの名前が表示されている。
不思議に思いながら電話に出ると、スピーカーの向こうからどことなく不安げな声が聞こえた。
「もしもし、ナマエちゃん?あのね…ちょっと話したいことがあるんだけど…」
彼女には珍しくもじもじとためらっている気配に、ピンとくるものがあった。
「うん、良いよ。どうしたの?」
続きを促すと、ゼンコはおずおずと話し始めた。
「あのね…実は昨日お兄ちゃんと喧嘩しちゃって…お兄ちゃん私のことなにか言ってた…?」
怒ってなかった?と付け加えられた言葉はひどく心細げな響きだった。
「あ、うんバッドくんも言ってたよ、晩ごはんのことで喧嘩したって…でもぜんぜん怒ったりはしてなかったよ、ちょっと元気なかったけど」
実際にはちょっとどころではなかったのだが、言葉を選びつつそう答えると、ゼンコはしばらく間があいてから、ぽつりぽつり話し始めた。
「私…お兄ちゃんが私のことを思って、栄養のバランスとか考えてくれてるのはわかってるの。
ヒーローの仕事で忙しいのに、ピアノの発表会も必ず観にきてくれるし…それなのに、それなのに、大嫌いなんて言っちゃって」
徐々に涙交じりになる声に、きゅっと胸が締め付けられる。
金属バットがこの場にいたら号泣していたかもしれないと思いながら、しくしくと泣き始めたゼンコを慰める。
「本当は大好きなのに、つい言っちゃったんだよね」
「うん…お兄ちゃんもう私のこと嫌いになったかなぁ?」
「そんなことないよ。バッドくんがゼンコちゃんを嫌いになるわけないよ」
きっぱりと否定するとゼンコはようやく落ち着いたらしく、泣くのをやめて、そうかな、と自信なさそうに呟いた。
「謝ったら許してくれるかなぁ」
「きっとわかってくれるよ、心配しないで」
そう言うとゼンコは、わかった、と小さいけれどはっきりとした声で言った。
件の金属バットは一旦家へ帰ってきたものの、すぐにヒーロー協会からの連絡が入って出掛けたそうで、また帰ってきたら話をしてみる、と言ってゼンコは電話を切った。
通話後、切り替わったホーム画面を見ながら、ナマエはふぅと息をついた。
待ち受けには兄妹と一緒に撮った写真が表示されている。
そっくりな顔で笑っている二人は、性格もよく似ている。
二人とも自分の意思をはっきり表に出すタイプだから、時々こうしてぶつかるのだろう。
(…でも、やっぱり兄弟って良いなぁ)
お互いのことで真剣に悩む二人の様子に、胸の真ん中がじんわり温かくなる。
一人っ子だから、子どもの頃から兄弟という存在に憧れがあった。
弟のいる友だちは、あんなの鬱陶しいだけだよ、としょっちゅう愚痴をこぼしているが、そうやって諍いが起こるのも含めて賑やかで良いなと思ったりする。
今まで知り合った兄弟姉妹の中でも、バッドとゼンコの間には特に仲の良い兄妹だ。
幼い頃から二人で生活してきたから、強い絆があるのだろう。
これからゼンコも成長し、また喧嘩することもあるかもしれない。
兄妹いつまでも一緒に暮らすというわけにはいかない。
それでも、二人にはずっと仲良くいてほしい。
そしてできることなら、その姿を近くで見ていたい。
そんな風に思いながら、ナマエは机に向き直った。
***
食卓テーブルに並べられていく夕飯を見て、ナマエは思わず感嘆の声をあげた。
「わぁ」
メインのクリームシチューを始めとして、どれも以前に美味しい、好きだと言ったことのある料理ばかりだ。
いつもごちそうになる時に比べても、明らかに気合いが入っている。
「これ私が作ったんだよ」
「ほんと?美味しそうだね」
トマトと玉ねぎのサラダをゼンコが得意げに配膳する横で、金属バットはなにやらきまり悪そうにしている。
「いやーなんか兄妹そろって世話かけさせちまったみたいで悪かったな」
お礼に遠慮なく食べてけよな、という妙に力の入った言葉に慌てて首を振る。
「そんな、私なんにもしてないよ」
先日の兄妹喧嘩の折、お互い知らないところでナマエ相手に相談をしていた件を言っていることに気付いて、ゼンコはちらっと兄を見上げて口を尖らせた。
「だってお兄ちゃんもナマエちゃんに相談してたなんて、私知らなかったもーん。帰ってきたらすぐ出てっちゃうし」
「そ、それはしかたねーだろ!ホントはすぐ謝るつもりだったんだよ」
照れくさそうにしながらもじゃれる二人は、もうすっかり仲直りをしたらしい。
和やかな雰囲気の中、三人でいただきますをする。
「ん、美味しい」
熱々のシチューに手をつけていると、同じくひとくち食べた金属バットが声をあげた。
「あっつ…!俺ちょっと冷ましてから食うわ」
「お兄ちゃん猫舌だもんね。タマといっしょ」
「うっせー」
「ふふ」
軽口の応酬に小さく笑っていると、CMを流していたテレビが歌番組に変わった。
本日のゲストとしてトップバッターで登場したのは某キラキラアイドルヒーローだ。
「げ、アマイマスクじゃん…チャンネル変えよ」
渋面をつくった金属バットが即座にチャンネルを変えると、ゼンコから抗議の声が上がった。
「あ、なんで変えるの!今日は新曲披露なんだよ」
「えー録画して後で観てくれよ」
「私は今見たいの!」
「家でメシ食ってる時にあいつの顔見たくねーんだよ!」
「なんでそんなこと言うのよ!」
「ふ、二人とも落ち着いて!」
喧嘩するほどなんとやら。
そんな慣用句を頭に思い浮かべながら、仲がいいのは良いことだけど、やっぱり諍いはほどほどにして欲しいと密かに思うナマエだった。
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